(はじまりの冬)

がとーらぶ姉様に頂きました、『バラ色の日々』ギューちゃん物語、です(^^)。
















 この世の人とは思えませんでした。










・・・・・・・・・ここでも一人の外国人が、9月の京の地を踏みしめていた。





京都市北区、北山鹿苑寺。



「すごい!・・・本当に、金ピカだ!!」

唐門を抜けると、視線の先に、輝く三層の屋根が見えてくる。



北山鹿苑寺。・・・通称”金閣寺”



ギュネイ・ガスは、子供の頃に聞かされた物語が、形をとって目の前に現れたことに、ひどく感動していた。

黄金の国、日本。金でできた家に住み、金でできた道具を使い、どこにもそこにも金が溢れている国。

今はもう、子供ではなく、19歳の大学生だ。日本がそんな国で無いことは、重々承知している。だがこうして、夢物語の一部だけでも、自分の前に現われた事実に、憧れの国・日本へ自分が来ているのだという気持ちが合わさって、感動せずにはいられなかった。



「ああ、日本に来たんだなぁ、俺。」

鏡湖池の水面に写る金閣寺の金色の影も、きらきらと揺らいで、とにかく美しい。



トルコ共和国から留学してきたばかりのギュネイ・ガスは、「トルコ・日本友好協会」主催の歓迎イベントの一貫として、京都名所散策ツアーの途中だった。

この後は、二条城だの清水の舞台だのと、きわめてオーソドックスな観光地が待っている。が、生まれて初めて日本に来たギュネイには、何もかも珍しく、おそらくそこでも歓声を上げることだろう。



「・・・夢じゃない。」

イスタンブールのグランドバザールでみやげ物屋を営む両親の元に生まれたギュネイは、店を訪れる日本人観光客の姿を見ながら育ってきた。



父親の使う日本語。『イラッシャイ。』『ヤスイヨ。』『センエン。』

商売上手な父親に、あれもこれも押しつけられ、それでも買っていく人々。



「父ちゃん。あの絨毯って、そんなに高くないでしょ?」

「いいんだ、ギュネイ。商売の神様がちゃんと平等にしてくれてるんだ。ある所からない所へ、お金が流れるように。彼らが高い銭を払って買っていく。私たちも助かる。それが正しいんだよ。」

「ふーん。」

「それに、日本という国は、黄金であふれているそうだぞ。」

「すごーい。」

ギュネイの家は金持ちでも中流家庭でもない。家族が食うには困らない・・・といった収入しかなかった。幼いギュネイの中で『いつか日本へ行くんだ。僕もお金持ちになって、みんなを助けるんだ』という憧れが芽生えたのも、不思議ではない。



少し大きくなると、そんな家計状況では、日本へ行くことなど夢の夢だと思っていたが、持ち前の頭の良さと努力で、奨学金を得て大学に進学できた。そしてとうという、「トルコ・日本友好協会」のスカラシップで、アジアの一方の端っこから、この日本までやって来ることができたのだった。





 9月XX日(晴)



日記をつけてみることにしました。

今日の歓迎会で、協会の人に、
「話すだけなら、それほど不自由はしないけれど、
漢字の読み書きは、難しいです。」と言いました。

「とにかく、書くことが一番の上達法です。」と言われました。

イスタンブールに帰っても、日本での事を思い出せるから、いいなと思いました。

金閣寺はとてもきれいでした。
本当に金でできていました。
信じられない気分です。

清水寺では、高い高い柱の上の舞台に立ちました。
落ちそうで、怖かったです。

二条城と嵐山にも行きました。



これだけ書くのに、30分もかかりました。
だんだん早く、書けるようになるといいです。







「これで、あってるかな?」

「・・・・・・・・・ああ、いいんじゃないの。」

『経済学入門』を受講中のギュネイ・ガスは、となりの学生に黒板から写した文字の確認を求めた。日本は単一民族で、黒い髪に黒い瞳ばかりだと聞いていたが、この教室の中だけでも、赤や茶色や果ては金髪まで、色んな頭が並んでいる。

その上、ギュネイが腹立たしく思うことは、勉強に来ているはずの学生たちに、あまりやる気が感じられないことだった。



(・・・みんな、勉強する気がないんだろうか?)

