『今日のかぼちゃ隊』 0079.11.07.
「・・・・うわぁあああああああああああっっ!!」
となりのとなり、くらいの部屋から壮絶な絶叫が聞こえて来て、自分の部屋を出たばかりだった俺は、
ため息をつきつつも足をそちらへ向けた。・・・・放って置くわけにも行くまい。仮にも、それは自分の隊の
隊長殿が上げた絶叫だったからだ。・・・ここは地球連邦軍、サラミス級戦艦、スルガの居住ブロック。
「・・・・・・少尉殿。」
俺はそう言いながら一つのドアの前に立った・・・・恐ろしいことに、この人の『絶叫』に関して言えば
俺は既に聞き慣れている。・・・・この二日ほどで。
「・・・・・・・・・・・・」
部屋の中から返事は無くて、変わりに激しい水音や、何かをひっくり返すような音が聞こえて来た。
「・・・・・少尉殿。・・・・少尉殿、大丈夫ですか。自分です、スティングレイ曹長ですが・・・」
「・・・・っ、あのっ・・・・・!!!!」
俺の二度目の呼び掛けが終わるか終わらないかのうちに、凄まじい勢いでドアがシュンッ、と開いて
彼が、つまり少尉殿が飛び出してくる。・・・・その格好を見て俺は呆れた。
「・・・・・あのっ、ごめん!遅くなっちゃって!!僕、寝起きが・・・・寝起きがあまり良くなくてね、
それで朝は長いことシャワーを浴びないと目が覚めないんだけど、それでぼーっとね、
シャワーを浴びている最中に今日が忙しいこととか、艦長に呼び出されていたこととか
やっと思い出して、それでさ・・・・!それでびっくりして叫んでしまって!!」
「・・・・・・・・・・」
少尉殿・・・・・ジャック・ベアード少尉はなにやら早口でまくしたてていたが、俺は
前述のとおり呆れ果てていたのであまりその内容は頭に入って来ていなかった。
「・・・・・・・いや、分かったんで、少尉殿。」
「・・・・・・・ああ、うん。そう?それじゃ、ブリッジだっけ?行こうか?」
「・・・・・・・ええ、行きますけどね、あの・・・・・」
「何だい?」
そこで初めて彼は、俺が変な顔をしていることに気付いたようだ。
・・・・仕方ないので俺は、少尉殿が適当に肩に引っ掛けていただけだったの制服の襟を急いで
引っぱり上げると、ホックを勝手に止めてやった。
「あれ?」
「・・・・・あのですね、少尉。・・・・そんな適当な格好でウロウロするもんじゃないッスよ、
軍艦の中ってのは。特に制服の時は襟元はきちんと閉じていてくださいね。」
「・・・・あぁ!ごめん、僕知らなかったもんだから・・・・そういうものなんだ。」
・・・・・アンタに限ってはな!と言いたい台詞を俺は飲み込んだ。かくいう俺はフライトジャケットを着ているので
襟がはだけていようがなんだろうが関係ない。ただ、一昨日この艦に着いたばかりの少尉には、
まだフライトジャケットが支給されていなかったのだ。
「あと、風呂上がりで濡れたままの髪の毛も良く無いかと思いますし・・・・」
ちくしょう。水滴を散らす頭をタオルでごしごし拭いてやりたいところだったがそれもない。
「それもごめん!だから、乾かしてるヒマが無くて・・・・」
「あと、風呂上がりでほっぺたの赤い顔も良く無いかと思いますね。それもどーかと。」
「・・・・・・そんな事言ってたら、個室のないみんなはシャワールームにも
行けなくなっちゃうじゃないか!!ええっ!?・・・・そういうものなのか!?」
・・・・・アンタに限ってはな!と、俺は心の中でもう一回繰り返した。
・・・・湯気をたて、頬を赤らめながら、非常に無防備に素肌をさらしつつ軍艦の中を歩き回る
『美少女』の上官を持つほど不幸なことはない。・・・・・いや、ジャック・ベアード少尉は
実をいうと間違いなく 男、なのだが!!!
