今期から「MS(モビルスーツ)実習」が必修科目ととして採用され、それを受ける正式な第一期の候補生が俺達だ、と入学式で聞かされた時にはさすがにわくわくした。・・・・ナイメーヘン、という地球の旧ヨーロッパ地区にある地球連邦軍高等士官学校の入学式での話だ。俺は別にMSマニアでもなんでも無かったが、それでもやはりわくわくしたのだ。・・・それは、まさに新しい時代が始まった、ということを実感させてくれる出来事だった。俺達の一期前まで、この学校の授業にそんなものは無かった。必要となって始めて、その授業は産まれたのである。
一年戦争、と呼ばれた戦争が終結して、九ヶ月ばかり経った0080年9月のことだった。俺は、遅ればせながら士官学校の門戸を叩いた・・・というと響きはいいが、なんのことはない、通常の学校を卒業してから入学しようとしたらたまたまこの年だっただけだ。しかし、この一年で地球連邦軍の「士官学校」の意味合いはまるで違うものに変わってしまっていた。
うまく説明出来るかどうかは分からないのだが、つまりはこういうことである。そもそも、長らく「地球連邦軍」というのは「戦わない軍隊」だったのである。・・・おそらくは、その創設の当初から。地球全体が連邦として一つにまとまってしまった状況下で、いったいどこに軍の必要があるというのか。何と戦うというのか。そういった軍隊であったのである。しかし、まあ宇宙世紀の歴史が続き、コロニーへの移民が続き、人類が生活をする空間が信じられないスピードで開拓者達によって広げられていってその後もなお、もちろんその軍隊は存在し続けたのであった。
しかしそうなると、その軍隊そのものに「別の意味合い」が産まれてくる。どういったら分かりやすいだろうか、「名誉職」のようなものである。かつて旧世紀、十九世紀末の大国家であった大英帝国が似たような状態であったと何かで学んだが、いくばくかの肩書きが欲しいそこそこの名家の子息達・・・(書いていてアホらしいが実に、俺も間違い無くこの人種だった、)が、階級が欲しいが為に軍を目指すようになったのである。実際、地球連邦軍は戦っていない。そこの少尉やら大尉やら中佐になるのは、素晴らしく簡単な、そしててっとりばやい「肩書きを得る方法」だったのである。現実にそういうものだった。確かに数年間、士官学校を出た「エリート軍人」と呼ばれる人々は地方の基地に任官され、勤務こそしたが、あっという間に参謀本部に舞い戻って、現場の仕事は叩き上げに任せ、デスクワークと言う名の軍人とはとても思えないようなのんびりとした日々を送るのが普通だった。
さて、その現実が一変した。本物の戦争が起こったのである。それも、独立戦争だった。・・・それまでに経験したことも無いような一年間を、人類は過ごした。戦うはずのなかった軍隊が戦った。・・・そうして、どうにか戦争は集結した。そんな出来事の後の地球連邦軍士官学校がいかに人気が無かったかは、もちろん読んでいる方々にも分かっていただけるだろうかと思う。戦争が続いていたら間違い無く両親は止めたのだろうが・・・だがしかし、戦争は終結していたし、自分もいい年齢だったので、俺は士官学校へ入学することを希望した。・・・入学式では、先の記述の通り、今期から「MS実習」が行われることがアナウンスされた・・・それだけ、士官学校はお気楽な場所では無くなっていた。でも俺はどこか陽気だった。ああ、なにより、それは確かに戦争が終わっていたからだ。
そんな士官学校の入学式で、俺は一人の人物と出会った。・・・後に、かけがえのない友となる人物と、である。彼は、たまたま、たまたま俺のとなりの席に座っていた・・・そして、教官の『今年からMS実習が必須科目となる』という台詞に驚いたことに立ち上がりかけたのである。「・・・・うそっ!」彼は確かにそう言った。それから、入学式の会場だと気付いて立ち上がるのはやめたらしかった。そのかわり、彼は椅子に座りなおすと俺の方を向いて急に手を掴んだ。「・・・・・うそっ!なあ、どうしよう、僕うれしいよ!」・・・なんでそのときそいつは反対側のとなりに座っているヤツの手ではなくて俺の手を掴んだのかなあ、と今でも思う。「聞いたか、MS実習だってさ・・・・!」
