日々の軍隊生活での一番の楽しみはなんだ?・・・・と聞かれたら、配属により多少の違いはあるのだろうが、やはり『食事』と答える兵士が多いことだろう。もちろん、作戦行動中の兵士は、待機中の場合も合わせて、全ての食事が配給されたレーション(保存食)になってしまうので、今回話しているのはこの非常食のことではない。そうではなくて、休息になった時・・・・その任務から解放されて、食堂で、椅子に座って食べられる食事・・・・そういった食事のことを、今回は話したいのだ。
軍にはさまざまな「褒美」のシステムがあり、それは報奨金であったり、勲章の授与であったり、最たるものは帰港地での上陸(つまり休暇)であったりするが、それらのなかで一番手っ取り早く、分りやすいものが「特別な食事」である。説明すると、一個の艦隊があり、一つの作戦が終了した時などに・・・・食堂で、いつもとは違う特別な料理が振舞われるのだ。クリスマスの七面鳥を思い出してもらえれば分りやすい。そういう「ごちそう」が、作戦が終了する毎に、艦隊であれば主に艦長の判断などで、振舞われるものなのだった。
そうして、地球第三軌道艦隊所属のペガサス級強襲揚陸艦アルビオンは・・・・まさに今、そういう夕食時を迎えようとしていた。
時は、0083、十月二十四日。
キンバライトでガトーを取り逃がしてから、ちょうど丸一日、ぽっかりとヒマになった。・・・・ヒマになった、というのも大概な表現だが、アルビオンは目標であった敵を完全に逃した上に、艦を破損、また、大気圏外に脱出した敵を今後どう取り扱うかについて、司令本部であるジャブローが即断しなかったため、身動きの出来ない状態に陥ったのだ。
その日の早朝には、ヨーロッパからの補給艦が到着しており、工兵や機関兵は破損箇所の修理におおわらわだったが、主にモビルスーツパイロットなどは、敵を追う緊張感から解放されて、まあヒマを持て余していた。ここに至って、アルビオン艦長エイパー・シナブス大佐は、英断を下した。
「特別な食事」である。
確かに昨日の作戦行動は追撃していたガンダム試作二号機を取り逃がした、という点に於いては大失敗に終わったのだが・・・・それはまた、確かにこの艦が経験した、初めての戦闘らしい戦闘、であったのだ。このことを記念して、艦長は乗員をねぎらっても悪くはないだろう、という気分になったらしい。なにより、この艦はあまりに新しすぎて、皆に協調感がない。そこで、艦長は昨日の戦闘で撃墜7という、一番の戦果を上げたコウ・ウラキ少尉をブリッジに呼ぶと、「食べたいものはないか?」と聞いてみた。
「・・・・おでん。」
しばらく考え込んだあげくに、ウラキ少尉はそう答えた。
「おでん?」
思わず、シナプス艦長は聞き直した。・・・・その料理がなんであるか、知らなかったからである。
「・・・・はい、自分はそういうことでしたら、おでんを食べたく思います!・・・・あれは、皆で一緒に食する事の出来る、大変庶民的な料理で、なにより身体が暖まります!みんな幸せな気分になると思います。」
「・・・・・・・・・・」
シナプス艦長はたっぷりと考え込んだが、やがて通信機を持ち上げるとスコットにこう言った。
「回線を厨房に。・・・・料理長に出てもらえ。」
「はい。」
ブリッジにその時一緒にいた・・・・他の人々も、誰一人『おでん』がなんなのか分からず、やや呆れた風情でウラキ少尉を見つめていたのだが、ただ艦長は思い出したのである・・・・たしか、料理長も日系人だったような。・・・・これは、おそらく日本料理ではないのか?