ともかく、俺と少尉の二人はヘンケン艦長と他のモビルスーツ小隊メンバーが待つはずの、
ブリッジの入り口にやっとたどり着いた。
「・・・・・・風呂上がりのにおいがする!」
トダ軍曹・・・・ミツシ・トダ軍曹の第一声はそんなセリフだった。
「う・・・・おはよう、トダ軍曹・・・・・・」
確かにその通りだったのだが、他に返事の仕様もなく、何故か俺の後ろに少し隠れながら少尉殿はそう答える。
「おはよう、ベアード少尉。この艦にも、随分慣れたかな?」
そんな俺達の微妙な雰囲気に気付いているのか気付いていないのか、笑いながら
ヘンケン・ベッケナー艦長が声をかけて来た。
「さて、こうして我が艦でも立派に小隊を編成することが出来るようになったわけだが、
さっそく大活躍・・・・してもらうほどの仕事がなくて申し訳ない。まあ確かに
この艦は輸送艦だから、よほどの事が無い限り激しい戦闘をすることもないがね・・・・
そのかわりに、ベアード少尉にはたっぷり休んでもらえたのではないかと思う。」
仕事が無い、というのは本当だ。おかげで着任初日、我らが隊長はルナツーからの
長旅の疲れからか、それともトダ軍曹に尻を掴まれたショックからか(掴まれたのである)、さっさと自室に入ると寝てしまった。
「たっぷりなんてものじゃないです!お休みは頂き過ぎたくらいです、僕、今すぐ働けます!」
・・・・あんまりと言えばあんまりな少尉殿のその台詞に、トダ軍曹はぶっ、と吹き出し、
ゴルルコビッチ軍曹は眉根を寄せ、俺は頭痛を感じた。・・・・先生にイイトコ見せたい子供じゃねぇんだからさ、オイ。
「ははは、それは頼もしい。・・・・が、やはり通常の哨戒任務以外に仕事は無いな・・・・
それすらも、ベアード少尉はモビルスーツの到着がまだだから出来ないのでは無かったかな?」
「あっ、そうだった・・・・」
これも本当の話である。なんと少尉殿は、新しいジム一機と共にこの艦に到着する予定だったのだが、どういう手違いか(手違いか?)
本人だけが先に到着してしまったため、モビルスーツにも乗れていなかったのだ。とんでもないMS隊隊長がいたものである。
おかげで昨日、つまり二日目、彼は艦長と一緒に挨拶回りをしたり、ひどく簡単な小隊ミーティングを行ったり・・・・と、
まあそれくらいしかやることが無かった。
ちなみに、このブリーフィングの最中にもしつこくトダ軍曹は少尉殿をからかい続け、彼は二度目の絶叫を披露し・・・・
そして決定的にトダ軍曹を敵だと認識したらしい。おかげで未だにおびえている。更に言うと、
ゴルルコビッチ軍曹の体格と呼びずらい名前にも少しおびえており、結局・・・・結局俺に懐いていた。
「・・・・まあ、実はそのことで今日は朝から来て貰ったんだがね。」
モビルスーツの事を言われ、かなりしょんぼりとしてしまった少尉殿を見て、
ヘンケン艦長が面白そうな顔をする。そうして、近くに居たオペレーターに「どうかね」と声をかけた。
「はい、到着したようです。」
オペレーターの返事を聞いたヘンケン艦長は満足げに頷く。
「・・・・少尉のモビルスーツだが、たった今到着したよ。・・・・これでモビルスーツのことは問題無し、と。それから・・・・」
「・・・・・本当ですか!!??」
ヘンケン艦長のいたずらっこのようなやり方に少尉殿はしばしぽかん、とした顔をしていたが、
その内容を聞いてガッツポーズをしてもう一回こう言う。
「・・・・本当ですか!本当に僕のジムが届いたんですか!」
「本当だとも。・・・・まあ、それは後でゆっくり見に行くといい、今日は一つ仕事が・・・というか、
提案があってな。そう、それで君達に相談してみようと思って少尉だけではなくて全員に来て貰ったんだ。」
「・・・・・四人居ないと出来ないことですか?」
俺が一応代表してそう確認すると(なんで俺かというと肝心の隊長殿がモビルスーツの一件で
舞い上がってしまい、まったく隊長の役目を果たしてくれそうに無かったからだ、)ヘンケン艦長はちょっと考え込む。