それが、コウ・ウラキだった。
さて、コウ・ウラキという人物なのだが、どういう人物か一言で説明するのは難しい。男なら「あぁ、なるほど。」と理解してもらえるのかもしれないのだが、女性にその魅力を説明するのは少し難しいような人物。
彼は、俺と似たように、そこそこの階級の子息だった、つまり「『戦争が終わった後の士官学校』だったらなんとか親が入学するのを許すような」。実際、しばらく経ってから彼は俺に言った、親は士官学校に入学することにずいぶん反対したのだと。理由は、主に彼が一人っ子であったかららしい、そりゃ一人息子を軍人にしたい親は、なかなかこの世には存在しないだろう。
まあともかく俺は、彼のそんな家柄的側面では無く、通常の、人柄的側面について話をしたいと思う。その士官学校の入学式でたまたま知り合いになった俺達は、宿舎の部屋も講議の班も一緒で、ようするに実に長い時間を共に過ごすことになった。あっという間に自分達は仲が良くなったし、彼は話をすればするほど彼は面白い人間であったのだが、やはり女性にその魅力を話すのは難しい。でもまあ、敢えて今回は話してみよう。
どんな場面での男友達にもあるのだろうが、そういう人物と言うのはやはりいるのである、コウ・ウラキというのは気の短い人間なんかにはちょっと億劫がられるような、そういうタイプの人間だった。彼にはとんでもなく人を引っ張ってゆくようなカリスマも、ぱっとしたみかけも、何一つ無かった。しかし、彼は実に誠実で、あますところなく「いいやつ」だったのである。これが、俺に言える彼の学生時代に対する最大限の褒め言葉である。・・・ああそうだ、彼は「いいやつ」だったのだ。不器用なくらい「いいやつ」だったのだ。例え、悪ふざけに対する機転がきかなくても、シモネタに少しばかりついてこれなくても、そういう奴はやはりいる。なにより、ここを強調したいのだが、そんなごくごく地味な彼には「男友達」が多かったのである・・・・・これは重要なことだ。分かるだろうか、考えても見てほしい、「女友達ばかり多い男」にも「男友達しかいない女」にもろくな奴はいない。これは俺の勝手な持論だが、だが真実だと思っている。
そんな、一見地味だが実は話すと実に愛すべき彼の、人気が異様なまでに沸騰したこんな出来事があった。・・・確か、入学式から数カ月しか経っていない、まだ80年のことだったように思う。
戦争というのは不思議なもので、人殺しが正当化されたり虐殺をした人物が一夜にして英雄になったりする。それは異様な状態なのだが、みな麻痺したように熱にうなされているので、その最中になんかは冷静な判断と言うものがとかく出来なくなるものなのだった。・・・・80年の末、まだ混乱は続いていたし、地球もコロニーも、どこもかしこも疲弊したままだった。
変な話なのだが、その頃ひとつの「おもちゃ」が大流行したのである。これに関しては別に少し説明を加えなければならないだろう。その「おもちゃ」の名前は『ハロ』という。ボール状の、まあどういったらいいのだろうか、単純な動きをともない単純な音声を発する、どちらかと言うとおんなこどものおもちゃみたいなものだ。それが、大流行した。おんなこどもどころか、赤ちゃんから年寄まで皆が持っていた。もちろんそれは、士官学校でも流行った。一体何故だ、と思われるかもしれないがこのおもちゃについていたふれこみが凄かったのだ。・・・それは、アムロ・レイが作ったおもちゃだ、ということなのだった。
さて、アムロ・レイというのは一体誰だ、という話になるのだが、彼はまさに一年戦争の「英雄」だったのである・・・メディアの過熱ぶりは凄まじく、報道は戦争終結直後から早々とスタートし、あまりに露出が多かったので、俺は最後にはアムロ・レイの身長体重、髪の色から、誕生日やらその生い立ちについてまで詳しく知るはめになってしまった。実を言うとかなりどうでも良かったのだが。
