ペガサス級の強襲揚陸艦の通常の定員というのは、二百余名を超える。ことさらに『通常の』定員と強調したのは『ペガサス級』というと誰もが一年戦争時に活躍した二番艦、『ホワイトベース』のことを思い浮かべるからで、確かに『ホワイトベース』は艦長以下(それも正式に任命された人物ではないと聞いた、)たった数十人で運用されていたのだが、しかしそれはあくまでも非常時だったからであって、ペガサス級の強襲揚陸艦の定員というのはやはり二百余名ほどであるのが正しい。戦艦なんてのは、大きくなればなるほど人をくう。通信兵、砲兵、機関兵、整備兵。・・・・色々いろいろ。それが普通だ。
ここまで考えて、俺は非常時、というのもどうだろうな、とふと思った。というのは、戦艦は戦争をしているのがそもそも『通常』であって、だとしたら戦時下で要員が足りず、現地徴用兵を書き集めて数十人でなんとかしていた『ホワイトベース』というのは、別に非常時だったワケでもないような気がしたからだ。・・・・このへんはどうなのだろう。微妙だ。
『・・・・キース少尉!あんた、用が済んだらさっさとコックピット開いてくれないと、整備が出来ないでしょうが!聞こえてんの!』
俺のそんなうすぼんやりとした考えは、メットに響き渡る技術士官の・・・・あのデカ女、モーラ・バジット中尉の叫び声でかき消された。
「・・・・聞こえてるってーの!・・・・恥ずかしいな、やめろよ、みんなに聞こえるだろ!開けるよ!!今開けます!」
『・・・・あのね、』
俺はインカムに向って怒鳴りまくっているであろうアルビオンMS整備班の班長を・・・・これ以上怒らせないために急いでジム・キャノンのハッチを開いた。これは、アルビオンに乗ってから・・・・つまり、奪還作戦に志願してから回された機体で、今も演習の為に乗っていただけに過ぎなかったのだが、ことのほか俺はこの機体に舞い上がっていた。というのも、そもそも連邦製のモビルスーツが俺の乗機になったのが初めてだったのである。トリントンでテストパイロットをやっていた時も、それから士官学校の生徒だったときも、乗った機体と言えばザクばかりだった。それが一気に新品の、支給されたばかりのジム・キャノンだ。MS乗りなら絶対舞い上がる。
「・・・・さっさと降りる!」
「降りますよ!」
ハッチを開いた瞬間、開けっ放しだったアルビオン右舷格納庫の入口から・・・・驚くくらいの夕日のオレンジが目に飛び込んできて、少し驚いた。それから、叫び声がしたので足下を見てみると、モーラ・バジット中尉が仁王立ちで十メートルほど下から睨み付けていたので、そそくさとコクピットから滑り降りた・・・・おお、恐い。
「・・・・キース少尉、新米だけあって知らないみたいだけど・・・・」
格納庫の床に降り立った瞬間、モーラが首をすくめてそう話しかけてきた。格納庫は騒音に満ちている。何人もの人間が、戦艦を戦艦たらしめる為にここそこと動き回っていた。せわしない、そして騒々しい空間だ。「・・・・キース、十分後に着替えてブリーフィングルームに集合!」というベイト中尉の声だけが、キャットウォークから聞こえて来たので俺は「イエッサー!」と叫び返して、モーラの方を向いた。
「何だって?」
「・・・・だから、あんた新米だけあって知らないみたいだけど・・・・さっきみたいのはさ。」
「さっきみたいの?・・・・どれのことだよ。」
あいかわらず仁王立ちのモーラの後ろから、夕日が差し込み続けている。
「『みんなに聞こえるだろ!』って言ってただろ?・・・・ありゃ、聞こえてないよ、安心しな。」
「・・・・え、どういう意味だ?」
アルビオンに乗って、トリントンを飛び立ってから・・・・今日で三日か。残存ミノフスキー粒子はアフリカ方面に向っている、ということだから今はインド洋の上あたりなんだろうか。
「つまりね。・・・・あんた、本当に何にも知らないんだね!まず、戦闘中の会話、ってのはブリッジにも、艦内中にも丸聞こえだよ、確かに。それから、練成訓練とかの、そういう通信も確かに司令系統にも、格納庫にも聞こえてるね。・・・・だけどまあ、『終了』の声がかかった時点で通常は、司令系統の通信はカットされるものなんだよ。・・・・あとは格納庫で待ち構えている、整備班にしかコックピットの中の音声なんて届かないよ。」
「・・・・つまり?」
・・・・俺は急に、開いたままの格納庫の出口付近まで歩いて行って、インド洋の夕日を眺めてみたくなった。・・・・モーラの後ろに、仁王立ちのモーラの後ろに輝き続けているオレンジ色の光は、なかなか綺麗に思えたからだ。滅多に見れないくらいの立派な色だ、と俺は思った。いや、夕日が立派なんだか、仁王立ちのモーラが後光を背負っていて神々しいんだか、どっちだか。
「・・・・だから、整備主任の、私しかコックピットの中のパイロットの寝言なんか聞いちゃいないよ。・・・・安心するんだね、ヒヨッコさん。」
「・・・・ペガサス級には・・・・二百人以上も人が乗っているのに?」
「はぁ?」
「・・・・モーラにしか聞こえねぇの?・・・・二人だけで会話することになるのかぁ?」
「・・・・ま、そういう仕組みになってるね。・・・・私が整備班の・・・・班長だからね。」
最後の「班長だからね。」を言いながら、モーラは少しだけ誇らしげに微笑んだ。・・・・・それってちょっと、
「・・・・最初に俺に会った時、言った台詞を憶えてるか?」
・・・・面白く無いか?
『私の手が離せないほど好きなら付き合うよ!・・・・夕焼けでも、デートでも!』
「はあ!?・・・・いや、憶えて無いけどね・・・・なんて言ったっけ?」
「んじゃ、話は変わるんだけど、今日の夕日って綺麗じゃないか?・・・・これって、格納庫のフチまで行って、見れたりするのかな。」
「あのさ、あんたはバカかい、キース少尉!!今アルビオンは飛んでるんだよ、なんでわざわざそんな酔狂なことをするのさ!」
「ところでモーラ、『夕日』を見た事あるか?」
「・・・・あのね、私は地球生まれだよ!ここに配属になる前も、ジャブローにいたんだから、死ぬほど見たよ、夕日なんか!!・・・・ジャングルに沈む、凄いのをね!」
「フラミンゴの群れとか飛んでるのか、ジャブローの夕日って。」
「そうそう・・・・って、あんた、ミーティングはいいのかい!・・・・遅れても知らないよ!?」
「・・・・やっべぇ!」
俺は駆け出した。・・・・時間までに着替えて、ブリーフィングルームにたどり着けるのかどうか微妙なところだったが。・・・・そして、なんとなく心に思っていた。・・・・ペガサス級強襲揚陸艦には二百人以上も人が乗っている。・・・・でも聞こえない。・・・・俺とモーラの会話なんかは、他の人には聞こえてないって言うんだ、それってなんか、
・・・・面白く無いか?
だったらいつか、
・・・・・だったらいつか、モーラととびっきりの夕日を、絶対二人で見にゆこう、とか。あの最初の言葉を信じて。
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