光は見えていた。










 ・・・・それは、とても良く見えた。










 魂の燃える光だった。















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0093
友達では無かったコウとアムロの物語(3)

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 コウがいた元サイド5の宙域は、結論から言うともっとも戦闘に近かった。・・・・更に分かりやすく言うと、その宙域にはあったのである、1つの石が。「アクシズ」という名前の、ジオンの残党が地球圏へ戻ってくるのに使った石ころが。
『・・・・・・大尉!大尉、ウラキ大尉!!』
 モニターから見える、目の前の光景にあまりに注目していたコウは、そうやって自分を呼ぶ声が何度もコックピットの中に響いている事に気付かなかった。
『ウラキ大尉!!・・・・・返事をしてくださいっっ!』
「!」
 その、必死に自分を呼ぶ部下の声に、コウはやっとモニターから注意を逸らす。・・・・このジェガンに乗って、待機任務に就いてからどれくらいの時間が経つ?・・・・自分は指揮官失格だな。つくづくそう思った。たった四人しかいない、自分の小隊ですらきちんとまとめあげる事が出来ない。
「・・・なんだ、」
 必死な部下の声にそれだけを答える自分の返事もひどいものだったが、続けて聞こえて来た部下の言葉は更に面白かった。
『・・・・・何が起こっているのでしょうか、大尉!』
「・・・・戦闘だな。」
 他にどう表現すればいいというのだろう。目の前に広がる戦場を見つめて、「何が起こっているのでしょうか」も無いだろうに。しかし、実戦が初めての士官学校上がり、などというのは、かつての自分も含めてそんなものだったかもしれない・・・・そんな風にコウは思った。・・・・光は見えていた。それは、とても良く見えた。・・・・偶然、それは本当に偶然だったのだが、どうやらロンド・ベル隊とネオ・ジオンの『最終決戦の場』が、まさにコウの待機している元サイド5周辺になったのだった、しかも、中継画像などではなく、目視出来る目の前の宙域に。
『自分達は、いつまでこうしていればいいのですか!!??』
「そんなことは命令を下す人間に聞け。」
 先日、0093の3月6日、連邦政府上層部曰くの『政治的駆け引き』が行われ、ネオ・ジオン側が武力放棄を行う代わりに連邦政府はアクシズという石っころをネオ・ジオンに譲り渡す話になったということであった。その話は、曖昧ながらもコウも聞いた。そうして、それじゃあ決定的な戦闘は回避されたのだと、『圧力の為だけに』それぞれのコロニーや軍施設に配備されていた連邦宇宙軍の兵士達の誰もが思った・・・・・だがしかし、ロンド・ベル隊はそうは思わなかったのだろう。そして、その予測は当たっていた。・・・事実、投降するはずだったネオ・ジオン艦艇と、ロンド・ベル隊との戦闘が目と鼻の先で始まったのである。・・・・もう戦闘が始まってから一時間以上は経っていた。
『・・・・!!光が・・・!!大尉、光が・・・っ!』
「見えている!いちいち騒ぐな!!」
 その時、ひときわ大きな光が目の前の戦場で跳ねるのが見えた。・・・・あれは核だ。大気のない宇宙では、核は地球上で使用するほど大きな威力は無い。それでも、明らかにそれまでの火球とは違う大きさの爆発がコウの目にも見えた。ネオ・ジオンがロンド・ベルかは知らないが、どちらかが核を使ったのだ。・・・・皮肉なもんだな。こうやって、核が宇宙で戦闘に使われるのを目の前で見るのは二度目だ。
『大尉・・・・!』
「・・・・・命令が出ないのだから、しょうがないだろう!!」
 怯えているのか焦っているのか分からない部下の声に、コウはそんな返事をした。・・・そうだ、焦っているのは俺だ。何故俺は何もしていない。・・・こんな基地ゲートの中で、未練たらしくのこのこ宇宙まで上がって来た挙げ句に、目前での戦闘を目の当たりにしながら、どうして何もしていない
 ・・・・・・宇宙で核が使われるのを見るのは二度目だった。・・・・今、コウがいる元サイド5宙域は、その後「暗礁宙域」と呼ばれ、あの男が・・・・アナベル・ガトーが、そのデラーズ・フリートが潜伏していた、そういう場所だったからだ。









