仮にも、徴兵制のある国に生まれたわけではない。ましてや、今は戦時下でもない。ではなんだ、と言われたら、間違い無く、自ら、望んで、





 自分は軍人になったのだ。










町は太陽に向かってひらいていた。














砲撃
















無数の花びらのひらいた赤いユリのように
町はほころび 町はほどける。










 コウは何故か士官学校の授業のことを思い出していた。それは旧ヨーロッパ地区で過ごした、凍てつくような冬の記憶だった。
「・・・・というわけで、今日(こんにち)のように地球圏が『連邦』として、一つの国家としてまとまっている状況では逆に理解しづらいのかもしれないが、簡単に説明すると『宣戦布告』というのは国家間で行われる外交上の通告の事であり・・・・」
 それは『国際法』に関する授業だった。教室での授業は元から苦手だった。実習は好きだったが、テストはからっきしだった。それでも、士官になるためにはこの授業を受けなければならない。薄曇りの肌寒い午後のことだった。
「これが行われることによって、『戦争』は初めて『戦争』となる。・・・・今、諸君らは『それじゃ宣戦布告が行われない場合は?』・・・・と、そう思ったね。そう、そういう場合は、つまり『戦線布告』が行われなかった場合だが、そういう場合は別の名称になる。・・・・『紛争』、もしくは『事変』などだ。」
 おそらく、そんなに退屈な授業では無かったのだと思う。・・・・きちんと聞いていれば。しかし、その当時のコウにはかなり興味のないことに思われ、それできちんと聞いてはいなかった。目の前の画面は『国際法』に関するもので無ければいけないはずだったが、コウは勝手にその文字だらけの画面を最小化して、モビルスーツの構造に関する画面を開いて眺めていた。
「さて、こうして実際に戦争が始まると重んじられるのは『戦時国際法』や『交戦法規』などだ。・・・・だがしかし、79年、私達が直面した戦争・・・・一年戦争、つまりジオン独立戦争のことだが、この時にはこの『戦時国際法』や『交戦法規』は全く役に立たなかった。・・・・それは何故か?先にも話したが、地球圏は今現在、一つの国家、すなわち連邦としてまとまっている。行政権は幾つかに分割されているが、司法権は統一されている。つまり、同じ法律を使っているわけだ。逆に言えば、連邦としてまとまる時に、『戦時国際法』や『交戦法規』などを過去のもの、として全て処分してしまっていた、ということだ。するとどうなるか。・・・・無法状態が生まれる。・・・・起こるものとして考えていなかった連邦内での『内紛』に対しての全くの無法状態が出現するのだ。・・・・その結果、」
 コウは耐えられないほどの眠気に襲われていた。・・・・多分、これは次の試験に出るだろう。講師である文官の台詞に熱がある。・・・・重要な話なんだ。・・・・でも眠い、大好きなモビルスーツをこっそり眺めていても眠い、
「ウラキ!・・・・コウ・ウラキ、その結果慌てて結ばれた条約・・・・一年戦争の際にだが、これが何か分るかね?」
「えっ・・・・はい!」
 急に名指しされたので慌てて立ち上がった。・・・・なんだったか、一年戦争の時の条約だって?
「・・・・『南極条約』です。」
「そのとおりだ。・・・・座りたまえ。」
 当てずっぽうで言ったのだが、なんとか答える事が出来た。・・・・というより、一年戦争の時には他に条約なんて無かったんじゃ。コウは少しだけ眠気が飛んだが、視線は『国際法』を理解出来ないままに、またモビルスーツの画面に戻っていった。講師は話し続ける。
「その結果、『南極条約』というものが締結された・・・・この条約は地球連邦とジオン公国の間で戦時下に結ばれた協定で、取り扱っている主な項目は、画面を見たまえ・・・・1、コロニー、及び地球市民の生命の確保。2、毒ガス使用の禁止。3、核使用の禁止。4、捕虜の取り扱い、及び捕虜交換についての取り決め・・・・などだ。これが一年戦争の際には『交戦法規』としての役割を果たした。次のページをクリック。」
 ・・・・何で今、こんな授業のことを思い出したりしているんだろう。










