Planet Shining.
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第2話:終わりなき追撃〜Ten below blazing〜 2004.10.18. |
パチン、パチン・・・・と、先ほどから辺りには不思議な音が響いていた。正確には、その音を立てているのは一人の日本人とおぼしき男で、どう言ったらいいのだろう、いわゆる・・・・典型的、そして今や古典的と言ってもいいくらいの『オタク』の格好をしている。トレーラーとトレーラーの間に幕を張った、ちょっとしたテントのようなところで、アリゾナの熱風を受けつつ彼は小さなハサミの様なものを動かしていた。
「・・・・・で、お前らさ。・・・・一番良く憶えてるガンダム、ってどれだよ。」
唐突に手の動きを止めないままに彼が・・・・その、古典的オタクの格好をした彼がそう聞いてきたので、その手元を覗き込んでいた二人の少年は顔を見合わせた。
「・・・・・・・へ?・・・・・一番良く憶えてるガンダム・・・・??」
「・・・・俺、シードかな。うん、俺シードが一番良く憶えてる。」
クリスの方が一瞬早く意味が分かったらしく、そう答える。
「だって、ちょうど6年くらい前だろ、一本目やってたの。・・・・小学生だったからリアルタイムで見てたよ、土曜が楽しみだった。あと、続きもやったしな。だから良く憶えてるよ。」
「・・・・・・・・。」
もう一人の少年・・・・ウラキの方は意味がまったく分からないらしく、しばらく腕を組んで唸っていた。
「・・・・ごめん、『一番良く憶えてる』って、どういう意味だ?・・・・ガンダムって、幾つもあるんだっけか、全部同じじゃないのか?」
・・・・・その返事に、さすがにパチン、という音が止まった。
「・・・・・・・・・よし、俺に分かったのは・・・・・・・・お前らがガキだってことだ。」
その古典的オタクの格好の人物・・・・・・いとう満は、プラモの部品を切り離すためのニッパーと呼ばれるハサミをテーブルの上に置くと、実に嬉しそうに眼鏡を直した。もちろん彼は、中途半端な長髪で、ジーンスをはいていて、黒いTシャツで、しかもその腕を無理にめくりあげ、バンダナをしていて・・・・・何が入っているのか分からないウェストポーチを付けている。・・・・・ちなみに現在36才、いわゆる『ファースト世代』であった。
撮影は・・・・一週間ほど前に始まった、『GUNDAM0083 STARDUST MEMORY』実写版、という映画の撮影は・・・役者も揃い、おそらく前編を通してほぼ一ケ所であろう・・・ロケ地を利用しての撮影をほぼ終了しようとしていた。近年のSF映画の例にもれず、この作品も殆どの部分にCGで加工がされる。もともとがアニメなのだからこれはばかりはどうしようもない。
「・・・・最初に言っておこう・・・・俺は、『ガンダム』にはうるさい。」
「知ってるよ、いとうさん。」
最初に、いとう満を見つけて来たのはウラキだった・・・・そんなCG満載になる映画の中で唯一の、ロケ地を利用しての撮影、つまり『トリントン基地』やその周辺などのまさに冒頭部分を撮影し始めて二日目。ウラキは、スタッフの中に不思議な人物を見つけた。・・・・メイクや衣装や、大道具などのスタッフとは明らかに違う。いや、格好は大道具のスタッフと似たようなものなのだが、だからといって美術の監督スタッフでも無いらしい。・・・・彼は、何故かアリゾナの砂漠の中でカーター監督の脇あたりに、いつもパソコンを抱えて立っていたのだった。バンダナを頭に巻いて。砂荒らしにもめげず、である。・・・・とても目立った。
「まずだな・・・・何から説明すりゃあいいんだ。・・・・富野という偉大なアニメ監督が・・・・日本にはいた。いや、今もいるが。」
「いや、そんな凄いところから説明しなくていいからさ、いとうさん。」
クリスは思わずツッコミを入れずにはいられなかった。ともかくいとう満は、もう一回ニッパーを握ると、プラモの部品を切り離す作業に戻りつつ、こう続ける。
「・・・・彼はガンダムだけではなくて、他にもたくさんの作品を作っている。・・・・が、お前らに関係あるのはガンダムだけだな、ガンダムは今から28年前・・・・テレビアニメとして放映が始まった。」