ギュネイにとっては、勉強して奨学金を取って、やっと通えるようになった大学である。教授の言葉をひとつも聞き漏らすまいと必死でノートを取る。だが、回りの日本人学生は、鉛筆を少しも動かさない者がいた。それどころか、後ろの方に陣取って、堂々と居眠りしている者すら。

慣れない日本語との格闘と日本での生活に、少し疲れを感じ始めていたギュネイには、その光景が信じられなかった。



(ああ、声が聞きたいなぁ。)

日本に来て、一月。

生活費が支給されるとはいえ、日本の物価は驚くほど高い。協会の人を頼って、賄い付きの下宿屋を探したのも、食費が安くつくからだ。

トルコの家族が、友人が懐かしかったが、国際電話料金も当然のことながら高い。そうそう話もできないので、大学のパソコンから送るEメールが唯一の慰めだった。元の大学に宛てて発信すれば、友人の幾人かが、タイムラグはあるけれど、家族の様子も知らせてくれる。



(でも、俺ががんばらなきゃな。)

幼い弟妹を養うため働くべきだろうと、一時は大学進学をあきらめようとしたのだ。だが、ためらうギュネイを両親が後押ししてくれた。

『ばかにするな!おまえの助けなぞ、いらん!!』

それが、父親の精一杯の優しさだった。



・・・ここで大学で勉強して、お金持ちになって、トルコに帰るんだ。



(うわっと!)

故郷に思いを馳せている間に、黒板の文字が増えている。ギュネイは慌てて写し始めた。




 10月XX日(曇)



毎日、勉強勉強で大変です。

せっかく選ばれて勉強に来てるのだから、
弱音は吐けません。

ここでの生活には、少しですが、慣れてきました。

家から大学まで自転車で通います。

途中、木でできた家がたくさんあります。
格子戸や屋根瓦がとても繊細な感じです。

着物姿の人もたくさん見ました。

今、一番困ることは、朝晩の寒さでしょうか。
10月になって、急に冷えてきたようです。



でも冬になれば、『雪』がたくさん降るそうなので、とても楽しみです。








「あ・・・見つかったよ。ギューちゃん。バイト。」

「ほんとに?ありがとう。助かった!」

ギュネイ・ガスの浅黒い肌をした顔が、パッと明るくなる。相手は、ようやく仲良くなれた同じ学部の日本人の友の一人だ。



「持つべきものは友達ってね。」

「・・・えっとー?」

「日本の、ことわざ。」

片目をつぶってみせる、友人。



もちろん、ギュネイは勉学の為に日本に来ていたし、本人自身がそのことを、一番よくわかっている。だがやはり、遠い異国での生活は無性に寂しいものだった。大学の授業と下宿での予習復習の妨げにならない程度に、小遣い銭を稼ごうと決めたのは、トルコにいる家族の声がもっと聞きたかったからだ。・・・電話代に充てようという心づもりである。

事前の渡航案内で、就学ビザとの関係で『アルバイト禁止』の説明は受けていたが、大学で知り合った他の留学生たちの中には、隠れて働いているものがいた。みんな一様に、日本の物価の高さに辟易している。



「で、何のバイト?」





・・・・・・・・・あなたの街のコンビニエンス・ストア『ファミリア竹田店』



日本に来たばかりの頃、夜中でも物が買える店がたくさんあることに驚いたものだったが、まさか自分がそこでアルバイトをすることになるとは、夢にも思っていなかった。

コンビニらしく、夜中でも光度明度の高い照明を浴びつつ、入口のドアをくぐる。



「あ・・・ギュネイ・ガス君ね。君が・・・ふーん、そう。じゃ、仕事の説明をするから、着替えてレジまで来なさい。・・・これが制服、ここで着替えて。」

50過ぎの白髪交じりで眼鏡を掛けた店長は、あまりやる気のなさそうな口調で、ギュネイに告げる。



こうして、襟と半袖だけモスグリーン、他はレモンイエローの制服をまとった、コンビニ店員、ギュネイは誕生した。





 11月XX日(雨)



