(番外編:櫻の頃)
2000.04.01.
何故、いつ、コウ(5歳)がガトーに育てられはじめたかは誰も知らないが、
ともかくコウ・ウラキ(5歳)はアナベル・ガトー(25歳)に育てられていた。
今度こそは腐った連邦の士官などではなく、一人前の軍人にする為に。
が、それはガトーにとって、長く辛い試練の道のりであった・・・
なにしろ、コウ(5歳)ときたら漢字も話せないのだ!!
何はともあれ、今二人はお花見をしていた・・・コウ(5歳)が、ガトーの家の庭先に咲く
櫻を見るのは生まれて初めてであった。
「コウ。お花見をするぞ。」
そうガトーが言い出したのは今朝の事である。
コウ(5歳)は花見がなんだか分からなかったが、分らないながらも
あい、と返事をしたのだった。
まずガトーは花見用の団子を作り、それを皿に載せるとお茶を入れ、縁側に持って来て
コウ(5歳)を呼んだ。そうしてだっこして・・・麗らかな春の縁側で花見は始まった。
「コウ。日本人はとても櫻が好きでな・・・」
「あい~・・・」
ガトーの話を聞きながらも、コウ(5歳)は隣に置いてある団子の事が気になってしょうがなかった。
「こういう有名な言葉がある。
『日本人にとっての櫻は、イギリス人にとっての薔薇より、分かりやすくて潔(いさぎよ)い。』
いい言葉だろう。軍人たるもの、これくらいの覚悟で戦場に望まねばな。」
「あい・・・」
コウ(5歳)は、まだ団子の事が気になってしょうがなかった!
「これは有名なニトベイナゾウの言葉で、『武士道』と言う本に・・・・聞いているのか、コウ。」
その言葉に、ついにコウ(5歳)はガトーの膝の上でくるり、と向き直った。
「がとー・・・おだんご・・・たべていい?」
「・・・・・・・・・・・・。」
コウ(5歳)は、櫻だけでなく団子を見るのも初めてだった!
ガトーは小さくため息をつくと、思わず縁側の障子に寄り掛かった。
「コウ・・・貴様は仮にも日本人だろうが・・・。」
「あい~・・・たぶん・・・。」
ガトーが許可を出さないので、コウ(5歳)は心から悲しそうな顔をした。
シッポがあったら振りながらきゅんきゅん鳴き出していた事だろう。
「食べてよし・・・」
「あい!」
根負けしたガトーが遂にそう言うと、コウ(5歳)は嬉しそうに小さな手を延ばして、
団子を一本持った。
その時、すこし強い風が吹き、八分咲きのガトーの家の庭先の櫻が、
美しく風に舞った。それを見てガトーは、急に面白い事を思い付いた。
「・・・コウ。団子は美味いか?」
「あい!がとーのつくるのはなんでもおいしいのー。」
コウ(5歳)は櫻の事など全く見ないで、無心にだんごをたべていた。あんこが口元に
ついていたので、ガトーは拭ってやった。
「あの櫻なんだがな。うちの櫻は特別だ。・・・回りを三回回るとな。
・・・何でも願いがかなうのだ。一瞬だけ。」
「・・・なんでも・・・・?」
コウ(5歳)は、その言葉に興味を示したようだった。
「がとーたおせる?つよくおおきくなれる?」
「それは貴様の努力次第だ。」
「・・・・」
コウ(5歳)は一生懸命考えた。5歳の頭で。それから、食べかけの団子を皿に戻すと、
小さな手のひらをガトーの顔の前に広げた。
「がとー、みてちゃまめ。」
目をつぶっていろと言う事らしい。
「ふむ・・・わかった。」
こうも単純に騙されるコウ(5歳)がおかしい。ガトーは、縁側で障子に寄り掛かったまま
腕を組んで目を閉じた。コウ(5歳)が膝の上から飛び下り、
草履をひっかけ、櫻の木に向かって走ってゆく音が聞こえる。
ぱたぱたぱた・・・一回。
ぱたぱたぱた・・・二回。
ぱたぱたぱた・・・三回。
その時また、ひときわ大きな風が吹いた。
コウ(5歳)の草履の足音が聞こえなくなった。ガトーはいぶかしく思い、
目を開こうかと思った・・・その時。
「・・・ガトー?」
・・・明らかに、今までとは違う声のトーンでガトーを呼ぶ声がした。
ガトーは遂に目を開いた。
「・・・・な・・・・」
櫻の木の後ろから、ひょこっと顔を出したのは、コウ(5歳)ではなかった!
