コウほど幸せに、そうして美味しそうに御飯を食べる人間もいないが、だがしかしコウほどそそっかしく落ち着き無く御飯を食べる人間もいないだろう・・・・とガトーは常々思っていた。それは一体どういう風に?と聞かれると困る。ともかくコウは、大慌てでいつも御飯を食べるのだった・・・・・その日もそうだった。
「・・・・おい。」
 さすがに、見るに耐えなくなったガトーは声をかける。
「・・・・・ふぁい?・・・・にゃにーー???」
 言いながらもコウは口を動かし続けている。・・・・そんなに慌てるな!まだ、たっぷりと御飯はあるだろうが!!と、思わずガトーはコウの目の前のカイワレ海鮮サラダの大皿を、ひょい、と自分の方へ取り上げた。
「・・・・・あああっ!何をするんだよ、ガトー!!」
 すると、コウが実に悲し気にそう言う。そう言って、やっと口を動かすのをやめて、だがしかし机の上いっぱいに手を延ばしてそのサラダを取ろうとした。
「・・・・・聞け。貴様、こんな作法でしかメシが食えんのでは、フランスでは生きてゆけんぞ。」
「えっ、俺フランス人じゃないから大丈夫・・・・なに、必要な時はきちんと大人しくしてるってば!例えば、お茶を立ててもらって飲む時とかさぁ・・・・・でもこれただの夕食じゃないか!!」
 コウがお茶を立ててもらって飲むようなことがある、という事実は驚きだったが、それより『ただの夕食』というその表現が妙にひっかかった。・・・・なるほど、確かに十月のとある夜の、いつも通り何故か二人で食べることになってしまっている『ただの夕食』である。・・・・・だがしかし、作ったのは誰だ!作ったのは私だぞ!!・・・・それを、何が『ただの夕食』だ!!
 思わずガトーは他の幾皿かの料理も、コウの目の前から取りあげる。コウは、もう悲鳴に近いような悲痛な叫び声をあげた。
「・・・・・ああっ、待って!待ってください夕御飯!・・・・・俺が悪かったから戻って来て!」
 そう言いながら、コウが思いきり身体を机の方に乗り出した、その瞬間・・・・・ばちゃん!というような音をたてて、机の縁にあったお椀がコウのジーンズにひっくり返った。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 思わず二人とも固まってしまったが、やがてコウが叫ぶ。
「・・・・・って、うわー!!!!勿体無い・・・っていうより、熱い、あついっ!」
「だから言わんことがないだろうか!落ち着いて食事をしないからこんなことになるのだ!」
「って、食料取り上げたのガトー・・・ガ・・・・熱いよー!!!」
 ガトーが気を使って最後に盛り付けたそのホヤの吸い物の腕は、まだ相当に熱かったらしくコウは飛び上がっている。おまけに、ああ、なんという有り様だ!机の上からも、コウのジーンズからも、ぼたぼたぼたぼた床に吸い物が垂れているのだった。ガトーは、思わず目を覆いたくなった。
「ああーっ・・・・!!このジーンズ高かったのに・・・!!」
「いいから脱げ!被害が広がる!!それから風呂!!」
 言われるまでもなく、コウはジーンズを脱ぎかけていた。熱いー!気持ち悪いー!味噌臭いー!などと言いながら、コウがトランクスでぴょんぴょん飛び回る。
「・・・・・さっさと風呂に行って来ないか!」
 ガトーの部屋がある留学生会館には、大きな共同風呂があったので、どうやらガトーはそこに行って来いとコウに言っているらしかった。しかし、コウには分からない。
「・・・・えー、御飯食べかけで・・・・・」
「・・・・貴様がいると更にこの部屋が片付かんのだ。・・・・それが分からんか!」
 ・・・・なるほど。そこで、コウはやっと部屋を見た。確かに夕飯は食べかけだが、テーブルの上にはお吸い物がこぼれて、更にそれは床の上にまで被害を拡大しつつある。更に、顔を上げてタオルを持っているガトーの顔を見てみる。・・・・・・・逃げよう。
「今すぐ行って来ます!」
 ガトーに手渡されたバスタオルを腰に巻くと、コウはその部屋を飛び出し、風呂へと向かった。











『バラ色の日々』ケツの話を書きたかったんだよね〜、コウのケツの話をー、
本当は『ばらいろ小咄「ケツ」』ってタイトルにしたかったんですごめんなさい・・・(泣き笑い)、っていう話(笑)。












