「・・・・・でさ、今度の新商品で『カップルT』ってのがあってさ。つまり、これだけだと意味が分からないと思うんだけど、『カップルで着るTシャツ』っていう意味で、だからこれは、二枚がセットになって売ってるTシャツでさ・・・・・」
「却下だ。」
間髪入れずにガトーがそう答えて、会話はそこで終わりそうに思えた。するとコウが急に黙る。そうしてそのまま、いつまで経っても話し始めないのでガトーは少し訝しく思って、雑誌から目を上げた。
・・・・・・・・・・心底驚いた。
「ぶう」である。・・・・・見まごうこと無き「ぶう」だ。「ぶう」の顔。・・・・・小さい子供や、若い女の子が怒ったときにする顔、それが「ぶう」である。
「・・・・・・・・・・・・・・・・、」
ガトーはかなり言葉に詰まった。どうしたものかと考えた。雑誌を丸めて今すぐコウの頭をひっぱたいた方がいいのではないだろうか・・・・・・・将来の為には。何故、男である貴様が、「ぶう」の顔・・・・・あまつさえ「ぶう」の顔をしているんだ、休日の午前一時に、私の家の居間のソファの上で!
「・・・・・・・もうちょっと人の話、聞いてくれたっていいだろ・・・・・!?」
しかしコウは「ぶう」の顔のままそう言い返して来る。反省の色はない。というより恥ずかしがってすらいない。つまりなんだ、これは・・・・・・、
「・・・・・・・分かった、それで、そのTシャツがどうしたというんだ?」
「・・・・・・・そう、そのTシャツを、買おうかと思ってさ!」
返事をしてやったとたんに、恐ろしいことに機嫌が直った。「ぶう」の顔をやめる。そしてさも嬉しそうに、続きを話し出した。
「だから却下だと言っているだろう。・・・・そんな恐ろしいものは着ない。」
「ええっ、でも、凝ってるんだ、このTシャツ!片方の柄が『ソケット』だったら、もう片方が『差し込み口』だったりして・・・・・・・・・・いや、これは凝ってるっていうよりちょっと恥ずかしいかなぁ・・・・・」
実際コウはそんなことを言いながら、だんだんと顔が赤くなっていく。・・・・ちょっとまて。ガトーは頭痛がし始めた。
「・・・・だから、絶対に、却下だと言っているだろう!!私は着ないぞ、そんなものは!」
「誰もそんなこと言ってないだろ!!」
するとコウは赤い顔をするのをやめて本気でガトーに掴みかかって来た。
「結婚記念日だよ、結婚記念日!・・・・・うちの両親の!・・・・・それが、十一月の二十日だから、もう今週の水曜だろ、だから、プレゼントにそのTシャツはどうかなあ、って・・・・そういう話だろ、今してたのは!!」
・・・・・・・なんだ。そこでガトーは安心して、こころゆくまで雑誌でコウの頭をひっぱたくことにしたのだった。・・・・・・・良かった。良かった、そんなものを着る羽目にならなくて。あと、「ぶう」の顔のコウがあんまりに可愛いので・・・・・・キスをしたくて仕方なくなってしまっていたのだが、それを我慢することが出来て。
さて、ひっぱたくとコウは「ぎゃっ。」というような声をあげてまた「ぶう」の顔になった。
・・・・・・今度は我慢出来ずに、ガトーはコウの「ぶう」の顔を見ないで済むように・・・・・しかたがないのでキスをした。
じゅういちがつはつか
「まったくさあ、勘違いもはなはだしいよ、『カップルT』って一枚は男用で、もう一枚は女用のサイズなんだぜ・・・・もし仮に俺達が買ってもさ。・・・・・着れない!俺とガトーじゃ、サイズが合わなくて着れないじゃないか!」
ああそうか、とガトーは思ったのだが、結局その日、十一月十七日の日曜の午後・・・・買い物に付き合わされることになってしまっていた。つまり、そのコウの両親とやらの『結婚記念日』のプレゼントを買う為にである。・・・・・浦木氏、つまりコウの父親は確かに大事な取り引き相手ではあったし(小口なのだが)、その大切な息子さんと、こんな関係になってしまっている以上(「ぶう」の顔でキスしたくなるような関係である)、あまり文句も言えないのだが、忙しいことこの上ないガトーとしては、たまの休みに何故新宿になど・・・・という気分にもなってくる。
「あそこ、あそこ、リーバイス・ストア!となりにスタバあるんだけど、コーヒー飲むか?」
「いや、いい。」
とっとと用事を済ませて家に帰りたい・・・・というのがガトーの本音だった。しかし隣を見るとコウは妙に上機嫌で、しきりにガトーの袖を引っ張ってくる。・・・・・そこでふと気付いた。・・・・ああそうか、そういえば二人で、こんな風に『買い物』などという理由で、出かけるのが初めてだったか?
