さんがつみっか











 今年の三月三日は日曜日だった。ガトーの家に転がり込むのは大抵土曜の晩である、一応ガトーは週休二日らしいのだがあまりに忙しくて二日連続で休みを取れている所は滅多に見ない。
「………んぅー……」
 だから、コウはより確実にガトーを捕まえられる土曜日を、転がり込む日に決めていた。自分はお気楽な大学生で、しかも今は春休み中だったから、毎日ガトーの家にいたって良かったが、きっとそうしたらガトーは頭から湯気をたてて怒ることだろう。思えば、出会ってからこれまでいつもガトーは最速で、そして身勝手であった、慢性的に勝手なガトーもすごいが、それに付いて行っている俺もすごい。……と、思いながら、コウがベットに寝転がったまま寝室の窓を見ると、カーテンの隙間からとんでもなく天気の良い空が見えた。
「今日……今日、なんにちだっけ。……あ、今日、ひなまつりか……」
 コウは窓から視線を移して、壁に貼ってあるカレンダーを見て確認する。
「………ひなまつりとは、なんだ。」
 すると寝ているとばかり思っていたとなりの裸の男が、そんな事を言った。
「え、ひなまつり知らないのか? ええっと……女の子の日。」
「生理か?」
「いや、俺、生理無いし………男なんで。」
 ばかげた会話を交わすこんな朝は楽しい……とコウは思った。身体は昨日の晩の重労働のせいでちょっと重い。ベットの枕元をみると、まだ潤滑油に使ったクリームのチューブとか、抜け殻のようなコンドームとかが散乱している。昼間の太陽の元で見るにはちょっと痛いしろものばかりだったが、まあ見なかったことにしよう。
「では、ひなまつりとはなんだ。」
 ガトーがうるさそうにコウを抱え込むと、枕に顔を突っ込んだままそう言ったのでコウは面白いな、と思った。……へっへっへ、この人が知らないことを俺が知っている、っていうのが、そういうことがあるんだって言うのがなんだか嬉しい。
「三月三日は正確には『桃の節供』っていって……女の子の成長を祝う、そういう女の子の為のお祝の日なんだよ、確か。……ってか、あんたどこ触ってる……」
 コウの説明がつまらなかったのか意味不明だったのか、ともかく言葉の途中でガトーがコウの背中に手を回し撫ではじめる。……今起きたばっかだろって!
「………ちょっと、んっ、あ………」
 ガトーは本当にこのまま始めてしまうんじゃ無いかという勢いでしばらくコウの身体をさんざん撫でたり舐めたりキスしたりしていたが、やがて唐突にガバリと、身を起こしてこう言った。
「………よし。決めた。」
 そして、ごちゃごちゃした枕元で何かを探しはじめる。コウは、掛け布団が持ち上げられて外の空気が入って来たおかげで、ずいぶんと寒い思いをしたのだが、ガトーはそんなことは気にもかけていないらしい。そして、目的のものを探し出したらしくて、「やった」と小さな声をあげた。
 ガトーが探し出したものは、ピンク色の一本のリボン、であった。コウはそれに見覚えがあった。それは、昨日コウがガトーの家に来る時に、持って来たお土産のケーキの箱に巻いてあったものだ。ケーキは母親が用意した。コウの母親はもちろん二人がこんな関係になっているとは知らないが、なにはともあれ、ガトーというのはコウの父親の仕事の取引先の人間なのである。友情は大切ですが、お世話になるからには、そそうがあっては大変でしょう……と、マメな母親は必ずコウにお土産を持たせるようにしていた。
「……それ、どーすんの。」
「心配するな。縛ったりしない。」
 ええ、そりゃ断ります……とコウは思ったものの、仰向けに横になったままのコウにガトーがのしかかって、そして楽しそうにコウの頭にそのリボンを巻き付け始める。………なんだってんだ。コウは思った。
「………上手くいかんな。」
 ぶつぶつとつぶやきながら、ガトーはどうやらコウの頭にそのリボンを巻こうと思っているらしかった
 ……大きなガトーの身体の、大きなガトーの手が、不器用にチョウチョ結びに失敗している有り様は見えなかったのに何故かコウにも分かった。
「あの………」
「貴様の頭がつるつるすぎる。」
 ついに、そう言ってガトーは、変な風にコウの頭にリボンを巻いたまま途中で投げ出す。
「………つるつるはねーだろ、さらさらとか言えよ………」
 コウが少し身を起こそうとすると、あっという間にリボンは首までずり下がって来た。コウの髪の毛は、面白いくらい素直な黒髪のストレートである。男なので今までやってみたこともなかったし、知らなかったが、現実、リボンを巻こうとしたら大変な頭なのだろう。
「あー……ひどい、これじゃ首輪だ……二重結びになってるじゃないか、ほどけないよ、何すんだよ……」
 コウがうーん、と唸りながらそのリボンをひっぱると、ガトーもうーん、と同じように唸った。
「いや……だから、今日は女の子の日で、女の子のおまつりで、女の子を祝うわけだろう。」
「そうだけど?」
 コウがもうリボンを外すのを諦めながらそう言うと、ガトーがこう答えた。
「……だろう? だからだな、お前を女の子と思って、リボンを巻いて盛大に祝ってやろうかと。」

 ……………なんかちがう。

 と、コウは思った。が、悩むのも馬鹿らしい程度の問題なのかもな、とさっさと悩むのはやめにした。
 そこで、二人はこれからお昼だと言うのに、盛大にキスをした。へんなリボンは巻いたまま。昨晩と同じように、ただ真っ昼間から、コウはいろいろ触られて、いじられて、大変な目にあったのだが、女の子ってのはこんなのがいつもなんだから、

 とても偉いよな、と妙にカンシンしてしまった三月三日の午後だった。



















2002/03/03 ←
コピー本『さんがつみっか』収録
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