くそったれ



 マリーはなんだ、って言われたら多分『アバズレ』だ・・・・自分の女に対してその言い方も無いだろう、と言われそうだが、なんというかこの表現が一番合ってる。・・・・そうだ。『アバズレ』だ。どうしようもねぇ女だ。
「・・・・・ちょっと!あんた起きなよね、こんな時間に電話がかかってくるなんてあんたに用事に決まってんだから!あたしには十二時より前に起きてる友達なんていないのよ!!」
 そう言って赤毛のマリーから鳴り続ける電話を手渡されたのは・・・・・・確かに、昼の十二時前のことだった。いや、正確には十一時を少し回ったくらいの時間だ。ここ・・・・ここ、旧ヨーロッパ地区、ベルファストの時刻では。
「・・・・うるっせぇな・・・・」
「それはあたしの台詞よ!」
 さて、『十二時前に起きてる友達なんていない』と豪語したわりにはマリーはきちんと起きていて、しかもやる気十分で洗濯をしている最中らしかった。何故なら、電話は洗濯物の山ほど入ったカゴに放り込まれて目の前に運ばれて来たからで、それを俺は「おい、シュールな眺めだな」と、つぶやきながら受け取ったからだ。
「・・・・・もしもし・・・・あぁん?・・・・・俺はな、眠ぃんだよ・・・・・」
 きちんとした休暇は久しぶりで、ベルファストに『戻って』来たのは更に久しぶりだった。・・・・戻って、というのも変な表現なんだが。実は、俺とマリーは結婚していない。だから、別にここは俺の自宅ではないし、客観的に表現して良ければ・・・・つまり、マリーの家は、ダウンタウンにあるボロくて汚いフラットレットに過ぎなかった。
「・・・・・あー、分かった分かった、うるせー・・・・」
 ありがちな連絡だったのでさっさと電話は叩き切ってやった。
「・・・・なんだって?」
 見ると、マリーが今度はフライ返しを片手に、ベットルームを覗き込んでいる。・・・・オイ、洗濯はどうなった。途中じゃねぇのか。
「・・・・いつも通りだ、『完全な休暇のはずでしたが、申し訳ないのですが、準待機に・・・・』とかなんとかあの通信兵のクソ野郎がよ。言ってた。・・・・・俺はさんざん宇宙人を倒した後だってのに!」
 俺は思わず枕をつかんで壁に投げ付けた・・・・『宇宙人を倒した』ってのは『ジオン残党軍と戦った』と同義語だ。と、その時マリーの後ろからヒョイ、っと小さな顔が現れた。
「・・・・モンシア、かえるのか?」
「・・・・・・呼び捨てにするんじゃねぇ、クソガキ!・・・・『モンシア様』と呼べ!」
「クソモンシア。・・・・・かえるのか?」
 ・・・・・ウィリーだ。つまり、マリーのガキだ。・・・・念のため、俺が産ませた子供じゃ無い。・・・・多分。
「ほら、ウィリー!あんたはどっかそこらで遊んできな!飯だってさっき食べただろ、お前は!お昼はまだだよ!」
 マリーがそう言ったが、ウィリーは俺と戦う気まんまんらしい。
「・・・・・さっさとかえっちゃえ、バカモンシア!」
 盛大な助走をつけて、四歳のガキが俺に飛びかかって来た!グエ、と俺はカエルの潰れるような声を上げた。・・・・腹の上に思いきり飛び乗られてはいくら俺でもそんな声が出る。
「・・・・・・テメェ・・・・やりやがったな・・・・!!」
 俺は起き上がると、パンツ一丁のままウィリーとベランダへ転がり出た。ぎゃあああ!というような声を上げて、ウィリーは逃げた。
「チンコふんでやる!」
「今日という今日は許さねぇぞ、クソガキ!」
「・・・・あーもう、男共はバカでどうにもなんないね!・・・・もう、昼を作るからそれまでそこでジッとしてな!」
 マリーは勢い良くボロフラットのベランダに俺とウィリーを閉め出した。



 ・・・・・ボロフラットのベランダからは、ベルファストの軍港が良く見えた。



 マリーっていうのは本当にアバズレ女で、軍港にあるありがちな飲み屋の女で、赤い髪で、大きな目で、すぐに癇癪はおこすし、失恋して良く泣くし、男勝りでキップはいいし、なのに胸はデカいし・・・・とまあ、ともかくイイ女だった。俺の知りうる中では最高にイイ女の部類に入る。
「・・・・あー・・・・見ろよ、閉め出されたじゃねぇか!」
 しょうがないので俺は十月の寒空の元、四歳のガキに文句を言ってみた。・・・・いや、いくらなんでもパンツ一丁でベランダはマズいだろうと思ったからだ。
「ざまーみろ。」
 チビのウィリーは中指を立てた。・・・・クソガキが!俺は思った。顔かたちだけはマリーに良く似ている。赤い巻毛で、大きな瞳だ。ただし、会う度に、どんどん変な方向にばかり知恵がついているのには驚かされる。・・・・さすが、マリーの子だ。
 マリーと初めて出会ったのは、もう本当に昔・・・・俺がモビルスーツパイロットになるより、ずっと前の話だ。・・・・軍人になったばかりのころだ。俺は三等兵とかだった。一年戦争よりもちろん前だ。そのころは変な戦闘機に乗っていた。そういう機体しか、その頃の連邦軍には無かった。
「・・・・・おい。良く見ると、お前、暖かそうなもの着てるな?」
「モンシア、にあうぜパンツだけのかっこう。」
「・・・・・蹴り飛ばすぞクソガキ・・・・」
 その日、その十月の日、ウィリーは手作りらしいカーディガンを小憎らしいことに着ていた・・・おい、マリー、たまには俺にもそういうの作ってくれよ。
 俺とマリーは長いこと、決まった相手ってんでもなくて、俺がベルファストに寄った時には必ず顔を出す客と店の女、くらいの関係だった。・・・・マリーも俺も、それなりに年を取って、マリーに至っては、いつの間にか子供まで産んで、でも『切れなかった』。・・・・・チビのウィリーの本当の父親が誰かなんて知らないし、アバズレの赤毛のマリーが何処で何をやっていても俺は一向に気にしなかったが、でも『切れなかった』。・・・・・そうして、よほど経ってから思った。



