その衝撃的な電話の内容を聞いた時、コウは思わず携帯を地面に投げ付けそうにになった・・・・・うそっ!
「・・・・・・えー、もしもし。あの・・・・俺耳が悪くなったみたいです、もう一回どうぞ。」
それでも辛うじてそうしなかったのはここが大学の構内であったから、というのと友人が数人回りに居たからである。ともかくコウがそう言うと、電話の向こうの人物は非常に簡潔に、同じことをくり返した。
『だから、ゴールデンウィークだかなんだか知らないが、私にはこの先の一週間、一日も休みなどないぞ。』
・・・・・・・・・・うそ。
『それから、いくらメールだからと言って、真っ昼間にやたら連絡をよこすのもやめろ。私は仕事中だ。貴様はなんだか知らんが。』
・・・・・・・・・・うそっ。
『いいな、分かったな?・・・・・コウ?ともかく切るぞ、仕事の電話は取らなきゃまずいのにお前のメールでばかり携帯がピーピーうるさくて困る。』
・・・・・・・・・・うそーーーーーーーーーっ!!
「・・・・ってぇ、ちょっと待てあんた!」
電話が切られる(勝手に!)直前に、遂にコウはなりふり構わずにそう叫んだ。案の定、近くにいた友人達は飛び上がって驚く。
「いっくらなんでもそれ、ウソだろ!日曜とか祭日とかも挟まって、それでゴールデンウィークなんだぞ、それが何で一日も休みないんだよ!」
『・・・・世間が休みだからだ、いいか!私の会社は今度社内ネットワークのシステムの総入れ替えをすることになり・・・・と、この説明でお前に分かるかな、ともかくそこまで大掛かりな作業、というのはだな!まさに休みが続けてあるこういう時期でないと出来ないのだ!』
「そりゃ分かったけど、なんでそんなのに営業畑っぽいガトーが出ずっぱりに・・・!」
『そんなことは私の上司に聞け!!』
それだけを叫んで、ついに電話は切られた。・・・・・・・・・・うそっっ!コウは、まだ信じられない面持ちでしばらく携帯を眺めていたが、やがて仕方がないのでウェストポーチの中にそれを戻した。
「・・・・・あのよ、コウ君。そんで、メシどうする。お好み焼きにするか?」
と、そこへキースが声を掛けてくる・・・・凄い形相で歩いていたコウは、友人達を巻き込んだままどうやら知らぬ間に大学の校地から出てしまっていた。ああ。気が付けば正門のまんまえにある、お好み焼き屋が右手に見える。
「俺はてっとり早く食えればなんでもいいんだが・・・・おい、コウ。」
続けてドモンも声をかけてきた。しかし、コウはそんな二人の友人達を無視して、凄い形相のまま明大前の駅に向かって歩き続ける・・・・ごめん、今俺ちょっと必死で!余裕があったらそう言えたのだろうが、黙々と歩き続けるコウに、しょうがねぇなあ・・・・と言った感じで顔を見合わせて肩をすくめると、キースとドモンもついてゆく。・・・・・・今日が、最後の授業だった・・・・・・・コウは頭の中で唸っていた。明日から、ゴールデンウィークだってのに・・・・、
ゴールデンウィークだってのに!!
