年が変わったばかりくらいの時に携帯電話が鳴った。誰だろう、と思って出たらガトーだった・・・・・ちょっと驚いた。大体、毎年この時間帯には電話会社が、回線が混み合うから出来たら使わないでくれ、と、意味不明のお願いをするのではないのか。コウは大学の友人が皆帰省してしまったのでだらだらと、家で「ゆく年くる年」を見て過ごしていた。自宅から大学に通っているとこういう時つまらない。俺も一度くらいは帰省とかしてみたかったな。それか、高校生の頃の友達とバカみたいに夜中中大騒ぎしても良かったのだが、どうもそんな気分じゃ最近ないんだ、と最近コウは気付いたところだった。
「・・・・・・何。」
 聞くと、初もうでに行こうと言う。コウは今度は少し混乱した。・・・・外人も初もうでに行くのか。いや、そもそも外人にも「正月」はあるのか。
「寝ぼけたことを言うな。」
 思わず思ったままにそう聞いたらムッとした声が帰って来た。でも、やっぱ外人はクリスマス、とかで正月って感じじゃないんじゃ。おまけにガトーは盆も正月も無いような忙しい人間に見える。いや、実際忙しいんだろう、ヨ−ロッパの外資系企業なんてのは特に。日本企業が不景気でヒマだから・・・・と言ったら「外資系にも正月くらいはある。」と更に怒ったような返事だった。なんだよ。怒るなよ。
「んじゃ、どこいくの、明治神宮?」
 するとガトーがコウの知らない神社の名前を口にする。何処だよそこは、と思ってコウがコタツからはいずり出しながらもっと詳しく聞くと、それはガトーのマンションの近くにある小さな神社だということだった。通勤途中に前を必ず通るので覚えていたらしい。
「・・・・・すげえ手抜きっぽいな。その初もうで。」
「着物着て来い。」
 ガトーの急ぎっぷりというか合理主義というかの前にコウがそう嫌みを言うと、まったく関係ない台詞で返された。・・・・人の話聞けよ!っていうか何で着物!?
「俺、着物なんか持ってないぞ?」
「貴様は日本人のくせに着物も持っていないのか。・・・・いや、正月なのに着物も着ないのか?」
「ふつう着ないよ、特に男は。」
「分かったぞ、お前、着物が着れんのだな?」
 その言葉にコウもカチンと頭に来た。
「・・・・・着れるよ、いや、着たことだってちゃんとあるもんね、七五三の時!」
 電話の向こうのガトーは、そこで何故かしばらく沈黙していたが、コウは構わずに眠りかけていた母親を起こしに走る。
「なんでもいいから着て来い。」
「ああ着て行ってやるとも!」
 ガトーの電話はそれで切れた。コウに叩き起こされた母親は不機嫌だったが、着物を着て初もうでに行きたい、というコウの言葉を聞いて更に不機嫌になる。
「・・・・だってコウ、お前の着物なんてないわよ。七五三のしか。お父さんの昔の着物ならあるけど。」
「それでいいから早く着せてくれよ!」
 母親は「なにをこの子は彼氏とはつもうでにいく女の子みたいなこと言ってるのかしら・・・」とぶつぶつ呟いていたが、それでもなんとかコウに着物を着せてくれた。一人っ子のコウが可愛かったからである。着物の着付けの出来る花嫁修行が完璧な母でもあった。コウは、押し黙ってともかく着せてもらった。彼氏と初もうでに行く、という母の台詞がなんだか恥ずかしかったからだ。・・・・彼氏と初もうでにいく・・・・のではないんだけど、だって俺男だから、相手も男だから、ええっとでも、なんていうかごめんなさいお母さん、俺はちょっと嬉しいですその表現。
「なにをこの子は一人で赤くなっているのかしら・・・・」
「・・・・ありがとっ、」
 どうやら着付けは終わったらしいので、息子の赤い顔を見て首をひねる彼女を残して、コウは家を飛び出した。




 冷たい夜だった。・・・・・コウは一瞬で後悔した。・・・・・・着物って寒い!




