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0093
友達では無かったコウとアムロの物語(2)
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先日の会議・・・つまり昨年末12月22日に、シャア・アズナブルがスィートウォーターというコロニーを占拠した事実に対応しての、地球連邦宇宙軍の軍備増強、予備配備に関する全体会議から二週間ほど経った日の事だった。ーーー0093、2月の初め。
「・・・・というのが、我々外郭新興部隊、ロンド・ベル隊のこれまでの動きです。・・・・何か御質問のある方は?」
コウは、まさかあの赤毛の男にもう一度会う事になるとは思っていなかったので、自分の駐留する基地でロンド・ベル隊から現状報告の説明会が開かれると聞いてかなり驚いていた。・・・いや、ただ静観を決めつけると上が決定した通常の宇宙軍に対して、なんらかの報告をロンド・ベル隊がしたいのならばそれは通信兵に電文を一通送らせれば済むような事でもあったし、なにより貴艦のモビルスーツ部隊を率いるような人間が直接説明に訪れるとは思っても見なかったのである。
「・・・質問が無いのならば、ここで休憩をとって、それからこれまでのネオ・ジオン側の動きに関する説明に移ります。」
コウが地球から上がって来て『ネオ・ジオンに対する圧力の為』という下らない理由で配属された連邦軍基地はかつてのサイド5にあった。地球に最も近く、月が良く見える場所である。サイド5自体は、一年戦争の折にルウム戦役で徹底的に破壊され、もはやサイドとして機能してはいなかった。ただ、壊れたコロニーの残骸の合間に、軍の施設があるばかりである。そこで、地球から上がって来てからの数週間、コウはずっと自分が面倒を見て来たテストパイロット達の宇宙戦の訓練をして過ごしていた。
「・・・・・・」
今回の事があるまでの、連邦軍の実戦経験は非常に少ない。0087、0088と宇宙で戦乱はあったものの、それは地球で過ごして来た自分や、ましてやそれ以降の5年間に軍人になった自分の部下達には全く縁が無いに等しい戦いだった。事実、それらはどれも小規模な武力衝突に過ぎず、「一年戦争」のような全面戦争とはまったく毛色の違うものである。・・・・いや、こんな偉そうな事を考えても、大体一年戦争そのものは、自分も経験すらしていないではないか。コウは、そんな事を考えながら説明会の会場であるブリーフィングルームから外へ出た。
コーヒーでも飲もうかと思い、中途半端な基地の通路の中にある休息所へ向かう。・・・休憩って何分間ぐらいだろう。あいつら、俺が居なくてもきちんと訓練をしてるかな。コウが残して来た部下達の事を考えながらだらだらと通路の曲り角を曲り、そして休息の自動販売機の脇に出ると・・・そこに、赤毛の男がいた。やっぱりコーヒーを飲んでいる。先程まで、ロンド・ベル隊の現状説明をしていた男である。なんでこの男がこの基地に来る事になったのやら。ロンド・ベル隊ってのはそんなにヒマなのか?・・・ともかく、コウは自動販売機でコーヒーを買うと、その男からは少し離れた休息所のベンチに座った。・・・・ずいぶんと前に、こんな休息所を通り過ぎようとして、誰かに声をかけられたことがあったよな。あれ、誰だったっけ。・・・・そうだ、確かモンシア中尉だ。
「・・・・やあ、」
コウがそこまで思い出した時、その赤毛の男は休息所に自分以外の人間が来た事に気付いたらしくそう言った。
「初めまして。・・・自分はアムロ・レイ、君は?」
「・・・・・・・コウ・ウラキ大尉です。」
声をかけられてしまったのでしかたなく、コウはそう答えた。・・・・正確には初めてではないのだけれど。
「さっきの説明会はどうだった。・・・俺の説明は分かりづらかったかい?」
「自分には、どうして大尉がここまでノコノコ出て来て、『何もしない』と決定の下っている通常の連邦宇宙軍に対してネオ・ジオンの動きをわざわざ説明をするのか分かりません。」
コーヒーのパックを握って、ストローでズズー・・・ッとそれを吸い上げながら、コウはそう答えた。・・・・顔は見ないでおこう、と思った。見たらなんだか、苛立ちが増しそうな気がしたからである。実際コウは、無性に腹立ってくる自分を押さえる事が出来ずにさっきから苦労していた。どうしてここには自分達以外に誰も来ていないんだろう。休憩時間だろうが。他の、説明会に来ていた基地の連中はどうしてこのあたりでたむろしていない。