ここ数日、日記をサボりました。

コンビニエンス・ストアで、アルバイトを始めたのです。
とても疲れてしまって、部屋に戻ると、すぐに寝てしまいます。

夜の10時から朝の2時までです。

家族に電話をかけたくても、お金がとてもたくさん必要です。
友達に相談したら、この仕事を見つけてくれました。

もっと働きたいのですが、これ以上だと、雇用保健とか健康保健とか、
難しい問題になるそうです。
本当はアルバイトも禁止されているので、
堂々とはできません。

・・・日本は色々と大変な国です。



それに、親切な人が多いと思ってたけど、
少し違うような気がしてきました。

親切な人もいますが、他人行儀(これで合ってると思う)です。
フレンドリーな感じがしないのです。

時々、孤独を感じてしまうのです。








『その客』が、ファミリア竹田店の自動ドアをスライドさせて店内に入ってきた時、レジの中にいたギュネイ・ガスは、マニュアル通りに『いらっしゃいませ』と声を出したが、視線は目の前の客が店内カゴに入れた”ラ王・しょうゆ味”の読取中のバーコードに向けられていた。そして、同じくカゴの中の”フライドチキン5個入り”を手に取ろうとした瞬間、なぜか『ガサガサガサッ・・・』という耳障りな音が聞こえた。

反射的に、音の正体を捕らえようと、ギュネイの顔が入口の方へ向く。つまりはそちらから聞こえてきたのだ。



・・・ギュネイだけではなかった。奥の冷蔵庫の前で、コカ・コーラの補充中だったもう一人の店員も、本棚の前でHな雑誌を立ち読みしていた30代のサラリーマン風の男も、弁当の棚の前で品定めをしていた学生風の青年も、みなその音に、ちらりと視線を入口に向ける。



12月24日午後11時過ぎ。

ギュネイ・ガスの視線の先に、大きく、真っ赤な、薔薇の、花束が、あった。



(・・・・・・・・・???)

その光景に、思わず目を奪われる。・・・幅、約90cmのドアをギリギリ通るか通らないかの巨大な薔薇の花束が店内に進んできたのだ。

まるで花束が歩いてるように見えるのだが、当然そんな事はありえない。よく見れば、花束の下には、キャメル色のコートと白黒の千鳥格子のパンツとモカシンの靴が。そして、両側には白い手が、天辺には辛うじて金色の髪の毛らしいものが見えた。



『ええぃ。邪魔だな。』

と、花束の主らしい人物が呟いたが、ギュネイには、理解不可能だった。日本語でもトルコ語でも英語でもなく、”フランス語”だったからである。



客のレジ打ちを中断したまま、魅入られているギュネイの前で、その花束がガサッと横にズレて、その後ろから、豪奢な薔薇の花よりもさらに目を惹く男の顔が現われた。



薄い金色の髪に、はっきりとした目元。高く通った鼻筋に、薄くてなめらかそうな唇。

ギュネイがその名を知る由もない、シャア・アズナブル、24歳。フランス人。・・・ばらいろシリーズ主役の一人である。



デートモード全開で眼鏡を外しているせいか、その瞳の色の青さまで、はっきりと見てとれた。『外はかなり寒いんだろうな・・・』とギュネイが思ったのは、シャアの白い頬に少し赤い色が浮かんでいたからである。



『ああ・・・お腹が空いた。どうせロクな食べ物はないだろうし。・・・いや、ここにだってロクなものはないが。飢え死にするよりはマシか。』

シャアは店内の視線が自分に集中していることに気付いていたが、当たり前のように無視してフランス後で独語している。



『・・・クリスマスは恋人と過ごさなければならないとは。さすが日本。変な決まりがあるものだ。』

『それにしても、あの女・・・』

『なんだか、手が痺れてきたぞ。』

サラダやサンドイッチや豆腐などが並んでいる冷惣菜の棚の前で呟くシャアの言葉の感じから、ギュネイにはそれがフランス語らしいとわかった。どこかしら呪文のような、でも音を奏でているような不思議な響きを持つ言語。



「お兄さん、まだ?」

「あ・・・はい!すみません!!」

店内を歩く薔薇を抱いた男を目で追ったまま、ボーッとしていたギュネイに客が催促する。慌てて残りの商品を清算した。

(・・・・・・・・・何、見とれてるんだ、俺。)



いや、ギュネイは悪くないだろう。こんな夜に、モデルのような格好で薔薇の花を抱えてコンビニを訪れたシャア、・・・しかも恐ろしいくらいに似合っている。いったい、何者?と思わせる、その姿がいけないのだ。



『フライド・チキンばっかり、棚に並んでるな。・・・クリスマス・チキンの代用品か。アメリカっぽいぞ。』

薔薇にもシャアにも不釣合いなオレンジ色のカゴに、商品を入れる。カゴを左手で、花束を右手で支えているせいか、かなり歩きにくいのだろう、ヨタヨタとレジまで歩いた。



クリスマス・スペシャルサンドにコールスロー。エヴィアンが二本に、フライド・チキン一パック。



「こちらは、暖めますか?」

フライドチキンを手差して、ギュネイが訊く。・・・あ、日本語、大丈夫、かな?



