12/21
帰ってくると、コウがお湯を沸かしていた。・・・これは珍しい。何故なら、コウは自宅から学校に通う大学生で、ガトーは忙しいことこの上ない外資系のサラリーマンで、つまり二人共が『料理』とはほぼ無縁の人間だったからだ。いや、きっぱりこのマンションで料理らしい料理が作られたことは一度も無い。常に、外食か出前か買い食いの二人である・・・が、今日は何故かお湯が湧いている。
「・・・・何をやっている。」
思わず不審なものを見るようにキッチンを覗き込むと、コウはやかましく音をたてていたケトルをコンロから降ろすところだった。
「あ、おかえりー。・・・いや、コーヒーを飲もうかと思ってさ。」
コーヒーを。しばらくコートを片手に考え込んでいたガトーだが、それはまた何故、今までは冷蔵庫に入っているペットボトルの清涼飲料水なんかを飲んでいたじゃないか、と思う。それか、酒を。なのにまた何故。
「・・・寒いのか?いや、確かに今日は冷え込むが。」
「違うちがう。・・・俺さ、今度から『暖かい飲み物』しか飲まない、って決めたんだ。」
そう言いながら、コウはマグカップに適当にインスタントコーヒーを放り込むと、沸いたばかりのお湯を注ぎ込んでゆく。・・・そもそも、この家にケトルなんてあったか。ガトーはまだ不審気な目でそんなコウを見ていたが、コウは全然気にしていないようだった。そして気が付いたようにこう言った。
「あ、ガトーも飲む?・・・紅茶もあるけど。」
見ると、キッチンのテーブルの上のスーパーのビニール袋から、どうでもよさそうな黄色いリプトンのティーパックの箱がはみだしているのが目に写った。
「・・・・じゃ、せっかくだし貰うか。コーヒーでいい。」
・・・・こいつ、さてはまとめて全部買って来たな?
とりあえずスーツと鞄を寝室に放り込んで居間に戻ってくると、コウは嬉しそうにマグカップを二つ持ってくるところだった。恐ろしいことにお揃いである。
「・・・・・で、」
ガトーは少し頭が痛くなったが一応聞いた。
「なんでまた『暖かい飲み物』しか飲まないことにしたんだ。」
するとコウはえー・・・と少し言い淀みつつも、ソファに座るガトーの更に足下の床にあぐらをかきつつこう答えた。
「・・・・だって、小雪ちゃんが、そうなんだって。」
「は?」
思わずガトーは聞き直した。
「だから、小雪ちゃん!」
「・・・・・小雪ちゃんとは誰だ。」
急いでコウの良く話す友達の名前を思い出そうとしてみる・・・・・が、そんな名前の奴はいなかったよな。
「小雪ちゃんだよ!・・・ほら、女優の!!分からないのか!!??」
・・・・あぁ。そこでやっとガトーは思い出した、そう言えば昔そんな話をしたな。そんな名前の女優を、コウがやたら好きだとか。
「・・・ああ、あの。お前に似てる女優な。」
俺に似ててどうするんだよー、似て無いだろー??!!と、コウは憤慨していたが、ガトーに言わせると『和風』なあたりが実に似ているのである。それはともかくだ。
「で、その小雪とやらがどうしたって?」
せっかくなので、コーヒーを飲みつつそう聞いた。コウは待ってました、とばかりに話だした。
「あのさ!小雪ちゃんはさ、『暖かい飲み物』しか飲まないんだってさ。夏もだぞ!?この間、『はなまるマーケット』にゲストで出演した時そう話してたんだ。」
そう話すコウは実に嬉しそうだが、ガトーは『はなまるマーケット』とは何だろう・・・と、また思った。まあいい、放っておこう。
「それで、その小雪、とやらが暖かい飲み物しか飲まない理由とはなんなのだ。」
コーヒーは、インスタントにしては思いのほか美味かった・・・ガトーが先を促すと、何故かコウは少し恥ずかしそうに続ける。
「うん、そうなんだ、小雪ちゃんは『暖かい飲み物』しか飲まないようにしていて、その理由って言うのは・・・・」
なんだ?とガトーは、沈黙したまま先を促した。もう、半睨みだ。コウは、遂に言った。
「・・・・美容と健康の為なんだ。・・・ほら、お腹とか壊さないためにさ。」
ガトーは思わず心地よく飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。が、辛うじて持ちこたえてこう言った。
「・・・・・・・・・・・お前が『美容と健康』に気を遣ってどうする・・・・・・・・・・・・」
「そりゃまあ!そう言われればそうなんだけどさー!!」
いいじゃんか、俺は小雪ちゃんが好きなんだよ!!と、開き直りなのだかなんなのだが、コウはまだ叫んでいる。・・・少し赤い顔で。
「・・・・そうか、まてよ?」
しばらく経ってから、ガトーはふと思い付いてそう言った。
「とにかく、俺、これから『暖かい飲み物』しか飲まないから!!」
「・・・・そうか、それは分かった。・・・・で、絶対だな?」
ガトーは念を押した。・・・・今度はコウが訝し気な顔になった。
「・・・・うん。」
「本当に絶対だな?」
「うん。」
「何があってもだな?」
「うん。」
「・・・・『暖かい飲み物』を飲むんだな?」
「・・・・うん?」
さて、コウの快諾(?)を得たので、ガトーは思いきりコウを押し倒すことにした。・・・外は寒い寒い十二月だ。今日あたり、東京でも初雪が降るのではないだろうか。・・・しかし、部屋の中は暖かかった。・・・・コーヒーも暖かかった。・・・・・コウも暖かかった。
「・・・・で、」
じっとりと汗ばみ、まだどこか熱っぽい余韻の残る部屋で、ガトーはもう一回聞いた。
「・・・・・『暖かい飲み物』しかこれから、絶対、飲まないんだよな?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「何か今、飲みたいものはあるか?コウ。・・・・持って来てやる。」
何故かガトーは楽しそうだった。・・・・コウは散々考えた。・・・・・・それから言った。
「・・・・・・・・・・冷たい水が飲みたいです・・・・・・・」
・・・っていうか、この一言を言わせるために、全部やったのか!!??普通そのためにあんなヒドいことやるか!!??信じられない・・・!!とコウはまだベットに突っ伏してぐちぐち言っていたが、うるさいな、と思ってその唇を塞ぐ。・・・・・・・ああ、寒い寒い十二月だ。しかし、
かわいらしくてバカげたことばかり言っているコウの唇はとても暖かかった。・・・・・なので、ガトーは満足した。
2003/12/21
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