『・・・・はい、厨房!』
「シナプスだ。・・・・料理長か?」
『はい、艦長!・・・・ごちそうは、何になるか決まりましたかね!!』
「そのことだが、君に確認したいことがある。・・・・『おでん』というのは、今アルビオンにある材料で調理が可能か?」
『・・・・コンニャクがねぇな・・・・』
その、料理長の返事を聞いてシナプス艦長は安心した。・・・・つまり料理長は、おでんが何なのか知っていて、更にその調理も出来るのである。
「・・・・ある限りの食材で構わない。『おでん』にしてくれたまえ。」
『どのくらいつくります?』
「五十食分もあれば十分だろう・・・・特別メニューだからな。」
『わかりました。でもまあ、おでんはある程度保存がききますから、たくさん作っても大丈夫ですよ。』
「そのあたりは君に任せる。」
艦長は通信を切ると、ウラキ少尉の方をあらためて向いた。
「・・・・今回の食事は、ウラキ少尉のリクエスト通りに『おでん』になった。・・・・これでいいのだな?」
「・・・・ありがとうございます!」
ウラキ少尉は、夕暮れの近いアフリカの大地を背景に、実に嬉しそうに敬礼を返した。・・・・ブリッジの窓からは、見渡す限りのアフリカの大地が見えていたのである。
「・・・・ウゥラァアキィイ!!てめぇはバカか!なんだぁ、『おでん』って!!」
さて、夕食時になって食堂を訪れたウラキ少尉に・・・・一番最初に掴みかかったのはモンシア中尉だった。
「おつかれさまです、中尉!」
「挨拶なんかどうでもいい!・・・・なんでもっと!・・・・豪華な!こう、ガツーンと精の付くようなものをリクエストしねぇんだ、てめぇは!!せっかくの特別メニューなんだぞ!次はいつ食えるか分かったもんじゃねぇってのに!!」
食堂の、セルフサービスのカウンターの脇には『おでん』と書かれた適当な、しかも手書きの大きなポスターが貼り出してあり・・・・そこには、今回の特別メニューが、コウ・ウラキ少尉のリクエストによる、ということがしっかりかかれていた。
「お言葉ですが、中尉!・・・・おでんは美味しいですよ、中尉はおでんが嫌いなのですか?」
「うっ・・・・」
そこでモンシア中尉は言葉に詰まった。・・・・なんのことはない、おでんが何なのか、シナプス艦長と同じようにまったく知らなかったのだ。
「言っとくがな、ヒヨッコ!お前が昨日の戦闘で撃墜7だったのは、ありゃ全部ニナさんのガンダムのおかげだぞ!お前の実力じゃねぇ、分かってンのか、そのへん!」
文句を垂れつつも、モンシア中尉がトレーを持ってカウンターの列に、つまりはウラキ少尉の隣に並ぶので、思わず反対側にいたキース少尉は吹き出した。
「・・・・あぁ!?笑ったのかぁ、このクソガキその2!!」
「自分は笑っていません、モンシア中尉!」
思い返せば、自分達はモンシア中尉にマトモに名前を呼んでもらったことの方が少ないよな・・・・と、キース少尉はうっそりそう思っていた。昨日の小隊編成の関係から、ウラキ少尉とキース少尉の二人はずっとモンシア中尉と一緒のスケジュールになってしまっている。・・・・つまり、今待機任務中なのがベイト中尉とアデル少尉で、それ以外の三人、つまりウラキ少尉と自分、それからモンシア中尉の休憩時感が一緒だったため、今、この食堂で顔を合わせる羽目に陥ってしまっているのだ。
「・・・・あっ、僕らの番だ、やった!行こうぜキース!」
しかし、そんなモンシア中尉をものともせずに、ウラキ少尉はマイペースに列に並んでいた。(恐ろしいくらいの鈍感さだった。)
「・・・・ウゥウラァアアキイイ!てめぇは、人の話聞いてんのか!」
「聞いてますよ!・・・・ええっと、俺、まずダイコン!」
カウンターの向こうで鍋を目の前にして待ち構えていた料理長が、少し面白そうにこう言った。
「来たな、ウラキ少尉!・・・・軍隊生活は長いが、『おでん』を特別ニューでリクエストされたのは初めてだ!・・・・さあ来い!」
「それじゃ・・・・次は卵!」
「なんでも来い!・・・・コンニャク以外なら!」
「うそっ、それじゃごぼ天とか、はんぺんとかあるのか!」
「もちろんある。」
「・・・・もち入り巾着は??」
「ある!」
「すごい、それじゃ、あとこぶ巻も!」
「ちくわぶはいいのか。」
「もちろんもらう!・・・・すごいー!!」
「・・・・・・・・・・・・・」
・・・・いや、すげえのはお前らの会話だ。・・・・と、キース少尉とモンシア中尉は思った。
「・・・・オイ、半人前その2。」
