あるところにコウという男のひとがいました。このひとはもうほんとうにおとなのひとだったのですが、ちょっとこどもっぽいところがあるのと、のんびりしてすこし不器用なのとで、まわりのみんなからこどものように思われていました。でも、ほんとうにちゃんとしたおとなのひとだったんです。不器用といっても、あたまがわるいのではなくて、ちょっとおっとりしているのでした。いっぺんにたくさんのことが出来ないんです。
さて、その年、コウはひまわりをそだてることになりました。ひまわりっていうのは太陽ににているおおきな花で、コウはその花がだいすきでした。その花はほんとうに太陽そっくりなんです。だからひまわりがたくさん咲いたりしたらたいへんです。とてもまぶしいんです。それで「ひまわりをそだてていいぞ」っていわれたときに、とてもドキドキしてしまって、うれしくておどりだしそうでした。そだてていいぞ、っていって、コウに畑をくれたのはバニングたいいというひとです。コウのおとうさんみたいなひとなのでした。ともかくコウは畑をもらって、それでひまわりのたねを蒔きました。いっしょうけんめい、たくさん蒔きました。はじめてのじぶんの畑だったからです。気をつけていないと、やっぱりうれしくて、いまにもおどりだしそうでした。
とてもあつい夏でした。
コウはじぶんが、汗をたくさんかいたりしたものですから、ひまわりがあつくてたおれてしまったらたいへんだ、と思って毎日みずをやることにしました。ほかにどうすればよいのかも、どうすればひまわりがうまく育つのかも、じつはよくわからなかったのです。
まいにちまいにちあついです。だからたいへんだ、と思ってコウはみずをやります。もう、ほんとうはじぶんのほうがたおれそうなくらいのあつさだったのですが、コウは大きなひまわり畑にみずをやりつづけました。バケツをもって、ばしゃーっ。また、バケツをもって、ばしゃーっ。まえにもちょっと書きましたが、コウはいっぺんにたくさんのことはあんまり出来ないんです。バケツをもって、ばしゃーっ。またバケツをもって、ばしゃーっ。コウはみずをやりつづけました、ずっとずっとやりつづけました。
……そうしたら、なんてことでしょう!
ひまわりが、どんどんしおれてゆくのです。コウは困ってしまいました。そしてとてもかなしくなりました。もう、つぼみもついているのに!コウは、まぶしいくらいのひまわり畑をつくりたかったのです。でも、みずをあげてもあげても、ひまわりはしおれてゆくのです。でもほかに、じぶんにはなにをすればいいのかわからないのです。それはあつい夏でした。とてもとてもあつい夏でした。ついにコウは、かなしさのあまりにうごけなくなってしまって、ひまわり畑のまんなかにバケツをもってたちつくしました。
(ここで、ガトー登場。)
「馬鹿か、貴様は!」
でてくるなり、そのひとはコウをどなりつけました。大きなひとです。ぎんいろのあたまのひとです。
「そんなにも水をやり続けたら、根腐れをおこしてしまうに決まっているだろう! それくらいも分からんのか!」
コウはよくわかりませんでした。ちょっとこわいな、って思って、そして腹もたちました。……だから、コウにはしらないことがたくさんあるんです。いっしょうけんめい、ほんとうにじぶんにできることをいっしょうけんめいやっていただけなのだけれども、じぶんの力だけではどうにもならなくてとほうにくれていたところだったんです。
「…分からんのならば、もういい! ……いいか、この畑をすこし放っておいてみろ、そうしたらひまわりは勝手に元気になる。そういうことも知れ。……いいか、学ぶんだ。」
そのぎんいろのあたまのひとは、いきなりでてきて、ひとりでおこったあげくに、そういいました。ほうっておく? いいのでしょうか。でも、コウはたしかにそういうことができなかったな、これまでじぶん、って思いました。
「我慢出来るな。…いいな?」
それから急に、そのめのまえの大きなひとが、ぎんいろのあたまのひとが、とても苦しそうなことにきづきました。……え、なんでだろう。ていねいにひまわりの育てかたとかをおしえてくれた、じつはけっこういいひとなのかもしれないこのひとは、もういまにもたおれそうです。コウが見ているめのまえで、そのひとはどんどんぐあいが悪そうになってゆきました、コウはおもいました、ちょっとあせりながら思いました。だいたいこのひとは、炎天下がダメそうなひとなんです。あたまがぎんいろなら、めのいろもむらさきで、とても色のうすいひとで、それなのにあつい中、ながそでのぎょうぎょうしいふくを着込んでいて……と、コウが思ったしゅんかんに、
ガトーがばったりたおれました。
コウはまたあわててしまいました。このひとはいきなりでてきて、『ひまわりにみずをやらずにまってみろ!』と言ったあげくに、ばったりたおれてしまったんです!
