文責:樹さん
『バラ色の日々』、コウ・ガト−膝だっこバージョン(感涙)。











 ガトーがご飯を作ってくれない。










 留学生学生会館のガトー(とシャア)の部屋で、コウはほとんど定位置になってしまった食卓の椅子に座って、恨めしそうにガトーを睨んでいた。
 別に喧嘩とかした訳じゃない。
 日曜日で、部活もなくて。部屋の掃除も洗濯も、やらなきゃいけないことは午前中に全部終わって、昼御飯でも食べようかとガトーの部屋に行った。もちろん、タダ飯じゃ悪いから、それなりに食料を持ち込んで。
 ……いや、なんでって言われても。
 暇さえあれば、コウはガトーの部屋へ行く。少なくともこの半年は、本来のもう一人のこの部屋の主よりはこの部屋に居る時間は長いくらいで。
 だって、部活がない日でも。ここに来ればガトーの作ったご飯が食べられるし。
 ここに来ればガトーがいるし。
 そうやってまったくいつもどうりにここに来たのに。
 ガトーがご飯を作ってくれない。
 だからといって、ここまで来ておいていまさら外食する気にはなれないし、自分が台所に立つ気もない。…いや、男は台所に立つべからずとか、そういうこと考えてるわけじゃなく、絶対にガトーが作ったご飯の方が美味しいからと思うからだ。だから、こうやって空きっ腹を抱えて、ずっと読書しているガトーを睨んでいるのだが、どうも効き目はなさそうだった。
 もうすぐ1時半。
 …早くしないと、お昼の時間じゃなくて、おやつの時間になっちゃうよ?









 一方、ガトーの方もコウの視線には気付いている。
 というより、日曜の昼時にスーパーの袋をぶら下げてやって来た時点で目的なんてバレバレなんであるが、今日はタイミングが悪かった。
 昼前から読み始めた文庫本が、ちょうどヤマに差し掛かってしまったのだ。短い話だからすぐ読み終わるだろうと思っていたのだが、多少読みが甘かったらしい。しかしあと少しだから、どうせなら読み終えてしまおうと、ガトーの大きな手にはいっそ小さく見える文庫本から目を上げなかったのだが。
 …そろそろ、コウが我慢しきれなくなってきたようだ。









 椅子から立ち上がってごそごそやり始めたコウの気配には顔を上げなかったガトーだが、ふとある匂いに気付いた。ジャンクフード系のそれは、実はガトーが結構嫌う匂いだったりする。
 眉をひそめて台所の方を見ると、コウが戸棚の中から緑色の筒を取り出して、蓋をべりべりと開けているところだった。匂いの元は、それらしい。多分あの形はポテトチップスか何かなのだろう。
 しかし知らない間に、人の家の台所に何を常備しているんだ。よりによってポテトチップスだと?いくら腹が減っているとはいえ、そんな不健康そうなもので誤魔化すな。少しくらい我慢できんのか、お前は。
 と、声に出さずに説教をカマして、ガトーは再び視線を紙面に戻す。
 そんなガトーの心境にはまったく気付いていない様子で、コウは今度は台所のテーブルには戻らずに、シャアのデスクの椅子をガトーのすぐ側に引っ張ってきて、反対向きに座る。……ああ、この椅子どれくらい使われてないのかなあ。シャアさん、あんまり帰ってこないし。
 背もたれに寄りかかってこちらを見ているコウが相変わらずポテトチップスをぱりぱりと食べている。だから、臭う、と言っているだろうが。
 椅子から立ち上がってベッドに座り直したガトーをきょとんと見上げたコウが、やがて少しむっとした顔をする。…なんだよ。なんか、逃げられたみたいじゃないか。
 ベッドに座り直しても、相変わらず本ばっかり見て視線を上げないガトーをしばらく眺めていたコウだったが、やがて自分も立ち上がると、ベッドの上、ガトーの隣に座り込む。
 表情を変えないまま、ガトーは眉間を抑えたい衝動に襲われた。こんな締め切った部屋で、そんな近くで、そんなものを食べるな。
 自分だって正直腹は減ってきているのだが、こうまで無言のプレッシャーを掛けているつもりらしいコウの様子を見ると、だんだんこちらもムキになってきてしまう。……この本を読み終わるまでは、絶対に食事は作らん!








