(番外編:なんでなの?)
2002.02.06.
夏休みももうすぐ終わりだった。
というより、良く考えたらこのガトーさんちのおはなし。の世界は、かれこれ一年半くらい
夏休みのままだったんじゃないのか?とか、
そーゆうことをつっこんではいけない。
「・・・・・あ、そうかあ・・・・良く考えたら僕、十三歳になったから・・・・」
ともかく、コウ(十三歳)は夏の終わりの夕暮れの自分の部屋で、勢いのなくなりつつあるヒグラシの声を
聞きながら、オレンジ色に染まった自分の手を見て考えていた。
「・・・・・夏休みが終わったら中学生になるんじゃないか!・・・・うっわあ、大変だ!」
そこで、コウ(十三歳)は大慌てで台所に向かった。台所では、ガトーが夕食の準備を
しているはずだったからだ。
「ガトー!大変だよ、僕、夏休みが終わったら中学生なんだ!」
「・・・・・何を当たり前の事を。」
台所では、いつも通りにガトーが夕飯の準備をしていて、そして今日の夕飯のおかずは
新ジャガの煮物らしい・・・それはともかく。
「だって、大変じゃ無いか!中学生になったら英語の授業が始まるし、それから制服だって着なきゃ
ならないし、それから・・・・・あっ、そうだカバンだって変わるよ!ランドセルじゃなくなる!」
コウ(十三歳)が思わず机の上に乗せてあった味見用の小皿に手を延ばしながら言うと、
ガトーはくるりと振り向いて、そのコウ(十三歳)の手を叩きながら言った。
「・・・・はしたない。出来上がるまで、我慢も出来んのか。そんな育て方をした憶えは無い。」
「・・・・・ごめんなさい・・・・でも、準備が・・・・・」
「準備ならしてある。」
ガトーが自信満々にそう言ったので、コウは思わず飛び上がりそうになった。・・・・・もう、準備してあるの!!??
「・・・・・全部?」
「全部だ。・・・・学ランもカバンも教科書も全部。私の部屋にあるぞ、覗いてみろ。」
「・・・・・・ありがとうっ、大好きガトー!!!」
次の瞬間、そう言いながらコウ(十三歳)がガトーに飛びついたので、ガトーは思わず新ジャガの鍋を
ひっくり返しそうになってしまった・・・・・というか、こいつはまったく、
幾つになってもほとんど行動が変わらんな!!
「あのだな、コウ・・・・・お前は、もう十三歳になったのだから・・・・・」
人に容易く飛びついたり、あまつさえ『にんじん』という名のキスをしたりするなよ・・・という
ガトーの言葉は、コウ(十三歳)が喜んで台所を飛び出していったことで咽のあたりにひっかかったままになった。
「・・・・・まあ、おいおい教えれば良いか・・・・・」
溜め息をつきつつも、ガトーは料理に戻る。
コウ(十三歳)は、今頃中学入学準備の荷物を見て、おおはしゃぎをしているはずだった。
・・・・・・そんな、まったくいつも通りのガトーさんちの夕暮れだった。
「え、中学入学前にやっておかなきゃならない事−?」
夏休みも後数日。次の日、隣の家のキースのところに遊びに行ったコウ(十三歳)は、
キース(十三歳)と『中学生になる準備』について話していた。
「・・・って、お前そんなの特別にあるかよー。・・・・強いて言えば、小学生の頃ほど、
遊ぶ時間がなくなるよな、多分。」
なんせ、この世界では作者の都合でキャラ達が勝手に年をとらされたりするので、キース(十三歳)の
反応も冷めていることこの上ない。というか、キース(十三歳)はもっと小さいころから実に、
こまっしゃくれたガキだったのだった。
「だけどキース!きっと、やり忘れている事あるんだよ、たくさん・・・・そうだ!例えば、中学生に
なるんだから、僕はもう『0083』を最後まで見てもいいと思うんだけど!・・・どう思う?キース。」
そのコウの言葉に、今度はキース(十三歳)が固まった。・・・・なんだって?