「いえ、結構です。」

(この寒さだと、部屋につく前に、冷めるだろうし。)

にっこりと笑みを浮かべて、ギュネイよりも数段流暢な日本語でシャアは答えた。

・・・・・・・・・こんな所においてまで、そんなに愛想を振りまくのか、とツッコミたくなる、シャア・アズナブルの笑顔。



「2,226円になります。」

ジャケットの内ポケットからサイフを取り出そうと、シャアは一旦、薔薇の花束を足元に置く。あまりに見事な咲きっぷりにギュネイの視線が、自然とその上に落とされる。

・・・ギュネイと違って、シャアはその品種を知っていた。『クリスチャン・ディオール』という、フランス原産の高弁で大輪の薔薇の女王様だ。



「・・・すごい、ですね。」

つい、そう言ってしまったのは、シャア自身のことか、それとも薔薇のことだろうか。



「ん?ああ、綺麗だね。・・・だが、ちょっと邪魔になって。」

苦笑を浮かべて、財布から万札と小銭226円分を出すシャア。



「・・・そうか!気に入ったのなら、君にあげよう!!」

唐突に、本当に唐突に、シャアが言った。・・・ラッキーとばかり嬉しそうに。



「・・・・・・・・・えっ?!」

今日初めて会った客から、いきなりそんなことを言われて、ギュネイの顔に驚きが走る。



「いやいや、どうせ貰い物なんだから、気にしないでくれたまえ。」

貰い物、は本当だ。この真っ赤な薔薇は、先ほどまでのデート相手だった女性が、クリスマスプレゼントとして、シャアに贈ったのだ。





今日、12月24日のシャア・アズナブルは目眩がするほど、忙しかった。

クリスマス・イブを恋人とラブラブに過ごすという、すっかり日本に根付いた、真面目なキリスト教徒が眉をひそめるような習慣のせいで、朝から3人の女性とデートするハメになったからである。

午前中に一人、夕方までに一人。その後、この薔薇の贈り主の女性と一緒だった。



どうやら、シャアが今一番気に入ってる相手は、その3人の女性の誰でもなくて、それどころか女性でもなくて、まだ19歳のとある少年らしいのだが、その分、本命の女性というものを持たず、流されるままスケジュールをやり繰りした訳だ。

その全てに、食事とセックスと織り込んでは、さすがのシャアも身体が持たない。だから、一人目とは、嵐山周辺の散策と昼食。二人目とは、うっかり鉢合わせをしないよう河岸を変えて、烏丸で映画を見た後、カフェでお茶。そして3人目とは、食事の後でホテル・・・のはずだったのに、思いっきり当てが外れた。



3人目の女性は、何と言うか・・・その、非常に変わっていたのだ。



『あなたには、とっても似合うと思うの〜〜〜』と、待ち合わせの八坂神社の境内で、男のシャアに真っ赤な薔薇の花束を渡した後、『やっぱりすてき!』『カッコイイ!!』とデジタルカメラで山のように写真を撮って、『じゃあね〜』と消えていった。

顔もかわいいし、スタイルも良かった。だけど、・・・・・・・・・何だあれは?



日本で暮らし始めてから、大方の日本人がイメージする、典型的外国人そのままの容姿をした自分が、見世物のように扱われるのに、慣れてはいたものの、こうまであからさまな目にあったのは、シャアといえども、初めてだった。呆気に取られて、抗議も忘れるほど。



(・・・どうする気だ、あの写真。・・・・・・・・・ネット上で公開とか。)

『もしそんなことになったら、別人で通そう。』

後の祭という気もしないでもないが、そう決心するシャアだった。





そのシャアが、今日の午後11時59分までに、アムロのワンルーム・マンションに行っとこうかと思ったのは、何故だろう?

