センチメンタル・メランコリスタ



『・・・が、有れば良いのに。』
『はあ、何だって?』
 誰も聞いてなどいないと思った独り言に返事があって、何も写っていない目の前のモニターを睨みつけていたコウは我に返った。ヘルメットはとうに投げ付けられて、コックピットの中を漂っている。
『・・・キースか?』
『他に誰が居るんだよ。今、補給に戻ってんのは俺達だけだろ。』
『ぁー・・・』
 かなりいいところで引き戻された。しかし母艦からの命令となったら戻らないわけにはいかない。実際、GP-03は補給しなければ前にも後ろにも動けなくなる寸前だった。
『・・・くっそ、』
 ダンッ、と無意識にパネルを叩くと全天周囲モニターが勝手に立ち上がる。・・・随分と遠くに戦場の灯火が見えた。・・・戻りたい。一刻でも早くあそこに戻りたい。・・・そしてガトーを見つけないと、
『・・・自爆スイッチが有れば良いのに。この機体に。』
『・・・その台詞、二度目だぜ。』
 機体が大きすぎるためアルビオンの格納庫には入れないGP-03と違って、キースの乗るジムキャノンは左舷格納庫内に有る筈だ。チラリとそちらを見たが当然隔壁越しで機体は見えない。
『・・・自爆スイッチがあれば、この大きさの機体だ、最後の瞬間までかなりの数の敵を吹っ飛ばせると思わないか?』
『・・・俺、今ほど自分に日本人の血が流れてなくて良かったな、と思った事はねぇよ。』
『・・・馬鹿にしてんのか。』
『してねぇよ。ほっとしてんだよ。自分がイギリス人であることに。』
 カミカゼアタック・・・日本語で言う「特攻」だが、キースはそれを思い浮かべたらしい。間違っては居ない。
『・・・自爆スイッチが欲しいんだ。俺は半分、日本人だから。』
『あぁ、そうかよ。』
 戯れ言だ。・・・他愛も無い戯れ言だ。自分でもそう思う。でも今は、本当に心からそれが欲しかった。思わず顔を両手で覆う。・・・だってもう他に方法が無い。ガトーに勝てない。それはもう分かってる。
 でも勝てはしなくても、一瞬でも追いつけたら、俺は絶対ガトーにしがみついて、二度と離れはしないのに。
 俺の前を走っているガトーの背中が見える。俺はその背中を見ている。しかしガトーは更に先を見ている。その背中を俺は追い続けている。・・・届かない、届かない、届かない、届かない、
『補給は今、終了・・・』
 そこへ別の音声が飛び込んで来た。・・・ニナだ。それが合図のように、GP-03の回りに群がっていた整備用のパワードスーツが引けてゆく。
『・・・あんたも出れるよ。』
 これはジムキャノンに語りかけているモーラの声だろうか。
『・・・アイサー、スタンバイ、エンジン再点火。・・・ブリッジ、こちらGP-03、補給要員は至急機体周辺から退避。エンジン再点火。・・・こちらGP-03、出る。』
『カウント開始。』
 ブリッジから返事が入り、百メートル以上ある機体の後部から微妙な振動が伝わって来て、俺はシートに座り直す。
『・・・自爆スイッチを、』
 驚いた。飛び出す直前にニナの声がした。
『付けられなくてごめんなさいね。』
 俺は無言でヘルメットをかぶり直した。・・・驚いた。・・・ニナが、あのガンダムを大好きなニナがそんな事を言う日が来るとは思わなかった。



 --------それだけ誰もが追い詰められてる、ってことか。



 俺はフットペダルを踏み込んだ。遥か遠くにあるエンジンからの振動が深くなる。



(・・・でも俺はどうしても)



『死ぬなよ、自殺志願者!』
 そう軽口を叩きながら、身軽なキースのジムキャノンの方が先に宇宙に飛び出してゆく。
『ばーか。』



(・・・ガトーと心中する自爆スイッチが欲しかったんだ。)



 そう返事を返しながら、俺もアルビオンを後にした。-------阻止限界点突破まであと十四時間二十五分三秒。

     





2007/06/18
最初、そのまま『自爆スイッチ』というタイトルにしようと思ったのですが、あまりにWなので諦めました・・・。
ところで先週『ガンダムコレクション ガンダム試作三号機V.S.ノイエジール』のプラモをついに買っちゃいました。(安くなってたんで)
もうプラモは卒業しようと思ってたのに・・・! いままでで一番大きいというノイエが・・・どうしても・・・ほ、欲しくて・・・。



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