_________________________________
0093
友達では無かったコウとアムロの物語(1)
_________________________________
重要な作戦の計画書が未だに紙で配付されるのは面白い事だよなあ・・・と思いつつ、コウ・ウラキはその会議場を後にした。三々五々将校達が出てゆくとある基地のその議場は、実に数百人を一度に収容することが可能で、この会議にこの議場が選ばれた事がそもそも今回の作戦の重要性を物語っている。
「・・・・・・コウ!・・・・コーーウ、気付けよおい!!!」
思わずじっくりと紙を覗き込んでいたコウは、後ろから誰かが声をかけてくるのに気付かなかった。ドアを出る人の波に押しながされて歩きながらまだ紙を覗き込んでいたのだがやがて、やっと誰かが自分を呼んでいると思い当たる。
「・・・・・?」
「・・・・コウ!!!ここだ、俺だ!」
首を回してその声の主を探そうとしたその瞬間、コウの背中をバシン!と大きくひっぱたいて後ろから現れたのは・・・実に懐かしい顔だった。
「・・・・キース!!なんだ、お前いたのか?」
「いたのか、ってあのね・・・俺だって出世してますよ、ええ、もう会議に出席するくらいにはね、・・・・っていうかマジで久しぶりだなぁ、おい!!!」
それはコウの士官学校時代からの友人、チャック・キースであった。直接に会うのは・・・実に二年ぶりになる。二年前、キースは長年の付き合いだった同じ軍籍の女性士官と結婚し、それを期にコウより一足先に宇宙に出ていたのだった。その、キースの結婚式以来・・・そうか、もう二年も経つか。音信不通ではなかったものの、我ながら薄情だな、とコウは思う。
「しっかしすごい人出だねぇ・・・」
「宇宙軍の尉官クラスは、半分以上集められてたんじゃないのか。」
議場から出る人の波に流されそうになりながら、それでもコウとキースは立ち止まって、久しぶりの握手を交わした。
「・・・・・俺みたいな、大慌てでひっかき集められて宇宙に上がって来たような人間までな。」
人込みは、だがやがて流れ去ってすこし辺が静かになる。そうなってから、コウとキースは昔のように、肩を並べて通路を歩き始めた。
「いや、実際お前がまた宇宙に上がって来る気になるとは思わなかったよ・・・」
「別に来たくて来たわけでもない。・・・俺が行かなかったら、俺の生徒だけを宇宙に行かせると言ったんだ、基地司令のアホが。」
キースは、そんな風な口をきくコウが面白かったらしくて小さくニヤリ、と笑う。
「お前、バニング大尉に似てきたんじゃねーの、最近。」
「・・・そうかぁ?俺は、歴戦の猛者でもなければそう部下に信望が厚いわけでもないぞ。」
−−−−−−−−それは、昨年の末の事だった。とある、非常に有名な男が、急に1つのコロニーの占拠を宣言し、宇宙はにわかに騒がしくなった。戦争になるのかもしれない。となると、さすがに地球連邦宇宙軍もただ黙って見ているわけにはいかない。それなりの数の軍人が急遽地球から増強要員として宇宙に上げられることになり、その中の1人がコウだったのである。
「しかし、実りの少ない会議だったよなぁ・・・・どうにも動けないと分かっているならわざわざ人を呼び出すな、っていうの。コロニーの連中は一筋縄じゃいかないんだぜ?」
「ああ。」
にわかに宇宙軍らしい勤務に回されたコウと違って、もう二年もの間宇宙で暮らして来たキースが、隣を歩きながら実にそれらしい言葉を吐く。・・・ああ。そうなのだろうな、とコウも思う。今日の会議ときたらまったく凄かった。『最終的判断は政府の政治的駆け引きにゆだねる。その為、ネオ・ジオン軍に対する圧力として宇宙に増強された諸君は最後まで静観を旨とする事。実質的軍事行動は、ロンデニオンに拠点を置くロンド・ベル隊にのみ執行許可がある。』・・・・・つまり、一般の、ごくごく一般の宇宙軍である自分達は『見ているだけで何もするな』ということだ。これが、大体において作戦なのか?あんな大袈裟な会議を開く意味が一体何処にあったというのだろう。
「・・・・・ともかく、俺は使い物にならないと分かっている俺の生徒が実戦に出なくて済みそうなのがうれし・・・」
「ほぉら、そういうところ!そういうところがバニング大尉に似てきたっていう・・・・!」
コウはコウで、実に『地球上でテストパイロットを育成する仕事』をしていた人間らしい台詞をキースに返しかけた時・・・だいぶ人気の無くなった通路の向こうから、二人の人物がやってくるのが見えた。反射的に、コウとキースの二人は敬礼をしてその二人を見送る。1人は、コウとキースと同じ階級章をつけた大尉で、もう1人は少し年かさの人間で大佐の階級章をつけていた。
妙に印象的な赤毛の小柄な大尉と、落ち着いた風情のある黒髪の大佐だった。小さな声で何やら話しながら、同じく敬礼を返しつつ、その二人は先ほどコウとキースの二人が出て来たばかりの、議場の入り口のドアに消えてゆく。
「・・・・・あ、」
何故か無言でその二人をやり過ごした後、キースが唐突に手のひらを打った。