ごがついつか
キースは同じ学年なのだが二十歳で、ドモンもそれは同じであった・・・・・三人の中でコウだけが十九才である。理由は、キースは日本生まれの日本育ちのガイジンさんだが、高校まではアメリカンスクールだったので、日本の大学に入学するタイミングが一般的日本人学生と違った為。ドモンに至っては、高校生の時に一年休学して諸国漫遊の旅に出た為、などと聞いていた・・・・本当かどうかは知らない。が、実にドモンなら有りそうなことだ。
「おっまえ、ガトーさんてあれだろ、オヤジさんの仕事関係のなんか・・・・・」
「・・・・うん、そう。」
三人は、まっすぐ家に帰らずに一回上野に出て、そしてメシを食ってから秋葉原に来ていた・・・これは、キースのリクエストにより、である。
「良くだよなー、なんで、どーしてあんな人と友達やってられるんだぁ?・・・・・あ、そっか、お前「兄」とかいないね、オヤジさん温和な人で全然タイプ違うしな・・・・・それで妙になついちゃってんのかね。」
さすがに『ちょっとそれが実は微妙な関係に・・・』とはいくら友人にでも言いかねて、コウは沈黙していたが、キースはパソコンの部品らしきものをじっくりと選びながら、あまり気にしている風でもなく話を続けた。
「ま、ガトーさんと遊べなくなったからって大したことじゃ無いって。どうせ、今年のゴールデンウィークは前後キッパリ別れちゃってて、間で学校とか行かなきゃならないしさ〜・・・・ドモン!それ、まずいって!丁寧に!!」
ドモンはというと、パソコンになど全く興味はないのだが、キースが1つ1つ丹念に見比べているピンなどを、自分も面白気に後から持ち上げてみていたのだが、その戻し方があまりに適当だったらしい・・・・・急にキースに怒鳴られて、小さなピンを慌てて棚に戻した。
「・・・・・・俺は、「兄」いるぞ?」
「あ、そう言えばそう言ってたね。」
キース一人が部品を面白がって選んでいて、コウとドモンは退屈この上ないので思わずそんな話を始めてしまう。
「で、更に関係ないが、ゴールデンウィークはマラソン大会に出場してみることにした・・・・・いいアイデアだろう!」
ドモン的には凄くいいアイデアなんだろうなー・・・・と思いつつ、溜め息をついてコウはレジに向かうキースの後ろ姿を見つめる。コウ自身も、パソコンに興味が無い訳では無い。しかし、今日はそれより大きな衝撃を、受け過ぎてしまったのだ・・・・・・・ああ、予定の無くなってしまった俺のゴールデンウィーク!!
「じゃ、俺・・・・ドモンの応援に行こうかな。どこでマラソン?・・・・あ、でもあの・・・・・彼女とかと遊ばなくていいのか?なんて言ったっけ・・・御加村さんだっけ?そうそう。」
ドモンは、うらやましいことにそんな名前の幼馴染みの彼女がいるのだった・・・・その名前を出した瞬間に、面白いくらいドモンがあたふたした。日に焼けた気の早い半袖のTシャツからのびた腕を振り回して、それはおいといて!とか言っている。いや、おいておかない方がいいって。・・・・・ゴールデンウィークに、誘ってもらえなかったら彼女拗ねるって。コウはそう思ったが、そう伝える前にキースが会計を済ませて戻って来た。
「・・・・・俺のゴールデンウィークは新作パソコンの完成で決まり!・・・・よし、買い物終わり。・・・・・んだよ、しけたツラしてんなよー、お前らー。」
えー、だって、しけたツラにもなるってもんだろう。明日からゴールデンウィークなのに、アキバで買い物とかしてる男子大学生三人。・・・・・むさくるしい。
そうだよ、拗ねるって。コウは思った。・・・・・だって俺、今拗ねてるもん。・・・・・彼女じゃないですが!男ですが!!!