 さて、コウが居なくなった部屋の中で、その惨状を見てガトーは少し頭を痛めた・・・・火傷はしていないらしかったな、あのバカは。それはよし。問題は、こぼれたお椀の後始末である。最悪なことに机の下には小さなラグマットが敷いてあった。味噌味のまま洗濯機まで運んでゆくしかあるまい・・・・と、そこでガトーは脱ぎ捨てられたコウのジーンズに気付いた。・・・・まてよ?こっちの方が重要問題なのでは!!
「・・・・・ええい、しかたないな。」
 とりあえずガトーは、考えつつも片手に持ったままだったカイワレ海鮮サラダの皿をテーブルの上に置き直した。・・・つまり、このジーンズが穿けない限り、延々コウはトランクスでうろちょろすることになるのである!コウに自分のズボンは穿けないし(サイズが違い過ぎる)、コウと体格がほぼ同じ、本来ガトーと同室のはずのシャアの服は何故か部屋には残っていなかった。転がり込んでいるアムロの部屋にほとんど持って行かれた後だったのである。・・・・かと言って、コウが自分の服をこの部屋に持ち込んでいるわけでもない。このあたりは微妙な問題だった。・・・・ともかく、このジーンズしかないのなら、さっさと洗濯して乾かさなければ!とガトーは思った。そこで、テーブルを拭くのは後にしてラグマットとジーンズを持って部屋を出る。留学生会館の共同風呂の脇には共同のランドリーもあって、そこには洗濯機も乾燥機もあるのだった。結局、ガトーはコウの飛び出した数分と経たないすぐ後に、自分も部屋を飛び出すことにした。










「・・・・いいお湯でしたー!ああっ、でも俺、なんで今日はこんなに早く風呂入ってるのかなー・・・っていうかお腹減ったなあ・・・・」
 コウは意外に風呂好きで、いつも長々と風呂に入る。ガトーは日本の熱めのお湯は少し好みとは違ったので、そこまで長湯に付き合ったりはしないのだが、ともかくいつも通りに四、五十分経ってからコウが部屋に戻って来たときには、部屋はすっかり片付いた後だった。
「・・・・メシの途中だったのだから当たり前だろう。」
 ガトーが少しドスを聞かせてそういうと、コウは濡れたままの髪のままうっ、と一瞬部屋の入り口で立ち止まる。それから、ごめんなさいもうしません・・・と呟きつつ部屋の中に入って来た。
「・・・・って、あー!良かった、御飯がまだあるしジーンズ乾いてるぜ・・・!!悪ぃ、ほんとありがとうガトー!」
 それでも、さすがに全てを片付けてくれたガトーに礼を言わないほどコウは馬鹿ではなく、ともかくそう言って椅子の上にかけられていたジーンズに手を延ばした・・・・そして、それを穿こうとした。
 ・・・・・・・・・・・が。










 コウが、実にジーンズ穿きかけ、という微妙な格好でまったく固まって動かなくなってしまったので、さすがにガトーは何ごとだ?と思った。
「・・・・・どうした?」
「・・・・・あの、ガトー・・・・・これ、このジーンズ、洗った?」
 見ると、コウはジーンズを穿きかけのまま、ぴょんぴょんとへんな風に後ずさりをしている。
「・・・・そりゃ、洗ったに決まっているだろう。なんだ、お前は味噌くさいジーンズの方が良かったのか?」
「いや、あの・・・・そうじゃなくて、それじゃさ、洗ったジーンズが乾いてる、ってことは、これ、乾燥機に入れた?」
「そりゃ、入れるに決まっているだろう。・・・・そうでなければ、乾かないぞ。」
「・・・・・・・・・あの、えーと・・・・どうしようかな。」
 そこで、急にコウがよろけかけたので、ガトーは慌ててコウを支えに走った。・・・・また派手にひっくり返って、御飯をまき散らされてなるものか!!!










