君のうまれた日



 ちょうど、十一月になったくらいの頃だったと思うのだけれど、学校でへんなことがはやり出した。学校ではいつもへんなことが流行っていて、それはたいていはモビルスーツカード集めだったり、もっと高学年になると「階級しょう集め」(階級しょう、って、軍人の人が制服のえりにつけているやつ、あれ。)だったりしたのだったけれど、今回のは本当に少しかわっていた。何かっていうと、『誕生日じまん』なのだ。
「・・・・おかーさん!俺!俺がうまれた日って、何、なにがあった日!」
 おかげで俺は、小学校から帰ってきたとたんに母親にしがみつくはめになった。だって、しかたがないのだけれど、俺がうまれた日のことなんか、もちろん俺は全然覚えていない。
「えー?・・・あんたは、まーた、下らないこと言い出して・・・・」
 夕御飯を作っていた母親はちょっとうるさそうな顔をしたけれど、でもまあ俺の話を聞いてくれた。つまり、今回のことを言い出したのはトムだった。トムっていうのは、俺のクラスのちょっと俺が苦手なやつである。でも、人気はあって、いつもみんなのリーダーみたいなやつだ。俺は、あまりトムの言ってることに納得できないこともあったけど、だけどトムに嫌われると恐いので、いつも言うことは聞いていた。そいつが、十一月に入ったとたんに、急に自慢しはじめたのだ。「・・・・俺の誕生日って、シャア・アズナブルと一緒なんだぜ!!」そこで、みんなは本当に気になりはじめてしまった。・・・・自分の誕生日は、それじゃ何の日だったんだろう!シャア・アズナブルっていうのはとても有名な人で、この世で知らない人間なんていなかった。俺は地球を凍らせようとした人だから、とても悪い人間なんじゃないかと思ったんだけど、だけどそいつもトムと同じで、人気はすごくあるのだった。なんでなんだろうなあ。
「あんたがうまれた日、あんたがうまれた日ね・・・・・って、そりゃ!そりゃあったわよ!めちゃくちゃ大変だったわよ!?」
 と、母親がそう叫ぶので、俺はとても期待した・・・・なんだ!俺もすごい有名人と誕生日が一緒で、それで自慢できるのだろうか!!
「だれだれ!・・・誰かうまれた日なのか、その日!!」
「違うって!・・・・・あんまりいいことじゃないわよ、あんたがうまれた日はね・・・・・」
 母親は、結局足にまとわりつく俺に、苦笑いしながらこう教えてくれた。





「・・・・・・・コロニーが落ちた日なのよ。」





 俺はちょっと失望した。コロニーが落ちるのはすごいと思うが、確かにあまりいい日じゃ無い。が、珍しい日なのは確かだろう・・・・これで、トムは少しは驚くかなあ。俺は思った。俺は、あまり人気のあるわけじゃないから、コイツなに言ってんだ、って、トムは鼻で笑うかもしれない。でもいいや。明日、学校で言ってみよう。
 俺は、忘れないように何度もなんども繰り返しながらベットにもぐった。・・・・コロニーの落ちた日。コロニーの落ちた日。