アムロというのは、シャアと同じ大学に通う5歳年下の男で、二人はどうやら付き合っているらしかった。有り体に言えば、男同士でセックスをする関係だった。



食欲と性欲を満たし損ねたシャアが、アムロの暮らすワンルーム・マンションにタクシーで向かう途中、その部屋の冷蔵庫には、ほとんど食料というものが入ってないことを思い出して、コンビニの前でタクシーを降りた。

(・・・ほとんど、あの部屋で寝起きしてるのだから、これから行くのも当然なのだ。)

とシャアが自分を納得させたかどうかは定かでないが、とにかく留学生会館にある自分の部屋に戻るよりも、アムロの部屋で過ごす方が多いことは事実である。





「こんな日にアルバイトなんて、大変だろう。・・・クリスマスプレゼントだよ。」

シャアは、『見ただけで女が孕む』と噂されている、必殺の笑顔でギュネイに語りかける。

(こんなものをアムロの部屋に持っていったら、何を言われるかわかったものではない。)



それに・・・喧嘩にでもなったらコトだ。部屋を追い出されたら?・・・クリスマス・イブだというのに。



・・・・・・・・・すっかり、日本の悪習に染まっているぞ、シャア・アズナブル!!!



「あ・・・あの・・・。」

こんな事態は、店員マニュアルにはない。働き始めてから、一ヶ月ちょっとのギュネイ・ガスは、判断に迷っていた。

(・・・プレゼントって、なんで俺に?)



「その・・・困り、ます。・・・・・・・・・これ、おつり、です。8,000円。」

会話には不自由がないはずの日本語が、急にたどたどしくなる。だが、はっきりと断れないギュネイの様子を見て、シャアはここぞとばかり強気な行動に出た。



「いいだろう?クリスマスなんだし。・・・通りすがりのサンタから、君にプレゼント。」

シャアは足元の花束を持ち上げると、ギュネイの瞳を見つめたまま、カウンター越しに差し出す。



「あ・・・。」

反射的にギュネイの手が伸びたのを見届けるやいなや、『ファミリア』の文字とにせスマイルマークが印刷された白いビニール袋を左手に提げて、身軽になったシャアは早々に立ち去った。



・・・・・・・・・しかも、入口のドアのところでわざわざ振り返って、薔薇を両手に抱えたまま、どうしようかと固まっているギュネイに、



『ジョワイユー・ノエル。』



クリスマス、おめでとう。

の、言葉を残して。





ガラスのドアの向こうの、いつの間にかちらつきはじめた雪の中に、180cmを超える男の影が消えていく。・・・まるで幻のように。










 12月25日(雪)



この世の人とは思えませんでした。





それほど綺麗な人を見ました。



しかも、真っ赤な薔薇の花束を、僕にくれたのです。





咄嗟に舌が回らなくて、お礼の言葉も満足に言えませんでした。
また、お店に来てくれるでしょうか。



部屋にはもちろん花瓶なんてありません。

下宿のお母さんは、花器と剣山は持ってるけど、
花瓶は持ってないそうです。



タライを借りて、根元を水に付けています。



・・・起きたら、花瓶を買いにいこうかと思います。

それぐらいの贅沢は、いいよね?



メリー・クリスマス。

・・・薔薇の人。








『薔薇の人』が、次にファミリア竹田店を訪れたのは、年が改まってからのことである。



当然だが、もう薔薇の花束は抱えてないし、顔には眼鏡も掛けている。それでも、入口に立った瞬間、ギュネイ・ガスには、『その人』だとわかった。

軽装なダッフルコート姿で、スタスタと本棚の方へ歩いていき、雑誌をめくり始める。

『あ、”宝島”。・・・いや、先週のだ。発売は、水曜日、だったかな。』

ブツブツと、フランス語で独語しながら選んだ品物数点を、カゴに入れてレジの前に立ったシャアに、ギュネイが思いきって声をかけた。



「この間は・・・どうもありがとうございました。」

「え・・・」

何のことか、・・・と一瞬、シャアが考える。その表情に気付かず、ギュネイは言葉を続けた。



「あの、薔薇の・・・」

「・・・・・・・・・ああ、そうだったね。」

薔薇の花束を押しつけたんだったなと、ようやく思い出したシャアが、それならばとばかり、笑みを浮かべる。

(ふむ。礼を言われるということは、あれはあれで良かったんだな。)



ピッ。ピッ。ピッ。・・・?