「・・・・・・・俺、フラペチーノ飲みたいんだけど・・・・・・・」
まだコウが食い下がるので、ガトーはため息をついた・・・・いや、遠慮なく盛大についた。とたんに、コウの顔が非常に悲しそうになる。・・・・・「ぶう」の顔はするなよ!とガトーは思った、いや、あの顔だけはダメだ。キスをしたくなる。
「・・・・・・・・分かった、スターバックスだな、よし・・・・・・・」
そのガトーの台詞を聞いて、コウはまた、とたんに機嫌が直る。仕方が無いので野郎二人でスターバックスに入り、十一月の空の元だというのにオープン・エアでコーヒーを啜ることになった。・・・・・目的の、『カップルT』とやらが売っているリーバイス・ストアは、もう真横だというのに!!
コウの説明によると『カップルT』というのは、特製のパックに入っていて、外見からしてかわいらしく、非常にプレゼント向きな感じで売っているらしい。・・・・そこでガトーは改めて思い至る。
ガトーは食品等の取扱いが主に多い、外資系物産会社の社員なのであまり縁は無いのだが、コウは妙にリーバイスが好きなのである。少なくとも、ガトーにはそう思える。例えばガトーの勤める会社の本社は恵比須のガーデンプレイスタワーに入っているのだが、同じビルにリーバイス社のヘッドオフィスがあるということで、前にもはしゃいでいたのを思い出した。
「・・・・なあ、リーバイスに友達とか居ないのか、それでジーンズが安くなるとか、」
「いや、居ない。」
コーヒーを飲みながらコウがまたそんな話をし始めたので、そうか、これは本当に好きなのだろうなあとガトーは思う。
「えー、なんだよつまらないの・・・・・」
つまらないと言われてはガトーもあれなのだが、実際自分はジーンズなど穿かないし、リーバイストラウス・ジャパンの本社がある階と、自分の会社のある階も非常に離れている。
「諦めて、ジーンズは自力で買うんだな。」
「えー・・・・なんか納得出来ないよ、せっかく同じビルなのにさ、リーバイスの友達作ってくれよ!」
「無茶を言うな、相手は22階だ。」
そんな軽口を叩くことの出来る休日の午後は、非常に心穏やかな午後のように、しだいにガトーにも思えて来た。そもそも休日に、二人で一緒に過ごすことは多いのだが、外を出歩くことが珍しいのだ。
「・・・・・・お前はそんなにリーバイスが好きだったか。」
「いや、それほどでも。」
驚くくらいあっけ無く、コウがそう答える。おかげでちょっとガトーは気が抜けた。
「何だと?・・・・じゃあなんでそんなに大騒ぎをするんだ。」
「・・・・え、だからそんな好きでも無いけど、嫌いでも無いかな、フツーって感じ?・・・・それこそ何だよ、俺くらいの年齢の男だったらみんなジーンズのこととか、そんな程度に好きだってば・・・・・。」
・・・・その言葉の意味を、ガトーは思わずじっくりと考えてしまった。
「・・・・・・では、ジーンズが好きなのか。」
「いや、だからジーンズだけ、ってわけではなくてさ、他のものとかも好きだけど・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・じゃ、洋服が好きなのか。」
今度はコウの方が考え込んだ。・・・・・・特に大好き、というほどファッションにはこだわっていないだろう。すると、今度はまさにそんな内容のことをガトーが聞いて来た。
「・・・・・つまりだ。・・・・・休みの日などは・・・・・私と会っていない休みの日などだが、買い物をしたりするのが、大体いつもなのだな?・・・・こう、洋服を見たり、新宿を歩き回ったり。」
「あ、うん、それはそう。・・・・・洋服ばっかじゃないけど。・・・・・どうしたんだよ、ガトー?」