「いや、一人でも構わないといえば構わないがな、スティングレイ曹長。・・・・しかし全員で考えた方が楽しいのではないかと。」
「なんですか、それ。」
これには トダ軍曹も不思議そうにそう返した。ゴルルコビッチ軍曹は表情の読めない顔をしている。
「・・・・つまりだ。せっかく小隊が出来たんだ、『名前』をつけてみてはどうだろう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺はその提案に一瞬不安になった。少尉殿がこの艦に来たおかげで、ヘンケン艦長が、
ヘンケン艦長までもが良く分からないお茶目さんになってしまったのではないか、と思ってしまったからだ。
「・・・・・・・しかし、別にこの艦にモビルスーツ隊は他に無いのだし、スルガのモビルスーツ隊、のままでも不都合は・・・・・」
同じような不安を覚えたのかどうかは分からないが、ともかく珍しくゴルルコビッチ軍曹がそう進言する。
「・・・・・・え、名前をつけても構わないんですか?」
すると、全くモビルスーツの事しか頭に無くなっている、と思われた少尉殿がこんなところにだけ反応してきた。俺はますます不安になった。
「つけたい名前でもあるんスか、少尉?・・・・なんか、こう、カワイイのはやめてくださいね。」
トダ軍曹がニヤニヤ笑いながらそう言って、少尉は少しムカっ、とした顔になったが、それでも続けた。
「あるよ!・・・・名前つけてもよいのだったら、あの、今って11月だろう?」
「そうですね。・・・・まあ、11月ですけど。」
俺はしょうがないので二人の間に割って入った。・・・・あぁあ、俺はいつからこんな保父さんみたいな役回りになったのだろう。
「そうしたらさ!・・・・11月って言ったら、もうすぐハロウィンだと思うんだよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
子供とお菓子のお祭りですね、とはさすがに三人ともツッこめなかった。・・・・いや、なんだか疲れる話になってきたなあ。
ヘンケン艦長はと言ったら、実に楽しそうに小隊の『名前』を相談する俺達四人を見ている。
「・・・・・・それでね、ハロウィンって言ったらやっぱ、ジャックオーランタンじゃないかって思うんだよね、
それでね、僕の名前もちょうどジャックじゃないか。・・・・だからさ、この二つをひっかけて、
『ジャック・ザ・ハロウィン隊』ってどうかと思うんだよね・・・・・うん、すごくカッコ良くないかな!
エンブレムはもちろんジャックオーランタンで!!」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
・・・・・どこがカッコ良いんだ!!??・・・・と、三人共が言いたかったが、それはやめておいた。
「・・・・・・・・分かりました、もう、それでいいッスよ・・・・。」
とりあえず俺は代表してそう言った。
「えっ、本当に?本当にいいの・・・・あの、本当は他のがいいんじゃないのか?」
少尉殿は嬉しそうだったが、しかし少し不安げに俺達を見上げてくる。・・・ああ、上目遣いだよ。
「・・・・・・・そんなことないですよ。・・・・ええ、かぼちゃね。」
「かぼちゃだな。」
「じゃ、これで決まりです、艦長!」
少尉殿が嬉しそうにそう言うと、ヘンケン艦長も頷いた。
「うむ、良い名前なのではないかと思う。では、格納庫の方に連絡して、絵心のある整備兵にでも
機体番号とエンブレムのペイントをやらせておくようにしよう・・・・カッコよくな。
今日はこれだけだ、まったく君達がうまくいっているようで安心したよ。・・・御苦労だった。」
「・・・・・・・・・・・・」
かぼちゃはどんなに頑張ってもカッコよくはならないと思うんですが、艦長。
「・・・・・・・・・・・・」
あと、俺達はうまくいっているのだろうか?ただ、この少尉殿の上目遣いに最終的に誰も勝てないだけなのでは?
