ドック・タグ
いつの時代でも学生達の間には密かな流行りごと、というのがあるもので、それは宇宙世紀の連邦軍の士官学校においても当然あった・・・・はたして、生徒達の間には、今『ドック・タグ』が流行していた。ドック・タグとは、兵士が認識票として首にかけるネックレス状のだ円形の、アレである。
「・・・・・なー、川向こうにある店が安いってさ。」
「・・・・・・・」
さて、士官学校の生徒というものはよっぽどの事がなければ間違い無くのちのち軍人になるのだが、実はドック・タグなどこの時点では全く必要がない。士官学校に入学すると、支給される制服にそれ(ドック・タグ)と同じ役割をする布のタグがついていて、生徒達はそこに自分の情報を書き込んでいるのがふつうだった。名前。血液型。その他。・・・・ジオン軍の士官学校を出たシャア・アズナブルの認識票に『TY22』(偏頭痛持ち)と書き込まれていたのは有名な話である。更に言うと、ジオン軍はどうだか知らないが、地球連邦軍は別にドック・タグの着用を必須ともしていなかった・・・・組織が大きくなればなるほど、様々なものを寄せ集めた主張の曖昧な集団が出来上がる。人は、それをグローバル化と呼ぶ。しかし、旧世紀に明らかにあったそれぞれの国の軍隊が寄り集まらなければ、そしてそれぞれの主張を受け入れ薄くとかしあってゆかなければ、地球連邦軍という組織自体が出来上がらなかったのだ。その、取り入れられた多くの軍隊の中には、ドック・タグなど縁もゆかりもない軍隊も、確かにあった。
「・・・・・なー、お前、本当に行かないのか?」
その休日、士官学校の予科に通っているチャック・キース(16)は同級生のコウ・ウラキ(16)を、誘おうと苦労していた・・・というのも、彼は今予科の生徒に盛大に流行っているドック・タグが、自分も欲しくて仕方なかったからだ。噂によると、それを安く作ってくれる店が、この士官学校のある町の河向こうに、旧市街地にあるという話だった。
「・・・・・・僕、いかない。」
コウはそう答えてそっぽを向いている。・・・・なんだよ!お前だって欲しいはずだろ!休日だと言うのに白っぽい士官学校の制服を着込んだままのコウの姿を、軽めの私服に着替えたキースは部屋の出口のドアからジッと見た。
「・・・・・あ、そう。後で欲しいとか言っても、俺知らないからな!」
「言わないさそんなこと!」
それだけやりとりを交わすと、キースはもうコウを放って一人で街に出ることにする。一瞬だけドアを閉める前に振り返ると、コウは案の定捨てられる子犬のような目でキースを見ていた。
・・・・・だから、欲しいなら一緒に来ればいいじゃないか!ドック・タグ1つ作る金が無いわけじゃないだろ!お前だって、先に作ったヤツのを、うらやまし気に見てたじゃないか!!なのに、いざ自分達も作ろうぜ、って話になったら妙に尻込みしやがって!!・・・・何でだよ!
