遅ぇよ。
・・・・・・・遅ぇよ!!間に合わねぇよ!!!!
金で買えるものとは違う
体の芯が反応する振動
ゼロ地点
行けるギリギリのラインに立って
その次を感じていたいんだ
十九歳にもなったら、世界に対して言いたいことなど山ほどあったのだ・・・だがしかし自分はそれを言ってこなかった。
言って来なかったというより、タイミングを逸しつづけたままここまできた・・・挙げ句に人は言う。・・・・「ウラキ少尉だから」と。知るか。なんだ、それは。・・・・・・言いたいことなど山ほどあったのだ、ああもうそれは山ほど!しかしそんな一点は、本当にどうでも良かったらしい!世界が自分に対して抱く単純なイメージというものがある。それに対して自分もなんとも言って来なかった、例えば士官学校時代に催されるワイ談の夕べに参加して来なかった。むかつく時には子犬を蹴り飛ばすような自分の性癖を表現してこなかった。・・・・それでなんだ。俺は『ボンボン育ちの内面兵』で終わりか。・・・・それが全てか!それはさぞかし分かりやすくも、クソつまらねぇ自分と言う人間のくくり方だろうよ!!そんなにも・・・・そんなにも皆が、純朴な俺のみを見たかったのか!!!
言葉 素性 世評 状況
捨て去った先のゼロ地点
宇宙歴0083.11月12日13時30分。・・・・・・・・何もかもが限界、の一点に達しつつあった。艦はどうだ。戦況はどうだ。・・・やがて来る戦いの終わりと、その先に想像しうる未来はどうだ。ただ、自分は先制を切って、一線を突破したかった。・・・・それだけだ。
『・・・・・なあ、コウ。』
収納し切れない。そんなとんでもない理由で母艦・・・それは、たとえ昨日ラビアンローズから強引に徴用した、という理由であっても、確かに母艦であった・・・・であるアルビオンの脇に、係留されたきりのGP-03デンドロビウム形態のコクピットに納まったままのコウに向かって、キースのそんな声が届いた。
「・・・・なんだよ。」
コウは答える。すると、キースはもともと間の抜けた声に聞こえる・・・その声でコウに何故かこう聞いた。
『・・・・・『女体の神秘』、読み終わったか?』
あー、なんでそういうことばっか覚えてるかなあ。コウはうっすらとそう思う。確かに、そんな本を借りましたね。
「・・・・終わって無いんだ、これが。・・・・・・だから死ねない。」
コウはそう答える。すると、キースの低く笑う声がGP-03の核であるステインメンのコックピットに響いた。
『あ、やっぱ?・・・・読まなきゃ死ねねぇよなあ、あんな本・・・・』
「えーもうそりゃもう。」
コウもそう答える。
好きか嫌いか そこに理由なんてありはしないんだ
衝動が示す自分方向に ただ進むだけなんだ
もう、何時間だ。・・・・・・・・・・見たことも無い機体に乗っていた。コウは思う。見たことも無い機体に乗っていた、ガトー。俺は見た。粒子の炎がぶつかりあう光を。その閃光を。だから、俺はここにいるのだ、あの、たった一瞬、ノーマルスーツのバイザ−越しに見たあの顔を思い出しながら。
・・・・・遅ぇ。
遅ぇよ、補給。・・・・・間に合わねぇよ!ガトーがどっかにいっちまうよ!!間に合わねぇよ!誰か気付けよ、この俺の焦りを!!!
難しい理屈が塗りつぶした
既成のイメージがワクにはめた
・・・・誰だ。俺が、純粋培養の温室育ちだなんて言ったの。・・・・・そうじゃない。そうじゃないだろう!!言いたいことなんて、吐き出したい何かなんて、原因の分からない衝動だなんて、何もかも山ほどあったんだ!・・・・それを、なんだよ!!