「・・・・・・・・・・・・」
今日も疲れた・・・・・と、まあおそらく少尉殿以外の全員が、そんなことを考えながらブリッジを出ようとした時だった。
「・・・・おお、そうだ!もう一つ伝えることがあったんだった、すっかり忘れていた、ベアード少尉!」
急に何か思い出したようで艦長がもう一回声をかけて来る。
「なんでしょうか?」
少尉殿が今度はきちんと小隊を代表して振り返って、そう聞く。しかし彼はやっぱり、一刻も早く届いたばかりの自分の機体を見たいのと、
そこにかぼちゃおばけの・・・・・(ああ、あまつさえ『かぼちゃおばけ』だ!!モビルスーツ小隊ともあろうものが!!なんでかぼちゃの
マークなんか背負わなきゃならないんだ!!それくらいなら、まだ数字や艦名で呼ばれる方が良かった!!!)・・・・・の、
ペイントがされるのを見たくて見たくて仕方がないようだった。するとヘンケン艦長が頷きながら続けてこう言う。
「・・・・少尉のサイズの、フライトジャケットだがね。それも、昨日届いていたのだった、すっかり忘れていたよ。
これでますますモビルスーツ小隊らしくなるな・・・・いや、ジャック・ザ・ハロウィン隊、か。」
「・・・・本当ですか!」
少尉殿はこれも相当に嬉しかったらしく、またしても喜びのあまり父親に飛びつく子供のような状態になるんじゃないかと
俺は一瞬心配したが(実際彼は片足を艦長の方に踏み出しかけた、)それより先にまたしても・・・・またしてもトダ軍曹が余計なことを言った。
「・・・・ええっ、もったいない・・・・!」
「もったいないとはなんだね?トダ軍曹。」
ヘンケン艦長は言葉の意味を分かりかねたらしく、不思議そうな顔をしてトダ軍曹にそう聞く。俺はその後に、
トダ軍曹が何を言うかだなんておおよその見当はついていたが、あまりにバカらしいので止めかねた。
「だって!・・・・・もったいないッスよ、艦長!少尉殿は制服姿の方がいいですよ、
男も女も容赦無くボトムが白タイツ、という、看護婦も真っ青の、連邦軍自慢のセクシー制服!!
・・・・が、こんなにも少尉殿には似合うのに、ダボっとしたフライトジャケット姿になっちゃうだなんて・・・!!
あぁー、もうこのステキなシシャモ足は拝めなくなるのか・・・・・」
・・・・・念のため言っておくが、トダ軍曹は根っからの女好きで男に興味は無い。・・・・が、
少尉殿をからかうのがあまりに楽しく、また軽すぎる性格の為に歯止めがきかないのである。
・・・・もちろん、そんなトダ軍曹の台詞を聞いた少尉は、初日の出迎えの時と同じようにひどくぶ然とした真っ赤な顔をしていたが、
どうやら今回はハッキリと理由が分かったらしい。
「・・・・トダ軍曹!聞いておきたいことがある、あの、どうして君はそうやって、僕を・・・・その、僕の・・・・
あの、ともかく、つ、掴んだりとか・・・・・」
俺はこれ以上関わるまいと横を向いた。ゴルルコビッチ軍曹はとっくに明後日の方向を向いていた。
ともかく少尉殿はヘンケン艦長の見ている目の前で、涙目でこう宣言した(宣言した?)。
「そうやって、女扱いするんだよ!・・・・・・・・僕は男だよ!!」
・・・・・さて、これは余談であるが、八年後、これとほとんど同じ台詞をヘンケン艦長はまったく別の少年から何度も聞くことになる。
しかし、それはまた別の物語だ。
・・・・・ともかくこの日、0079の11月7日、ヘンケン艦長はまったくのんびりした調子でこう言った。
「・・・・あぁ!そう言われればベアード少尉は確かに女の子のような、可愛らしい顔をしているな。」
「・・・・・!!」
ヘンケン艦長にまでそう言われて、自分が女の子扱いでからかわれていたことをやっと理解した少尉殿は、ひどくショックを受けたらしい。
「ま、君らの仲がいいのは良く分かったが、上官は尊敬するようにな。・・・・さて、今度こそ本当に終わりだ。」
・・・・隊の名前が決まり、モビルスーツとフライトジャケットが届いたと言うのにその日の午後の少尉殿の機嫌は最悪になってしまい、
俺達三人はさんざんなだめたりあやしたり・・・・と、まあ、結局女の子の機嫌をとるのと変わらないようなことを
しなければならない羽目に陥ったのだが・・・夕刻にはモビルスーツにまっさらな機体番号とエンブレムのペイントも出来上がり、
それを見て少尉殿はやっと機嫌が直ったようだった。
・・・・・こうして、『ジャック・ザ・ハロウィン隊』は誕生した。
fin.
2003.03.20.
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