文責:遠野真理さん
『バラ色の日々』、誰か書いてと言い続けた三月を、本当にどうもありがとうございます編(笑)。
桜が咲き始めるこの季節は、本当はあまり好きじゃない。
何だかひどく哀しくなる。
3月も終わりに近付いたある日の朝。
昨夜から出かけていたシャアから携帯が鳴った。
半分寝たまま電話に出ると相手は口を開くなり、
『アムロ、今日はヒマか?』
と聞いてきた。
……ヒマも何も、昨日まで顔合わせてたんですけど。
大学が春休みに突入してもう一ヶ月経つ。最初の内は飲み会だバイトだと浮かれていた学生たちも、いい加減時間を持て余してくるところだ。
その上ガトーとコウが帰省してしまい、ただでさえ交友関係の狭いアムロは友達と遊び歩く機会がますます減ってしまった。
……まあ、“恋人”は何故か帰省もせずにこちらに残っているから、いいのだけれど。
日本の大学の長い長い春休みの間、シャアは普段にも増してアムロの家に入り浸っている。
爛れている、とガトー辺りが顔を顰めそうだが、そこはそれ。相変わらずそういうことに関してはマメなシャアが女の所にちょくちょく出かけるので、
上手くバランスが取れている……ような気がする。
そうして昨日は女の所に泊まったらしい“恋人”からのモーニングコール。何だかな、と思いながらアムロは机の上に置いてあるカレンダーに目をやった。
……ああ、そうだった。
「わりい。今日は無理」
電話の向こうの声が微かに不機嫌になる。
『……珍しいな。いつも部屋でゴロゴロしてるだけなのに』
「俺にだって用事くらいあるさ。んじゃあな」
『おい、アムロ……』
構わず電話を切る。別にこちらも不機嫌になったわけではないけれど。
シャアからの電話があって助かった。危なく忘れるところだった。
今日は、卒業式なのだ。
桜の花が咲き始めているのを見ると。
何だかひどく切なくなる。
工学部の卒業式会場である講堂前は、先輩たちを見送ろうと集まってきた学生でいっぱいだった。
「アムロ、こっちだ、こっち」
同じ研究室の人間を探してきょろきょろしていたアムロは、先輩のカイに呼び止められてようやく合流することができた。
「おせーぞ、おまえ」
「すいません、カイさん。まだ終わってないですよね?」
「大丈夫よ、アムロくん。まだやってるみたい」
3年生の屋島未来が答えてくれた。他にも何人か集まっている。
「コウは?」
「あいつは帰省中です。俺に代わり頼むって」
「そう、残念ね。リュウさん、コウくん可愛がってたのに」
「あいつも悔しがってましたよ。実家の方で絶対帰って来いって言われたみたいで」
講堂の周りに植えられた桜が、もうかなり開いている。
「しっかしアムロが来るとは思ってなかったよ。おまえ、こういうのニガテなんじゃないの?」
カイがにやにや笑いながら聞いてくる。こういう風に喋るのが癖で、本人は別に悪気があるわけじゃないと、最近ようやくわかった。
「そりゃそうですけど、リュウさんにはお世話になりましたからね。カイさんこそ……」
「ま、俺もリュウさんいなけりゃ無事進級できたかどうかわかりませんからね。卒業式ぐらいはちゃんと……」
そういっていつも手放さないカメラをかかげてみせた。こういうときにはこの人の趣味が役に立つ。
そう言おうと口を開けかけた時、講堂の入り口にわっと人が集まって行くのが見えた。
「ほら、出てきたわよ」
ミライの声と同時に、講堂から次々と卒業生が出て来る。工学部の卒業式なので華やかさにはいまいち欠けるけれど、それでもちらほらと派手な振袖や袴が覗いている。
「リュウさん、どこかしら……」
後輩たちがいっせいに先輩の周りに集まって賑やかになる中、その輪をくぐりぬけるようにして大きな体をしたスーツ姿の人物が現れた。
「リュウさん、こっちですよ!」
大きく手を振ると、リュウもこちらを見ておお、と手を降り返してきた。
「悪いな、皆。わざわざ来てくれたのか?」
満面の笑みを浮かべてリュウがこちらにやって来る。そのあまりにそぐわないスーツ姿に思わず吹き出してしまった。
「ダメですよ、リュウさん。スーツが浮いてる」
「おまえもそう思うか? 何か堅苦しくてなあ……」
ネクタイを緩めながら笑うリュウに、ミライが花束を渡した。
「リュウさん、卒業おめでとう!」
皆でいっせいに拍手。カイがパチパチとシャッターを押している。
「いや、悪いな。こんなにしてもらって……」
リュウは照れてひたすら頭をかいている。
――皆から慕われる先輩とは、こういう人のことを言うんだろうな。
歩生龍はアムロが所属する研究室の先輩だった。取っ付きにくそうな外見とは裏腹に面倒見が良く、人の輪に馴染めない性質のアムロもリュウには散々世話になった。
カイやミライとそれなりに親しく口がきけるようになったのも、リュウが何かと場を取り持ってくれたからかもしれない。
……後は、コウの人懐っこさかな。
そんなことを思い出していると、先ほどまでミライと話していたリュウにぽんと肩を叩かれた。
「アムロも頑張れよ。おまえはどうも人見知りが激しいからな、いまいち心配だ。おまえだってもうすぐ先輩になるんだからな」
