シャワールームから出て来たら、目の前の通路にニナがいて驚いた。・・・・ニナ・パープルトン、アナハイム社のシステムエンジニアだ。
「・・・・・どうも。」
「あの、ウラキ少尉、さっきは・・・・」
さっき?・・・・と、言われても、自分はついさっきまで戦闘に参加していた。しかも、その作戦行動は失敗に終わったので、取急ぎ着替えて、シャワーを浴びて、これからブリッジに怒られに行くところだ。自分達の小隊は敵の陽動作戦にひっかかり、まあ散々な有り様だったから、バニング大尉はかなり怒っていることだろう。そんな自分に何の用事があるって言うんだ?・・・・そこまで考えて、ウラキは急に気づいた。アレか。・・・・ガンダムの使い方がマズかったとか、そういう文句か!
「あの・・・・ごめん、僕とりあえずブリッジに行かないといけないので・・・・」
「違うの、たいした用事じゃないのよ!」
話なら後で聞くよ、と言おうとしたのだが、どうもニナの様子がおかしい。それで、仕方ないのでウラキも立ち止まった。
「じゃあ、何の用事ですか?」
「その・・・・」
彼女は何かを言いかけているのだが、どうしてもそれが上手く切り出せないらしい。そのくらいのことはウラキにも分かったが、そういう女性をどう扱ったらいいのか、という知識は皆無だった。・・・・どうしようかな、やっぱり後にしてもらおうかな・・・・などと考えつつ、少し俯いたニナ・パープルトンのふわふわした金髪を眺めていたら、急に一つの単語を思い出した。
「・・・・・・・・『カリナン』。」
「は?」
その、ウラキの唐突な言葉に、今度はニナが顔を上げて分からない、という顔をした。
「いや、あの・・・・『カリナン』って言葉があったよな。ごめん、何の、どういう意味の単語かは憶えていないんだけど、そう・・・・モビルスーツに関係した言葉では無かったような気がするなあ。今、ニナさんの金髪を見てたら急に思い出したんだ。」
ニナ・パープルトンはそれこそ変な顔をしてウラキ少尉の顔を見つめ直したが、一緒に首をかしげてくれた。
「忙しいんじゃ無かったの?・・・・他に、ヒントはないの?私も聞いた事があるような気がするわ、『カリナン』。」
「モビルスーツに関係する用語だったら、絶対二人ともすぐに気づいてるよな、えーっと、なんだっけ・・・・そうそう、最初は『キンバライト基地』って言葉を聞いた時に、一瞬思い出したんだ。『カリナン』。」
そうだった。・・・・つい先ほどまで戦っていた、アフリカの大平原のことを思い出す。・・・・空に向って消えて行った、ガトーの乗ったHLVの吹き出したひとすじの雲。・・・・その雲は、今もブリッジに行けば見れるだろう。・・・・本当につい先ほどのことだったから。それは自分達の敗北を示す白い軌跡だ。
「・・・・・アフリカ・・・・キンバライト・・・・カリナン・・・・あっ!」
ニナが、急に口元を押さえて叫んだ。
「な、なに?」
ウラキは少し驚いたが、もういいかげんブリッジに行かなきゃマズいよな、と思って通路を歩きだしたところだった。ニナは、そんなウラキの後ろ姿に向って、こう言う。
「・・・・ダイヤモンドの名前よ!カリナン・ダイヤモンド!たしかイエローダイヤよ、原石で3,105カラットもあった、史上最大のダイヤモンドの名前!」
「・・・・・あぁ!」
それで、ウラキもやっと理由が分かった。・・・・キンバライト。ダイヤモンド鉱山跡。・・・・それで、それで『カリナン』なんて言葉を、思い出したのか。
「幾つかに割られて、昔は英国王室のセント・ジェームズ・クラウンや王杓に飾られてた、って聞いた事があるわ。」
「ああ、そうだったのか。・・・・ダイヤの名前か。ありがとうニナさん!すっきりしたよ、それじゃ僕はブリッジに行くから・・・・」
ダイヤの名前だったのか。・・・・本当にスッキリした!でも今は、とりあえずブリッジだ。ウラキは通路を奥に向った。
「・・・・あのね、ウラキ少尉!」
すると、その背中に向って、顔も見えないというのにニナ・パープルトンがまだ声をかけてきた。
「なんですか?」
ウラキは仕方がないので後ろを振り返る。・・・・すると、ニナ・パープルトンはなんとも言えない顔で、一言だけこう言った。
「さっきは・・・・あの・・・・嬉しかったわ。ウラキ少尉があのバックパック付きのザクを撃墜してくれなかったら・・・・きっと私、死んでたわ。・・・・・・・・ありがとう。」
・・・・今度はウラキが変な顔をする番だった。・・・・なんだって?今、お礼を言われたのか、僕?
「・・・・僕は、」
ウラキは随分離れてしまっている通路の端から叫び返した。
「・・・・ニナさんが、宝石なんかに興味があるのを知って、びっくりしましたよ!」
「・・・・どういう意味!?」
「・・・・女の人っぽいなあ、って思って!・・・・モビルスーツばっかりだと思っていたから!」
「・・・・だから、どういう意味よー!!??」
アフリカの大平原の真ん中で。
アルビオンは夕焼け空の真ん中に、身動きも出来ずに浮かんで次の作戦司令を待っていた。空には、綺麗な飛行機雲がまだ見えていた。
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