文責:樹さん
『バラ色の日々』、もうこの四人、手の付けようがないよ、幸せバカどもだよ編(笑)。
あ・た・ま・が・い・た・い。
平日の昼時だというのに、アムロは自分の下宿のベッドの上にひっくり返ったまま、額の真ん中を手で押さえていた。というより、頭を抱えていた。
ひょっとして、風邪をひいたんだろうか。
やっぱり、春先だってのに、シャワー浴びたまんまの濡れた頭で、しかも換気とかって窓開けたまんま寝たのが敗因だろうか。
………にしたって、まったく同じ条件だった金髪男がぴんぴんしてるのは納得いかない。俺ってひょっとして虚弱? うっわ、すっげぇ悔しいぞそれ。
その男は今現在、物が少なすぎて散らかりようがないキッチンに立って何やら作業中らしかった。
「……………シャア〜〜〜〜〜」
「……なんだ、気分でも悪くなったのか?」
振り向きもせずに返事をするシャアがムカつく。ベッドの下に丸まって落ちていたTシャツを投げつけてみるけれど、寝っ転がったままでは大して遠くまで届く筈もない。
「何やってんだよぅ〜」
そのアムロの声に、暫く動きを止めていたシャアが妙にバツの悪そうな顔をして振り向いた。
「……………料理だ」
料理ったって。シャアの作れる料理は一種類しかない。ポトフというかスープというかはアムロは知らないが、とにかく汁物だ。………食べ易いかもしんないけど、ちょっと重い。
「悪い、あのスープ、ちょっと今、食べられないかも……」
「……………オカユです」
なんだか、言いにくそうにシャアが口にした言葉に、アムロはしばらく首を傾げる。………オカユ? ……ああ御粥ね。……………って、え?
「…………シャアってば、そんなもの作れたっけ?」
「……本を買ってきました」
「本?」
正直言って、シャアの日本語は、会話する分には全く問題はないけれど、読み書きとなるとまだ一抹の不安がある。…まあ、比較の対象が、アムロより綺麗な日本語を書くガトーなのは酷といえば酷かもしれないけど。
「………読めんの?」
「…写真の多い本を選んできたから大丈夫だと思うよ、うん」
そこまで言うと、またシャアはくるりと背を向けてしまった。
先程からアムロの呼びかけに対する反応が鈍いのは、本を解読(だろう、シャアにしてみれば)しながら、だったから、らしい。
あ。
……………なんか。なんていうのか。
いや、俺ってば、餌付けされかけてる? とも、ちょっとだけアムロは思ったけど、まあ………まあ、いいか。
シャアが、日本語の料理の本を片手に、こっちに背中を向けて立っていて。それって。
……………頭痛いけどさ。
喉も、痛くなってきたような気がするけどさ。
でも、なんか、ちょっとだけ気分がいい。
ぼやーんとシャアの背中を眺めていたアムロだったが、いきなり鳴り出した携帯に思わず飛び起きる。……サザエさん。コウだ。そういえば、昼ご飯を一緒に食べようと約束したようなしないような。いや、してなくても、コウだったら、アムロの姿が見えなかったら連絡を取ってくるだろうけど。
「………もしもし」
『あー、アムロー!? 今どこだよー!?』
相変わらずむちゃくちゃに元気のいい(=大声の)コウに、ちょっとアムロは頭を枕に沈み込ませてしまった。元気のいい人間の相手をするには、自分にも元気がなきゃ苦しいというのを実感するのはこういう時だ。
「……………うち」
『うち? サボリ?』
……まあ普通はそう思うだろうけどね。
「いや、ちょっと風邪ひいたみたいで」
『えーー!? 大丈夫かーー!?』
コウのデカい声に、アムロは携帯を耳から遠ざけた。
「……うん、まあ」
『え、でも本当に一人で大丈夫か!? 行こうか!?』
「あ、大丈夫だよ。シャアいるし」
『そっか、それなら安心だな!』
言ってしまってから、ちょっとだけ、まずかったかなとアムロは思ったが、ぜんぜん気にする必要もなかったらしい。コウは本当にほっとした声を出した。
『でも、本当、なんかしとく事ないか? 食い物買ってくとか!』
「食い物?」
『そう、ご飯!』
「今、シャアが作ってるから大丈夫………」
あ、言っちゃった。と、またアムロは思った。別に、シャアが自分の家でご飯を作ってることを知られるのが悪いことだとは思わないけど。
なんというか、だって、なんだかもったいないじゃないか。
そんなことを考えるアムロにはまったく気が付いていない様子で、コウのちょっと残念そうな声が聞こえる。
『そっかー………』
どうやら、何かやりたかったらしい。その気持ちは、すごく有り難いけど。まあ、でも、今はシャアがいるし。
そう思ったアムロだったが、その後に続いたコウの言葉に、アムロは目を剥いた。
『じゃあ、歌でも歌ってやるよ!』
「……………はぁ?」
『アムロが早く元気になるように』
「……………歌?」
『♪がーんばれーー、がーんばれーー♪』
「…………………………酔っ払ってる?」
『なんで』
……だとしたら、俺はひょっとして熱を出して幻聴でも聞こえているのでしょうか。
と、本気でそう思ったアムロの耳に、別の人間の声が聞こえた。ガトーだ。
なんだ、ガトーさん、側に居たんじゃん。……コウが何処で歌ってたのかは知らないけど、恥ずかしかっただろうなぁ……。