 女では無いので道行を着るわけにも、ストールを巻くわけにもいかない。そこでコウは、私鉄で二駅分ほど離れているガトーのマンションまで真夜中の道路を、着物にもかかわらずガンガンに走ってゆくことにした。・・・・・高校生の頃の友人と夜中中大騒ぎするのではない、着物を着て走ってゆくいちねんのはじまり。












いちがつついたち
















 ガトーのマンションについてフロントのキーを開けてもらってドアのブザーをビービー鳴らしまくっていると、やっとガトーが出て来た。・・・・驚いたことに、まだスーツを着ている。おまけに、携帯電話をかけていた。コウには分からない言葉でべらべら話しまくっている。
「・・・・・着物を着て来たぞ。見ろ、着れただろ。」
「・・・・ちょっと待ってろ、着替える。」
 やっと携帯電話を切って、自分をチラリとだけ見たガトーの言った言葉はそれだけだった・・・・草履を放り出して部屋に上がり込みながらコウは本当にむかむか腹がたってきた。つまり今日も、ガトーは全然ヒマじゃなかったということだ。外資系は本当に日本とは無関係に景気がいいらしい、きっと電話のあったあの時間帯にガトーは家に帰って来たばかりで、それでただ思い付いて自分に電話をかけてきたのだ。例えば、帰宅途中の電車の中で振りそで姿で初もうでに向かう女性を見た、とかそんな理由でだ。
「・・・・・・着物を着て来た!」
「それは聞いた。」
 居間のソファの上でコウがそう怒鳴ると、適当に着替えて髪を降ろしたガトーが寝室から出て来る。そうして、コートを手に取りながら言った。
「時間が無いのでさっさと行くぞ。」
「・・・・・・・・着物の感想は。」
 コウの着ている着物は、母親が奮発して買った大島紬であった・・・・ねずみ色だった。父親の物ではあったが。しかし、ガトーは相変わらずチラリ、と見ただけで玄関に向かう。
「・・・・感想ないのかよ!」
 しかたがないのでコウが慌ててマフラーを巻き直し自分も玄関に向かうと、ガトーがそのマフラーについてだけコメントを述べた。
「着物にマフラーは少し合わんな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 コウはどうにも納得出来なかったが、ガトーをいつものように凄い目で睨みながら後ろからついてゆくことにする。・・・・忘れもしない、コウは去年の10月13日にこの人とたまたま出会い、それからこの人を追いかける日々を送っているのだった。初もうでに一緒にいくような友達になれたのは嬉しかった。自分に外国人の、それも年上の社会人の友達が出来ただなんてそれだけですごい。一年前には想像もつかなかった。しかしコウは、最近この人のことを考えていると血圧が上がって、なんだかもっと凄く「近く」に行きたいような気分になって困っていた。・・・・・もっと近くに、ってなに。俺、この人になりたいのかな?・・・・ううん、分からないな、ちょっと違うな。映画に出てくる人みたいにカッコよくて、いつも忙しく背筋を延ばした人で、そのあまりの気迫に、インパクトに、出会った瞬間から回りの人間がかすれて見えたのは確かだけど。ともかく、この人と一緒にいたいあまりに大晦日に一晩中高校時代の友達と大騒ぎするような19才の青春は逃したんだ。それよりほら、俺なんだか妙な期待をしてなかったか、着物を着ていったらガトーが喜ぶかな、とか。喜ぶかなってそれこそ恋人でもあるまいし。・・・・なんだ。俺は今むちゃくちゃを考えている、みろ、また血圧が。
「・・・・・・・・・・ばーか。」
「誰が馬鹿だ。新年早々それが友人に言う言葉か。」
「おーばか!」
「日本語は悪口のレパートリーが少ないな・・・・」
 ともかく、二人はガトーのマンションに凄まじく近い神社に向かった。・・・・そりゃあもう猛然と。




