『今日のかぼちゃ隊』   0079.11.05.



ついに俺達の隊に「隊長」がやってくるということで、しぶしぶながらも格納庫まで迎えに行くことになった。
サラミス級の『スルガ』には急ごしらえではあったが既にモビルスーツ隊があって、三人のパイロットがいた
・・・・つまり、俺とトダ軍曹とゴルルコビッチ軍曹が、だ。
「士官学校出たてねぇ・・・・」
「宇宙に上がって来たのは九月だっていうから、出たて、とも微妙に違うんじゃねぇのか?」
「・・・・・・変わらんだろう、戦況が思わしく無いから大慌てで宇宙に上げられた、使えない人間、という点は。」
実はパイロットが三人いると、「小隊」というのは立派に編成出来る。だから、どうしてもあと一人必要だったのか?と
言われるとそうでも無いのだが、痛いことに俺自身も曹長で、つまりこの隊、このスルガに配備されたモビルスーツ乗りには
一人も『尉官』が居なかったのだ。良くは知らないが、そういうのはダメらしい、ダメ、というか正式に「小隊」と
することが出来ないのだそうだ。戦時中の艦長特権でアダム曹長を一時的に少尉にすることも出来る・・・とヘンケン艦長には
説明されたが、俺はもちろん大慌てで断った。冗談じゃ無いが、そんな御大層なものにはなりたくも無い。
「お、ランチがもう着いてる。」
いつも通りに軽くて、口笛を吹くような調子でトダ軍曹がそう言って、入り口から格納庫を見渡した・・・・本当だ、多分
あのランチだろう。俺は、一応受け取っていた到着するという『少尉殿』のプロフィールの書かれた紙を広げ直した。
他にも数人の人員補充が今回はある、間違えないようにしないと。
「名前はジャック、ジャック・ベアード、年は19、髪は金髪で背丈は175センチくらい・・・・だそうだ。」
「・・・・見当たらんな。」
ゴルルコビッチ軍曹がそう呟く。実際、見下ろした格納庫の中にそれらしき人物は見当たらなかった。ランチから降りてくるのも
どうももう少し年嵩の人間ばかりだ。
「しかし19ねぇ〜・・・・なんとかならないモンかね、この面倒臭い組織は。」
「パイロットは足りてねぇ。・・・・が、それ以上に士官はもっと足りねぇんだろうよ。」
俺はトダ軍曹の軽口に付き合ってそう答える。・・・・そうだ、士官は本当に足りないのだろう。例えば、今のこの艦のように
士官がいないと実はモビルスーツ小隊も組めないことに連邦軍の内規ではなっている。ところがだ。・・・・ここまで戦争が
激化してしまった今となっては、一兵卒を士官にするために、一時士官学校に送り返している余裕もありゃしねぇ。
だから、とんでもなく若くて使えない士官が、むりやりこんなところに放り込まれることになるんだ。
「・・・・・あれでは無いか?」
その時、じっとランチの入り口を見つめ続けていたゴルルコビッチ軍曹が急にそう言った。・・・・俺とトダ軍曹も、慌てて
踵を返す。トダ軍曹など待ち疲れて退屈して来たらしく、あくびをしていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




そのジャック・ベアード、という少尉らしい人物の姿を見た時、思わず俺は絶句した。・・・・となりを見る。
急いで、もう一方の隣も。しかし、同じようにトダ軍曹とゴルルコビッチ軍曹も絶句していた。
「・・・・おい、もう一回プロフィール見てくれ、アダム。」
トダ軍曹に言われるまでもなく、俺はそれを見返していた。・・・・・名前はジャック・ベアード、金髪、年は19、身長175センチ・・・・
「いや、そこじゃねぇ。」
分かっているのか分かっていないのか、トダ軍曹がもう一回俺に言った、
「・・・・性別、のところ見てくれ。」
・・・・・・彼の言わんとしていることは良く分かった。しかし、他にそれらしき人物もおらず、俺は力無く呟く。
「・・・・・男だ、男。・・・・・ジャックなんて名前の女がいるかよ。」
「・・・・・軍服も男物だぞ。」
良く分からないツッコミをゴルルコビッチ軍曹が入れてくる。しかし、こうもしてはいられない。俺達三人は、軽く手すりを乗りこえると、
ランチの入り口でヘンケン艦長と挨拶を交わしているらしいその人物のところへ、キャットウォークから、飛び下りて向かった。




「・・・・・・・・失礼します、ジャック・ベアード少尉・・・・・殿?」
まだヘンケン艦長と話し込んでいるその人物に、俺達は恐る恐る声をかけた。・・・・・ああ、神様。これが夢ならどんなにいいか。
・・・・・いや、夢だと言ってくれ!!・・・・そしてウソだと!!
「・・・・・はい?」
だがしかしその人物は振り返った。それは間違い無くこの人物がジャック・ベアードだ、ということだ。
俺達は、とんでもなく暗い顔をしていたことだろうと思う。そんな俺達に気付きもしないで、ヘンケン艦長はこう言った。
「ああ、ちょうど良かったな、少尉、彼等がこの艦のモビルスーツ隊の・・・・・」
「あっ・・・・そうしたら僕を迎えに来てくれたのかな!どうしよう、嬉しいよ・・・・!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
彼は確かに嬉しそうににこにこ微笑んでいたのだが、それを間近で、つまり彼の顔を間近でみた俺達三人は、今日二度目の長い
沈黙に突入していた・・・・・っていうか、こんな、こんなだな・・・・・・。




こんな顔の、こんなルックスの男なんてサギだ!!口を閉じてりゃ女の子に、それもめちゃくちゃ美人のカワイコちゃんにしか見えねぇじゃねーか!!