光る箱 勝手に喋り続けた
揺れながらこの形に気付いた
・・・・言いたいことなんてあった。いつだっていつだってあった!それは馬鹿みたいな理由かもしれない。信念もなにもクソもあったもんじゃない理由かもしれない。でも、俺には倒して、そうして生き残ってからやらなきゃならないことが大量にある気がしていた。・・・・たとえばそれは、『女体の神秘』を読むであるとか。実際にニナを抱くであるとか。・・・・ちっくしょう、なのにその前に、目の前にあの男しか見えない。・・・・・見えない見えない見えない!!・・・・ああ、他の未来が見えない!
同情 過去 打算 事情
捨て去った先のゼロ地点
誰か。・・・・・・・誰か、凄まじい第三者でいい、解き放してくれないものかと思った。・・・・・・・自分は精一杯に思ったことだろう。精一杯に表現したことだろう。精一杯に・・・・・・・・戦ったことだろう。だが、このままでは届かないのだ!
本当のことを 今よりもっと知りたいだけなんだ
壊し続けるんだおざなりな現状なんていらないんだ
『・・・・・それでよぉ。』
また、キースの声が響いた。
「なんだよ。」
コウは答えた。・・・・・この会話は、補給中のデンドロビウムのだけでなく、たとえばアルビオンのブリッジにも聞こえているはずだ。しかし、誰もなんとも言ってこないよな。・・・・その事実だけは、素晴らしいことだと
コウは思った。いかにも戦闘中の軍艦らしい対処だ。・・・つまり、属するパイロットが子供っぽいいら立ちを抱えているだけだと気付いた時の、艦長の反応などが、だ。武器コンテナって、そんなに幾つもあったかな。いや、だからぜんぜん自分のタイミングとあわないほどに、補給が手間取るほどにだ。・・・・だっからさぁ!思考も麻痺するだろう、頭なんて身動きも出来ずにただ悲鳴を上げるだけだろう。もはや補給すらどうでもいいんだよ。その行く果てに。ニナを抱くか、ガトーを倒すか、その二択しか見えて来ない。・・・・ゴマみたいに見えるなあ。その、デッキ要員とかが。皆が言う所のコウ・ウラキが、本来感謝するべき、自分の乗る機動兵器に補給をしている人々が。
・・・・・・あったんだ。
あったんだ、いくらでも。・・・・叫んで叫んで、叫び倒して構わないくらいの激情はいつも!だけど、人々は俺を『品のいいまっすぐな』で終わりにしようとした。そういうだけの何かに封じ込めようと何かを策した。・・・・・違うだろう。人間は、人間はいつも、そんな単純な生き物じゃないだろう!!
安心 客観 強調 形状
捨て去った先のゼロ地点
『・・・・・・・・面白かったら、俺に次、貸して。・・・・・ええっと、「女体の神秘」。』
そんなキースの台詞に、モーラが聞いてるぞ、とコウは思った。が、答えた。
「・・・・・・・・・・生きて帰れたらな。っていうか、俺の本じゃないし。」
本当のことを 今よりもっと知りたいだけなんだ
壊し続けるんだ おざなりな現状なんていらないんだ
そうなんだ、何もいらない。・・・・・・・・・何もいらない、だからほら、ガトーを俺に、
俺にちょうだい。
コウはその瞬間、初めて気がついたように、モビルスーツに標準装備されているドラッグケースに目をやった。・・・ああ。そんな方法もあったねぇ。
「・・・・・『女体の神秘』だっけ?」
もう一回コウは言った。宇宙は、奇妙な小康状態に陥っていた。
『「女体の神秘」だねぇ。・・・・・ああ、すげえタイトル。カーッ、読みてぇ、そういう下らなそうなの。お前、馬鹿?』
キースが唾を吐く音が聞こえて来た。・・・・・うるっせぇよ。そう思いながら、コウはその小さなドラッグの小箱に、
手を延ばした。
森 広隆 『ゼロ地点』
2002.04.01.
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