ともかくその日は、キースとドモンと適当に遊んで、それでコウは家に戻った・・・・・・電話も掛けなかったし、ガトーのマンションにも寄らなかった!ひどい、信じられないよ!・・・・・ああ、なんて悲しい。これから始まる黄金の一週間の事を考えて、コウは人はこんなにも悲しい気分になれるものかと思った。思えば、春休み中にガトーの家に襲撃を敢行して以来(この時もいろいろありましたが)、まともに会ってすらもらってないのだ!・・・・もう寝る。
あまりに夕御飯の進まなかったコウを心配して、母親は父親に「・・・・・ゴールデンウィークの最中に外食でも一回しますか。」と持ちかけたのだが、それすらも知らずにコウはふとんの中で丸くなっていた。
連休初日。・・・・ガトーが、しかたなしに入れ替えられるシステムの見張り番、のようなことをする為にオフィスに出社してから数十分後・・・・一人の人物ががらんとしたオフィスの入り口からひょっこり顔を出した。
「ガトー。・・・・なぁんだ、なんでお前がこんなことやってる。」
「・・・・・・・・・お前こそなんでこんなところにいる?」
それは、白衣を着た一人の男であった。・・・・白衣。オフィスビルに白衣、それがまずそもそも異様な光景だ。
「私は、呼び出されてね・・・・・ああっと。ニワトリのインフルエンザ関係の事だったかな、それとも狂牛病関係の・・・・ともかく、うちは『食品の再利用』なんてことだけはしてないんだけどね!それでゴールデンウィークだっていうのに、研究所から出て来いと!状況を説明しろと!いやあ、マジメな上司がいるもんだ〜、この会社には・・・・・」
「きちんと説明しろ、キョウジ。」
さて、現れた人間と言うのは、ガトーの会社の付属研究所に勤めるキョウジ・カッシュ、という人物であった。日系の二世だったか三世だったか。とある縁で、ガトーとキョウジは知り合いだった。ガトーは読みかけていたこの四半期の会社の業績ファイルを閉じるとキョウジに目の前の椅子を指差す。なにしろ、ガトー以外には誰も出社していないものだから、この恵比須のヘッドオフィスの椅子は腐るほど余っていた。
「いやー、私はちょっと上の方に・・・・そう、好き勝手をやったつもりでもないんだけどね。呼び出されてね。例えば、牛肉が危ない、となったらプリングルスさえ輸入しない!・・・・・と言うのでは、仕事にならない、とはっきり言ってしまったんだ、上にねぇ。・・・・だって、遺伝子組み替えでないアメリカのお菓子なんて、探すほうが難しい。売るのにだって困るだろう。ジャガイモや大豆をいまさら調べろと・・・・・・・微妙な問題じゃ無いか?」
そう言うと、キョウジは示された椅子に座り込んでガトーのコーヒーを勝手にすする。眼鏡を外しながらガトーは苦い顔をした。・・・・ああ、オフィスには私しか居ないが、たしかに上の階には、つまりもっと上層部は、出社しているのかもしれなかった。まさに日本のゴールデンウィークなんて関係あるまい。仮にも外資系だから。
「・・・・私も似たような理由だな。」
キョウジにこれ以上飲まれるまい、とガトーはコーヒーのカップを取り上げた。・・・キョウジ・カッシュ、というのはこの企業の付属研究所で、この物産会社が他国から輸入しようとしている主に食品の、安全検査などをやっている。日本の労働厚生省の言っていることがさして厳しい訳ではないが、それでも検査しないと会社が潰れることになる。
「というと?」
キョウジはちっ、と舌打ちして、そして自分も上の階に、お偉いさんに会いにゆく前に、コーヒーでも一杯・・・という気分になったようだ。首を回して探しているので、ガトーが廊下にあるユニマットの自動販売機を指差してやる。有料なのか!!??と呟きながらキョウジが席を立ったので、ガトーは笑った。
「・・・・・・・さて、で、私はきちっと説明に来い!と言われたのでそれっぽく見せようと思って白衣まで持って来たんだが、いや、さすがにこの姿で電車には乗らなかったよ。」