あれだけゲームをやったり、プラモ作ったりしているのに、コウ(十三歳)は・・・・
「・・・・・・まてよお前、この年になるまで『0083』見て無いのか!!??」
キース(十三歳)は思わず大声でそう叫んでしまった。そのキース(十三歳)の大声に、
コウ(十三歳)の方がびっくりする。
「うん。・・・・え、僕見て無い。」
「自分が出てくる話なのにか!?」
変な表現なのだが、これは仕方がない。この世界は、そういう世界なのである。
「うん、見て無い・・・・・ええっと、初代は何回も見た。映画もみた。それ以外も、大体は見た。
・・・・・・・だけど『0083』は見て無い・・・・・・。」
そこでやっと、キース(十三歳)はとある結論に至った。
「・・・・お前、『0083』を全然見て無いのか?それともひょっとして、十三話だけ見て無いんじゃ・・・・」
すると、正にそのとおり!という顔をしてコウ(十三歳)が顔をあげる。
「うん、そう!・・・・良く分かったなあ、キース!そうなんだ、十三話だけ見て無いんだ、僕、だってガトーが
子供は見ちゃダメだからって・・・・」
・・・・・・子供だから見ちゃダメなんじゃないよ。
キース(十三歳)は思った。子供だから見ちゃダメなんじゃない。そうじゃないんだ、それは多分、絶対だ。
絶対・・・・・・!
「・・・・でもまあ、ガトーさんが見るなって言ってるんなら、中学生になる前に無理矢理見る事もないんじゃないかなあ。」
・・・・・考えた挙げ句、キース(十三歳)はそう呟いた。
「そうなのかなあ・・・・・・」
コウ(十三歳)は、目の前で実に不満そうな顔をしている。しかし、キース(十三歳)はどうしたって、自分の
もっている『0083』のビデオの十三話を貸そうとは思わなかった。だって、絶対そうなんだ。
ガトーさんが、わざとコウ(十三歳)に見せて無いんだ。・・・・・・・・・・自分が死んでしまう話だから。
ともかく、その日は二人で、中学に入ったら何の部活に入ろうか、などという話をして、
コウ(十三歳)は家に戻って来たのだった・・・・しかし、その目には、妙な決意が浮かんでいた。
「ガトー、僕ちょっと小学校へ行って来ます。」
次の日、コウ(十三歳)がそんな事を言い出したので、ガトーは驚いた。
「それはまた、何故。必要が無いだろう。」
「うん、だからさ。・・・・もう僕は小学校に行かないでしょ、そしたらシ−マ先生にも会えないでしょ?
でも、この間僕自由研究やったから、それ渡そうかと思って・・・・・」
ガトーはたっぷり考えた。自分は、シーマが本編の時から好きではない。しかし、コウ(十三歳)は
何故かいたくシーマ先生が好きなのだった。
「・・・・よし、では行って来い。暗くなる前に帰るんだぞ。」
「・・・・はい!いってまいります。」
・・・・しかし、自分がシーマを嫌いだからといって、コウ(十三歳)がシーマに会いに行くのを止めては、
あまりに親の身勝手と言うものだ。・・・いや、そもそも私は本当の親ではないが。ともかく、
コウ(十三歳)を、家の前の木戸のところまで見送ることにする。
コウ(十三歳)は振り返って何度も手を振りながら、自由研究(?)で作ったゲルググマリーネ
(わざわざ、既製品のゲルググのプラモを改造したのである!)と『ジオンぐん研究レポート』手に持って、
小学校への道を歩いていった。
・・・・・・・・・角をまがって、コウ(十三歳)の後ろ姿が見えなくなった時に、急に風が吹いた。
秋の風だった。・・・・・夏はもう終わる。
何故かガトーは、急に不安になった。何に、というのではない。
こんなことは珍しい。
「・・・・・・なんだ。何だと言うんだ。」
そうつぶやきながら、ガトーは家の中にひとり戻った。コウ(十三歳)が中学生になる・・・
ということは、もっとこの家に居る時間は少なくなると言う事だろう。・・・・慣れなくてどうする。
ガトーは今日が夏休みの最後の一日なのだから、少し早めの中学入学のお祝をしてやろうと、