 でも、男同士は友達以上にはなれないでしょう、ふつう。




 どこの神社でもお寺でも正月にはそうなのだろうか、境内には幾ばくかの夜店が出ていた。コウは、ガトーの眉間の皺が増えるのも構わずに食いまくることにした。着物は寒いし、血圧は高いまま戻って来ない気がしたからである。焼きもろこしと、リンゴ焼きとチョコバナナ。それから、焼きそばにも手を出そうとしたところで後ろからガトーの腕がのびた。
「・・・・・貴様、お参りがいつまでたっても終わらんぞ。」
「ガトーのばーか。」
「日本語を話せ。」
 見まごうこと無き外人で凄まじい長身のガトーと、どっから見ても日本人で、若い男なのに着物を着て立っている自分が目立っている。小さい神社なのが更にいけない。コウはガトーに本当は殴りかかりたいくらいだったのだが、外なのでさすがに止めた。いや、殴りかかりたい衝動にはいつも駆られているが、実を言うと一度もやってみたことはない。強引な人間だがそれに追い付こうと必死になるのは楽しかった、精一杯の努力が必要な友人関係など大学ではありえない。ともかく、賽銭箱の前に辿り着く。外人なのに神社にお参りしていいのか?とコウが聞くと、神なぞ信じていない、と短く明瞭な返事が帰って来た。・・・・・なら初もうでにいこう、とか言うなよ。
「・・・・・・なにお願いした?」
「そんなのはヒミツに決まっている。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「貴様がどんな顔をしようとヒミツだ。」
 簡単すぎるくらいのお参りを済ませた二人は近所のコンビニで甘酒と、更に運良く売っていたその他の酒も大量に買ってガトーのマンションに戻ったのだった。ガトーは大酒飲みのくせに常日頃は自分の家に全く酒を置かない。つまり、元旦は本当に休みで、酒を飲む気なのだとコウにもやっとその時分かる。しかしその頃には、コウは血圧が高かったのが納まって、逆にとても沈んだ気分になってきていた。とりあえず着物がいやだ。着慣れないし寒いし、おまけにこんな格好をして喜んでガトーに会いに来ちゃった自分が、一人で盛り上がってて本当にばかみたいだ。この人は仕事の事しか考えて無くて、それで今日はたまたま俺を思い出して、呼び出した程度だったのだった、なのに自分はもう母親風に言うと「彼氏とはつもうでにいく女の子」みたいな気分になっちゃってたんだなあとコウは思う。




 いやだ、寒いな。・・・・こんなことばっか考えるって、俺頭がおかしくなっちゃったのかな。




 マンションに戻って来てガトーはやっと行動のスピードが少し落ちたようだった。そうだよ、そんなに慌てるな、正月だってのに。コウは思う。自分もめっきり冷え込んだ。ともかく、ガトーは適当な器を持って来てコウとガンガン酒を飲みながら去年一年の仕事の話をしたりする。思えば、大学生のコウにそんな話をしても仕方ないのだが、そもそもコウの父親の会社の取引先がガトーの会社で、それが縁で二人は出会っていたので、コウにもちょっとなら仕事の話が分かるのだった。それで、コウも悔しいので、大学生活の話をしたりする。そんな噛み合わない会話をしている新年は、どこか微妙に面白かった。コウは、ガトーが着物を誉めてくれなかったことなど忘れそうになった。自分が高校生の時の友人とつるむ気が無くなったことなども忘れかけた。いや、もう自分がなんだか良く分からなくなるくらいガトーの近くに行きたくて混乱して走ったことでさえほぼ忘れて酒を飲んでいた・・・・と、ちょうどそんな時ガトーが言う。
「・・・・だから、着物にマフラーは似合わんと言っているだろう。」
 二人で、ちょうどウィスキーの瓶を一本開けたところで、身体はもう随分あたたかかったのだが、コウはまだマフラーを首に巻いたままだったのだった。ガトーは大酒飲みなんだから当然お酒が強かったし、コウも日本人にしては強かった。
「そうか?」
 着物は寒い服装なんだ。セーターを着ているガトーには分からないのだろうが。そう思いながらコウは目の前にあるポットに手を延ばす。二本目のウィスキーの瓶でお湯割りを作ろうと思ったのだ。
「ああ、似合わん。」
 そう言いながら、次の瞬間ガトーは勝手にコウの縞模様のマフラーをひっぱって外した。・・・・思わずコウはつんのめった。