コーヒーを買ったキョウジが戻って来てまた椅子に座る。その妙に飄々とした態度を見ながら、ああ、回りの人間は私達を見てちょっと恐ろしいんだろうな、などとガトーは思った・・・・実際、新しいネットワークプログラムを立ち上げに来ている下請けソフト会社の社員なんかが、さっきから面白そうに自分達をちらちらと見ている。
「私が似たような理由というのは、だな。・・・・・四月の頭に、某大銀行がとんでもないことになっただろう。プログラムだかシステムのミスで。」
ああ、とキョウジは呟いた。そして、作業をしているソフト会社の社員を覗き込む・・・・覗き込む。これが、まさにガトーとキョウジが知り合いになった理由であった。
「わざわざ伏せ字でありがとう。・・・・大変なことになりましたね、某大銀行が・・・・合併したばかりのが・・・・」
「それでだ。たかが社内システム、HTMLで閲覧されて、社内でだけ利用されるプログラムであっても、だ。何かあってはたまらん、ということで。・・・私が出社している。」
「・・・・総務の人間が一人いりゃあ済むことのような気もしないではないんだがね・・・・」
キョウジとガトーが、何故知り合いになったのか、というと、それはふざけたことに『身長が同じくらいだったから』なのであった。とある社内の寄り集まりで、二人は出会った。その場所で、キョウジは身長が人よりふたつほど抜けていた。194センチもあるのである。ガトーも同じであった。・・・・それで二人は目があった。
「・・・・・・では、見てみるか・・・・・」
「そうだな。ただこう・・・・・・・・・・・・ぼーっとしていてもつまらん。」
二人は立ち上がると、作業をしているソフト会社の社員の脇に近寄った・・・・キョウジはコーヒーの紙コップを持ったまま。あからさまに、その社員がビビって逃げ腰になるのが分かった。・・・・ああ、確かに恐ろしいだろう、身長190センチを越える人間が二人も背後に立って、そうして仕事をしろと言われたら!
「・・・・ふーん、使いやすそうじゃないか、新しいシステム。」
「まあ、確かにな。まともに動けばな。」
しかし、気にもせず二人は会話を続ける・・・・キョウジというのはガトーにとって、見下ろさずに話を出来るごくわずかな、そうして貴重な友人だった。多少フザけた性格ではあったが。
「しかしガトー、ゴールデンウィーク中ずーっとこれに付きっきりってなったら・・・・例えば、彼女とか怒るんじゃないのか?デート出来なくて。」
その時も、何の気なしにキョウジがそんなことを言い出すのでさすがに思い出す。・・・・・彼女はいないがな。もっと微妙な物体がいるな。なんだか電話で怒っていたな、コウは。
「・・・・・・怒るものなのか、そういうのは?」
「怒るんじゃ無いのか。ま、私は今日呼び出されてるのを他にしたら、あとはちゃんと休みだからね、弟がマラソン大会に出るらしいから、それの応援にでも行こうかな、というくらいしか今のところ予定は無い。・・・・・思えば、寂しいゴールデンウィークだな・・・・」
二人はソフト会社の社員が怯え続けているのも構わぬままに、そんな会話を続ける・・・・なんだ、キョウジにも恋人はいないのか。確か、こいつは私より年上だったはずだ・・・などと思いながら、さすがに自分だけ会社に居残っていることが、ガトーは腹立たしく思えて来た。そこで、面白半分で言ってみた。
「ああ、寂しいゴールデンウィークだな。・・・・なんだ、貴様も恋人は居ないのか。それか、マラソンの応援くらいしかやることが無いって・・・・それじゃ弟が恋人なのか?」
くっそ、正確には私には恋人はいる!・・・・・と思う。が、仕事の都合で放り出しているだけだ!なので、つい悪趣味な嫌みを言ってしまった。・・・それで、コウは怒っているのか、ああ、先が思いやられるな・・・・などと思った瞬間に、面白いくらいにキョウジが急に背筋を延ばし、そして、
手に持っていたカップからコーヒーがこぼれた。・・・・屈み込んでいた、ソフト会社の社員が作業をしていた、そのパソコンの真上に。