気合いを入れて夕食の準備をするべく、早めに台所に立つ事にした。
コウ(十三歳)が、あまりに静かに帰宅したので、ガトーは最初気付かなかったほどだった。
「・・・・・・コウ?」
読んでいた司馬遼太郎の歴史小説から目をあげ、そして名前を呼んでみる。居間の、目の前のちゃぶ台にはもう
たくさんの料理が並べられていて、そして確かに玄関の引き戸が開くような音がした・・・・と、
ガトーは思った。案の定、ぺたぺたと廊下を歩いてくる音がして、「ただいまもどりました・・・・」
というやけに暗いコウ(十三歳)の声がして、ふすまが開く。
「・・・・なんだ。帰って来たならきちんと帰宅の挨拶をしないか。」
ガトーは食事の上にのっていた蝿帳をのけながらそう言ったが、コウ(十三歳)から返事は無い。
それどころか、部屋に入ってくる様子も無い。
「・・・・・・・どうした?何かあったのか?」
やっと、コウ(十三歳)の様子が非常におかしい事に気付いたガトーがそう言って振り返ると、コウ(十三歳)は
ガトーが今まで見た事も無いような目で自分を見ている。
「・・・・・・・コウ?」
もう一回ガトーはそう言う。コウ(十三歳)は、何かを言おうとして口を開きかけ・・・・そして、そのまま
何度か口をぱくぱくさせていたが・・・・・・やがて絞り出すように一言だけこう言った。
「・・・・・・・・・・・なんでなの?」
いや、それだけではさすがに意味が分からない。何がだ、とガトーが言おうとした次の瞬間
・・・・・・コウ(十三歳)は、今まで張り詰めていた糸が切れるかのように急に叫びだした。
「なんで・・・・・っ、なんでなの!!!!ガトー・・・・ガトーの嘘つき!大嘘つき!!!」
「・・・・・何がだ。何故急に人を嘘つき呼ばわりす・・・・」
「だって、嘘つきじゃ無いか!!!全然ちっとも、僕が大きくなるのなんか待っててくれないんじゃないか!
僕、一生懸命大きくなったのに、すごいスピードで大きくなったのに、ガトー全然僕の事なんか
待ってくれないじゃないか!僕、もうちょっとできっとホントに強くなった、ちゃんとガトーのところまで
行った!・・・・・・・だけど、ガトーったら勝手に一人で・・・!」
最初、コウ(十三歳)が何故こんなに怒っているのか分からなかったガトーだが、やっとそのあたりで
思い当たる。
「コウ、お前まさか・・・・」
「もうちょっと、本当にもうちょっとだった!最後までちゃんと、僕戦えるようになった!
絶対そうした!!!・・・・なのにっ、なんでガトー・・・・!!」
「それ以上言うな!」
今度はガトーが悲鳴のような叫び声をあげて、そしてコウ(十三歳)無理矢理抱きしめた。
「なのに、なんでガトー・・・!!・・・・・・一人で死んじゃうの・・・・・・・・・!!!」
もう、泣きじゃくりながらそういうコウ(十三歳)を、それでもとにかく抱きしめながらガトーは
思った。背中をさすった。・・・そうか、こいつは十三話を見てしまったんだな?
「・・・シーマか。シーマがお前に、十三話を見せたんだな?」
コウ(十三歳)は、ガトーに向かって怒っているはずなのに、それでもそうしていないと耐え切れない、
と言わんばかりに、ガトーにひどくしがみついていた。・・・・・小さい頃も、今よりもっと小さい頃も
こいつは良く泣いたな。・・・・それも、下らない理由で。ガトーは思った。だけど、今日の・・・・
「・・・・違う!!!僕が、見たいって言った。」
「・・・・・そうか。」
今日の泣き方は全然違うな。・・・・・・・・・・子供が、ただ駄々をこねて泣いているのではなくなった。
ああ、そうか。
「・・・・・・・・・お前に十三話を見せなかったのは悪かった。」
「・・・・・・・・・」
コウ(十三歳)は返事をしなかった。・・・・やれやれ、中学生になるから嬉しいんじゃ無かったのか。
そして、十三話だってもう見れる年齢だと、自分で思ったからそうしたのではないのか?