「今のが、『原因』じゃないのか?」
「あぁ?」
コウは間抜けな返事をして、ともかくもう一回二人は通路を歩きだす。
「いや、今回の戦争さ・・・・ほら、ネオ・ジオンとかワケの分からない事をシャア・アズナブルが言い出した『原因』な。それが、今の人じゃないかって。あれ、今のが、ロンド・ベル隊のアムロ・レイ大尉とブライト・ノア大佐だぜ。」
「・・・・・・・・ああ・・・・・・・」
そうキースに言われて、やっとコウは二人が消えた議場の扉を、振り返ってみた。・・・・アムロ・レイ。ああ、そうか。今のが。そう言われてみれば、モビルスーツ乗りの格好をしていた気がする。フライトジャケットを着ていたような。しかし今のコウには、それはあまりに興味のない名前だった。軍に入って10年になるが、初めて『有名人』を見たな。
「・・・・だから?分からないな。」
「ワカラナイって、お前さ・・・・忘れちまったのか、学校でさんざん勉強しただろ!今のがアムロ・レイで、そして一年戦争の時のエースパイロットなんだとしたらな!!・・・あいつが今回の戦争の『原因』なんだ、だってシャア・アズナブルはあいつを一年戦争の時に倒せなくて、それを本当に根に持っていて、それで今回の戦争を起こしたってのが辛口の軍事評論家の意見なんだぜ。」
「・・・・・だから?」
コウはさっきの二人が、誰も居なくなったあのだだっぴろい議場に入っていったのならば、そこはさぞや宇宙軍のお偉方と話をするには広すぎるのだろうな、というような事を何故かぼんやりと考えていた。
「あーっ!!!だからさ、今回の戦争は本当にシャア・アズナブルが私怨から起こした、『因縁合戦』じゃ無いかって・・・・・!!」
「・・・・下らないな。」
コウはたった一言、それだけを答えた。・・・・そうだ、下らない。何が『因縁合戦』だ。それでまた、数え切れないくらいの人間が死ぬのだ。もし出撃しろ、と言われたら、自分の育てた生徒も死ぬ。・・・そうだ。
「下らない。・・・・だからなんだ。・・・ニュータイプだと個人的な感情で戦争を始めても構わないとでもいうのか?・・・・・冗談じゃ無い。」
「・・・・って、お前、身も蓋もないこと言うねぇ・・・・」
そこで少し会話は途切れて、ただ黙々と、コウとキースの二人は通路を歩いていった。・・・コウは、何故か思い出していた。かつて言われた台詞を。
『戦いの始まりは全て怨恨に根ざしている。・・・・・・当然のこと!』
・・・・・自分に向かってその台詞を朗々と語った人間は誰だったろう。ともかく、その涼やかで自信に満ちた、自分が知っていた男の声を思い出しながら、コウは無性に腹が立って来た。天を仰いだ。そうだ俺はニュータイプじゃない。そして俺が戦ってきた敵もニュータイプじゃあ無かった。誰1人としてだ。・・・・だから、ニュータイプ同士の理論なんぞで戦争を起こされてもただ迷惑なだけだ。
「知らない。・・・・俺には関係が無い、縁も無い。・・・・そうか、『怨恨』か。それも『私怨』か、十四年間。・・・・・ただの私怨か、私怨のままか!!それ以外のものにならなかったような、そんな戦いに俺達が巻き込まれる事すら間違って無いか、何もかも無関係な俺達が、だ!!!シャア・アズナブルだかアムロ・レイだか知らないが!!」
そこで、その通路の曲り角で、急にコウは立ち止まった。そうして、アムロ・レイが消えて行った議場のドアをもう一回だけ振り返る。曲り角を曲るとそのドアはもう見えなくなるのだった。
「・・・・・・・・・・・・・ただ、」
「・・・・ただ?」
そこまで言いかけて急に口をつぐんでしまったコウを不審に思ったのか、キースが少し呆れた調子でそう促す。何をコウは急に激高しているんだ。・・・いや。でもコウには、昔からこういうところがあった。もう、本当に頭に血がのぼって周りの事などなにも見えなくなるようなところが。しかたがないのでキースも立ち止まる。・・・・コウはなにやら深く考え込んでいたが、やがてやっとの思いで、本当にやっとの思いで、これだけの言葉を口にする気になったようだった。
「・・・・・ただ、これだけは分かる。さっきの・・・アムロ・レイという男には、まだ戦う相手がいて・・・・・」
そこで、コウは壊れるのではないかというくらいの激しい勢いで、自分の拳を通路の壁に叩き付けた。・・・・・バン!と乾いた音が通路に響く。
「・・・・・・・・・・・俺には戦う相手がもういない、ということがだ。それだけは分かる。」
最後にコウが吐き出した言葉は、もう単なる呟きのようだった。そうしてそれは、無機質な基地の通路の壁に飲み込まれて消えて行った。
「・・・そうだ、俺にはもう戦う相手はいない。そして『ガンダム』は多分、ニュータイプじゃない人間が乗っちゃいけない機体だったんだ。・・・・見ろ、俺を。・・・ロクな結果にならなかっただろう?」
−−−−−−−−−宇宙世紀、0093、2月27日。シャア・アズナブルによる事実上の戦線布告が為され、俗に言う『シャアの反乱』が始まった。
2001.08.14.