「・・・・・って、うわあああああああ!」
ソフト会社の社員はすさまじい悲鳴を上げた。・・・・しかし、為す術もなく、ノートパソコンにこぼれたコーヒーは、その内部を侵食してゆく。
「・・・カット!切断!一時中断!・・・・・ストーップ!!!」
その社員はなかなか手際が良かった・・・まわりの同僚にそう叫んで、自分自身はメインコンピューターに繋がっている自分のパソコンを物理的にコードを引っ張って切り引き離す。あっという間にただの文字化けの塊に、コーヒーまみれのパソコンが化してゆくのを、ガトーもキョウジも呆然と眺めていた。
「・・・・・・待ってくださいよー!うわあっ・・・・どこからやり直しなんだ、これー!!」
「・・・・・・も、元のソフトは無事なのか。」
辛うじて、キョウジよりは正気に戻るのが早かったガトーがそう言う。すると、さすがに恨めし気に、ソフト会社のチーフとおぼしき人物がこう言った。
「元はね。・・・・なんとかね!ともかく、パソコン一台ダメになった挙げ句に、一日分くらい作業は後戻りですよ!・・・・・連休いっぱいかかりますからね、こちらの責任じゃ無いですよ!!」
ガトーは、脇のキョウジを見る。・・・・キョウジはまだ固まっていた。・・・・・ああ、なんて事だ。日本じゃ、この時期は大型連休なんだ。それを、自分達は何をしている。
「・・・・・・おい。」
幾分かドスのきいた声で、そう言ってガトーは固まっているキョウジの肩を叩いた。
「・・・・ああ。え?」
キョウジは、やっと我に返る。白衣なんぞ、面白いくらいコーヒーにまみれていた。そんなキョウジに向かって、ガトーは容赦無くこう言った。
「・・・・・・いいか。私は、今回のこの留守番みたいな仕事を、まあ入れ直したシステムのテスト込みでの事なんだが、連休後半のスタート日・・・くらいには終わるのではないかと言われて引き受けた。聞こえているか。」
「聞こえている。」
キョウジは力無くそう答えた。
「営業の私が頼まれたくらいだから、誰がやってもこんな仕事構わないに決まってる。・・・・さて、そこでモノは相談だが。・・・・お前、連休は今日以外、休みだと言っていたな?」
「・・・・・・・言ったかなあ、そんなこと・・・・・・」
キョウジも、さすがにガトーの言わんとしていることに気付いたらしい。・・・・・・ええっっ。
「言っていた。・・・・・私は、貴様のそそうのせいで会社に居残るのが、非常に馬鹿らしくなってきた。・・・・・替われ。」
「ええっ!そんなワケにはいかないだろう、私はたかが研究所の人間で・・・・・」
「・・・・・・・・いいから替われ!!そうだな・・・・五月の五日と六日!私の代りに出社しろ、自分のやったとこの責任くらいは取れ、上層部に呼び出される理由がもう1つ増えてもいいのか!!」
「・・・・・・ええーっっ!!!よりによって、その日が弟のマラソン大会の日なんだってば、五月五日・・・・・・ええーっっ!鬼悪魔!」
「黙れ!!」
連休ももう終わる。・・・・・・おわっちゃう。うー。
「・・・・・最低だ・・・・・」
コウは、まだふとんに潜り込んでいた。いや、さすがに連休初日から潜り込んでいた訳ではないのだが、なんせ、ほら、俺どうでもいい恋人だったらしいし。つか、恋人だったの?うー。自信無くなるな・・・・・・と、そんな寝正月ならぬ寝ゴールデンウィークを過ごし終わろうとしていたコウの携帯が、久々に鳴った。
「・・・・・!!」
さすがにコウは飛びついた。・・・・ガトーの、ガトーからの着信音だったからだ。
「はいっ、もしもし!・・・・なんか用ですか、この極悪人!いじわる!仕事人間!勝手にやってろ!」
『・・・・・・・・・・・言いたいことはそれで全部か。』
やけに騒々しい背後の音が聞こえる。
「えー・・・・会えたら三倍くらいもっと言う!!わるぐち。っていうか、今どこ。」
『上野駅。』
ガトーは、妙な地名を答えた・・・・え、仕事で忙しい人がなんで上野駅?