「お言葉ですが、俺にはキースって名前がありますよ、モンシア中尉!」
キース少尉がそう答えると、モンシア中尉は非常に複雑な顔をしてキース少尉の顔を見た。
「・・・・おでん、ってのは一体なんだ。・・・・『おでん』が料理の名前じゃねぇのか?頼まねぇといろいろ入って来ないのか?」
仕方が無いので、キースは説明した。
「いや・・・・『一人前』って頼めば、普通に適当に盛り付けてくれますよ。鍋で煮込んだ料理なんですが、好きな『具』の単位でそもそも買えるものらしいんですよ。」
「・・・・お前、詳しいな・・・・」
「・・・・コウと付き合いが、長いですからねぇ・・・・。」
そんな二人の会話を差し置いて、ウラキ少尉はまだ楽しそうに「じゃ、牛すじとがんもどきも!!」と叫んでいた。
「・・・・大体なんだ、肉が牛すじだけってのもよ・・・・」
「モンシア中尉、タコも肉ですよ!」
「・・・・タコなんか、肉のうちに入るか、タコなんか!・・・・バッカじゃねぇのか、小僧!こんな料理を特別メニューで頼みやがって・・・・」
ぶつぶつ文句を言いつつも、結局キース少尉も、モンシア中尉も無事『一人前』のおでんをよそってもらって、最終的に一つの食卓を囲んで一緒に座っていた。
「・・・・俺、結構似合うと思うんですよ、モンシア中尉に。・・・・赤ちょうちん。」
「赤ちょうちんってなんだぁ、あぁ!!??・・・・てめぇの言ってることの半分も意味が分からねぇって言ってんだよ、このお坊っちゃんが!」
ああ・・・・そんなウラキ少尉と、モンシア中尉の会話を聞きつつ、キース少尉は卵にパクついた。・・・・そう言えば今日、まだ一回もまともに呼んでもらってないや。
「屋台のことなんです。・・・・モンシア中尉は・・・・屋台って分かります?日本じゃなくてもいいんですけど、旧アジア圏だと、けっこうあるんですけど、屋台。」
モンシア中尉はまたしても言葉に詰まった。・・・・それから、厚揚げをフォークでぶっ刺しながら(何故ならモンシア中尉は箸が使えなかったからだ、)こう答えた。
「バーカおまえ!・・・・俺は宇宙を股にかけて、コロニーからコロニーへ旅をしつつ、宇宙人を倒しまくった男だぜ!・・・・ま、アジアに行ったことは確かにねぇがな・・・・。」
すると、ウラキ少尉は非常に面白そうな顔をして身を乗り出して小さな声でこう言った。
「・・・・あのですね、モンシア中尉!」
「・・・・なんだよ、半人前!」
モンシア中尉はまだ面白く無い顔をしつつも、それでもウラキ少尉に返事をした。・・・・すると、ウラキ少尉が嬉しそうにこう言った。・・・・だいこんをかじりながら、こう言ったのだ。
「・・・・日本じゃね!・・・・赤ちょうちんの屋台で、仕事帰りに、仲の悪い職場の同僚なんかが・・・・おでんを食べて、仕事のグチなんかを言ったりして、それで仲良くなるんです。・・・・お酒を飲みながら、おでんとか食べているうちに。・・・・身体が暖まって、味が身に染みてきて。・・・・そう考えると、なかなか美味しいでしょう?・・・・おでん。」
・・・・・果たして、その言葉を聞いてモンシア中尉は少し思い直したらしかった・・・・「バーで頼む、ヨークシャープディングみたいなものかよ」などと呟いている声が聞こえる。・・・・そういえば、モンシア中尉は旧ヨーロッパ、イギリスの出身なのだ。
「・・・・フン!・・・・それじゃあしかたねぇなあ、ウラキ少尉・・・・・」
その日初めて、モンシア中尉はウラキ少尉をまともに呼んだ。隣ではんぺんを食っていたキース少尉は多少なからず驚いた。・・・・・この『ウラキ少尉』は。
「・・・・一緒に『仕事のグチ』とやらを話してやろうじゃねぇかよ!・・・・意外にイケるな、この『おでん』っての。
昨日、モビルスーツを四機一気に撃破した時に、コウを呼んだ『ウラキ少尉』と同じイントネーションだ。小馬鹿にした感じがない。
「・・・・でしょう!!このダイコンが、味が染みたのが、また美味しくてですね・・・・!」
「ニンジンが入ってる料理じゃ無くて、本当に良かったな、ダイコンでな!・・・・あぁ失礼、そんなの頼むワケないかぁ〜?お前がな〜。」
「どういう意味ですか!」
そこへ、遅れてニナ・パープルトンと、モーラ・バジット中尉が現れて、一気に食卓は華やかになる。・・・・キースは思っていた。ほんと、暖まるよ。
おでんってのは、心の暖まる料理だよ、と。
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