当然夏休みだった。となったら、サークル活動もやっていないコウはヒマこの上ないし、おまけに若いし、性格は一途でしつこい(と、人は言う)。
「・・・・・来たぞ、ガトー!」
 そんなワケで前期試験が終了し、夏休みになった七月の末には、コウは大きな荷物と共にガトーのマンションに転がり込んでいた。それはもう満面の笑みであった。すごいぞ今回は!春休みやゴールデンウィークの比じゃない。二ヶ月とか時間がある、その間ずっとガトーんち!ガトーは自分の部屋にいつもいることになったそんなコウをきっぱりと無視した。もっとも、セックスをしたくなったときだけ都合良く思い出すようだったが、まあそれもいい。
「この単語分からないなー・・・・・」
 今までの長い休み、例えば高校生の頃なんかは、いつも父親の友人である外国人の元で、つまりは海外でコウは過ごしていた。オーストラリアだったりヨーロッパだったりに一人旅。贅沢と言えば贅沢なのだが今思えば『何かが違った』。・・・・それが今年は『違っていない』ような気がする!
「辞書辞書・・・・めんどくさい、ネットで調べようかなー・・・・」
 ガトーが仕事に出かけていってしまった部屋で、一人で課題を広げていたりする。エアコンがききすぎて寒いくらいで、つまらないんだけど毎日「笑っていいとも!」とかを見てしまう。ガトーはなかなか帰って来ない。・・・・・だらだらだら。帰って来るからって別に俺も食事の用意とかしない。・・・・だらだらだら。そもそも料理なんか出来ない。・・・・・だらだらだら。・・・・・・でもどうしよう、楽しい!
「・・・・あー、でもネットで調べるのも面倒臭いなー、いいや、もう今日は昼寝しよう・・・・・」
 ・・・・・楽しい!・・・・恋人(?)が出来て、夏休みにその部屋に転がり込んで、好きな時に寝て、食べて、っていう生活が、こんなにも楽しいものだとは!!
「・・・・でも、昼寝の前にゼリー食べようかな。」
 さて、そうは言ってもガトーと言うのは、コウの家族から見たら大事な取引先の人間である。その相手の商社マンが、息子とどんな関係になっているかはもちろんまったく知らないものの、コウの気のきく母親は週に一度くらいは息子に「どうしてるの、そそうはないの?」と電話をかけることは忘れなかったし、何よりコウが出発する前に『御中元』と立派な熨斗紙のついたゼリーの箱を手渡す事も忘れなかったのであった。
 ・・・・・でも俺が結局食べちゃってるんだけど!!コウは、鼻歌を歌いながら自分が持って来た『御中元』の包み紙を開いた。