「ガトー・・・僕・・・あの・・・大きくなったみたいだ!」
「・・・・」
ガトーの方が固まって縁側からそれを呆然と眺めていた。
どう見てもコウ(19歳)だ!着物を着て草履を引っ掛けて、嬉しそうに駆けて来るが、
5歳ではない・・・。
「・・・コウ・・・いや、ウラキ。」
「はい!」
かろうじてそう呼んだガトーに、コウ(19歳)が答えた。・・・返事が『あい』じゃない!
「ウラキ。」
「はい・・・何?ガトー」
何度も名前を呼ばれるので、コウ(19歳)は少し恥ずかしくなったらしい。
一瞬顔を赤くして立ち止まったが、またすぐに駆けて来た。
すぐ脇に来たコウ(19歳)の手首を、ガトーは掴んでみた。
「・・・本物だな・・・」
「そうだよ。・・・どうしよう、嬉しいな。強くなったかな?どうしよう、嬉しい!」
いいかげん嬉しかったのだろう。コウ(19歳)は、掴まれた腕はそのままで
縁側に片膝をつくと、ガトーに飛びついた。そして勢いでガトーにキスをした。
「・・・嬉しい!!大きくなったんだ!」
ガトーは、呆然とまだ座っていた。
「やったよ!これで軍に入れるよな、えっと・・・それからモビルスーツにも乗れる!
・・・ガトー?ガトーは嬉しくないのか?」
その時、やっとコウ(19歳)もガトーの様子がおかしい事に気付いた。
ガトーは・・・ガトーは困っていた。5歳のコウなら別に、膝の上に乗せていても
首からぶら下げていても気にはならない。
しかし、19歳のコウは重いのだ。・・・いや。というか、それ以前の問題が・・・。
「・・・あのだな、コウ。ちょっと問題が・・・」
「?」
その時また、風が吹いた。
そのあまりの強さに、二人は思わず目をつぶった。
お約束だが、目を開いた時、ガトーの膝の上に乗っていたのは・・・
いつも通りの、5歳の小さいコウだった。
「あ~・・・もどっちゃったの・・・」
コウ(5歳)が悲しそうな声を上げた。
「・・・そうだな。・・・あの櫻の魔法は、一瞬しか効かんのだ。
そう言ったろう?」
ガトーは、自分が口からでまかせで言った事をようやっと思い出して言った。
「あい~・・・じゃ、おだんごたべるー。」
コウ(5歳)は、身体が縮むと共に頭の中身も5歳に戻ったらしい。
さっそくガトーの膝の上に座り直すと、食べかけの団子に手を延ばした。
「コウ・・・だんごは美味いか?」
「あい!がとーもたべる?」
「・・・後でな。」
ガトーは思った。・・・19歳にもなって、喜んで人に飛びついてキスするバカがあるか!
そうか。コウ(5歳)の教育には、なにやらコツが必要らしい。
とにかく、もうちょっと厳しく育てねば、やたら可愛い生き物が出来上がってしまうのではないのか・・・!?
「・・・がとー?どうしたの。」
その時、コウ(5歳)が膝に座ったまま、うにょーっと上を見上げてガトーの顔を見た。
「まっかなの・・・かぜひいたの?」
「・・・気のせいだ。・・・食え。」
「あい~・・・」
アナベル・ガトー(25歳)。生真面目すぎて、子育てには向かない男であった。
・・・少なくともガトーさんちには小さな春が来て、櫻は綺麗に咲いたのだった・・・。
これが、今のこのサイトまで続くすべての始まり、「ESL」というサイトのオープン記念小説になります。
このトップ画像の裏ストーリーでした。・・・・ひたすら、この頃からコウしか見えてませんね、私・・・(笑)。
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