*以下の文章は直接的な性表現を含みます。十六歳未満の方、及びその手のものがあまりお好みで無い方は御注意下さい*









さんびゃくろくじゅうごにち











 いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていた。

 仕事は何だ、と言われたら大変に急がしそうな外資系物産会社のサラリーマンである。営業二課はそんなにたいした部署ではない、と本人は言っていたが、残業の多いその日常を見ているととてもそうは思えない。おそらく『一課』ではないという意味を込めて本人は『たいした部署ではない』と言っているのだろうが、時間通りに働けばそれで家に帰れるような学生アルバイトとはまったく違う、厳しい世界に思えた。それが、コウがガトーの仕事に対して抱いているイメージのほとんどすべてだった。そしてまた、それを『格好よく』思ってこれまで見てきた。
「……………」
 ……ここで話は最初の独白に戻る。……いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていた。こんな日、というのはつまり……ガトーがまったく家に戻ってこなくなるような日、だ。実際、ガトーはもう三週間以上このマンションに戻ってきていない。居間のソファに一人で座って、壁にかけてある時計を睨みつけながらコウはそんなことを思っていた。時計の脇にはカレンダーがあった。2003年のカレンダーだ。表紙を一緒にめくった時には、数ヶ月後こんな事態に陥るとは思いもしなかった。……去年はずうっと一緒だったから。
 もう少し短い『出張』なら、これまでもガトーは出かけることがあったのだ。それが、今回はもう三週間だ。二月になったとたんに大阪に向かって飛び出していった。一回だけメールが来て、それには「これからちょっとインドネシアに行ってくる」と書いてあった。そこから先は全く音信不通になった。
 ……それでも待ち続けてしまうのだよな、と思う。最初の一週間ほどは、コウも大学の後期試験の期間だったので、あまり気にしていなかった。しかし、大学が春休みになって、去年と同じようにガトーのマンションに転がり込んでみると、想像を超える寂しさでいっぱいになった。ガトーがいない、連絡もこない。自分からメールを送ってもいいが、携帯のアドレスしか知らない。海外にいるとなれば届くことはないだろう。では、このマンションに居なければいいのかな、とも思うのだがそれも出来ない。だってここは鍵をもらって、好きに入っていいと言われて、そうして待っている俺の『恋人』の家のはずだ。俺にはここで待っている権利があるはずだ。
 しかし、自信が無くなった。それでコウは今、いろいろ考えている。出会ってから一年以上。つきあい始めてから(?)も同じく一年以上が過ぎた、それでも俺はいつかガトーがフッといなくなってしまうような気がしている。いなくなっても仕方がないかな、くらいに思っている。
「………つまりだ、」
 信頼とか慈しみあいとは、全く相容れぬ関係であったのかもな、とおもう。三週間でメールが一通だけ、という関係。もともとが男同士だ。『結婚』などというゴールもない。コウは一人で飲んでいたお湯割りのウイスキーのグラスを、目の前に掲げてみた。琥珀色のその液体は、もともとガトーが特に好んで飲んでいた酒で、大学生のコウにはちょっとした背伸び以外のなにものでもなかったが、それでも負けじとつきあって飲むようになったものだった。………そうだよ、ガトーはそんな風に俺を変えたんだ。………ちょっとづつ、この一年の間に。
 だが、そのガトーが戻ってこない。もう三週間も。このままある日、この部屋に会社が手配した引っ越し屋なんてのがやってきて、『急遽転勤になりました』と言ってガトーの私物を一切合切持って行っても、俺は驚かないな、と思った。………そんな覚悟をしていた。気がつけば、今日も午前二時を回っている。記憶が間違っていなければ、三月三日のはずだった。……去年とは大違いだな。