「・・・・・これ、穿けない。」










 しばらく考え込んだ挙げ句にコウはそう言った。・・・・・どういうことだ!日本語を話さんか!!自分はフランス人のくせに、ガトーはそんなことを思った。
「どういう意味だ。」
 そのガトーの言葉が、いいかげん怒っていたのだろう。コウは、支えてもらいながらやっぱりジーンズは穿きかけの変な格好で、陽気にトランクス一丁ながらこう答えた。
「ええっと・・・どう説明したらいいかな。あの、これ、リーバイスのビンテージで・・・50Sっていうのなんだけど・・・・うーん。だから、ビンテージジーンズって、つまり『復刻版』だから、布とか昔のままの使ってるのな。」
「もう少しわかりやすく。」
「ううんだからさ・・・・」
 コウは、あー、とか言いながら先を続けた。コウの趣味は、スニーカーやビンテージジーンズを集めることなのである。それくらいはガトーも知っている。しかし、その実体については、全く知識も興味もないのだった。
「昔のままの製法で作られたビンテージジーンズっていうのは、つまり・・・防縮加工がされていないので、『縮む』んだよね。・・・・洗濯をすると。ただ洗っただけでも2インチくらい。乾燥機に入れてしまうと、更に1インチくらい。」
「・・・・つまり?」
「・・・・・・・・あの、穿けないっていうか・・・・いや、少し大きめのは買ってたんだけど、これまだ洗ったことなかったし、50Sって廃版になって、もう売って無いから、だから洗わずに穿こうと思って・・・このサイズしかないからたまたまこのサイズを買ってたっていうか・・・いや、いつもなら洗濯しても穿けるサイズを買うんだけど・・・・忘れてた俺も悪かったんだけど・・・・・」
 ガトーは、コウの説明を聞きながらだんだんと不安になって来た。・・・・つまり?つまり、問題はどの一点だ?思わず、ふとももの途中あたりまでで止まっている、そのジーンズをしみじみ見てしまう。すると、コウが何を思ったのか「つくづく見るなー!」とトランクスの前を隠した。そしてまたよろける。・・・・問題はそこじゃないだろう!
「・・・・・単刀直入に聞こう。こんなことを聞くのは、非常に俗っぽくて嫌なのだが。・・・・貴様、それでこの50Sとやらは、実際いくらで買ったのだ?」
 廃盤品。それしかなかった。・・・・・・・・そんなコウの台詞がぐるぐると頭の中で回り続ける。
「えぇ?・・・・いくらだったかな、確か・・・・・・・・・・・二万くらい?」
 その返事を聞いた瞬間、ガトーはコウが穿きかけのジーンズのベルトループに手を延ばすと、むりやり上に引っ張り上げていた。









「・・・・いてぇー!!!」
 コウが叫び声をあげる。そうして、ジーンズの方はガトーが無理矢理持っていたので、自分の方に向かって屈み込んでいたガトーの肩に、思わずしがみついた。
「・・・・てか、無理!絶対無理だって!2インチもサイズ違ったら!!」
「穿け!・・・貴様も男だろう、気合いでなんとかなる!!!」
「ならねぇー!十キロくらい痩せないと無理だってばー!!」
「・・・・貴様、二万を捨てる気か!!」
 冗談では無い、何故たかがジーンズ一本がそんな値段になるのだ!ガトーは、珍しく焦っていた。・・・・弁償など出来ないぞ、是が否でも、コウにこのジーンズを穿かせなければ!!
「・・・・やめて、無理だってば!!・・・・ちょっ、え・・・!?」
 なんとかコウの尻あたりまでジーンズを引っ張りあげることに成功したガトーは、後はボタン(50Sは501の原形なのでボタンフライモデル)さえ閉まれば!!と言わんばかりにジーンズの後側に自分の手を突っ込んだのである。
「・・・・嫌だ、いやだってばガトー!・・・・無理だって・・・・うわ、ちょっと待って、本当にやめて・・・っ!」
 ケツさえ納まれば、ジーンズのボタンなど閉まるはずだ!とガトーは思った。コウはときたら、他人にこんな方法でジーンズを穿かされるのがそもそもあるはずのない事態なので気色悪くてしかたがない。
「我慢しろ!」
「いやだあ!ケツに食い込むジーンズは嫌いなんだぁー!!!」
 そうコウが叫んでガトーの頭にしがみつき、ガトーがなお一層強くコウの尻を掴んだ時に・・・・凄まじい、としか言い様のないタイミングで部屋のドアが開いた。
「・・・・・よっ、なんかさー、『ハロ』の調子悪いっていうから見にき・・・・・・・」
 たんだけど・・・・というその続きの言葉は、アムロの口から永遠に出て来そうも無かった。あまりに衝撃的な光景を見たからである。コウは、ドアに背を向けて立っていたので、アムロはそんなコウのジーンズに手をかけて、その中に手を突っ込んでいるガトーとまず目があった。・・・・・ガトーはもちろん、我が人生最大の失敗!という顔をしていたし、アムロはその大きな目を、更に見開いて驚いたのだが、冷静に考えてからこう言った。
「・・・・・えー。本日はお日柄もよろしく・・・俺、京都市内に用事がちょっとあったから出て来たついでだったんだけど・・・・・お邪魔しました。ではごきげんよう。」
 固まったままの二人を残して、アムロは部屋を出てゆく。・・・・と、コウが叫んだ。
「・・・・って、待て−!!助けろー!!友達だろう、アムロー!!」