これ以上コウに付き合っていたら、いつまで経っても俺が作れねぇよ、と思ったキースは、遂にドアを閉めて街に向かうことにする。・・・・おいてけぼりを喰らったコウは、悲しそうな顔をしてしばらくその十二人部屋の寮の部屋をのそのそ歩き回った・・・それから、ついに決心したように私服に着替えると、自分もドアを飛び出す。
通りすがった談話室の前で、中継される戦争の音を聞いた。・・・・時は、0079.11月。今、宇宙では戦争をやっているはずだ。いや、この地球でも。しかし、妙にその戦争の音は、何故か士官学校には入って来ない。同じ、地球連邦軍が戦っているはずなのにな、もうすぐ大きな作戦があると聞いた、このヨーロッパで。・・・・だけど、それだけだ。あまりに戦争がごちゃごちゃしていて、軍の内部はとても混乱していて、それで出来てしまったエアポケットの様な場所だ、この学校は。そんな気がする。・・・・コウは小さく首をふると、寮監にIDカードを見せて、学校の外に出た。そして、キースが向かった旧市街とは別の、繁華街に向かった。
「じゃーん。」
帰って来たキースは自慢げにコウにドック・タグを見せる・・・それを見たコウは、思いきったようにこう言った。
「・・・・あの、次の休みに俺も行く。だから、店の場所、教えてくれよ。」
「・・・・・・・・って、何だよ!だから言ったじゃねぇか、今日行こう、ってさ!」
「今日じゃダメだったんだってば!でも、今日買って来たから大丈夫!」
「あぁ!?・・・・おっまえ、人間の言葉話せよ・・・・!!」
そんな二人を、同室の他の住人が面白そうに見ている。コウとキースというのは、この士官学校に入ってからの友人らしいのだが、あまりにその掛け合いが面白いので、予科の中ではちょっとした有名人になっていたのだった。
「で、なに買って来たんだよ。」
ともかく、キースがそう言うとコウは、自分の机の引き出しから1つの金具を取り出す。・・・金具。そう、金具だろう。
「・・・・カラビナ。」
「カラビナぁ?・・・・カラビナ、って、あのカラビナか?」
カラビナというのは、もともとは登山に使われる道具で、スポーツ用品店などに売っている。まあ、軍隊でも白兵の多い陸軍などでは使わないこともない。Dの字の形をした腰に吊るして縄を通す、そういう用具なのだった。
「そう。・・・・そのカラビナ。・・・・と、短いチェーン。」
「・・・・あの、悪い。え?カラビナは確かに便利な道具だけど・・・なんだお前、レンジャ−志望だっけ。ロープでも渡るのか?」
「そうそう、これでロープ渡過をスルスルと・・・・・・・じゃなくてさ。違う、僕、宇宙軍のパイロット志望。」
「・・・・・じゃさ、やっぱ俺なんでそれがドック・タグと関係あるのか分からねーんだけど・・・・」
すると、コウは非常に気まずい顔でキースを見る。・・・あ、やべ。キースは思った。コウが、こういう顔をする時は大抵拗ねる前兆である。馬鹿にしていなくても拗ねるのである。さすがに、二ヶ月以上寝起きを共にしていてそれくらいは分かるようになった。
「・・・・・だから、あの・・・ドック・タグを買うだろ。」
コウはキースの首にぶら下がっているその小さなだ円を睨み付けるようにしながら続けた。
「ああ、買うよな。そんで?」
まわりがニヤニヤと見ているのが気になったが、しょうがないのでキースはコウに見えないように自分のドック・タグを手で掴んで隠しながら先をうながす。・・・頼むから、急にとんでもないこと言わないでくれよ。微妙に恥をかくのは、何故かいつも俺なんだ。
「そうしたら、この短いチェーンに通して・・・・」
「通して?」
「・・・・・カラビナにも通して、腰にぶら下げる。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの、え、なんで?首に下げればいいじゃねーか。」
キースは、実にまともなことを言った。当然のことを言ったのである。しかし、その瞬間コウの顔が本当に不機嫌に赤くふくれた。
「・・・・・ダメなんだよ!」
「なにが。」
同室の連中はもう、実に面白そうにそんな二人を見ている。・・・・さあ、来るぞ!コウがなにか、とんでもないことを言うに違い無い!!