軽い音を立てて、バーコードが読み取られていく。『monoマガジン』と『週刊テレビガイド』と、そして『ベネトン2000』、・・・・・・・・・ベネトンブランドとはいえ、(株)オカモト製の、れっきとした避妊具(12個入り、フレーバー付、色はピンク&グリーン)である。

(うわっ・・・・・・・・・コンドーム、だよな。)

ギュネイはそれを、雑誌と一緒にビニール袋へ詰めながら、なぜか自分の顔が少し赤くなったような気がした。



・・・それ以来シャアは、週に一・ニ度、店に顔を出すようになった。弁当かレトルト食品、そして避妊具。それが主なお買い上げ商品である。

『性病には、絶対、罹らない、ぞ』と、妙な自信のあるシャアだったが、子供だけは勘弁してもらいたかった。父親になる気はさらさらない。なぜか日本では、フランスほどピルが避妊法として普及していないため、シャアは女性とのセックスの回数だけ、それを必要とした。



(・・・この人、やっぱり、もてるんだろうな。)

だって、これだけキレイな顔をしてるし。・・・優しい、し。相手はどんな女性なんだろう。やっぱり、美人、だよな、きっと。



ギュネイがレジの向こう側で、どれだけシャアの付き合っている相手に思いを馳せようとも、シャアは涼しい顔で、ソレを買っていくのだった。









 1月XX日(曇りのち雨)



あの薔薇の人、が、今日も来ました。



明るい金色の髪が光に透けて、とても綺麗です。
瞳の色が、空を飲み込んだような青で、美しいです。
でも一番すてきなのは、笑顔です。

こんな人がいるのです。



・・・なんだか、最近の日記を読み返すと、
薔薇の人のことばかり書いてます。

姿を見ると、なぜか安心します。

一週間も見ないと、どうしたのかと思ってしまいます。



・・・薔薇の人の『名前』が知りたいです。








シャア・アズナブルは、留学生会館での同居人・・・別に一緒に住みたいと思ったのではなくて、大学側の部屋割りがそうなっただけの相手である、アナベル・ガトーに、漢字の読み書きでは、少し劣っていた。

だから、たまたま部屋に戻ってきたシャアに、彼宛ての郵便物の中から、ガトーが『これは、まずいだろう』とわざわざ選っておいた封筒を差し出した時、表書きの真っ赤な文字の意味を、ガトーに聞き損ねた。・・・何故か、悔しかったのだ。読めないことが、でなく、ガトーという男に言葉の意味を尋ねることが。



シャアは、コートのポケットに、その封筒をねじ込むと、着替えの服をつめたドラム型のバッグを肩に掛けて、『こんどは、いつ帰ろうかなぁ・・・』と言い残して、部屋を出ていった。

早く読んだ方がいいぞ・・・と、シャアが消えた扉を見つめるガトーを置いて。



・・・残されたガトーは、きっちり5秒後には、そのことを忘却可として頭から追い出し、読みかけの小説に取りかかった。





「・・・督促状。」

「何だって?」

「だから、”督促状”。あんた携帯の代金を払ってないんだって。・・・ヤバイね、携帯、止められちゃうよ。」

と、アムロは、全然ヤバそうに聞こえない口調で言った。シャアは結局、アムロの部屋に戻るとすぐ、郵便を読んでもらった次第である。



「そんなバカな。私は、イヤというほど書類を書いたぞ。留学手続きに携帯に銀行に・・・。小さな字でビッシリ書いてある利用規約にも、一応、目を通したのに。」

「あ、ここになんか書いてあるよ。・・・印鑑が不明瞭で、引き落とし手続きが済んでないってさ。」

附箋紙の文字をベッドに寝転んだまま読みながら、アムロは、アレっ?と思った。



「・・・ところで、あんた、印鑑なんて持ってるの?外人のくせに。」

「印鑑がないと、通帳も持てないのだ、この国では。・・・しょうがないから、作った。」

「あ、・・・ほんとだ。」

アムロが見ていた書類に押された、問題の不明瞭な印鑑は、○の中にカタカナで『シャア』と刻まれている。



「ぷぷぷ。・・・なんか、マヌケ。」

「外人に印鑑を作らす方が悪い。サインで充分じゃないか!!!」

シャアは一人、むなしく叫んだ。



「そんなことより、早くお金を振りこんだ方がいんじゃねーの。鉛筆で薄く囲ったとこに、もう一度はっきりと印鑑を押して、書類を送り返してくれだって。そんで、こっちの振り込み用紙で、今月分だけ払ってくれってさ。」

両方の書類を示しながら、シャアに説明をする。



「しかし、もう銀行は閉まってるしな。」

非難めいたように言うシャアだが、もうすぐ、真夜中だ。・・・閉まっていて至極当然である。

(明後日も、デートの予定が一件あるのに。うーむ。今、携帯が止まって連絡がつかなくなったら、フラレタとでも思うかな。)