ニュータイプ、という言葉はその時に初めて知った。ニュータイプにはあまり興味は無かったがジオン・ズム・ダイクンが唱えたと言う「エレズム」と「コントリズム」は少し面白いと思った。さて、そんな真新しい単語をちりばめながらメディアが過熱して報道する『この戦争は何だったのか』というような番組で、地球連邦軍の現地徴用兵だったというアムロ・レイのことが報道され、それで俺は初めて連邦軍もMSを持っていたことを知ったのである。一般人の知識というのはそんなものだった。アムロ・レイというのは年若かった。それも手伝って、皆が彼をニュータイプの救世主の少年にしたがるので、さしてとりえもなく見えるその同い年くらいの少年の画面に映る姿を見て俺は可哀想に思ったくらいだ。実際彼は俺と一つしか年が違わなかった。彼が形式的に軍学校に入学し、それを卒業して晴れて軍人になったときも大騒ぎだった。・・・・メディアは多分、「彼のおかげで戦争は終わったんだ」くらいのことにしたかったのである。
本当かどうかは知らないが、ともかくその撃墜数であるとか、戦歴であるとかだけが一人歩きし、もちろん彼は士官学校でも有名人だった。そして、彼が作った、というふれこみで発売された「ハロ」も大人気だったのである。まあ、アムロ・レイについてはこのくらいでやめておこう、だから、あまり俺には関係が無いから。
ともかく、そのハロが大流行していたときに、俺がコウ・ウラキと話したことには、もちろん彼もハロを持っていて、俺も持っていたのだが、「なんか女の子っぽいおもちゃだよね。・・・・こんなの、本当に作ったのかな?」ということだった。コウが、つまり彼が機械に明るくてMSなんかが大好きなことは三日も経たずに俺は知っていたので、だからこう答えてやった。「だって、女の子の友達にでもあげるために作ったものかもしれないじゃないか。」するとコウはひどく納得した顔をして頷いた。「・・・ああ、なるほど!僕には女の子の友達なんていないからそれは思い付かなかったよ!」・・・・まったく、コウという人間は万事こういう調子の人間であった。ともかく、彼がハロを目の前にして言うには、これは結構簡単なおもちゃで、こんなものくらいなら自分にも作れる、というのだった。そりゃまあ、大量生産されているおもちゃなんだからさ、とは俺もつっこまないでおいた。かわりに、こう聞いてやった。「・・・・じゃ、お前ならどんなの作るんだ?」・・・コウはしばらく考え込んだ。「いや・・・・そりゃまあ、僕ならもっと、こうロボットとかを。・・・乗れるようなのがいいなあ。」俺は笑い飛ばそうかと思ったが、コウがあまりに真剣なので笑い損ねた。ただ、思ったので言ってやった。「・・・・そんなのが作りたいならお前、士官学校じゃなくてアナハイム・エレクトロニクスにでも就職すれば良かったじゃ無いか。」するとコウは恥ずかしそうな顔をした。「うん、それは考えたんだけどさ、月って遠いから。」
果たして、俺はそこまでいうのなら、とコウをからかってやりたくなって、俺のハロのカスタムメイド化をコウに頼んだのである。『キース、アイシテルワ〜』・・・・と、ふざけたことをハロが言うようにお前作り替えられるっていうのか?とコウに手渡したのだった。・・・・俺は驚いた、頼んだ日の晩には、ハロはカスタムメイドされて俺の手許に戻っていたのである。『キース、アイシテルワ〜』・・・・ハロは俺のまわりを転がりながら確かにそう言った。俺はもう一回コウに言ってやった。少し感動していた。「お前、士官学校じゃなくてアナハイム・エレクトロニクスにでも就職すれば良かったじゃ無いか。」するとコウは真面目な顔でもう一回こう答えた。「うん、だからそれは考えたんだけどさ。月って遠いから。」
その直後のことだったのである。・・・・コウの人気はうなぎ上りに上昇し、誰もがコウにハロのカスタムメイドを頼みに来るようになった。ちょっと手を加えただけで本当にハロを改造してくれるコウの技術が素晴らしかったこともあるのだが、何より感動されたのは、コウが誰のリクエストも断らなかった点である。・・・あの当時、ナイメーヘンの一体何人の生徒達が、コウの元にハロを持っていったのだろう。しかし、コウは誰一人の頼みも断らずに、ひどい日は徹夜したり、休日を全部潰したりもしながらすべてのハロを見事にカスタムメイド化してみせた。・・・・・にこにこ笑いながら。