 そのまま、時計とカレンダーを睨みつけたまま……コウは毛布をかぶって居間のソファの上で眠ってしまっていたらしい。
「………」
 なにか物音が聞こえたように思い、起き上がろうとしたのだが眠い。……何時だろう。玄関のドアが確かに開いたような気がした、あれはガトーだろうか、引っ越し屋だろうか、それとももっと他の誰かだろうか。……毛布をもう一回深くかぶろうとしたところで、急に襟元を掴んで引っぱり起こされた。
「……最悪だった。」
 そこでやっとガトーが帰って来たのだと気づく。見ると出張用の大きな鞄が壁ぎわに投げつけられていて、自分の上には髪をほどいたばかりらしいガトーがのしかかっていた。部屋の電気は点いたままだった。……驚いた。しかし、驚きすぎて言葉が出なかった。……もう、ガトーはこの家には帰って来ないような気分になっていたから。
「………が、」
「今回は本当に最悪だった。……インドネシアなんか二度と行かない。」
「……ひこうき……」
「最終のフライトで成田に着いた。」
「……でも電車が……もう、」
「タクシーで戻って来たらこの時間だ。」
「……が……」
 目が覚めて来たので、改めてその名を呼ぼうとしたのだが、そんな余裕すらガトーは与えてくれそうに無い。深く口付けされ、毛布が剥がされた、と思った次の瞬間には、なんだか上着の中に大きな手が入り込んでいて、その冷たさと、脇腹を擦られる快感にコウは背筋を震わせた。
「……ん………の………あのさぁ、」
「時間が惜しいからちょっと黙ってろ。」
「んぅ……っ!」



 仕事から帰ってきたとたんにセックスをするのがガトーは好きだ………ということは知っていた。変な表現だがきっと『仕事の続き』っぽい興奮が、ガトーにはあるんだろうと思っていた。学生であるコウが、そのすべてを推し量れるわけでは無かったが。
「……! ……っ………」
 それにしたって今回はひどいんじゃないのか。三週間、連絡もろくによこさないでおいて、帰って来たとたんにコレはないんじゃないのか。あまりに急かされて何がなんだか分からなくて、コウは少し泣きそうになった。……なんだろう、どうしたらいいんだろう、コレ。……でも気がつくと、もう何も着ていない。
「い………」
 嫌だ、と言おうとして、しかし次の瞬間に言えないことに気づいた。帰って来たとたんに強姦まがいのことをされているのだが、それが嫌ではないのだ。ガトーに有無を言わさず押し倒されることが、自分は嫌、ではないのだ。ここ数週間、自分が頭の中で考え続けていた「ガトーがもう帰って来ない」という想像よりも、現実のガトーはよほど分かりやすかった。同じ男なので何故性急になるのか、その理由も理解出来た。……そうだ、言えない。逆に、ガトーになら何をされてもいいや、くらいに思っている。嬉しい、嬉しい、ガトーが戻って来てくれて、そのことの方が、
「……っ」
 そんな事を考えている間に、たいして慣らされてもいない最奥にガトーが強引に押し入ってきて、コウは悲鳴を上げそうになった。……やっぱり強姦っぽい。痛い。ガトーはいつも急いでいる。あまり俺の都合は考えてもらえない。圧倒的な質量の猛りが産む痛みにコウは気が遠くなりかける。……ガトーはいつも急いでいる。痛い。でも熱い。そのループだ。数週間欲しくてたまらなかったものが、狭い自分の下腹部を切り裂いて入ってくる。内側が、ガトーのかたちでいっぱいになる。ついには息も出来ない程に、ガトーでやがていっぱいになる。
「……ぅん………っああ、」
 最後まで強引に押し込まれて、つながった、と思ったら我慢が出来なくなった。涙がポロポロ出て来た。どこまでも自分勝手で、そして強い、強いガトーに今、俺は負けたのだ。もう帰って来ないんじゃないかなんて考えていたのがバカみたいだった。今ならそう言える。こんなにもハッキリとガトーはここに居る。そして俺はガトーが欲しい。ガトーになら、何をされても構わない。……三週間放っておかれようが、帰って来たとたんに犯されようが、だ。……そうだ。
「ぁ……ん……」
 ……犯されたんだ。そうだガトーに征服されたんだ、俺、いま。そう思ったとたんに背筋にえ無い甘い戦慄、としか言いようのない震えが身体中に走った。……もう何も考えたく無いと思った。
「ぁあっ……っ」
 コウの声が苦痛から色めく喘ぎに変わって、自分に回された腕に力が入ったことにガトーは気づいたらしかった。顔を見てみるとひどく泣いている。ぐしゃぐしゃだな、みっともない。……しかしここは放っておこうと思った。数週間ぶりに見る顔だな。悦んで腰をゆらしはじめる直前の顔。……コウは泣き顔がとくにかわいい。
「コウ、」
 それだけ言うとガトーはコウの身体をソファの上で抱き上げ直した。更に深く強く、コウの中に自身をねじ込もうとして、膝裏を抱えて足を開かせると、コウは息をのんで首を振る。首は振るのだが否定の言葉は何も言わない。かわりに強く自分に縋り付いてくるので、ガトーは少し笑った。訂正する、泣き顔だけじゃない。何もかもがかわいい。それから、返事が無いのをよいことに、激しく挿入を始めた。
「…………っく、」
 力強く何度も揺すぶられ、コウは何もかもがどうでも良くなった。体の奥深くにガトーが埋め込まれているのだと考えると、それを自分が銜えこんでいるのだと思うと、例えようのない満足感が喉の奥底から湧いてくる。乱暴にガトーがかき回すたびに、痛みは麻痺して腰が勝手にゆれてきた。
「は、あぁ……あぁ…ん………」
 かすれた声と一緒に、濡れたような音がし始める。その震える自分たちの繋がり目を見て、ガトーはもう一回笑った。
「コウ、」
 まるで三週間の空白など無かったかのように、腕の中で思った通りの泣き声をあげているコウが愛しい。戻って来てコウを抱く以外には、なにもやりたくなかった自分もおかしい。吐息をあげ、赤い舌をチラチラとのぞかせているコウの唇を塞ごうと思って身を屈めたら、腹にコウの昂ったものがあたった。
「あぁっ………ん、あぁん……っ」
 先端の割れ目に触れたら、面白いくらいにコウがのけぞる。身体も足も、無防備に広げたままで。そのやわらかそうな喉元に噛み付きながら、ガトーはコウの腰を掴んで中をはげしくかき回し続けた。……どこか二人は獣のようで、どこか二人は滑稽で、だけれどもどこか真実だった。
「あっ………もう……あ、あぁああっ、ガトー!」
 体が震える。最奥をガトーが深く抉った瞬間に、自身を強く摺り上げられてコウは絶頂の悲鳴をあげた。きつく絡み付いて来るコウの中に、ガトーの精がぶちまけられる。それを嫌と言うほど感じて、コウは震えが止まらなかった。………なんどもなんどもガトーの名前を呼んだ。挿し込まれたまま、足を広げさせられたまま、自分をそんな目にあわせている強引な男の名前を呼んだ。……あぁ、ガトー。