はちがつじゅうごにち
















 ゼリーを食べながら、やっぱり諦めずに課題をしようかな、という気分になって、だけど辞書を引くのは面倒なものだからガトーのパソコンを勝手に立ち上げる。・・・・ブゥン。
「ええっと・・・・ええっと三省堂、英和辞典・・・・・・・・」
 ガトーというのはヨーロッパのどっかの国の出身らしいのだが、便利なことに日本語以外にも実に五カ国語ほどが話せた。あー、だったらもうちょっと課題手伝ってよ。聞いたら、ヨーロッパで生まれ育つとそんなものだそうだ。そもそもの言語大系が、それほど違っていないから、だから、ちょっとした努力で幾つもの言語を修得することは可能。
「・・・・・とか言ってもなー、日本生まれの俺には無理な話・・・・っと!」
 その日、コウはたまたま気が向いて、メールチェックもしてみようかな、なんて気分になった。いや、これはガトーのパソコンだし、俺が勝手にメールチェックなんかしちゃ悪いのだろうけど、どーせまあ、そんな理由で読めっこないし。そんな理由って、つまりガトーに来るメールなんかはみんな外国語だろうと思うのだ、だけどまあ辛うじてパソコン本体のインターフェイスが英語表記だから俺にも使えてるし、前から勝手に触ってるけど怒られないから、別に構わないだろうな、とは思うんだけど。
「ではやってみよう・・・・・よいしょ!」
 コウはさっそくゼリーの空きカップを横に放り出すと、メールチェックをしてみることにした。・・・・・ところで今日って何日?・・・・だらだらだら。あんまり毎日だらだら過ごしちゃったから、今日が何日かもワカラナイや。今朝家を飛び出す前に、ガトーは『御盆くらい休みだろうと思っていたのに・・・!』とか言っていたような気がする。そこで、初めてコウはカレンダーを確認した。・・・・・うわっ、今日って八月十五日!!??・・・・分からなかった、だって俺のうちって田舎らしい田舎もお墓参りらしいお墓参りもないものだからー。いや、でもそう言われればテレビで高校野球とかやっていたな。うん、夏だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
 しかし、気軽にメールチェックをし始めたコウは画面を見て焦った。・・・・・え?
「ちょ、待って・・・・」
 『現在メールを取得中です。』・・・・・その辛うじてコウにも読める程度の英語の文章の背景で、紙がヒラヒラと飛んでゆく画像が、いつまで経っても終わりそうに無い。・・・・・ウソっ!なにこれ、このメールの量!!・・・・タイトルが増えてゆく、それは、一通や二通ではないのだった、つまりとても重たい仕事の書類を取得しているのでは無いということだ。幾通ものメールを取得していると言うことだ。・・・・・ひらひらひら。フォルダからフォルダへ、紙が飛んでゆく画像は消えそうにない。
「・・・・・・何、これ・・・・」
 ・・・・どうしよう。どうしよう!!もっとも、メールチェックだけしたって、読まないでおけばいいだけの話なんだ、読んだメールと読まないメールはメーラーの中で表示の仕方がチガウから、自分が読まなかったのは分かるだろう。どうしてもここからメールを送らなきゃならない用事があって、つい『送信』ではなくて『送受信』を押してしまったとか、つまり聞かれたら言い訳すればいいだけの話なんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、どういう、」
 いろいろ頭の中で言いわけを考えながら、呆然と画面を眺め続けていたコウだったが、ある事に気付いてしまった。・・・・・いや、気付かなければ良かったのだが、『あまりに単純な同じ英語』のタイトルのメールが実に二十通ほどもメーラーに並んだので、さすがに気付かずにはいられなかったのだ。
「・・・・・・・・・・・・・どういう、」
 俺、聞いて無い。・・・・・まずそう思った。それから、目をごしごしこすって、もう一回パソコンの画面をじっくりと見た。・・・・でも、そこにあるタイトルの羅列は、コウにとある1つの事実を突き付けて止まなかった。逃がしてはくれなかった。









『HAPPY BIRTHDAY!』









 ほとんどのメールが、日付けが変わった瞬間に送られて来たものだと、送信時刻が示している。・・・・・ではなんだ。コウは、思わずフローリングの床にぺたり、と腰をついた。・・・・・ではなんだ。ガトーは、今日が、八月の十五日が誕生日だったのだ。だから、二十通ものメールが友人達から届いているのだ。









 でも、俺そんなの知らなかった・・・・・!!!
「・・・・・・・・くっそ!」
 思わずパソコンを叩き壊しそうになって思いとどまった。・・・・これ、ガトーの!・・・・くっそ!でも、俺知らなかった、この夏休み、ずうーーーっとガトーと一緒にとかいて、でも知らなかった教えてもらえなかった!
「・・・・くそー、なんだよー・・・・・・・」
 ゴールデンウィークに構ってもらえなかったどころの話ではなく落ち込んだ。すでに課題どころではない。そこで、コウは寝てやる事にした・・・・いや、家に怒って帰ったって良かったのだけれど、なんかもう誕生日にすら仕事の恋人(?)に構ってもらえないどころか誕生日すら教えてもらえない俺とか俺とか俺とか一体何!?・・・・という、気分になって母親などに八つ当たりしてしまいそうな気がして家に帰るのも戸惑ったのである。・・・・・あぁ!









 だって、俺ずっとここにいたの!!!・・・・・コウはベットに飛び込みながらそう思った。・・・・なんか、ガトーの恋人のような気がして一緒にいるの権利がありそうな気がしてこの家にいたの!!!・・・・にも関わらず確かに誕生日とかそう言えば知らなかったの!!!・・・・・いやだ、色々本当にムカツク!!
「・・・・・ふざけんなぁ、うぅーっっ・・・・・!」
 それだけ唸ると、コウはもう盛大にふて寝することにした・・・・・知らない、知るもんかガトーなんか!!!世の中は御盆で休みでガンガンに暑いよ、だから何だ!!??