 次の日、やっぱり教室は誕生日の話題でいっぱいだった。みんな、なんとかして親に聞いたり、図書館で調べたりとかして、自分のうまれた日がどんな日なのか調べているのだ。それに夢中なのだ。トムのまわりにはやはり人だかりが出来ていて、話が盛り上がっているらしかった。俺がリュックを降ろして、椅子に座ろうとすると、何故か、ちょうど俺が目に入ったらしくてトムが話しかけてくる。
「・・・・よぉ!おはようビリー!・・・・そういや、ビリーがうまれた日って何があったか、まだ聞いて無いぜ!」
 誰とも仲良く話が出来る感じで、おまえのことだってちゃんと見てるよって感じで、今日もトムが話しかけてきたので、俺はやっぱちょっとトムは苦手だ、って思った。俺はいじめられっこにはならないように努力しているつもりだけど、どうして世の中にはトムみたいになんでも出来て、そのうえシャア・アズナブルと誕生日が同じみたいな人間がいるのかな?
「おはよう、トム。・・・・・ええっと、俺がうまれた日ったらさ、それが・・・・・」
 だけど、せっかく昨日母親に聞いたし、分かったのだから、俺はトムに自慢してやろうと思った。ちょうどその時、教室の扉がひらいて、先生が入って来た。
「おお!なんかあった日なのか!!??教えろよー!」
 トムも、そのまわりのみんなも、興味深げに俺の話を聞いている。先生だけは「ほうら!とっとと席につけ!」と言って、おかげで少し静まりかえり、俺が誇らし気に言った声は、やけに教室に響き渡ることになってしまった。
「・・・・俺がうまれた日って、コロニーが落ちた日なんだ。」





 ・・・・しばらく沈黙してから、トムは自分の椅子に大慌てで座りつつこう言った。
「・・・・えー!そりゃウソだろ、俺達がうまれた頃って、戦争やって無いから地球にコロニー落ちてないぜ!!」
「そうだよー」
 まわりのみんなも、バカにしてんだかなんなんだか、そういって声をあげる。
「コロニーは落ちてないだろ、」
「ビリー、年ごまかしてんのかー!」
 教室がどっと笑い声につつまれ、俺が恥ずかしくて死にそうになったときに、驚いたことに先生の声がこう言った。
「・・・・・静かに!・・・・・しずかに。お前達、なんの話をしてるんだ。」
 見ると、先生はとても変な顔で俺達を、生徒みんなの顔を静かに見わたしている。
「・・・・先生、自分がうまれた日に何があったか、って話です。今、みんなそれに夢中なんです。ビリーが、自分がうまれた日はコロニーが落ちた日だ、って言うんです。」
 すかさず、トムが分かりやすい説明を先生にした。・・・・こういう、俺でしかこういうことって、出来ないんだぜ、というトムの態度も、俺はあんまり好きでは無いのだよなあ、と俺は思った。
「・・・なるほど、分かった。・・・・それで、ウィリアム・ヴェルナー、」
 先生が何故か俺の名前を呼んだので、俺は心臓が止まるかと思った。すると、あいかわらずへんな顔をしたまま先生はこう言う。
「君の誕生日は?」
「・・・・・・83年、十一月十三日・・・・・・」
 しかたがないので、俺は正直にそう答えた。声がひっくりかえりそうになってしまった。すると、何故か先生は深いためいきをついてからこう言った。
「あぁ。・・・・・ああ、そうか。・・・・・・ええっと。みんなは、まだ歴史の授業でやっていないので知らなかったかとは思うのだが・・・・」
 先生はそう言うと、何故か教室の黒板の上にくくりつけてある世界地図を広げて、こう言った。
「それに、ここからだと地球の裏側くらい遠いところだからなあ・・・・ともかく、0083年の十一月十三日に、確かにコロニーは地球に落ちている。・・・・ここ。」
 そう言って先生は北アメリカ大陸を指差す。たしかにここ、オーストラリア大陸からは地球の裏側くらい遠いところだ。
「旧北アメリカ地区だ。・・・・・ここにな。みんな知ってるだろうけど、コロニー公社ってのがあるだろう?あそこが、コロニーを移送している最中の事故で、コロニーが落ちた。・・・・ということになっている。だから、まあ、83年の十一月十三日がコロニーが落ちた日なのは本当だな。」
 そこまで説明して、先生は本当に固まってしまった。・・・・なんだ?みんなが妙に思った。
「・・・・・先生?」
 そんなみんなを代弁するようにトムが声をあげる。すると、やっと先生は動き出した。
「・・・・あぁ。まあ、それはともかくとして、それじゃ、今日も授業を始めるか・・・!」
 その日、お昼休みに、俺は図書館に来るように、先生に呼び出された。