「なんで上野駅なんだよ。・・・・出張?」
すると、不思議な沈黙の末にガトーがこう言った。
『・・・・・・・・・・長野新幹線に乗るからな。すぐ来い。』
「・・・・・・は?」
コウはガトーの台詞の意味が理解出来なくて間抜けな返事をしてしまった。
『ええっと・・・・十一時三十四分発。別所温泉とかいうところに一泊、だからな。早く来い。』
「・・・・・・え?」
またガトーの声が聞こえない。・・・・かわりに、ざわざわと駅のコンコースに響き渡る物音らしいものだけが聞こえて来た。・・・・・・・ええっと!ちょっとまって!さすがに、スウェット姿のままコウはベットの上に飛び起きる。・・・・これは、パジャマ代わりのシロモノである。それから、正座してもう一回聞いた。
「・・・・・・あの、えーっと・・・・・・・・・・休みなのか?」
『休みだ。・・・・正確には、無理矢理休みにした。・・・・・・来い。』
行きます。・・・・・・・・・と、即答したかったが、答えずに電話を切った・・・・・・うん、ちょっとどきどきしながら待ってて!信じられない、休みになったなら、駅二つ分しか離れて無いんだし、一緒に上野駅までいけたのに!何考えてんの、何先に一人で行ってるの。信じらんねー!!!コウは適当に着替えて、荷物をまとめて、階段を玄関に向かって駆け降りた。十一時三十五分発。・・・・ぎりぎりじゃないか!でも行く。行って、愛してるって絶対言ってもらう。・・・・・じゃなきゃゴールデン・ウィークじゃない!!言ってることが意味不明だろうがなんだろうが構わない、俺、今うれしい、自分にゴールデンウィークがやってきて!!
ガトーは、一足先に上野駅地下三階の長野新幹線コンコースに降りた・・・・ベンチに座って、コウを待つ。・・・・ああ、こういうの珍しいな。・・・たまにはいいな、そういや、キョウジのやつ元気かな。・・・・・・・自業自得、だぞ。
「・・・・・兄さん、遅いなー・・・・・」
「キョウジさんは忙しいかもしれないでしょ、とにかく怪我とかしないで、完走するのよドモン・・・・・遅れてくるだけかもしれないでしょう?分かったわね!」
同時刻、とある市民マラソン大会の会場では、そんな会話を交わすカップルがいる。デート先がこんなマラソン大会の会場でいいのかどうか微妙に疑問に思える所だが、ごがついつか。イイ天気だ。
「ドモーン・・・・・」
また同時刻、恵比須にあるオフィスでは泣きながらシステムの最終チェックをする男がいる。ごがついつか。イイ天気だ。
「・・・・・・・ガトー!」
怒ってる、って思っていた。自分は怒っていると。しかし、新幹線のコンコースでガトーの姿を見つけた時の、コウの台詞はこんなものだった。
「・・・・・ガトー!・・・・・あの、俺どうしよう、温泉、嬉しい・・・・・っ、」
殴り掛かっているのだか、飛びついているのだかワカラナイくらいのイキオイで、コウはガトーに掴みかかった。・・・・・あーあ。ガトーは思った。悪いなぁ、キョウジ。・・・・私はゴールデンウィークとやらを楽しむぞ。最後の二日間だけだが。そうして、コウの頭に触れた・・・・相変わらずサラサラで、もてあましそうな触り心地だった、それを自分の胸に押し付けた。・・・・・・・ごがついつか。・・・・・・イイ天気だ!!
さて、それぞれの知り合いが、互いに良く知った人間だったのだと気付いて彼等がちょっとした混乱に巻き込まれるのは、それはまた別のお話、である。・・・・・・・・・もちろん、最高のゴールデンウィークを、コウとガトーは満喫したのであった。・・・・そんな、
ごがついつかだった。
2002/05/08
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