「・・・うーん。いや、こういうことは、機会があるごとにいろんな場所でやっていて、それで今日はたまたま、自分がこの方面に来る用事があったので寄って帰る事にしただけなんだけど・・・・。」
コウの苛立ちに気付くはずもなく、アムロ・レイは言葉を続けた。
「で、ネオ・ジオンなんだけどね。本当は、宇宙軍が全軍寄ってたかってだって、潰した方がいいと思うんだよ。が、上層部は『些細な反乱』ぐらいにしか今回も思っていないらしい・・・それについて、君はどう思う?ウラキ大尉。」
「いつもの事だと思います。・・・何もやらないよ、軍の上層部というのは、いつも。それはよく知ってる。」
そのコウの返事に、アムロ・レイは興味を覚えたらしかった。
「・・・・やけに反抗的な士官だね、君。」
「はあ、まあ。」
コウはそれだけを答えた。・・・・・相変わらず顔は見ないでおいた。すると、その時アムロ・レイがこう言った。
「・・・・・・・・君、ひょっとして俺が嫌いかい。」
「嫌いです。」
その問いには、コウは即答した。・・・いや、即答することが出来た。・・・・そうだ、嫌いだな。好きか嫌いか、と言われたら嫌いだ。・・・ニュータイプで、今でも戦う相手がいて、そうして、自分にむかって、無神経に言葉を投げてくる。『上層部は単なる「些細な反乱」ぐらいにしか今回も思っていない』。・・・・・・あんたが言うところの『些細な反乱』。『今回も』。それにあの頃の人生のほとんど全てをかけた男が俺だ、それで全てだった人間が俺だ、全力で戦ったのに、それでも敵を倒せなかった男が俺だ。そんな事はずっとずうっと何かのてっぺんにいて、達観したように全てを見下す事が出来て、そんな風に思えていたあんたには到底分かるまい感情のはずだ。・・・コウは、そんな発想自体が全く自分の一方的な価値観から生まれるものだと薄々は勘付きつつ、それでもそれを押さえる事が出来ずに苦々しい思いでいっぱいになっていった。
「・・・・良く分かった、で、ネオ・ジオンのことなんだが、大尉。」
だがしかし、コウの拒絶に対するアムロ・レイの次の言葉はそんな返事だった。・・・・まるで何ごとも無かったかの様に、彼は言葉を続ける。
「俺が思うのに、連邦はやはりあいつを・・・だから、シャアって男を買い被り過ぎのような気がする。大した争いになるとも、今回も連邦は思っていないから、いつも連邦はそうやって後手後手に回るから、妙なところにしわ寄せが出るんだ。それについて君はどう思う?」
「−−−−−−−・・・・・」
コウは思わず、言葉に詰まっていた。・・・・自分は今、確かにはっきりと、目の前にいる人間に向かって『嫌いだ』といったはずである。しかし、彼は何の影響もその言葉から受けてはいないように思える。・・・そして淡々と、ただ自分のしたい会話を続けているように見えた、なんなんだ。ニュータイプというのは、ひどく自分の事しか考えない人間のことでもいうとだとでも言うのだろうか?
「・・・・・・なんとも。なんとも自分は思わないな、大体、十四年間もそのシャアだかいう男に付きまとわれてあんたは嫌な気分にはならないのか、・・・・そんな理由で戦争が起きるんだぞ、これから、何があったんだか俺は知らないが、それでもその男はあんたと戦いたくて戦争を起こすんだろう。そうしたらこれはあんたとシャアの戦争で、俺にはひどく関係が無い、関係が無いどころか、迷惑に思っている、それが・・・・それが俺の思っている事の全てだレイ大尉。」
そこまでの台詞を、コウはコーヒーのパックを握りしめたまま一気に言ってみた。・・・・思わず顔を見ていた。ああ、見るものかと思っていたのに。それでもアムロ・レイの顔を思わず見てしまっていた。
やけに静まり返った顔をして、その男はそこにいた。
「・・・・別に、シャアが俺にこだわる事自体が嫌だとは思わないかな。」
「あんたは変態か!・・・・ストーカーみたいなもんだぞ、あんたにつきまとった挙げ句に、あんたと戦いたくて軍隊を1つ作って、それで戦争をやるような男がシャア・アズナブルなんだ!!・・・・そういうことになるんだぞ、あんたをただ困らせようとしている、そんな人間がシャア・アズナブルで、俺達にとってはエラい迷惑な話だって俺は言っているんだ。あんた達は・・・・あんた達は、生身で殴りあいの喧嘩でもしてりゃあ良かったんだよ!!そうしたら、ずいぶんと死ななくてすむ人間がいたはずだ!これから死ぬ予定の人間がな、死なずに済んだはずなんだ!」
コウが、思わず顔を見た勢いでそこまで叫ぶと、アムロ・レイは少し考え込んだようだった。
「・・・・そうか、うん、え?・・・・俺は変態だったって言うのか?」
