ショウ・ザ・フラッグ
五人が顔を合わせたのは久しぶりだった。久しぶりと言うよりは、『初めてだった』というべきか。
「・・・・ん、よん、ご・・・・・全員いるな。よーし時間がねぇ。さっさとやるぜ。」
そういうとベイトは、ノーマルスーツの襟元を少し緩めながらそこらにあったテーブルの上に自分のヘルメットを適当に投げ付ける。ガコン、というような音がして、ヘルメットは一度テーブルについたもののすぐ宙に浮き上がっていった。・・・・モビルスーツデッキのすぐ脇にあるこの簡易ミーティングルームには重力が無い。というかそもそもここはミーティングルームなのか?
「はっきり言うが、俺にはバニング大尉のような指揮能力はねぇ。・・・・が、自分が大尉になっちまったもんはしょうがねぇ。敵さんも待ってはくれねぇ。」
時は、0083.11月9日。・・・・昨日の、バニング大尉の戦死からちょうど丸一日ほどが経った。そうして、コンペイ島で催される観艦式までもほぼあと一日、である。五人というのはこの艦の、アルビオンのモビルスーツ隊のメンバー全五人、で、それは先に言った様に昨日までは六人だった。この集団は、指揮官を昨日欠いたのだ。
「リーダーになっちまったからにはおめぇらをまとめなきゃならねぇ。が、そんな余裕は今現在、全く無い。」
言った側から、敵機が捕捉出来る宙域へ飛び込んで来たことを知らせるアラート音が、艦全体に響き渡る。次なる指揮官にいやおうなく選ばれたベイトはチッ、と舌打ちすると、あらぬ方向へ飛んで行っていたヘルメットを拾う為少しだけ身体を動かした。と、そのベイトに向かってアデルがメットを投げてよこす。男が五人寄り集まるにはあまりにこの部屋は狭すぎて暑苦しすぎた。事実、モビルスーツから飛び下りたばかりのベイトとキースは汗だくだったし、モンシアとアデルとウラキも、交代でこれから出てゆく直前で妙に殺気立ち・・・・そして沈黙していた。
「・・・言いたいことは、つまりこうだ。本来ミーティングは作戦行動の前に絶対やらなきゃならない規則になっているが、その余裕はなく、まあ全員揃って顔をあわせることが出来た今回が奇跡に近い。・・・・それでだ。あー・・・・いつ聞いたんだっけな、ともかくこれはバニング大尉に聞いた台詞だ、まあ聞け。・・・・旧世紀に、まだ地球が1つの国家じゃ無かった頃に、ちょっとしたイザコザがあってな。」
要するに、バニング大尉の死後一日ほどの間、アルビオンのモビルスーツ部隊にはミーティングをする余裕も無かったと言うことだ。そうして、これが五人になってから初めてのミーティングだったわけだった。コンペイ島周辺の警備。後から後から現れてくる脈絡なきジオン残党兵。そう言うものを目の前にしては、ミーティングやら作戦、のほうが意味を為さなかった、ただひたすらぶっ続けで出撃するだけだ。寝て無い。食ってない。その機体をあやつる時のGで、目の前が血で真っ赤に染まりながらも、彼等は動き続けていた。
「で、そのイザコザの時に、当時地球の指導権を握っていた国がとある国に言った・・・・『我々に味方をするのなら、旗を見せてみろ』と。」
ウラキは先程から、ずうっと宙を睨み続けていた。・・・・話を聞いていなかった訳ではない。そこに睨まざるを得ない宙があったからだ。
「『旗を見せてみろ』。・・・・・言われた国は、面白いことに平和憲法ってのを持っている、本来なら戦うはずなんて無い国だった・・・・が、言われて国は焦った。ここで旗を見せなかったら、自分の国は世界から取り残されるに違い無い。」
そこで、モンシアが1つくしゃみをした。・・・・おもしろくねーよその話、とでも言いたかったのだろう。事実面白く無かった。アラート音は、何が何でも今すぐ飛び出せ、という、つまるところイマージェンシーコールにいつの間にか切り替わっていた。これ以上ここでごちゃごちゃやっていたら、ブリッジからシモン軍曹の悲鳴のような叫び声が届くことだろう。
「ま、つまりだ。それで、その国っていうのは、急いで法律を一個作って、それで日の丸の旗を掲げて馬鹿みたいにインド洋あたりまで出て行ったんだ・・・・旗を見せにな。言いたいのは、こういうことだ。」
ベイトもいい加減、自分の言っていることのつまらなさに吐き気がしてきたらしい。少し首を竦めると、それでも早口でそう続けたがそれを聞いている方と言ったら、キースは立っているのがやっとだったし、ウラキは相変わらず宙を睨み続けていた。
「『旗を見せろ』。・・・・・現実の旗ってんじゃねぇ、俺らが今何故苦しいのか?つったらそりゃあ、ジオンの連中には掲げる旗があって、俺らにはその旗がねぇからだ。・・・・・そんな理由で負けたかねぇだろう!旗は、そんなに偉いのか。別にその時の指導国だって、そんな意味で旗を見せろって言った訳じゃなかったんだ。どっちにつくか。そんな程度だ。しかし旗を振るのは分かりやすい。いいか、俺は現実に旗を振ってみせろって言ってるんじゃねぇ。そんな馬鹿なもん(現実の旗)にこだわるのはジオンの連中だけで結構だ。そうじゃねぇ。・・・・だがしかしその心の旗がねぇだけで俺らは負ける。・・・・・・そんなフザケたこともあってたまるか、って思うだろう!だったら、今一瞬だけでも旗を振れ!!無い袖を、振りまくれ!!!」
ベイトがそう言い切った瞬間に、ミーティングルームの内線がけたたましい勢いで鳴りだした。・・・・耳障りな音だった。内線の一番近くにいたキースがそれを一瞬だけ取り、そして思いきり切る。五人の男達の、誰もが無言で頷いた。ウラキはヘルメットをかぶった。
「・・・・・以上だ!」
ベイトの言葉を最後まで聞く前に、ウラキは部屋を飛び出していた。すぐ目の前のデッキにある機体に向かう。・・・・・デッキの騒々しい騒ぎと、イマージェンシーコールと、それから青白い光に包まれてそれは、妙に神々しく輝いて見えた。
ショウ・ザ・フラッグ!(旗を見せてみろ)
ああ、俺は旗を振る。ウラキは思った。そうして、宙を睨んだままコクピットに座った。・・・そうだ、ああそうだ、そんなことで俺がここにいることに、ガトーが気がつくというのなら!!・・・・・いくらでも旗を振る。睨み付ける宙の先に、いつもいつもあの男が見えた。ただ見えた。
ウラキはハッチを閉じると、ペダルを踏み込んだ。・・・・・観艦式まで、あと二十一時間。
2002.03.19.
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