「大丈夫ですよ、リュウさん。そんな心配しないでくださいってば」
「そうかあ……? ま、コウが付いてりゃ安心だが。おまえらほんとにいいコンビだよ」
そう言うと、リュウはほんの少し淋しそうな顔をした。
「あいつにも会っときたかったんだがなあ……。もう会えなくなるだろうからな」
……ああ、そうか。
リュウさんとはこれでさよならなんだ。
わかりきったことだけど、突然気付いた。
カイがおどけたように言う。
「たまには遊びに来てくださいよ、リュウさん」
「そうしたいのは山々なんだがな。東京に就職だし、なかなかなあ……」
親しかった人が突然いなくなる、春になると。
……だから嫌いなんだ、この季節は。
春はさよならの季節だから。
何だかひどく淋しくなる。
その後は謝恩会だとかで、リュウは早々に帰って行った。
みんな、元気でなと言い残して。
……あっけないな。
他のみんなはこの後飲みに行くとかいう話だったが、アムロは断って帰ることにした。どうもそういう気分になれなかったので。
帰り道の桜を見ながらぼんやり歩いていると。向こうから背の高い人物が歩いてくるのが見えた。
「……シャア」
アムロを見つけて、シャアが憮然とした顔で近付いてくる。
「どこに行ってたんだ? 暫くアパートの前で待っていたぞ」
「家に入ってればよかったのに」
「鍵を忘れた」
シャアは変わらず怒っているような顔をしていたけれど、アムロの顔を見て少し首を傾げた。
「どうした、アムロ?」
「何が?」
「何だか、泣きそうな顔をしているぞ」
……そうなのだろうか?
「……この季節になると、時々そういう気分にならないか?」
「いや、別に」
「……日本人ならそうなるんだよ、たぶん」
「初めて聞くぞ、そんな話」
そう言って、少し心配そうに瞳を覗き込んでくる。
「何かあったのか?」
「いや、別に……」
そう、別に何かがあったわけじゃないけれど……。
「春はさよならの季節なんだ。だから哀しくなるの」
これまで別れた人を思い出して。
これから別れる人を思い付いて。
「アムロ?」
突然しがみついてきたアムロに、シャアがいささか慌てた声を出す。
「本当にどうしたんだ?」
「……何でもない」
この男にも、いつかさよならを言う日が来るのだろうか?
こんな桜の咲き初める頃に。
「泣かなくてもいいじゃないか」
声を出さずに泣き出したアムロを見て、シャアはほとほと困り果てた顔をして。
ふわりと優しく抱き締めた。
「私にどうしろと言うのだ?」
「……いーから、こうしててよ。俺、今すっげえ泣きたい気持ちなの」
「泣く女は嫌いなんだが」
「俺は男だからいーの」
我ながらムチャクチャ言ってると思いながら、アムロはそのまま泣き続けて。
シャアの高そうなスプリングコートをグシャグシャにしたのだった。
どうしてだろう。この季節は。
何だかひどく泣きたくなる。
そのまま路上でどれくらい立っていたか。
人通りは少なかったが、それでもちらちらと注がれる視線がいい加減辛くなってきた頃。
シャアはそっとアムロの顔を覗き込んで、
「君が何故泣いているのか、私にはいまいちよくわからないが……」
青い瞳を細めて、極上の微笑を見せた。
「さよならなんて、気にするな。少なくとも、私は今、君の傍にいる」
永遠に、なんて約束はできないけれど。
「これからも、君の傍にいるから……それでは、駄目なのか?」
「……」
その笑顔が何だかとても、綺麗だったので。
アムロも思わず笑った。
「あんたって、やっぱ、すげータラシだよな」
「……君を慰めるために言ったんだが」
むっとした風のシャアを見て、もう一回笑うと。
「帰ろう、シャア。俺、今あんたとすげーセックスしたい」
もう一度、思いっきり抱き付いた。
シャアは一瞬目を見開いて、それからやれやれと首を振る。
「それは勿論構わないが……本当に今日はどうしたんだ?」
アムロはにっこり笑って、シャアの腕を取って歩き出した。
「春だから」
「……なるほどね」
それでも、抱き締めてくれるあなたがいるのなら。
この季節も好きになれるかもしれない。
それから桜が散るまで、シャアは女の所には行かなくなった。
理由は誰にもわからない。
2001/04/25
シャアとアムロを、大事に書いていただけた、というのが心象的な作品でした。
遠野さんは、私にとって嬉しいことを思いっきりやってくださる落ち着いた大人の方、という印象があります(笑)。
前のサイトを閉じる時、ぜっっっっっったいリンク外したくないんですが!と言って下さった唯一の方で、
私はその遠野さんのあまりのイキオイに、喜んで泣きました(笑)。
アリガトウゴザイマス。私にとって、シャアムが難しくなっていたこの時期にいただいたこの作品は、本当に心洗われるものでした。
これからも、出来ましたらよろしくおつきあいお願いいたします(笑)。
01/12/25
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