『…………………』
「……………お疲れ様です」
溜め息の向こうで、なんだよガトー、返せよー、俺のケータイー! というコウの声が聞こえて、アムロは思わずガトーに同情してしまった。
『……こちらこそ、騒がせてしまったな』
「あー、平気平気」
すごく疲れたようなガトーの声に、それ以外に何が言えると言うんだろう。
『…切ってもいいか?』
「あ、うん、全然オッケー。コウによろしくー」
慌ててそういうと、プツっと通話が途切れた。なんだか挨拶の一つもなくて、ガトーらしくもないと思ったけど、それだけ動揺していたということなんだろう。
「…コウ君と話してたんじゃなかったのか?」
そして妙なところで耳聡い男が一人。コウによろしく、という言葉に反応したらしい。
「うん。まあね」
妬いてる妬いてる。だけど、この男の気苦労なんて、気苦労と呼べないんじゃないか。
「……ガトーさんも大変だよなぁ……………」
アムロは、それでもシャアに聞こえない程度の小声で呟いた。
切れた携帯とコウを見比べて、ガトーはまた溜め息をついた。
「なんだ、切れちゃったのか」
携帯を奪還しようとして伸ばしてくる腕に耐えかねて、結局コウの両手首をしっかり握り締めていたガトーを見上げて、コウがつまらなさそうに言う。
その手首を離して携帯を返しながら、ガトーはコウを睨み付けた。
「……時々酷く思うのだが、お前には羞恥心というものがないのか」
酔ったわけでもないのに、こんなところでいきなり歌など歌い出して、周囲の迷惑も考えろ。いや、酔っていれば歌っていいというものでもないが。
「あるよ?」
「じゃあいきなり訳のわからん歌なぞ歌うな」
ここが構内でも特に人の多い中庭で良かった。……バカをやっても、それほど目立たない。もっとも、ガトーとコウのふたりが携帯をめぐってじたばたしているところは、相当に目立っていたかもしれないけれど。
「だってさー。アムロ、風邪ひいたって」
「……それで何故歌を歌うことになるのだ」
「だって携帯越しじゃ、歌くらいしか歌えないじゃん?早く元気になるようにって」
「……………」
何故それで歌なんだとか、何故そんなに子供っぽい真似ができるんだとか、それは親切なのか迷惑を掛けているのか判らんぞとか、いろいろいろいろ言いたいことはあったガトーだったが、取り敢えず口に出せたのはこれだけだった。
「そうか、風邪をひいたのか」
「あ、でもシャアさんがご飯作ってくれるから大丈夫だってー」
「……………シャアが?」
取り敢えずまず胃袋の心配をするコウは置いておいてだ。
……あの男は、絶対に台所に立って包丁を握ったりしない人間だと思っていた。
「シャアさんもご飯作れたんだな。知らなかった」
いや、ろくに作れなかった筈だ。
変われば変わる、というか、恋(あの二人の関係にこの言葉を使うのはとても嫌だったが)は人を変える、という奴か、とガトーは思った。あまり見上げた関係ではないが。
………だが、まあ、需要と供給が合致しているなら、薮をつついてヘビを出す必要もあるまい。
そうやって自分を納得させようと努力するガトーの心情を理解する筈もなく、コウが背伸びしながら言った。
「あー、でもやっぱ心配だな。後で見舞いに行こうよ」
「……やめておけ」
「なんで。俺、シャアさんの作ったご飯、喰ってみたいし」
なんでって、それは、コウが見なくてもいいものが見られてしまうとか、邪魔だろうとか、そういうことが言える筈もない。だいたい、シャアのつくる食事など、不味いに決まっている。
「……食事なら私が作ってやるから、余計なことはやめておけ」
「え、わーい、またガトーのご飯だー! ありがとー! ……で、何が余計なことなんだ?」
嫌がらせでもなんでもなく、当たり前のようにコウが聞き返してくる。
……人がせっかく、蛇のいる藪から引き離してやろうというのに、こいつは。
ガトーは、嘘のつけない自分の性格を少しだけ恨んだ。
「…とにかく駄目だ!」
「えー、なんで!」
で。
結局、シャアの作った『オカユ』は、胡椒が入っていたりよく判らない香辛料の匂いがしたりして、日本で一般的に言う御粥とはかなり違ったものになった。
それでも、アムロはそれを綺麗に食べた。他の誰かが食べたなら、どう言ったかは判らないけど、アムロにはそこそこ、美味しいと思えたから。だって、
シャアが料理の本片手に作ったんだよ?
………まあ、そういう日があったって、いいじゃない。
*今回のメインテーマ:「がんばれー」というコウ。こーらぶさんに言ってます(笑)
*眠いんです。とにかく眠いんです。こんなもん書いてないでさっさと寝ろって感じですが。
2000/09/26
このお話を頂いた頃、私、「小説かけない病」に陥ってたんですよね(笑)。
今回、出来るだけ皆様に頼らずに再アップしようと思っていたので、このお話は削らせていただこうかなあ・・・ってちょろり
考えたのですが、やっぱ出来ませんでした(笑)。読みなおしたら、やっぱ元気がでたから。
ありがとう、樹さん。
2001/12/25
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