「・・・・やあ、ごめん。」
 俺の担任のその先生を、俺は別に好きでも嫌いでもなかった。・・・・とびきり素敵な先生でもなければ、嫌な先生でもない。そんな感じだ。ただ、まあ、トムのように目立つズバぬけた子供を、エコひいきしないあたりは、素敵な先生かとこれまで思っていた。だいたい、なんで自分が呼び出されているのか良く分からなかった。先生はまず謝って、それから何故か今クラスで流行っていることのいきさつを聞いてきた。
「・・・・はあ。なるほどね、トム・マクレガーの誕生日がシャア・アズナブルと同じで。それが原因でね。なるほど・・・・」
 そう、何故『誕生日じまん』などがはやりはじめたか、という俺の説明を聞いて、先生は心から感心しているらしかった。その時には、俺もさすがに自分も超有名人と同じ誕生日だったら良かったのにな、などとまた思った。だって、先生にまで感動してもらえる誕生日なのである!
「・・・・しかし、まあ・・・・シャア・アズナブルと誕生日なんかが一緒で、だからなんの自慢になるってんだろう?」
 しかし、その後の先生の台詞は、俺の想像以上にイカしていた・・・・『なんの自慢になるってんだろう』!そりゃ、その通りだ。俺は、それまでしみじみこの担任の先生と話をしたこともなかったのだけれど、なんだかこの先生が大好きになりはじめてしまっていた。ところで、シャア・アズナブルという人間が超有名人になったのは、この三月、今年の三月に地球に隕石なんかをボコボコに落としたからなのだ。あの時は本当に恐くて、俺はだからシャアという人はあまり好きでは無かった。だけど、俺の家はあまり金持ちじゃなくて、宇宙にも逃げられなかったものだから、だからまだこうして地球に住んでいる。
「・・・・で、それで、ビリー。」
 先生がそう言って俺を呼んだので、俺はちょっとびっくりした。先生は教室で俺を呼ぶように、『ウィリアム』ではなくて『ビリー』と愛称の方で俺を呼んでくれた!トムが知ったら悔しがるかもしれない。だって、トムは先生とかにだって、好かれるような子供だから。俺はちょっとイイ気分になった。
「そうか、ビリーは十歳か。」
「そうです。」
 俺は答えた。・・・そこは図書館だったので、俺と先生はヒソヒソ声で話をしていたのだけど、先生はひどく考え込んでいるらしくて、時々会話がとぎれた。それから、勝手に先生は呟いたりした。
「・・・・そうか、十歳か。・・・・そうだよな、十年たつのだもの。十歳になるよなあ・・・・・」
 俺は、どうしたものかなあ、と思った。だって、昼休みだったからだ。怒られるのではないかと思って、先生に図書館に呼び出されたのだけれども、先生の用事は違うらしい。このままだと、俺は昼ごはんのサンドイッチを食べそこねるかもしれない・・・・・と、そう思い出した頃、唸って考え込んでいた先生が、唐突にこう言った。
「・・・・・顔を見せてくれ、ビリー。・・・・そうか、君はあの日にうまれたのか。」
「・・・・・はい?」
 俺は言った。言って、先生の顔を見てから驚いた。・・・・・たいへんだ。