そんな言葉を吐きつつ、アムロ・レイは手に持っていたコーヒーを飲み干す。ぱっとしない、ただの平凡な男の横顔にそれは見えた。
「・・・・そうだな、そうかもな。俺は良く言われるんだが、女性に対して冷たいそうだ。だから、女性に対してはサディスティックな一面があって、男に対してはマゾヒスティックな傾向があるのかもしれないよ、それでストーカーのようなシャアを許しているのかも知れない。」
コウはただ言葉もなく、ただそんなアムロ・レイを睨み付けていた。・・・・ここで引いたら負ける。なんとなくそう思った。しかし、そんなコウにはお構い無しにアムロ・レイは言葉を続ける。
「ウラキ大尉、君、連れ合いは。」
「地球に妻が。」
ひどく短くコウは答えた。・・・・長い事縁があって、だがしかし踏み切れなかった相手と、コウは宇宙に再び上がる事になって籍を入れたばかりだった。・・・今度ばかりは戻れないかも知れないと思ったからだ。
「・・・うん、俺にもどうやら俺の子供を産むらしい相手がいる。・・・・だがしかし、別にそれについて、俺はどうとも思わないかな。・・・だって、シャアが俺の予定なんか気にしちゃいないんだ。・・・・そういうことだなんだ、つまり。それで、男に対してはマゾヒスティックだっていう、さっきの話と繋がる。」
アムロ・レイは1人で納得して、飲み終わったコーヒーのパックをダストシュートに放り込むとさっさと立ち上がった。
「・・・・ただ、ウラキ大尉。」
最後に、アムロ・レイはコウの脇でしっかりとその顔を見つめながらこう言った。・・・・それは卑怯だ、とコウは思った。自分はどう努力しても、この大尉を好きにはなれない。・・・・そうなんだ。顔をあわせるのすら苦痛に思う。自分がどこまでも矮小で、卑屈な人間のような気がしてくるからだ。そして実際そのとおりなのだろう。どこまでも卑屈な。だがしかし、俺はその平凡なりの苦悩をこれまでしてきた。しかし、この目の前の人物にはその苦悩が無い様に思える。ニュータイプだというだけで、自分の感じた苦悩は全く感じていないような。すると面白い事にアムロ・レイの口から出て来た言葉は、まさにその『苦悩』に関する言葉だったのだった。
「・・・・君は自分が世界で一番不幸な、そんな人間のような気がしているかもしれない。だけど、人の不幸なんて本当に人それぞれなんだ、ウラキ大尉。俺は、これまでの人生でそれを学んだ。俺がシャアに付きまとわれる事を不幸と感じるかどうか。それすら、俺自身の主観の問題だろう。・・・・・・この世には面白いくらい多くの人間が生きている。昨日も、今日も明後日も、だ。俺はね、だから、ロンド・ベル隊をたとえ上の人間が見捨てても、それでも誰かが覚えていてくれないかと思って、それでこうやってひとり1人に、ちょっと言ってみているだけのことだ。・・・そういうワケで、この説明会なんだ。・・・・確かに作戦やら軍事行動とは程遠いなあ・・・・。」
コウは何も答えなかった。・・・ただ、ダストシュートにアムロ・レイがコーヒーのパックを放り込んだからには、おそらく休憩はもう終りだろうと思っただけだ。・・・そうか、自分が世界で一番不幸なような。そんな価値観は、やはり自分が勝手に思い込んでいるだけのシロモノか。・・・分かっている。分かっていたんだ、そんなことはとうの昔に!!!・・・ただ、人に言われて余計にその情けなさが身に染みて、そして自分に嫌気がさしただけだ。
ガトーに会いたいと思った。もう、二度とは会えないあの人生でただ唯一の、心からの敵と。・・・・・・・腹の奥底から、いくらでもその名を呼んで叫び声が上げられそうだと思った。あの時、確かに俺は迷う事無く確実に生きていた。・・・・そうだ、確かに俺は子供だ。自分を世界で一番不幸だと思って、そう思わないとこれまでの人生すら、ガトー無しでは生きても来れなかったようなそんな子供なんだ。分かりやすい生き方はうらやましいと思った、だから未だに「戦う理由」を、つまり生きる理由を持っているアムロ・レイを心からうらやましく思った。そうなんだ。・・・・・そこまで思い至って、コウはまるで笑い出したいような衝動に駆られる。事実、少し笑いながらアムロ・レイの報告会の続きを聞いた。・・・コウが出会ったアムロ・レイという人物は、確かに・・・・・・・確かに大人だったからだ。
−−−−−−そうして実際、コウ・ウラキは忘れなかった。忘れなかったのである、その、アムロ・レイが小さな努力をしていたロンド・ベル隊の事を。だからこそ、彼はその日一番に命令が下る前に自分の部下を連れて基地を飛び出したのであった。・・・・・0093、3月12日の事だった。
2001.08.17.