さて、いとう満を見つけたウラキは・・・・もう、声をかけたくてかけたくて仕方がなくなってしまったらしい。もちろん、この映画は日米合作なのだから、日本人スタッフもたくさんいる。しかし、そのスタッフは主にCGの方面に多いらしく、アリゾナのロケ地まで来ている日本人スタッフはほとんどいなかった。来ているのはウラキとクリスという日本人側から出た役者のマネージャー・・・及び、エージェント、制作側の広報担当者、などで、いとう満のような妙な動きをしている日本人は彼一人だった、と言っても過言ではないだろう。クリスはウラキの性格を知ってはいたが、一応止めた。・・・・が、ウラキは非常に盛り上がっていとう満に突進してゆき・・・日本語で話し掛けた。・・・・すると、日本語で返事が返って来た!見ろよ、やっぱり日本人だ!そうして、見事友達になったのだった。結果、今では休憩時間をこうして一緒に過ごすまでになっている。
「・・・でだ、へんな表現だが・・・・富野監督だけでは止まらなかったんだ・・・・そのあと、彼自身も作品を作ったが、それを超える量のアニメが他の人たちの手によっても延々作り続けられ・・・・プラモもゲームもだな・・・・で、今に至っている、だから俺はどのガンダムを『一番憶えてる』か、って聞いたわけだ。シード世代か。一番若いな。・・・・そんなお前らが『0083』をやるのかと思うと・・・・面白いな。」
「・・・・・いや、いとうさん、一人で面白がってるだろ?・・・俺、良く意味分からないし。」
「いや、ウラキ、お前はもう話すな!・・・・バカなのがばれるから!!」
・・・・俺がバカ!?・・・・どこがバカ!?とウラキはクリスに食ってかかっていたが、そんな二人をいとう満は面白そうに見ていた。・・・・・いつの間にか、パチン、という音は消えている。かわりに、ガチッ、というような音がしばらく響き渡った。・・・・・いとう満が何も話さなくなってしまったので、仕方なくウラキとクリスの二人も・・・・・待ち続ける。そのいとう満の手元を見つめ続けたのである。
「・・・・・出来た、簡単だ。・・・・・『君の機体だ、コウ・ウラキ少尉』。」
本当にあっけなく・・・・・ものの組み立てはじめてからものの十分ほどで、いとう満はハイグレードと呼ばれるプラモデルを素組で組み上げた。演技がかったようにそう言われる声に、叫び声を上げてウラキが・・・・コウ・ウラキ役の浦城 直(すなお)が、そのプラモデルを手に取る。GP-01、ガンダム試作一号機。十七歳なので、ガンダムのプラモデルで純粋に喜ぶには少し年を取り過ぎていたが、それでも手に取って色々と動かしはじめた。
「すげぇ!・・・・・すげえな、いとうさん、あっという間に出来ちゃったじゃんか!・・・・これ、本当に貰っていいのかー!?」
「いとうさん・・・俺にも!・・・・俺のも作って!」
お前ら、本っ当にガンプラの一つもこれまでに作ったこと無いのか?・・・・いとう満はウラキと、それから声を張り上げるクリス・・・・チャック・キース役のクリストファー・ブラッドフォードの二人を見る。そして少し小馬鹿にしたように笑ってから・・・・それでも、テーブルの上に置いてあったジム・キャノンのプラモデルの箱に手を延ばしてくれた。クリスは嬉しくて、思わず手を振り上げた。
・・・・・いとう満。全く偉そうに見えないが、彼がこの映画のCG監督だった。
「・・・・・・問題はまだ解決しないのか?」
同じ頃、総監督のエドワード・カーターは、隣に立っている進行スタッフに、今日何度目になるか分からないその質問をまた問いかけていた。
「スイマセン、ミスター・・・・例の角度から映像を撮ろうとするとクレーンの高さが足りないし、足場を組んで人力で撮影しようとすると・・・・背景の方が足りません。」
「つまり、何も解決していないと言うことだな。」
「そうです。」
・・・・カーター監督はため息をついて時計を確認した。・・・・今日はおそらく、このロケ地においての最後の撮影日だ。・・・・そうなるはずだし、そうしたかった。トリントンの場面はエキストラが多く、撮り直しはもう出来ない。いや、取り直しを後でやってもいいのだが、CGでフォローしなければならない部分が増える。・・・・つまり、制作費が増える、ということだ。