もう、ほんとうにどうしようかとおもいました…しかし、コウはあんまり器用ではないんです、たくさんのことをいっぺんにはできないし、できないことはほんとうにできないんです、でもいっしょうけんめいなんです、いつも。
それで、けっきょくほかになにも思いつかなかったので、ガトーに水をやることにしました。…コウは走ってみずをくんできました。そしてそれをガトーにかけました。バケツをもって、ばしゃーっ。…だけれども、ガトーは目を覚しません。たおれたままです。コウはほんとうにあせって、もういっぱいみずを汲んできました。バケツをもって、ばしゃーっ。……だけどやっぱりガトーは目を覚しません。………コウは本当にかなしくなって、炎天下でまたたちつくしました。あしもとには、みずでびしょぬれのガトーがたおれたままです。…うごかない、このひと。……どうしよう、なんてことだ、どうしてこんなときにもどうすればいいかわからないんだ俺。かなしくて、くやしくて、コウはどうにかなってしまいそうでした、たおれたガトーはそれくらいかなしかったのです、たおれてなんかほしくなかったと、たおれた姿をみておもったんです。
「……ガトー。」
ついにそう言って、コウはひざをつきました。じぶんがびしょぬれにしたガトーのほおにふれました。
「……ガトー。」
もういっかい、そういってほおにのる、みずにぬれたかみをはらいのけました。あたまのうえからは、あいかわらずギンギンとおひさまが照っています。でも、ガトーはその炎天下にやられたらしく、目を覚しませんでした。……それはそれはあつい夏でした。あつい夏のできごとでした。ええ、あつかったのがいけないのかも。
「…ガトー…っ、」
そのときやっとガトーのまぶたがピクリ、とうごきました。
(ガトー復活。)
「…………馬鹿か、貴様は!」
目が覚めるなり、ガトーはそういいました。しかし、とたんにクラリ、とおひさまにやられたらしく、すこしよろけてから、それでもこんどはたおれるまい、と思ったらしく、コウをわきにかかえて日陰にとびこみました。
「私に水をやってどうする! 私は植物ではないぞ!」
「……はい。」
コウはそうこたえました。このひとはおこってばかりいるので、やっぱちょっとこわかったのですが、たおれてうごかなくなってしまうよりは、おこられているほうがマシだと知ったので。
「素直に返事をするな!本当に意味が分かっているのか!」
「はい。……はい、ガトー、それで、俺の畑にひまわりは咲くかな。…たくさん。俺、水をあげるのは我慢してみようかと思う。俺、満開のひまわりを見たいんだ。」
ガトーはへんなかおでコウをみました。……そうです、コウはあたまがわるいのではないのですが、いっぺんにたくさんのことはできないんです。それから、いつもいっしょうけんめい、できるだけのことはやっているつもりなんです。ガトーに水をやるのも、他になにもできなかったから、そうしたんです。そうするほかなかったんです。コウはガトーがたおれていたらみずをあげなきゃ、って思うようなひとだったんです。
「……そりゃ咲くだろう。それはたくさん。……お前が頑張るだろうから。水をやるのはやや我慢してな。」
ガトーがそんなことをいうので、コウはしあわせになってしまって、じぶんのひまわり畑をおもわずみつめました。……それから、にっこりとわらいました。
それをみて、ガトーもちょっとだけ笑いました。
……それで十分だったんです。
えぇ、それで十分だったんです。……そんなちいさなものがたり。
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