 カシャン、とグラスにポットの当たる音がする。




「・・・・・えっと、」
 そんな気は無かったのだが、床に座り込んで酒を飲んでいたコウは体勢を崩して隣に座るガトーの胸のあたりに転がり込んでいた。うわ。ガトーも驚いた顔をしていたがその500倍は自分の方が驚いた顔をしている自信がある。・・・・うわ。うわ、なんだこの状況は!
「・・・・いや、だから、急に引っ張って悪かったが、着物はこの・・・・うなじのあたりが『いい』んだろう。違うのか。それを隠してどうする。」
 そう言いながら、更に思い付いたようにガトーがコウの首筋に触れてくる。引っ張って外したマフラーはそこらに放り出した。もう動けねぇ!とコウは思った。この人はそうじゃない、この人はそんなこと考えて無い、なのに何故考える俺の頭!着物を着て走り出した時と同じくらい血圧が、また音をたてて上がってゆく。
「なんだ、お前、日本人そのものみたいな顔をしているんだから実に似合うぞ、着物。・・・・男物もあまり女物と作りは変わらないのか?」
 さっきは感想を全然言わなかったのに、何故この人は急にこんなことを言い出すのだろう、と思う。息を吸わないと死んでしまうのだが、どうにも体中の血液が顔に集中し、息をする方法が思い出せない。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・黒髪と着物のうなじだな、うん・・・・完璧だな、いや・・・・本当に寒そうだなこの洋服は。・・・・違うな、洋服じゃないんだよな、着物は・・・・」
 軽々しくガトーが自分の身体に触って、更につっこみかけの体勢が気に食わなかったらしく、どうせ眺めづらいとか自分勝手な理由なのだろうがともかく自分をヒョイと膝に上げそうになる。そうなって、コウはついに血圧のことは諦めて叫んだ。
「・・・・触るな!」




 ・・・・・そんなことをされたら死んでしまうので、




「触るなって!」
 言ったのだが身体は動かなかった。・・・・辛うじて見上げた。ガトーは今度こそ本当に驚いたらしかった。呆れたような顔をして自分を見ているのがわかる。・・・・・・ああ、やっと友達になったのに。頑張って、この人にりっぱな社会人に負けないように走ったのに。だめだ、どうして俺この人のこと、




「・・・悪かったな、悪気は無かったのだが別にたまに飲んでいるのだし構わないかとおもっ・・・・・・」
 俺はむちゃくちゃを考えている、いや徐々にむちゃくちゃになってしまった。俺は男なのにそんな感じに、もうこの人に触れたくなってしまって、それで、




 思わず気付いたらくちびるからつっこんでた。





「・・・・・・・・・・・・・・・・なんでキスをする。いや、なんで・・・・・泣く?」
 コウがガトーの胸元を掴んでいた手を離してしょんぼり首を下げるとガトーがそう言う。泣いていたらしい。え、気付かなかったけど。ともかくガトーに無理矢理キスをしてもう逃げようおしまいださようならと思ったら逆にガトーがガッシリとコウの手首を掴んだ。・・・・・・午前四時頃らしかった。忙しいガトーの目覚まし時計が急になり出したからそれが分かる。
「・・・・・・・俺、泣いてる?」
 そう聞くと、ガトーはうるさそうにクッションを投げて器用に目覚まし時計を止め、それから自分に向き直る。コウはその隙に自分の頬に触れた。・・・・なんだよ泣いてないじゃないか。
「泣きそうだ。・・・・・よし、良く見せろ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 どうやら潤み切っているらしい自分の目をじっと覗き込まれると、自分も睨み返さないといけないような気分になる。二人は睨み合った。元旦の午前四時に。
「・・・・・・・・・・・・・・・ああ、」
 急に気付いたようでガトーがその時手のひらを打つ。その隙に、コウは今度こそ逃げようと思った・・・・が、すぐに手首は掴み直された。
「・・・・・・・なんだ、やっと分かった。そうだったのか、着物姿なんか見なきゃ良かった。」
 そうだよ、足下がスースーするし最低で・・・と言おうと思ったコウの唇は今度はガトーにふさがれた。・・・・・えっ。しかも何を素早く裾を割って手を入れてるんですか、この人!?




 ・・・・・・俺は近くにいきたかった、でも、




 でも、男同士は友達以上にはなれないでしょう、ふつう。・・・・ああ、俺この年で血管が切れて死んでしまうのかな。














 その後の事は実を言うとあまり覚えていない。




 母親が綺麗に着せてくれた着物を、同じように自力で着ることが出来なかったので、明日から出社だと凄まじい仕事モードに戻ったガトーのマンションから、コウが借り物の大きな服を着て1月3日に帰宅したことだけは確かだったのだが、




 むちゃくちゃな思いをひっさげてただ走って行ったのに受け止めてもらえて、



















 すごく嬉しかった。・・・・・だから今年は、素敵な一年になりそうだった。


















2002/01/04




明けましておめでとうございまーす(笑)。もう四日ですが・・・・(笑)。今年もヨロシク。










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