 そんなコウの叫び声が聞こえたのかなんなのか、ともかくアムロはもう一回入って来た。見ると、携帯をかけている。
「・・・・あ、警察ですか。今、俺、ガトーの部屋なんですが。・・・・あの、あからさまにホモくせぇ人たちがここにいるんですが・・・・これって犯罪じゃないですかー?」
「・・・警察ってなんだ!犯罪とはなんだ!!・・・・・シャアだな!連絡せんでいい!」
 ガトーがそう叫んで、今度はコウのジーンズから手を抜こうとするのだが、いかんせんあまりにタイトなので中々抜けない。コウが、いやだあ、やめろってば・・・!とまた悲鳴を上げた。アムロはにやにや笑いながらその光景を見ている。
『・・・・・はあ、どんな感じにホモくさい?興味深い問題だねぇ。』
「いや、どんな感じってね・・・・こう、ガトーがコウのジーンズ脱がしかけでさ、その中に手を突っ込んで、こうガシッ!!!・・・と。コウのケツを掴んでてさ。うーん。」
「ケツっていうな!」
 今度はガトーが悲鳴を上げた。
「これは、穿かせていたのだ!脱がせていたわけではない!!!」
「・・・だから、穿けないってばぁ・・・・やだもう脱がしてー・・・助けてアムロー・・・・」
 コウが泣きそうになりながらそう言う。
『・・・・そりゃ、ホモくさいな!おお、問題なくらいホモくさいね!』
「だっろー・・・俺らも常日頃こんなに面白おかしいんですかね、いやー、すげーもん見ちゃったよ俺・・・・・・」
 と、そこで遂にコウのジーンズから手を抜くことに成功したガトーが、飛びついてアムロの携帯電話を奪い取った。
「・・・・シャアか。」
『はいはーい。アナタのシャア・アズナブルでーす。』
 シャアは、どこまでも陽気である。そのあまりの陽気さに苛立ちながら、それでもガトーは状況を判断してこう言った。
「・・・・いいか。今何処だ?・・・・アムロの家?よし。では、そこに貴様のズボンがあるな。なんでもいい。そのズボンを一本持って、今すぐここへ来い!!」
『えー。なんでだい、まず理由を聞かせてくれたま・・・』
「理由なぞ来たらいくらでも話してやる!さっさと来い!」
 そうして、叩き切る、という勢いでそれを切る。一方コウはといったら、アムロの助けを借りて、やっとの思いでその小さすぎるジーンズを脱いだところだった・・・・あまりにきつかったのでトランクスが半分脱げかけた。たいへんたいへん、とアムロが急いで葉っぱを探す。いや、葉っぱなんぞガトーの家には無かったが。
「・・・・あぁー。死ぬかと思った。それより、アムロ、ジーンズ何インチだっけ?」
 トランクスを引っぱり上げながら、床にしりもちをついたままでコウがそう言う。なので、アムロは答えた。
「えー、俺?そうだなあ・・・・28インチか29インチかな。なんでだよ?」
「良かった・・・これやる・・・・ほら、ガトー、これで無駄になんないから・・・俺弁償してとか言わないから・・・御飯食べさせて・・・・」
 その、疲れ果てたコウの台詞を聞くに至って、ついにガトーは反省した。・・・・ああ、無知から来たこととは言え、なんという無茶をやってしまったのだろう!・・・・尻を掴むとか!!
「・・・・分かった、では夕飯の続きにしよう・・・・・」
 自分も、ぐったりと疲れ果てていた。・・・・・もうたくさん、である。その時、アムロは初めて机の上の食べかけの夕食に気付いたらしく、おまけにビンテージのジーンズを一本貰ってしまって、さすがに俺ラッキー?!・・・・という気分になって来たのであった。・・・・凄いもの見たしね!










 そこで、三人は遅ればせながら、シャアがズボンを一本持って到着するまで、楽しく夕食を食べることにしたのだった。・・・・・・・・・・・風がずいぶんと涼やかになった、





 十月の夜のことだった。・・・・とりあえずガトーは、二度とコウのジーンズは洗うまい、と思った。
















2002/03/28










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