登場した時と同じくらい急激に、アムロ・レイは忘れ去られていって、俺もいつの間にやら予科を経て、一人前の軍人となるための道筋を順番にたどり、士官学校の卒業が近くなっていた。前にも書いたが、地球連邦軍の士官学校というのは妙に現実味の無いところがあって、皆戦うことよりはどういう順番で出世するか、何歳くらいの時にはどの階級になって、どの椅子に座っていればいいのかを考えるようなところがある。・・・自分で言うのもなんだが、「ナイメーヘン」という士官学校は名門中も名門の、由緒ある士官学校だったから、自分も勝手にそこそこに、出世して職を終えるのだろうな、くらいに思っていた。「・・・・・オーストラリア!?トリントン基地!?・・・・の、テストパイロットー!!??」だから、俺がコウの任官希望先を聞いた時の衝撃は大きかった。・・・・いや実をいうとテストパイロット、というのにはそんなに問題はない。それは、MSの実地試験訓練をする為のパイロットであり、実戦からは遠い。問題は、どちらかというとオーストラリアの方だったのだ。・・・・オーストラリアは田舎だ。一年戦争でコロニーが落ちたから、混乱もひときわ大きく、まだ復興の最中だ。どうして旧ヨーロッパや旧北米の、都市部に近いベース(基地)ではいけないというのだろう。「・・・・うん!・・・・どうかなー、俺オーストラリアがいいな、オーストラリアでMSに乗りたい・・・・」まったく分かっていない風で、コウはうっとりとそう言った。・・・・親が泣くぞ。まあ、コロニーに出向、なんてルートを選ばなかっただけマシなのか。俺は余計なことを考えつつもため息をついた。「・・・・はぁ、そう。・・・・オーストラリアねぇ・・・・」
ハロ騒動の時に、コウの人気はともかくめちゃくちゃに上がった。本当なら、アナハイムに就職していてもおかしく無いような、ただの機械いじりの好きな人間がなんだかひょっこりMSに乗りたいばかりに、士官学校いるって話で話題になった。馬鹿にしようと思ったけど、誰もコウを馬鹿には出来なかった。・・・それはもう、めちゃくちゃにコウが「いいやつ」だったからだ。
「オーストラリアね。」俺はもう一度確認した。「・・・・オーストラリアー!」コウの心はすでにオーストラリアに飛んでしまっているようだった。俺はつくづくこの三年間のコウ・ウラキを思い返した、そうだ・・・俺達は友達をやっていて、そしてそれは間違い無く楽しい日々だった。・・・・ああ、コンパに連れて行くメンバーとしてはイカした人選ではないが、だけれども間違いなく共にいて、最高に素晴らしいコウ・ウラキ!女はからっきしダメだが、男友達の多いコウ・ウラキ!機械をいじりだしたら口も聞かなくなるコウ・ウラキ!とんでもない数のハロを、にこにこ笑いながら、喜んでカスタムメイドしてくれるようなコウ・ウラキ!彼のことを、である。・・・・・自分は、嫌いじゃあないな。そりゃもう大好きだろう。
よほど考えた挙げ句、俺は両親に電話をかけてから、自分も任官希望先を「オーストラリア、トリントン基地」・・・と書き込んだ。・・・・うん、そうだな。そうなんだ。
分かるか、コウ。
コウのあまりの「いいひと」っぷりに、この学校で彼を好きになった人間は少なく無いと思う、誰もが彼を愉快な奴だと思った、何百個ものハロを笑いながらカスタムメイドした「いいひと」の彼を、だ。・・・だけど、俺は思ったんだ。コウは、そういうようにすべて皆に同じように誠実に接してくれたのだけれども、じゃあ俺は、逆に一生こいつにつきあってやろうかなあ、なんて。それくらいのことを思った、俺はついにコウにとってそういう友達になりたいというくらいの心境に至ったのだ、それくらいコウは素晴らしかった、ああそうだコウ、お前は一生気付かないかもしれないけれども。
ナイメーヘンの三年間で、お前は俺を「自分専用の友達」・・・・つまるところ親友にするくらいカスタムメイドすることに成功したんだよ、と。お前とこの先の人生も一緒にやってみたくてしょうがなくなってしまったよ!と。
俺達は揃って希望とおり、トリントン基地での勤務を叙任され、任官されることになった。・・・・この先に何が待っているのかまだ俺は知らないけれど、きっとコウと一緒なら楽しい毎日に違い無い。・・・・俺は今、そう思っている。
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