「・・・・・・・なに?」
よほど経ってから、彼は俺達があまりに口を利かず、悲愴感に満ちた顔をしているのに気付いたようであった。・・・・少し困ってしまったらしく、
上目遣いで自分達を見上げてくる(何故なら彼は他の三人誰よりも背が低かったからだ)。
「あの、僕の・・・・顔に、なにかついているかい?・・・・あれ、でも今日顔洗ったし・・・・」
ジーザス、などとトダ軍曹が呟いているのが聞こえた。俺も絶望的な気分だった。・・・・隊長、だろう、仮にも。
だというのに、なんというか、俺達には、こう、男らしくて立派な・・・男らしくて立派な隊長を持つ権利も許されないのか。そうなのか!!
「・・・・・あのですね。少尉殿。」
「ジャックでいいよ。ほら・・・・みんなの方が全然先輩なんだし。」
それでも諦めきれないらしく声をかけたトダ軍曹に、彼は心から安心したらしかった・・・・喜んで、笑顔を向けてくる。
普段はナンパでお調子もののトダ軍曹の顔が、なんとも言えない苦笑いに変わった。
「いや、あのですね。そういうわけにもいきませんが、あのー・・・・なんつーか、艦隊の出迎えってのはちょっとばかし手荒なんですよ。」
「えっ、なに・・・・」
そう聞いて、少尉殿はすこしおびえたような顔になる。しかし、すぐに思い直したらしくてまた笑顔に戻った。
「・・・大丈夫、大丈夫!お酒とか飲んだりするんだろ?それくらいなら僕だって・・・・」
「いや、そうじゃなくてですね、なんつーか、一瞬夢を見てしまった分諦めきれないというか・・・・
空しさが胸に迫るというか・・・・」
そう言いながらトダ軍曹は少尉殿の方に手をのばしてゆく。
「というわけなんで、確認させてくださいね、確認。」
俺は、やっとトダ軍曹が何をやろうとしているのかに気付いた。
「って、おい、やめろ・・・・・!」
そう叫んだ俺の声は一瞬遅く、まだ胸にしておけばいいものを、トダ軍曹ときたら思いっきり少尉殿の尻を掴んだのだった。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




ジャック・ベアード少尉は、もちろん何が起こったのか一瞬分からなかったらしく、ひどくポカンとした顔をしていた。
「・・・・あーあ。やっぱ女のシリじゃないっすね・・・・・残念。」
ついでに、とか訳のわからないことを言いながら、トダ軍曹は結局少尉の胸にもぺたぺた触る。・・・・いや、触ったところで、
いくら顔が女みたいだからって、胸はついていないわけなんだが。
「・・・・・・・なっ、」
ゴルルコビッチ軍曹が頭を抱える。・・・・ジャック・ベアード少尉はまず、正気に返ると赤くなった。
「なっ、う・・・・・・」
「あ、泣き顔もカワイイ。」
トダ軍曹ときたらヘンケン艦長がまだ近くにいるのもまったく忘れてしまったようで、至近距離で顔を赤くして、
涙顔になってしまった少尉殿をおもしろ気に眺めている。
「少尉殿、すいま・・・・」
「うわぁあああああああああああっっ!!な、なにするんだーーーっ!」
やっと少尉殿はトダ軍曹を突き飛ばした。よほどショックだったらしい。
「なんで、ぼ・・・・僕の、その・・・・・こんな出迎え、聞いたこと無いっ・・・・」
俺も見たことがねぇ。・・・・そう思ったものの、トダ軍曹から逃げるように自分の方に逃げて来た少尉を捕まえる。
彼はよほどショックだったらしく、ふるえながら俺の胸に飛び込んできた。
「・・・・・・・・・・・お前ら。しょっぱなから何してる・・・・・」
普段は温厚なヘンケン艦長の声が後ろから聞こえて来て、俺は頭痛がしはじめるのを感じた。・・・・いや、これは頭痛か?
・・・・・なんだか、
「コミュニケーションをはかっていました、えぇ。」
トダ軍曹がシレっとそう答えたがヘンケン艦長に一瞥されてグっ、と詰まる。ゴルルコビッチ軍曹は部外者を決め込むことにしたらしく、
他所を向いた。・・・・俺はときたら。




頭痛が。・・・・・頭痛が止まらねぇなあ。・・・・腕の中に少尉殿が飛び込んで来てから。彼はまだ涙目で、荒く息をついている。
・・・・・ああ、カッコイイ隊長様には巡り会うことが出来なかったものの、




何を捨てても守りたい隊長、なら、今、出来たな。




・・・・・・ちなみに、この格納庫で聞いた彼の絶叫が、後の『ジャック・ベアード名物:絶叫』の、
めでたくも第一号、になったわけだった。




fin.




2003.03.10.


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