「・・・・・今日のバンダイの株価は。」
「・・・・はぁ?」
冗談のつもりでカーター監督はそう聞いたのだが、進行スタッフは真面目に受け取って返事に困ったらしい。
「ああ、別にいい。・・・・・みんなは?」
「俳優のみなさんは、『士官食堂』で休んでますよ。・・・・スタッフは・・・・」
「ミスター・イトウは。・・・・・アルビオンの格納庫を、ほぼ直上からガンダム越しに見た画像で製作したくなったら、CGで幾らかかるものだか、時間と金額を聞いてくる。・・・・・その方が、美術スタッフに格納庫を余計に作らせるより安いかどうか、だ。・・・・もう三時間も休憩しているな。」
のんびりした現場だ。・・・・そう思いながら、カーター監督は立ち上がった。
「ああ、ミスター・イトウならいつも通りですよ。・・・・『士官食堂』ではなくて・・・・」
士官食堂、というのはこの映画のキャスト専用に作られた、一種の休憩所である。
「・・・・子供達か。・・・・ミスター・イトウは優秀な技術者だが・・・えらく懐いたな。」
カーター監督は含み笑いをしながら、ゆっくりと台本を持って歩き出した。
「ええ、一緒にいるはずです、トレーラーの方ですね。」
そう答える進行スタッフに振り向かないまま手を振りつつ、カーター監督はトレーラーの駐車場を目指して歩き出した。
普通、ハリウッド映画ではあまりキャストとスタッフ、というのは仲が良くならないらしい。・・・というか、どこか一線を引いた付き合いをするらしい。
「・・・・・・ありゃあ、いつのことになるかな・・・・確か、99年とか、それくらいだ・・・・ペプシ、って分かるか。ペプシコーラ。飲み物の。」
「そりゃ分かるよ。」
「ペプシマ〜ン♪・・・だろ?」
さて、相変わらずトレーラーの間に作られた簡易テントの下では、ウラキとクリス、それからいとう満がガンプラを前に話を繰り広げていた。・・・・大抵のハリウッド映画では、『キャスト専用』というコミュニケーションスペースが作られ、その中でしか俳優達は交流を深めない。が、そんなことはハリウッド映画初出演のウラキにも、クリスにも関係の無いことだった。実際、この映画にも『士官食堂』の気のきいた名前の付けられた、一種の社交場があったが・・・・どうも、それよりウラキなどは、この日本人スタッフが気になってしょうがないらしい。
「・・・・そうそう、そのペプシマ〜ン♪・・・・が、確か99年に日本でやったキャンペーンに、物凄いのがあった。」
「物凄い?」
その場には、またパチン、パチン、というプラモデルの部品を切り離す音が満ちていて・・・・・いとう満は、器用に手を動かしながら、こう続ける。
「どう物凄いのか、っていうと・・・・俺はまだその頃日本にいたんだが、いわゆる日本においての『懸賞』の上限金額、っていうのが1000万になった、そういう年だった。そして、その頃、インターネットでこういう『ネタ』が盛り上がったのさ。・・・・・ペプシがやっていたキャンペーン、っていうのは・・・・『ペプシを飲んで、宇宙に行こう!』・・・・ってのだった。つまり、史上初の『宇宙旅行プレゼント』ってやつだ。」
「・・・・・いや、そりゃ、今でも実現してないだろ?」
クリスのそう呟く声に、いとう満は面白そうに返事をした。
「ああ。・・・・だから、その懸賞にもポイントがあった、『宇宙旅行の料金、1000万円までは当社が出します、あとは勝手にしてね!』・・・・・問題は適当な対応をしたペプシ社じゃない、インターネットで盛り上がっていた『ネタ』の方だ。」
「・・・・・どんなネタなんだ?」
GP-01を動かしていたウラキがそう聞いた。・・・・・もちろん、他のキャスト達・・・・ニナ役のジュリエット・クレバーや、バニング大尉役のウィリアム・スタンバーグ、モンシア中尉役のダン・ポープと過ごす『士官食堂』が楽しくないわけではないが・・・・それを投げ打ってでもいとう満、というオタクと話をする時間の方を楽しみにしているのには訳がある。・・・・彼は、必ず面白い話をするからだ!