しかし、現実コウ(十三歳)はガトーに抱き締められてみっともなく泣いている。
「・・・・いいか、コウ。ストーリーは多分変わらん。」
「・・・・・っ、そんなの僕いやだぁ・・・・・」
コウ(十三歳)がガトーのその台詞を聞いて、またひどくすすり上げ始めた。・・・・こんな情けない
中学生は見た事が無い。
「いや、お前が何と言おうと変わらん。・・・では、私達のこの生活は何か。」
「・・・・・・・・なに?」
そこで、コウ(十三歳)は少し正気を取り戻したらしかった。そして、ガトーに抱き締められているのが
恥ずかしくなったらしく、ぐいぐい手でガトーの胸を押してその膝の上からおりると、目の前に正座する。
・・・・・・真摯な目だった。ちょっと、顔が赤くて、目に涙をたくさん溜めてはいたが。
「この生活はな。・・・・・・『その上にあるもの』だ。」
「・・・・・・その上、ってなに?」
「つまり、私達は『本編』を知っている。・・・・それが『どうにもならない事』も知っている。・・・・が、
それでもこうやって生活を一緒にするチャンスを得た。・・・・そういう、子育ての日々だ。」
「子育て?・・・・・僕育てて無い・・・・・」
「・・・・いや、だから、子育ては私が、だ。お前は、本編ではちょっと至らなかったが、今度こそは本当に
私に辿り着くぐらい頑張って成長すれば良いだろう。・・・・・違うか?」
すると、コウ(十三歳)は本当に考え込んだらしかった。・・・・そして、ずいぶんと押し黙った後に、こう言った。
「・・・・・・・・・・僕、明日にでも十九歳になりたい。」
その返事を聞いて、ガトーは少し笑った。
「それではダメだ。まだ、教えたり無い事がたくさんある。明日、急に十九歳になったお前では、きっと私を倒せん。」
「・・・・それじゃ、とにかく急いで十九歳になる!順番にだけど!それなら大丈夫かな?」
「そうだな。」
ガトーはそう言って、コウ(十三歳)の頭をぽんぽん、と二回ほど叩いた。そして、唐突に目の前に
食べる準備が整ったままのちゃぶ台がある事を思い出した。
「よし、まずは食事をしろ。・・・・手も洗って無いはずだから、先に手を洗ってうがいをして来い。
・・・・と、こんな事を言われているようでは、いつになったら私が倒せるのか分かったものではないぞ?」
「今すぐしてくるから!」
コウ(十三歳)は、急にやる気になったらしい。そして、廊下を洗面所に向かって飛び出そうとして・・・・
何故か部屋の入り口あたりで立ち止まった。
「・・・・ねえ、ガトー。それじゃ、僕大きくなって・・・・」
「何度も聞いたぞ。・・・・大きくなりたかったらとりあえず手を洗って来い。」
「うん!大きくなってね、それで僕、ガトーを・・・・・・」
倒すのだろう。五歳の頃から何万回も聞いたぞ、と少し笑いながら、ガトーがお茶を煎れていると、
コウ(十三歳)がこう言うのが聞こえて来た。
「・・・・・・僕、ガトーを絶対死なせない。」
ガトーは思わず湯飲みを取り落とした。・・・・・・なんだって?
「ーーーーーーーーーー・・・・・・・・・・」
これは、夢のような生活だ。
いや、本当に何故始まったのかも、どうして自分が子育てをしなければならないのかも
未だにわからない。
「・・・・・・・・・・そうか。」
誰にも聞こえないように、ガトーはそれだけ小さく呟いた。
「そうか。」
・・・・どうしよう。コウ(十三歳)が、どころの話では無い。
私が今、泣くかもしれない。
ともかく、その晩は、コウ(十三歳)の中学入学明日から祝い、と称して、
ガトーさんちではささやかな夕食会が開かれたのだった。
その後、コウ(十三歳)が風呂に入っている間に、ガトーにシーマから電話がかかってきた。
ガトーは、嫌味なくらい丁重にコウ(十三歳)に十三話を見せてくれたお礼を言った。
すると、シーマが笑うのである。
『これだから、恋は盲目でいやだねぇ・・・・・』
「何がだ。」
ガトーがそう聞くと、シーマは少し沈黙してから、やがてこう言った。
『・・・・・・・・私も死ぬんだよ、十三話でね。そんなモンを教え子に喜んでみせる
教師がどこにいるよ。・・・・・だが、私が死ぬところじゃあ・・・・・あの子は泣かなかったね。』
そんな風に、それでも笑いながら言うシーマと、ガトーは初めて酒を飲みに行きたいものだ、と
思った。その時、コウ(十三歳)の「お風呂あいたよー、次、ガトー!!」という叫び声が聞こえて来て、
二人は電話を切った。
そうだ、酒を飲みに行きたいものだ。・・・・・・ここは、そんな事が出来る世界だから。
綺麗な月夜の、秋の始まりの晩だった。