「…………なあ、」
 しばらく経って、やっとまともに会話が出来そうに思ったので、コウは腕の下から小さくもう一回ガトーの名前を呼んだ。身体中が汗ばんでいて少し気持ちが悪い。おまけに、図体の大きな男が二人ソファで寄り添っているので居心地も悪い。……転げ落ちそうに思ったのでガトーの腕にしがみつくと、驚いたことに「大丈夫か」という気遣うような返事が返って来た。
「うん、大丈夫だけど、……あの……」
 コウは本当になんだかいろいろ可笑しくなって来てしまって、思わず笑った。そして聞いた。
「…………満足した?」
 すると、ガトーが真顔でこう答えた。
「いや、足りるわけがない。」
 いったいインドネシアで何があったというのだろう。コウはその返事に少し呆れたが、ガトーが異様に優しく、なんども頬にキスをしてくれるのであまり考えないことにした。
「そんなにアレだったのか、でもあの……南の島だろ? 暖かだっただろ。楽しく無かったのか、インドネシア?」
 ガトーはしばらく考えてから、はっきりとこう言った。
「食べ物が合わなかった。日差しの強いところも苦手だ。……それよりなにより、」

 ……なにより?



「お前がいなかったからな。……コウ。」



 その瞬間にコウは思った。……このあとのいくつもの一月から十二月まで。このあとのいくつもの三六五日を。……この人と、
「……何言ってんだか……」
「本当だ。」
「バカじゃない?」
「本気だ。」
「嘘っぽいよ……」
 この人とずうっと一緒にいるんだ。もう、帰って来ないなんて思わないんだ。だって、ものすごく愛してる。ものすごく愛しているんだ。また泣きそうになっているコウに、ガトーはどうやら気がついたらしい。そして、見たこともないような優しい表情でコウの頭を撫でると、前髪を上げて小さくもう一回おでこにキスをしてくれた。小さく囁くようなガトーの
声が聞こえた。
「……お前は、満足そうな顔だな。」

 その通りだ。……コウは思った。



 もう二度と離れないんだ、ガトーと。



















2005/11/18 ←書いた日
2008/01/29 ←UPした日









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