・・・・・・・・ガトーは今や、本気で考え込んでいた。それは分かる。滅多に取り出さない煙草の箱を取り出したから確実だ。え、ちょっと待ってよここスタバ・・・・・・と思ってから、コウは自分達がオープン・エアのパラソルの下に居ることを思い出した。・・・・・よしよし大丈夫。・・・・・・ここならスタバだけどギリギリ煙草が吸える。・・・・・・ガトーは考え込んでいた。・・・・・本当に考え込んで、煙草を一本吸い終わってから・・・・・・ちなみに、滅多に見れないけどコウはガトーが煙草を吸っている姿がちょっと好きだ(仕事の出来る男っぽいから)・・・・・ガトーが言った。
「お前は、両親にプレゼントを買うのだったな。・・・・・ええっと、Tシャツ。」
「うん、そうだけど?」
ガトーの頭の中では、勝手に結論が出たらしく、少し納得出来ないながらも、仕方ないのでコウも頷く。
「隣にある、リーバイス・ストアとやらで買うのだったな。」
「うん・・・・・あの、まあライトオンとかでも売ってるけど・・・・・」
「・・・・・・・分かった、買ってやる。」
「・・・・・・・ふへ?」
思わずコウは間抜けな返事をしてしまった。少しだけ残っていたフラペチーノを飲み干して、一応聞き直してみる。
「・・・・・・・え、Tシャツを?・・・・・ダメだよ、だって俺が買わなきゃプレゼントにならないじゃんか、俺の両親の結婚記念日なのに・・・・・、」
「違う。」
・・・・・・・考え込んだままだったガトーは、遂に顔を上げると、きっぱりとこう言った。
「お前に、洋服を買ってやる。・・・・・・今日までお前にものを買ってやるなんて考えたことも無かった。プレゼントをしてやる、という発想がそもそも無かった。・・・・・少し反省した。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・今度はコウがたっぷりと考え込んだ。・・・・・・何だって?・・・・・・買ってくれる?・・・・・・ガトーが?・・・・・・俺に服を?
「・・・・・・って、ほんとか!!プレゼントなのか!!」
思わず立ち上がって叫んでしまってから、凄まじく通りに面した席に座っていたことを思い出して椅子に座り直す。・・・・・・・うそっ、嬉しいけど恥ずかしい!!・・・・・・もうとっくに無くなっているフラペチーノのストローを、もう一回口に持っていった。
「・・・・・あの、ほんとか・・・・・!?服とか、うそ、なんかそれって恋人みた・・・・・・」
そこまでコウが言いかけた時さすがにガトーが煙草の箱をコウの顔に押し付けて黙らせた。
「・・・・落ち着け、黙れ。・・・・・・お前に洋服を買ってやる、そのかわり・・・・・・」
理由は良く分かるのだが、無理矢理黙らされたコウは思わず「ぶう」の顔になった。・・・・・しかし、ガトーは言いたいことがまだあるらしく、言葉を続ける。・・・・・・・十一月の寒空のもと。
「・・・・・・・・・洋服を買ってやる、そのかわりに・・・・・その洋服は、必ず私に脱がさせろ。」
・・・・・さて、コウは両親に『カップルT』を買って、結婚記念日にプレゼントをした。ソケットと差し込み口の柄は、さすがに恥ずかしかったのでやめることにして、ポストとラブレターの柄にした。仲の良い両親はとてもプレゼントを喜んでくれたので、それじゃガトーの家に遊びに行ってくるから、後はごゆっくり!・・・・と気のきいたことを言って家を出た。そして、初めてガトーに買ってもらったプレゼントであるジーンズとスゥエットは、
もちろんガトーに脱がせてもらった。・・・・・・・・ガトーと過ごすこの日が、両親の結婚記念日に負けないくらいの記念日になりますように、と、
コウは真っ赤な顔で神様に祈った。
2005/03/13
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