 ・・・・ああ、俺はマリーと生きて行くかもしれねぇ。



 それはある日、本当に急に思ったのだ。マリーが俺の嫁になる。・・・・悪く無い。
「・・・・モンシア。」
 その時急に、パンツ一丁で凍えていた俺に、ウィリーがそう言うので俺は驚いた。
「・・・・んだよ、クソガキ。」
「おれはウィリーだ。・・・・・モンシア、いくのか?」
 ・・・・・・ある日戻って来たら突然子供の出来ていたマリーにも驚いたが、言葉が話せるようになった瞬間から、日々口悪くなってゆくウィリーにも驚いた。・・・・が、その時の比じゃなく、その日・・・・・十月十三日のベルファストで俺は驚いた。
「・・・・・あぁ。俺はそれが仕事なんでな、『行け』と言われたら行く。」
「・・・・・かえってくるのか。マリーが・・・・マリーが泣く。クソモンシアがかえってこなかったら、きっと泣く。」
 ・・・・・間違い無く、その瞬間、いつも俺に中指を立てているハズのその育ちの悪いクソガキはベランダでそう言った。・・・・・俺はその時に、絶対にこの場所に戻って来ようと思った。・・・・・何があっても、だ。・・・・男じゃねぇか、ウィリー。



「・・・・・・・電話。・・・・・また来たから。・・・・・あと、昼が出来たよ、男共。」
 驚くくらい静かにベランダの窓が開いて、マリーが中から電話を俺に差し出した。・・・・俺はウィリーを小脇に抱えて、これ幸いと部屋の中に飛び込んだ。・・・・十月のベランダは、パンツ一丁で過ごす場所じゃねぇ。・・・・ここはイギリスだぞ、ベルファストだ。・・・・軍港のある街だ。



「・・・・・・もしもし。」
 一分ほど話をして、そして切った。・・・・振り返ると、マリーはまったく柄でもなく心配そうに、そしてウィリーは中指を立てて俺を見ている。近頃憶えて、人に中指を立てたくてしかたのない四歳のガキなんだろう、ああまったくマリーの息子だ。
「・・・・くそったれ、」
 その台詞しかまず出てこなかった。・・・・・くそったれ。・・・・本当にくそったれだ!!
「・・・・オーストラリアに、」
 俺は手短に説明した。・・・・軍の規則には秘匿義務などという、なかなか御大層な決まりごとがあるが、俺は心から自分の家族だと思うこの二人に、ありのままの事実を、ただ説明するだけだ、とそう思って勝手に納得した。
「・・・・落ち着いて聞けよ?・・・・オーストラリアに、トリントン、って連邦軍の基地がある。・・・・そこから、核が盗まれた。・・・・・ついさっきらしい。向こうの時間だと・・・・午後九時くれぇか、」
「・・・・・・・・」
 マリーはまったく固まって俺を見ている。・・・・ウィリーは中指を立てたままだ。
「・・・・・ちょっと行かなきゃならねぇ、パイロットが足りないらしい。・・・・ったく、ジオンの残党だかなんだか知らねぇが、」
 ・・・・・それだけ言った。
「・・・・昼飯は帰ってから食う。・・・・それまでは、酒しか飲まねぇよ、おい、泣くなよマリー。」



 俺がベルファストから輸送機に乗る時最後に見た光景は、港まで見送りに来たエプロンをつけたままのマリーと、



 そのマリーのエプロンにしがみついてやはり中指を立てていたウィリーの姿だ。・・・・おい、俺は生きて帰るぜ。なんだよ、情けねぇ顔をするな、だってウィリーとの喧嘩の決着がついていない。良く考えても見ろよ。・・・・マリーは赤髪の、アバズレの、気分屋の、軍港のある街の、飲み屋の女だ。・・・・そうして俺は、



 柄の悪いモビルスーツパイロットだ。・・・・似合いじゃねぇか。ああ、まったく似合いじゃねぇか。





 俺はやけに上機嫌で、輸送機の中で『ワイルド・ホーク』を半分ほど空にした。・・・・まあ見てろよ、俺は必ず生きて帰るから。





     





確かモンシアが輸送機のタラップを降りてくる途中で、最初に言う台詞が・・・・
「マリーは待っちゃくれねぇよ!」なんです(笑)。


・・・・・・はい、星の屑2004スタートです(笑)。




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