 コウが近くに来たことで、強くなった油菓子の匂いを払おうと、ガトーは文庫本を持っていない方の手をぱたぱたと振る。が、それをコウは何か誤解したらしい。
 しばらくガトーを睨み付けていたかと思うと、いきなり立ち上がって、こんどはガトーの膝の上に座った。
 これには流石のガトーも顔を上げる。…というか、重い。コウを抱き上げたことなぞ無いが、きっとアムロよりかなり重いのだろう。いやそんなことはどうでもいい。それ以前に、何故こいつは自分の膝の上に座る?
「……腹減った」
 ようやく顔を上げたガトーに、コウが訴える。これが犬か何かだったら、うー、とか言う唸り声が聞こえそうな顔だ。
「そうか」
「ご飯作って」
 これが19歳の男のセリフか? まるで小学生ではないか。と、ガトーはちょっと頭を抱えたくなった。が、それでもきっと自分はコウに食事を作ってやるのだろう、ということも判っていた。
「…この本を読み終わったらな」
「……何、その本」
「堀辰雄」
「…………………ふーん」
 つか誰ソレ。とその時のコウの顔には書いてあっただろう。それはともかく、ガトーの手元の本を見ると、もうそんなにページ数は残っていない、ように見えた。だったらもうすぐ読み終わるに違いない。そう思って、コウは大人しくガトーの膝に座ったまま、待っていた。














 が。









 …終わんないじゃん!!
 ちょっとしか残ってないと思っていたページは、それでも結構あったらしい。またガトーが、行きつ戻りつして読むものだから、いっそう時間が掛かっている。
 もう2時だよ!!
 腹減ったよ!!
 プリングルスをときたま口に放り込みつつ、コウは心の中で叫ぶ。なんだか腹が空きすぎて、痛いような気さえしてきた。なんかもう、泣けそう。
 腹を押さえて背を丸くしたり、反対にガトーの肩に寄りかかったりして、どうもコウの動きが落ち着かない。









 べち。
 べち。
 べち。
 …何時まで経っても読み終わらないガトーにもだんだん腹が立ってきたらしいコウが、目の前の、自分が座っているガトーの膝を、開いている方の掌で叩き出した。
 ……子供じゃあるまいし!!
 相変わらず(しかも自分の膝の上で、だ)落ち着きのないコウについに業を煮やしたガトーがぐい、とコウの腹に手を回して、耳元で怒鳴った。…ただし、紙面からは相変わらず目を離さず。
「ええい、あと10ページ足らずで終わる! それまで辛抱しろ!」
 その言葉に、肩越しにガトーの手元を見ると、確かにさっきよりよっぽどページ数が少なくなっている。……それに。
 それに、なんかこう、こうやって腹を押さえられてると、腹空きすぎて痛いのが、ちょっと治まるような気がするし。
 プリングルスの最後の一枚を食べながら、コウは、今度は自分の腹の腕に置かれたガトーの腕を軽く叩いた。














 ……いや、シャアかアムロが見たら、「その前に膝から降りろ or 降ろせ。というかその腕はなんだ」とかなんとか言われるに決まっていると思うのだがね。














#つか、どうやらばらいろシリーズらしいのですが。私の中では。
#今は何時?東京はまだクソ暑いので、あの絵の服装では本日ただいまは凌げないと思います。
#「風たちぬ」ですか?確かにガトーは好きそうですね。<文庫
#相変わらず題名ナシ。いい加減、首を洗って待っていろと言われても仕方のない学習能力の低さです。














2000/09/16









・・・・実をいいますと、本編物以外で頂いた樹さんのお話のなかで、一番好きな話がこれです・・・・・と言ったら、
樹さんは悲しまれるかしら(笑)。いや、でも好きなのです、それはどうしようもない・・・・(笑)。
この話も凄かったです。朝の六時に、私がモトネタ画像、というのをアップしたんですよ。
そうしたら午後十一時には樹さんから小説が届いていました・・・・・なんだろう。なんだったんだろうな、あの頃の
私達(笑)。凄かったです。本当にすてきなお話を、どうもありがとう樹さん。
いまだに、この話は読み返す度幸せになります。他のどのばらいろより。単純なのかもしれません、私が・・・(笑)。

2001/12/25










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