「・・・・・『ペプシを飲んで、宇宙に行こう!』・・・・じゃない。『ペプシを飲んで、富野監督を宇宙に行かせよう!』・・・・・って企画だ。・・・・本当に、インターネットの中でそういう企画があって、盛り上がって、面白がってみんなペプシを飲んだ。・・・・・富野監督のために、な。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
・・・・作ってもらったGP-01を太陽に掲げてみようと思って、ウラキはそのプラモを両手で持って差し上げた。・・・・と、そこで向こうから歩いて来るカーター監督に気付く。
「・・・・・あっれ、監督だ。・・・・撮影、再開するのかな。」
クリスは、黙ってしばらく考えていたのだが、やがていとう満の言葉に対してこう返した。
「・・・・・それで、富野監督は宇宙に行ったのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
いとう満は、パチン、とリッパーを鳴らしていた手を止めた。
「・・・・・いや。『富野監督を宇宙に行かせよう!』・・・・って、そういうインターネットで勝手に盛り上がった企画がかつてあった、ってだけの話だ。・・・・・宇宙に行かなくてもあれだけ面白い話を作る監督だ。・・・・・宇宙に行ったら、そりゃすげえことになるんじゃないかと、ガンダムファンみんなが、その時は盛り上がってた。・・・・懐かしいな。」
・・・・監督はたった一人でゆっくりと歩いてくると、やっとテントの下に辿り着いた。
「・・・・・やあ子供達。・・・・・良いものを作ってもらっているな?」
ウラキは無言で、嬉しそうにGP-01のプラモを監督に掲げて見せた。・・・・ジム・キャノンを作りかけだったいとう満は、さすがにその手を止めて監督を見た。
『何故「0083」なんですか?』・・・・・と、クリスは監督に聞いたことがある。・・・・ゲイという噂のある、エドワード・カーター監督、大のジャパニメーション贔屓に、である。・・・・・しばらく考え込んだ挙げ句の、彼の返事は短くて、かつ単純だった。
「・・・・・・・アメリカ人に、『ニュータイプ』が理解出来ると思うか?・・・・・そんなことが出来たらスターウォーズよりスタートレックの方が、アメリカじゃ大人気だろうよ。・・・・だから、『0083』だ。・・・・ファーストでも、Zでも、シャアズ・カウンター・アタックでもなく・・・・・『0083』だ。」
カーター監督といとう満は・・・・難しい話に突入していた。アルビオン格納庫のシーンを、実写で撮るのと、CGで処理するのでは、どちらの方が効率が良いか、についてである。・・・・いとう満は、『ファイナル・ファンタジー』の時に海を渡った。・・・・自分のCG技術一つで、海を渡り、アメリカの映画界でもその技術が成功することを証明して見せた日本の技術者だ。アメリカの映像会社でコツコツと仕事を続け、遂に今回の・・・・『GUNDAM0083
STARDUST MEMORY』実写版の話が回って来た。・・・・・叩き上げの、世界に誇るべき「ニッポン」の『オタク』だ。
「・・・・・ちょっと、俺達は退散しようぜ。」
柄にもなく、ウラキがそう言った。・・・・手にはしっかり、GP-01を握っている。
「えっ、俺ジム・キャノン作ってもらいかけ・・・・」
「あとでいいだろ、そんなの!」
ウラキとクリスの二人は、テントの外に飛び出した・・・・・・・ああ、空が青い。
「・・・・・撮影が進まないの、ってさ。」
アリゾナの砂の舞い散る平原を、『士官食堂』に向かって移動しながら、連邦軍の制服の衣装のままでクリスがボソっとこう呟いた。
「・・・・・・お前が、エーリッヒ・フォクトレンダーと気性が合わないから、ってのがあるだろ、絶対。」
・・・・・・ああ、エーリッヒ・フォクトレンダー!!・・・・・『アナベル・ガトー役』のスーパーモデルの役者の名前である。本当はもっと長い名前だ。
「・・・・その名前、言うなよ!」
「子供!・・・・だって、実際そうだろ!!・・・・じゃなきゃ、『アルビオン格納庫』のシーンなんか、もっと早くに撮り終わってる、って・・・・!!」
言われなくても分かってる!・・・・・ちらり、と振り返ると、カーター監督といとう満がまだ話し込んでいるのが見えた。・・・・・くそ。・・・・くそっ!今日こそは、話をつけてやる!!・・・・というか、何とか『会話』をしてやる!!
そう思いながら、ウラキは『士官食堂』に向かった。
Planet Shining.第2話、終り(笑)。
・・・・四年と五ヶ月(笑)。・・・・・続きを書くのにこれだけ時間のかかった小説は、このサイトで初めてですね・・・・(笑)!!
世間ではZが映画化ということで、盛り上がってますが、良く考えたら今年はファーストガンダムから二十五周年。
・・・・・・あと五年しか、この小説を書く時間はナイということですね・・・・・(笑)!!←オイ。