さえた空は 無数の
きらめく煙突の先端をかすめる
町が太陽にやさしく息をはくとき。










「・・・・ところで、この『南極条約』が、地球連邦とジオン公国の間で、戦時下に慌てて締結されたものだということは先に説明したとおりだ。ジオン軍によるコロニー落としや核使用、毒ガスによるコロニー市民に対する虐殺などがあまりに凄まじかったからだ。先の戦争が開戦してからのたった一週間で、人類はその人口の半分を失った。たったの七日間でだ。・・・・ここで、一つの問題が浮び上がってくる。・・・・そうだ、ジオン公国は今はもう無い。かつてそのような国があり、一つの条約が結ばれたのは事実だが、79年の十二月三十一日に一年戦争は終結し、『ジオン共和国』との間に休戦協定が結ばれたことは、皆も知っていることだろう。すると、次の条約・・・・『ジオン公国』ではなくて、『ジオン共和国』との間に結ばれた『グラナダ条約』の方が重要になってくる。これは、同じく条約と言う名前が付いているが、南極条約が『交戦法規』だったとすればこちらは『休戦協定』というように、全く意味合いが違う。・・・・厳密には、今、この時に存在して意義が有るのはこの『グラナダ条約』の方であり、『南極条約』は失効されたもの、と考えても連邦的には問題が無いからだ。」
 ・・・・それじゃ、今は核を使ったって構わない、ってことか?相手の『ジオン公国』がもうこの世に存在し無いから?連邦的には?・・・・コウはうっすらとそう思いながら、それでもモビルスーツの画面を眺め続けていた。思った通りのことを講師は言った。
「理論上は、法律学から考えての、あくまで理論上だが・・・・今はもう、連邦軍は毒ガスや核を使用しても構わないということになる・・・・『ジオン公国』という国がもう無いから。いずれ、これらをまた使う日が来てしまうのかもしれない。・・・・次のページをクリック。」
 実に殺伐とした、だがしかし何かしら予言めいた言葉を吐きつつ、講師は授業を続けた。言われるままに、コウは画面の上の教科書のページをめくった。










あわてた人間どもは
不吉な花の迷路を駆ける。
かれらの避けるものは なに?










 ・・・・何で今、こんな授業のことを思い出したりしているんだろう。










黒い鳥が太陽から落ちる。










 ・・・・目の前に見えていたのは、粒子の焼けるひかりだった。目の前で、信じられない事が起きている。戦術核を装備したガンダム試作二号機が、ペガサス級強襲揚陸艦のハッチを無理矢理にビームサーベルで切り裂こうとしているのだ。・・・・信じられない光景だった。・・・・信じられない眩しさだった。・・・・信じられないひかりだった。










それは弧を描いて巨大な花の中心にとびこむ










「ウラキ少尉!・・・・他の人を呼ぶわ、あなたじゃ・・・・!」
「・・・・僕だってパイロットだ!!」
 そう叫び返した時に、間違い無く頭は士官学校時代の授業の事を思い出していた。・・・・こんなことになるなんて思いもしなかった。だけど、頭の片隅で理解はしていた。いつか核は再び使われるかもしれない。いつか連邦軍はまるで何ごとも無かったかのように、軍備を拡張するのかもしれない。・・・・だって、もう『ジオン公国』は無いから。・・・・『ジオン公国』との間に締結された『南極条約』に意味なんてないから。・・・・そんな理由で。





 ・・・・でも、





「この機体と核弾頭は戴いてゆく!・・・・ジオン再興の為にな・・・・!」





 ・・・・誰も、





「実弾装備は済んだのか!」





 『ジオン公国』を辞めていない連中が攻めて来た時に、





「・・・・ジオンだと!?・・・・あいつら、幾人やれば気が済むんだ・・・・!!」





 どの国際法を使えばいいのかなんて教えてくれなかった!!!





『ミサイル群接近、距離一万二千・・・・!』





 ・・・・いいや、一つだけ分ることがある。





 ・・・・誰も、





 いつ戦争が『始まる』かなんて、





「・・・・ここから出すわけにはゆかない・・・・!!」





 選べやしないんだ・・・・・!!










(・・・・だってこのひかりしかもう、俺には見えない。)










戦いははじまったのだ。















町は太陽に向かってひらいていた。


無数の花びらのひらいた赤いユリのように
町はほころび 町はほどける。


さえた空は 無数の
きらめく煙突の先端をかすめる
町が太陽にやさしく息をはくとき。


あわてた人間どもは
不吉な花の迷路を駆ける。
かれらの避けるものは なに?


黒い鳥が太陽から落ちる。
それは弧を描いて巨大な花の中心にとびこむ
戦いははじまったのだ。





『砲撃』   D・H・ロレンス





















ごくシンプルに、どこか散文的に(笑)。
はい、星の屑2005スタートです。





2005.10.13.









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