 ガトーが帰宅したのは、午後の十一時半を回った頃だった。
「・・・・・・・・・・コウ?」
 ゴロゴロとこのところずうっと家にいて、ガトーが帰ると飛び出して来ていたコウが今日は顔を見せない。二駅離れただけの実家に戻ったのか、今日は『おくりぼん』とかいうやつだからな・・・・などと思いながら、急な商談(と、合併話)をまとめて帰って来たガトーは思った。疲れた足で靴を脱いで、居間に入る。
「・・・・・・コウ?帰ったのか?居ないのか?」
 すると、唸るような声が寝室の方から聞こえた・・・・なんだ、あいつは腹痛か?冷たいものでも食べ過ぎたんじゃないのか・・・・・・ガトーはネクタイを緩めながらそんな事を思った。・・・・と、薄暗い部屋の中で、パソコンの電源が入りっぱなしのことに気付く。青白い光が、居間の中を照らしていた・・・・そこで、初めてガトーは居間の電気を付けた。
「・・・・コウ?起きれるか、なんだ、腹痛か?パソコンは使ってもいいが電源は切・・・・」
 そう言ってパソコンを覗き込んだガトーは、そこで更にメーラーが開きっぱなしであることに気付いた。・・・・いやまあ、BBだから繋ぎっぱなしでも害はないが、物騒だろう。
「・・・・・え?・・・・・あぁ、そうか・・・・・・・」
 さらに、そのメーラーの、開かれてはいない大量のメールのタイトルを見て、ガトーはようやっと思い出した・・・・・・ああ、今日は私の誕生日だったのか!
「・・・・・・・・ガトーのばーか。」
 見ると、ふて寝たんだか寝起きなんだか知らないが、非常に不機嫌でむくれた顔のコウが寝室から顔を出している。・・・・・サラサラの頭まで見事にぼさぼさだ。
「何がだ。・・・・人を急に馬鹿よばわりするな。」
「・・・・・・・そうやって逆に人の事バカにしてろよ、俺、知らなかったんです、今日がガトーの誕生日とか、ひどい恋人が俺には一人いて、教えてくれないんです、自分の誕生日とかっ!!・・・・・・嫌だ、しんじらんねー、サイアクッ・・・・・・!!」
 最後の方は言葉にもなっていなかった。コウは寝室の入り口から突進して来るとガトーに思いきりとび蹴りを喰らわした。ちなみにガトーはビクともしなかった。
「・・・・というがな、私も今のいままで忘れていたのだ!今日が私の誕生日などと・・・・」
「自分の誕生日を忘れることなんかあるもんか、おまけに教えてもくれないとか、おしえても・・・・・・・・・バカヤロー!!」
 そこで改めてコウは非常に悔しくなったらしい。そして、ガトーには非常に耳の痛いことをえんえんと言い出した。
「・・・・・・・俺達、恋人同士じゃないんですか!」
「まあ、おもにそのような関係・・・・」
「今日知っても間に合わないんです!!プレゼントとかも用意出来ないんです!」
「ま、そうだろうな・・・・」
「なんなんだ、俺そんなにどうでもいいの!なんかそのいわゆる・・・・・・・時々セ、」
 そこでコウは本当に悲しくなってしまったらしかった。
「・・・・・・時々セックスとかする程度の・・・・・・・・・・・・・・嫌だそんなのー!!!」
「大声で泣くな!・・・・・大声で、ええいこっぱずかしい!」
「・・・・でもぉ!プレゼントとか用意出来ないしー!!!いやだあそんなのー!!!・・・・・やだって、」
 どうにもならないのでガトーはとりあえず口を塞ごうかと思ってキスをした。・・・・おお。思ったより効果があった。パソコンからにじみ出る、鈍く青白い光だけが照らす部屋で、しばらく二人は固まっていた。
「・・・・・・ん、ぅ・・・・・」
 コウはいつまでたってもキスされている時の息の仕方を覚えない。ということで優位を取り戻したガトーは酸欠のコウにこう言った。
「・・・・・よし、分かった。自分の誕生日も忘れていたのは私が悪かった・・・・が、ここにあるメールの1つも読まずに、」
「・・・・・読まずに?」
 コウはガトーに誕生日プレゼントをあげられないことにあらためて気付いて悲しいやら情けないやらの気分になっていた。
「・・・・・・・1つも読まずに、まず本当に自分がしたいことをしよう。・・・・・・・・・あと十五分くらい残っている、誕生日なんだからそれくらいいいだろう。どうだ?」









 さて、もちろん二人は(特にガトーは)、とびきりの誕生日プレゼントを強奪した・・・・のだが、この内容については個人的な話なのであまり詳しくは話せない。ともかくそういう不器用にロマンティックな、









 八月十五日から日付けが変わる寸前の時刻のことだった。・・・・・・・もちろん、コウは来年こそガトーに最高の誕生日プレゼントを送るのだと抱きしめられながらも心に誓った。・・・・・きっと彼はそうしただろう。


















2002/09/04










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