「だから、だめなの!・・・・僕、何かを・・・・何かを首に下げれないんだよ!」
「・・・・は?」
またしても、キースは実にまともな反応を示した。・・・・・下げれない、ってなんだ。
「意味が・・・・・」
「だからっ・・・・」
コウはもう、本当に怒った顔をしてこう怒鳴った。
「何かを首に下げると、肩が凝るんだよ!・・・・ネックレスでも名札でも、なんでも!」
・・・・しばらくの沈黙の後、十二人部屋のその他全員が「うわー!!」というような叫び声を上げてコウに飛びかかる。もちろんキースもだ。そうして、面白そうに自分達の持っているドック・タグをコウの首にかけはじめた。
「うわっ、なに・・・・!」
「ばか、お前、こんなんで肩が凝るかよ!!」
「かけてみろ、かけて!!」
「ほら!」
「いやだ、苦しいー!!!うわー!!!」
「こんなに軽いもんで肩が凝るはずないって!」
「金属アレルギーとかの方がよっぽど理由っぽいぞ!?」
「おっもしろいなあ、お前・・・・!!」
「うわー!!!!!」
そんなことを言いながら、十二人の少年達はだんごのようになって、部屋の中央でしばらくドタバタと大騒ぎをする。さて、一段落がついて、コウの首に十一個のドック・タグがぶら下がったところで、キースがこう聞いた。
「・・・・な?べつに凝らないだろ?」
「すぐに凝るんじゃないってば・・・・!!」
コウは、まだ興奮さめやらぬ顔をしながら、嫌そうに自分の首に何重にもかかった鎖を軽くひっぱった。
「・・・いつも、半日くらいで懲りはじめるんだよ。あー、なんだよそう言う体質もあるってちゃんとお医者さんだって言ってたってば。」
そしてコウはぐえ、というような声を上げながらいっぺんにすべてのタグを頭から引き抜くと、まわりにいる仲間達に返しはじめる。・・・・そんなコウに向かって、誰かがこんなことを言った。
「でもよー、ウラキ。・・・・もし、お前が戦争にいってさ。それで死んじゃって、コレしかお前だ、って分かるものが無かったらどうするんだ。」
さて、その誰かの台詞に、コウだけではなくその場に居た全ての人間がなんとも言えない沈黙に襲われた。何故なら、彼等はまだ予科の学生であるとはいえ、これから必ず戦争をする人間になるのである。・・・そうして戦争は、今まさにやっている。
「・・・・・どうかな、」
すると、しばらく考え込んでからコウがこう答えた。
「・・・・あまり関係ないかもしれないとも思うんだ。宇宙で戦死するとしたら大抵は爆発に巻き込まれて、だろ?だから、何も残らないんじゃないのかな。・・・・死体とか。」
面白いくらい想像がつかなかった。今戦争をやっていて、自分達の二つか三つ上の先輩である人間は、士官学校をたまたま卒業したタイミングで、即前線に飛び込む羽目になっているのかも知れないのだが、しかし自分達には実感が湧かないのである。・・・・戦死とか。ああ、そうか、ドック・タグってそういう時用のものであったのだよなあ、とか。すると、そんなまわりの空気を分かっているのだか分かっていないのだか知らないが、コウが更にこう続けた。
「ともかく、僕首になにかかけるのは肩が凝って嫌だから・・・肩凝りしないようにする。何もかけたくない。身軽なのがいい。」
キースはしばらく考えていた。・・・・・肩凝りしないようにする。・・・・・肩凝りしないようにする。あー・・・・ああ、そう。
「そんじゃお前・・・・しょうがないから、次の休みの日に店教えてやるよ。」
ぱあっとコウの顔が明るくなる。
肩凝りしないようにする。その返事が気に入ったからだ。どうせ誰もが、その道を選んだのだからいずれ軍人になる。戦争は今やっている。うまく自分達にはその全容が理解出来ないのだけれどやはりやっている。そんな中で、『肩が凝るから』という理由で皆と同じように首からタグを下げなかったコウが、キースは妙に気にいった。・・・・いや、もう友達だけれどもさ。これからも多分、飽きないから友達だろうな、とか。
数カ月後、あっけなく戦争は終わって、そうして予科の生徒達は全員本物の士官候補生になった。もっとも、平和がやってきた喜びで、少し前にドック・タグをつけることが流行っていたことなんてことは、みんな忘れていたのだが。
更に数年が経って、彼等が本当の軍人になった頃には、まったく地球圏は平和である、
ように見えた。
2002.03.16.
(オデッサ作戦 → 0079.11.07.)
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