 光は見えていた。










 ・・・・それは、とても良く見えた。










 魂の燃える光だった。










『大尉、また大きな爆発が・・・・!』
 部下に言われるまでもなく、もちろんコウもそれには気付いていた。急いで、コンソールパネルを叩き、画面を友軍の発信信号の画像に切り替える。
『艦が・・・大きな艦が・・・!!!』
「落ち着け!!」
 コウはそう返事をした。
『艦が沈んだんですよ!!ウラキ大尉!』
「それは見れば分かる。」
『連邦の艦だったらカイラム級ですよ、あの大きさは・・・・!!』
「落ち着けと言っているだろう!!・・・貴様が1人が叫んだところで、戦闘は終りはしない!!ロンド・ベルも勝ちはしない!!」
 ・・・・目の前のモニターには明るい爆発の光が見え、そしてパネルに映し出された画面からは1つの艦の友軍信号が消えるところだった。
「・・・・・ラー・チャターが沈んだ。・・・・今、信号が消えた。・・・・落ち着け。ラー・カイラムが沈んだわけじゃ無い。」
 コウは、ずいぶんと自分に言い聞かせながらそう言った。・・・そうだ、何故俺は何もしていない。・・・何もしていない!!
『・・・どうして、連邦軍はロンド・ベル隊に救援を出さないんですか!!主要艦が、ラー・チャターが沈んだんですよ!!??このままだったら、ラー・カイラムだってどうなるか・・・・自分達がここで待機している理由って!!』
「そんな事は俺も知らん!!」
 ネオ・ジオンの狙いがなんだかまだ分からない。コウはそう思った。・・・そして思ってから、ずいぶんとそれは馬鹿げた問いだ、と自分の思考の流れに笑った。・・・・ネオ・ジオンが何をする気か分からない、だって?・・・そんなものは分かるに決まっている。ネオ・ジオンは5thルナを地球に落としたのだ。だったら、アクシズを目の前にやろうとしていることはたった1つだ。・・・・そんなことは分かっている。ヘドがでるほど、胃が痛くなるほど自分には分かっている、ジオンならやろうとする事は分かりきっている・・・・・だが俺は何もしていないのだ
「・・・・・っ!」
 ラー・チャターが撃沈した光が漆黒の宇宙に消えるのとほぼ同時刻に、コウは遂に基地ゲートの中、自分のいるモビルスーツデッキに置かれたビーム・ライフルに手を延ばしていた。・・・・許可無しで武器に触れた、そのことを示すアラート音がゲート内に響き渡りはじめ、デッキ作業員達はギョッとしたが、コウ自身は無意識の行動であったのでそんな周りの状況に気付いていなかった。・・・ただ、ハッチを明ければ肉眼でも見えるであろう戦闘の有り様に注視していたばかりだ。










 光は見えていた。










 ・・・・それは、とても良く見えた。










 魂の燃える光だった。










『・・・大尉っ・・・・!』
 また、部下の叫び声が上がった。叫びもするだろう。目の前で、アクシズが2つに割れるのが見えたのである。
『大尉、自分達はどうすれば・・・!!』
 どうにもしようが無いだろう、とは今回はコウは答えなかった。・・・もうたくさんだ。何もかもがもうたくさんだ。自分は何か?・・・と聞かれたら、目の前で地球に落下するコロニーを止められなかった男、である。だからもうたくさんだ。コウは思った。そして、モビルスーツデッキの排出用カタパルトにジェガンの足を乗せながら言った。
「・・・・お前達、ついて来るか?」
『・・・・・?』
 コウの年若い三人の部下達は、言っている意味が分からなかったようだった。・・・・デッキの中には、モビルスーツが命令に反した動きを勝手にしたせいで流れるエマージェンシーコールが痛いほど響き渡っている。その事に、コウもやっと気付いた。しかし、もう一回自分の部下達に聞いた。
「お前達、一緒に来るか?・・・・俺は行く。止めても行くぞ。もう、地球がどうにかされるのを見るのはたくさんだ。・・・そうだ、行く。」
『大尉!?』
『だめですよ、命令が・・・・!!』
「出せ!・・・・コウ・ウラキ、出る!」
 コウは、無意識のうちに手に取っていたライフルをデッキの脇にある制御室に向けながら言った。・・・・モビルスーツの中から見ると、まるで豆のように見えるその部屋の中にいる人間達が、慌てふためくのが見えた。・・・・冗談じゃ無い。コウは思った。そして思い出した。思い出す事すら不快だったが。あの男・・・あの、赤毛の男は言ったのである。・・・・「俺はね、だから、ロンド・ベル隊をたとえ上の人間が見捨てても、それでも誰かが覚えていてくれないかと思って、それでこうやってひとり1人に、ちょっと言ってみているだけのことだ。」・・・・・しかしおごり高ぶるのもいいかげんしろ、とも思った。誰もが思う。この戦闘を見ていた誰もが思う事だろう、別にあんな男に言われなくても、それでもこんな有り様を目にしたら、ただ『自分は行かなくては』と。・・・・だから俺は、アムロ・レイに言われたから行くんじゃ無い。・・・・・ただ自分があの石ころが地球に落ちるのが嫌だから行くだけだ。
「ベース・ジャバーはいらない!!・・・・そんなものが無くても十分にたどり着けるくらいここは戦場に近い!」
 制御室の人間が怯えたようにコウの乗ったジェガンを宇宙に放り出す。・・・・・それは、他のどのコロニーに駐在する連邦宇宙軍がロンド・ベル隊に向けて援軍を出すよりも早かった。コウは、バーニアをふかした。間に合うのだろうか。明らかな命令違反で、軍規則違反だった。・・・ただ、コウは怒っていたのである。誰だって思う、あの石を止めなければ、と。そんなことはアムロ・レイでなくても思う。だから俺は行くんだ。・・・・それだけの事だ。










 光は見えていた。










 ・・・・それは、とても良く見えた。










 魂の燃える光だった。










 自分もあの光の中に辿り着かなければ。・・・・・そして、自分のやれるべきことをただ、やらねば。コウはそう思った。年若いコウのその部下達は、何も言わずにコウの後に続いた。そして、周りのコロニー内の基地で待機していた軍人達も。それに呼応するように、後からあとから基地を飛び出し、ロンド・ベル隊の元へ・・・落下するアクシズへと急いだのである。・・・・・あの石を止めなければ。そんなことは誰もが思っていた。・・・・・・・・・・・・そうだ、そうなんだ。




















 ・・・コウはアクシズに取り付いた。・・・そして、それを押した。が、弾き飛ばされた。部下の1人は機体が爆走して死んだ。コウは気付いていた。




















 多分、自分には止められなかったものを、止められるのだろう、あの男には、と。・・・・腹が立つ。それが、自分とニュータイプとの違いか。しかし、自分に明らかに出来たのは、この行動だけだったのである。それが謀らずもあの男に言われた通りの行動になってしまったことに、それだけにはコウは最後まで怒っていた。




















 ・・・・・0093、3月12日。ともかく、地球にアクシズは落ちなかった。

























2001.08.21.