「・・・・・・先生?」
 ・・・・・先生は、何故か泣いていた。・・・・・たいへんだ。





「・・・・・ああ、ごめん。・・・・いや、良かった。」
「はぁ?」
 俺が呼びかける声に気付いたのか、先生は慌てて涙をこすっていたのだけれども、その先生の意味不明な台詞に、俺は分からなかったので適当な返事をした。すると、先生がこう言う。
「・・・・良かったな、って思ったんだ。・・・・・うまれていてくれたものがあって。」
 先生の台詞はどんどん分からなくなった。・・・・ああ、俺、あたま悪いのかな?
「う、えぇーっと・・・・・・・・え?」
「・・・・・ごめん、分からないよな。・・・・・だからね。・・・・・あの日に、」
 先生も俺が困っているのにやっと気付いたらしくて、苦笑いしながら、だけど俺の顔はしっかり見つめたままこう続ける。
「・・・・良かったな、って思ったんだ。初めて、良かったな、って思えたんだ。君の誕生日があの日だと知って。・・・・・・あの日に、うまれていてくれたものがあって、本当に良かった。」
 ・・・・・俺にはあいかわらずぜんぜん分からなかった。しかし、先生は俺を見つめて話しつづける。
「ビリー、先生は昔、先生じゃ無かった。・・・・ビリーがうまれた頃の話だよ。別の仕事をしていた。だけどその後、本当にその仕事が嫌になって、それで先生になったんだ。・・・・勉強をしなおして。学校を出直してね。」
 俺はしょうがないのでうなずいた。先生は、それが嬉しかったらしい。
「・・・・それでね。だけど、これでいいのかなあって、ずっと思っていた。シャア・アズナブルなんかが戦争をしていたときに、本当にそう思ったんだよ。その場に行きたくてしょうがなかった。だけど、今は自信をもってちゃんと言えるんだ、これで良かったんだよ、って。・・・・ビリーのおかげだ。」
「・・・・・・・・・・・えーと?」
 先生は、ついに自分のむちゃくちゃな話が、自分で本当に面白くなってきてしまったらしかった。そして、急に俺の手を掴むとこう言った。
「・・・・あぁ!もう、だからね。・・・・難しい話じゃないんだ、わかりやすく言えば、こういうことなんだ。・・・・・・ビリー、」
 先生はぶんぶん、とつかんだ俺の手をふった。





「・・・・・うまれてきてくれてありがとう。・・・・本当にありがとう。」





 ・・・・・俺は、あったりまえだけどそんなにまでも自分の誕生を人に祝われたことがなかった。母親だってそんなに祝ってくれたことがない。うちはそこそこに貧乏で、そんな、派手な誕生日の記憶もなかった。だから、困って・・・・・・本当に困ってしまった。俺は、ただトムに負けないようにしたかっただけなのに!!
「・・・・・・・・・ええっと・・・・・」
 ああ、いいんだ!と言いながら、先生はなみだ顔で、まだぶんぶんと俺の手をふっていた。





 ・・・・ありがとう。君がうまれてくれて。・・・・・・人生は、失うばかりではなく。・・・・確かに。










 確かに、何かもうまれ育つのだと、教えてくれて。・・・・・・・本当にありがとう。










 最後に別れるとき、先生は、俺の昼休みをつぶしてしまったのだけれど、サンドイッチを食べる時間があるのかどうか、本当に心配してくれた(ように、俺には思えた)。・・・・・・俺はといったら、まあトムのようになんでも出来る、かっこいい子ではなくて、だからトムが好きになれなくて、もっとパッとしたいくらいに思っていたのだけれど、
「・・・・ビリーが大人になったら、きっと話すよ。・・・・・・・あの時、何故コロニーが落ちたのか。全部・・・・全部ね。だから、約束だ、先生と。・・・・君は、かけがえのない、この世にたった一人の人間なんだよ。」
 そういう先生の言葉を聞いて、もっと頑張って、自信を持って生きてゆかなくっちゃあ、って思った。・・・・・誰もが別にどうでもいい日でも、俺の誕生日はコロニーが落ちた日で、それは間違いのない事実なんだ。・・・・・・うん。





 俺はその日家に戻ると、母親にこう言った。
「・・・・俺、うまれて来てとても良かった子なんだ!」















 母さんは呆れたような顔で俺を見つめて、それから・・・・・・・・・・・抱き締めるとキスしてくれた。俺はそうしてもらえて、





 その日はほんとうに嬉しかった。

     









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