それも、また一興という気もするが、やはり不自由も多かろう。何とかせねば、と思っていると、



「料金の振り込みなら、コンビニでも、できるんじゃ?」

「そうか!君もたまにはいいことを言う!!」

「・・・なんか、ムカツク。」

チュッと、軽いキスをベッドの上のアムロの額に残して、シャアは振り込み用紙を受け取ると、ワンルームマンションを出ようとした。



「じゃあ、ちょっと行ってくる。」

「あ、俺、『おでん』食いたい。」

靴を履きかけのシャアの背中に、そんな声がかかる。



「・・・・・・・・・私は、振り込みに行くのだが。」

「同じことだろ。・・・よろしく。」

(・・・ま、いいか。)

どうもこの頃、アムロが生意気になった気がする。前はもっと、初々しかった、よな・・・



ブツブツ言いながら、シャアはアムロの部屋から出た。





「これ、頼みます。」

シャアは、お馴染みのコンビニに着くとすぐ、ギュネイの前に振り込み用紙と現金20,000円を置いた。今月の電話料金、18,753円。なかなか見事な使いっぷりである。



・・・一方ギュネイは、それが置かれた瞬間、心臓がギュッと縮んだような気がした。コンビニでのアルバイト暦も、三ヶ月を超えた。だから、その振り込み用紙を何回か扱ったことがあり、そこには氏名が記載されていると知っていたのだ。



「・・・・・・・・・シャア・アズナブル。」

手続きをしながら、ギュネイはその名を、声に出して読んだ。・・・シャア・アズナブル!!!



「?・・・そうだよ、私の名前だ。」

「どこの国の方なのですか?」

シャアが言葉を返したことで、ギュネイはたたみかける様に、訊いた。



「フランス。・・・君も外国人だよね。」

「はい、トルコ共和国から来てます。」

「そうか、君も、遠くから来てるんだね・・・あ、ついでにこの・・・大根と卵としらたきとハンペンを。」

「あ・・・はい!かしこまりました!!」

ギュネイの声のトーンが高くなる。



シャア・アズナブルかぁ・・・



熱々のおでんを提げて帰っていくシャアの後姿を見ながら、ギュネイは小さな幸せに浸っていた。




 2月XX日(快晴)



シャア・アズナブル。



それが、薔薇の人の名前でした。



シャア・アズナブル。

もう覚えました。



シャア・アズナブル。

カーヌーンを奏でる音にも似て。



フランス人。それであんなに気高いのかな。








ギュネイは、その名を胸に焼きつけて、今日も大学の授業とファミリア竹田店でのアルバイトに、大忙しだ。



・・・日本の春は、とても美しい季節だと、聞いている。



満開のサクラが咲き誇り、川面を桃色で埋め尽くす、そんな景色。



春は、きっと、すごそこだ。










・・・続く(笑)。














・書くよ〜と言いつつ、早3ヶ月(汗)。本命(?)ギュネイ登場編です。
・『ばらいろルール』だと、ストーリィがパラレルものである以上、人物の年齢設定は遵守しようと話し合い済みだったのですが、逆シャアでも若いギュネイをこの4人に絡めると、ギリギリ16歳?・・・いや、シャアの守備範囲だろうけど中学生?(笑)の可能性もあるので、救済措置として、19歳にさせてもらってます(^^;)。
・今更ですが、逆シャア時の年齢を知ってる方は、いませんか(号泣)。
・読みます!という人がいる限り、4つの季節分、続きます(笑)。・・・・・・・・・すみません(><)!














2000/10/04




いやあ、これ傑作ですよね・・・(笑)。正月になると手前ミソであれなんですが「ばらいろのねがい。」が、
櫻の季節になると樹さんの「ばらいろのきのしたで。」が、そうしてクリスマスになると姉様のこの話が読みたくなる私は
ちょっと面白すぎですか(笑)。しかし、それだけ「ジョワイユー・ノエル!」と言って去ってゆくシャアはすごいインパクト
だと思うのです・・・・(笑)。こちらの小説は、アマナさんにイラストまで頂きました。ありがとうございました、姉様、そしてアマナさん(笑)!
読みたいので、あと三本クダサイ。いや、たとえこの先このサイトがひっくり返っても(笑)。

2001/12/25









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