まどのむこう





「・・・おー。そうかあ、青い・・・・・まあそりゃそうか、青く見えるよな、当然。」
 そんな妙なつぶやきが聞こえたのでガトーは目を覚ました。見ると、ウラキが窓際のカーテンを少し開いて、そのガラスの向こうを覗き込んでいる・・・・・そのジ−ンズだけを履いて、上半身は裸のウラキの姿を見て、ガトーは急に寒気を覚えた。いや、本当はいつの間にやらベットの隣がもぬけの空になっていて、それで寒くて目が覚めたのかもしれないが、どちらだったのかはもはや分からない。
「・・・・何が。」
 ゴロリ、と寝返りを打ちながらガトーがそう言うと、ウラキは振り返らないままにこう言った。
「あ、起きたの。いや、窓がさ。・・・・・窓が、夜で、それでカーテンが閉まってるからその向こうの部屋がみんな全部カーテンの色に見える。青いカーテンの向こうの部屋は四角い青、って感じに。・・・・・なんか、青いカーテンが多いな、この向いのマンション。」
 そんな事が面白いのか。ガトーはそう思ってもう一回寝返りを打ち、今度はウラキに背を向けた・・・・と、自分の部屋の床でとんでもないものを見つける。
「・・・・・おい、ウラキ。下着がここに落ちてるように見えるぞ。」
「あ、めんどくせぇからジーンズだけちょっと履いた。・・・・それでさ、ガトー。青いカーテンの次くらいに多いのが、オレンジ色っぽいカーテンなのな。聞いてるか?」
 聞いているがちょっと待て。ものぐさいにも程が無いか・・・・・とガトーは思ったが、まあ放っておくことにした。好きにしろ、他人の事だ。そうして、ふとんをひっぱると自分は続けて寝ようかと思う。
 ウラキはしばらく、飽きもせず窓際で外をぼーっと眺めているようだったが、やがて急にこんなことを言い出した。







「・・・・・・・なあ、ガトー。カーテンの向こうの人間も、青いと思うか?」







 何を言っているんだこいつは・・・・と思ったものの、やがてウラキの言葉の意味に気付く。まだ、カーテンのことを考え続けていたらしい。そこで、ガトーも少し考えてから、返事をした。
「・・・・青いんじゃないのか。・・・・青いカーテンの向こうに見えるんだから。オレンジのカーテンの向こうの人間はオレンジで、黄色のカーテンの向こうの人間は黄色だ。・・・・・・という風に、こちらからは見えるんじゃないかと思うぞ。」
 すると、面白そうにその瞬間、初めてウラキが自分の方を振り返ったのが分かった・・・・・背を向けていたのに分かったのだ。そこでガトーも、ついにベットの上に起き上がった・・・・そして服を探す。ウラキのように下着を省こうとは思わなかった。見ると、ウラキはカーテンの端を掴んで笑っている・・・・・ガトーの部屋には灯りがついていなかったので、窓から入ってくる光の下に逆光で立ったまま、ウラキは何故か笑っていた。そして言った。
「ああ、やっぱあんたはそう思う?」
 そこでもう一回、ウラキはちらり、と窓の外を見る。ガトーは、簡単に服を着て、そして煙草を探そうと思ったところだった。ウラキはこう続けた。







「そう思う?・・・・・・・・・・・だからあんたダメなんだよね。」







 ガトーのマンションは結構な高層マンションである。その瞬間、建物に風が吹きつけて、窓が面白いくらいビリビリと震えるのが聞こえた。ガトーは何故かベットを飛び出してウラキの脇まで走っていた・・・・凄まじい勢いで。そして、掴む襟首が無かったので、とりあえず片手でウラキのジーンズのベルトループを、もう片手で髪の毛を掴んでみる。イテテテテ、というような叫び声をウラキが上げた。







「・・・・・もう一回言ってみろ。」







 すると、ウラキが今度はもう凄まじく言ってやりたくてたまらなかったんだ、というような顔をして答える。かなり苦しい体勢で掴まれているのに下から睨み上げるようにやはり楽しそうに笑っていた。
「・・・・だからあんたってダメなんだよね。俺にはカーテンの向こうの人間もただの人間に見える。ただの人間が生きてるように思える。だからあんたってダメなんだよね、人間に色をつけて仕分けるのは・・・・・」
 ここで思わず、ガトーはウラキの髪の毛を掴む方の手に更に力を加えてしまう。しかし、少しウラキは苦しそうな顔になったものの更に続けた。







「・・・・・仕分けるのは楽しいか。それは、楽な生き方か?」







 ガトーは返事について考えた・・・・・返事と言う、コミュニケーション上不可欠な行動について。その時ちょうど、またビル風が吹いて、二人が共に立っている真横のガラスがビリビリと震え、ガトーはちらりと窓の外を見たのだが・・・・・そこには、確かにウラキの言うように、様々な色の窓が見えた。・・・・・なんだ。聞いたのは貴様だろう。







 貴様だろう!








 ともかく二人はずいぶんと無言のまま、何故か真夜中の寝室で睨み合う羽目になった。・・・・よほどたってからガトーは言った。







「・・・・少なくとも貴様に色はつかなかったな。・・・・まどのむこうのように。」
 するとウラキが即座に答えた。
「一生つかない。・・・・あんたの色もだ。」







 二人はまたしばらく固まったまま・・・・これはセックスする相手との夜の過ごし方として正しい方法だろうか、というようなことについて考えてい考えていた。・・・・・・・・・・・・・・が、飽きた。














 そこで、そろそろキスをして、ベットに戻ることにした・・・・・・・・・ガトーは強引に、下着もつけずにジーンズを履くバカをベットに放りつける。ウラキはまたイテテテテ、というようなことを言った。そうして最後に、体力で負けたことに対する負け惜しみのように「この部屋のカーテンも、もうちょっと明るい色に替えた方がいいよ。」と呟いた。




 ガトーはもう何も聞きたく無かったので、深く深くキスをした。
























2002/01/23









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