「そういえばさあ・・・・・なんで、俺らって仲良くなったんだっけか?」
その時コウとアムロの二人は、揃って次の授業の為に広い校地内を移動しているところだったのだが、急にコウがそんな事を言い出した。
「・・・・・そりゃあまあ・・・・テツガク的な質問ではあんだけど・・・・なんでまたそれを今ここで?」
ここは、京都にある某私立大学。コウとアムロの二人は、今年の春この大学に入った一年生の学生で、まあ、ごくごく普通の・・・・大学生活を送っていた。少なくとも、この十月の時点では。この後、彼等は二人のフランス人留学生と共につるむことになり、その生活は激変するのだが、それはまだ先の話なのである。
「・・・・・・なんとなく仲良くなったんじゃないのかな。」
「ああうん、なんとなく仲良くなったんだよな。」
そこまで二人は言い合って、だがしかし中庭のまんなかの煉瓦敷の歩道で立ち止まってしまった。・・・・どちらからともなく顔を見合わせる。
「・・・・・・・ええっと。」
つまりだ。お互いに言いたい事は分かる、仲がいいのは全然カマワナイ、それはいいんだけど、多分なにか『きっかけ』があったはずだ、と思い至ったのである。それで、顔を見合わせたまましばらくじっと見つめあってしまった。
「・・・・・なにやってんの、お二人ー。今日も仲いいねぇ、ぜんっぜんタイプ違うのにー。」
折しも、すごいタイミングでそんな二人の横を、同じ学部の甲斐先輩が軽口を叩きつつ通り過ぎて行った。・・・・タイプ違うのに。いや。そう言われればその通りなんだよな。コウは重そうな剣道の防具をその日も背中に背負っていて、カリカリに日焼けしていたし、アムロときたらだらんと下げた手に、その日も吸いさしの煙草を持っていた。・・・いや、全然違うね、俺らほんと。
「・・・・・ま、ともかくだ。『何で仲良くなったのか』は思い出せないにしても、何故かこうして仲がいいのは結論であるからして、うえー・・・」
アムロがちょっと難しい事を言ったせいで舌を噛みそうになり、首をすくめて、そして何かを諦め校舎に向けて歩き出そうとした時、何故か大柄な人物が二人の横をすり抜けながらこう言った。
「・・・・・・覚えて無いのか。」
「へ?」
「えっ・・・・・・」
驚いたのはアムロとコウの二人である。慌てて、通り過ぎて行った人物の後ろ姿を見る・・・・あ、あれは先生だ。・・・講師の、松永先生!!
「・・・・って、ちょっとまって、松永先生!!!」
「松永先生!!??・・・・なんで、先生が俺達が仲良くなった理由知ってんの、えーー!?」
二人が慌ててそう叫ぶと、その工学部講師はちょっと立ち止まる。・・・しかし、後ろは振り向かずに、自分の片手を上げて、手首にはめている腕時計をトントン、と指差してみせた。
「・・・・・う、腕時計?」
「時計・・・・腕時計・・・・・・・・・・・・・・・・って、あああああああ!俺、おれ思い出した!!!思い出したよ、コウ!!」
コウは、まだワケが分からないらしくうんうん唸っている。・・・・そうしている間に、松永の後ろ姿は、歩き回る学生の波の中に、いつの間にやら見えなくなって消えていた。
「時計・・・・・・・とけ、ああああっっ!!!」
今度はコウが叫び声をあげる。・・・そうして、二人は授業に行かなければならないはずなのに、何故か庭の真ん中で少しドツキあって、プロレスの真似事をして喜んでしまった・・・・・ああ、思い出した!!
だからこれは、十月の話なのだが、本当はもっと昔、コウとアムロが大学に入ったばかりの頃の話である。・・・・中庭の真ん中でコウにヘッドロックをかけられながら、だがしかしアムロはやっと、なんでコウが今頃になって急に、『どうして仲良くなったんだっけ?』という話をしだしたのかに気付いた。そうだ。
・・・・・このところ、コウには仲良くなりたくてしかたが無い人物が出来たらしいのである。
『バラ色の日々』ずいぶん前から考えていた、
「コウとアムロはいかにして仲良くなったのか?」っていう話。
「ここ空いてますかぁ?」
確か、最初の最初はそんな一言だったんじゃないかと思う。・・・・時は四月。その、京都に在る某私立大学は、一学年が5000人もいるような大規模な総合大学で、だから入学式も生半可な場所じゃあ出来ないのだが、しかし東京にある大学のように武道館や国際フォーラムを借りるようなこともなく、大学の中で入学式が行われようとしていた。ディビス記念館。普段は、ただの体育館なのだが、無理をすればそこには5000人の新入生、全てが入る事が出来たのである。
「あー、はい。」
確か、そんな事を答えたんじゃ無いかと思う。まあ実際、イスをだらだら並べただけのそのアムロの隣の席は、空いていた。・・・通路沿いで、ちょっともう入学式が始まるギリギリくらいの時間だった。「あーよかった、間に合ったよ!」というようなことを言って、その男は隣に腰掛ける。
「俺、浦木 孝。・・・・名前なんていうの?」
「・・・安室 玲。」
ちょっと鼻の頭を掻いてから、アムロはそれだけ答えた。席は、学部ごとに座るようになっている。ミッション系の大学だったから前の方の神学部から始まり、アムロの座っていた工学部の席は結構後ろの方である。アムロが同じ学部だよなあ・・・と思っていた矢先に、向こうの男が先にそう言った。
「同じ学部だよね、科は?科は何処??」
「機能分子工学・・・・・」
「あー、同じだ、同じ!!!」
男は・・・・さっき、浦木とか言っていたが、ともかく彼はやたら喜んでそう言った。・・・・いや、そんな、喜ばれましても。誰か別の奴に声をかければいいのにな、なんかタイプ違うよな・・・・と、そんな浦木を見ながらアムロは思ったが、良く考えたらその男の向こうの席は無いのである。つまりは、通路だ。
「うーんそうか、ほら、いろんな科があるじゃん、下手するとここで友達になっても二度と会わなかったりするかもしれないじゃん、でも同じ学科なんだ、ラッキー。・・・・んで、何処出身?俺、石川。」
アムロはちょっとうんざりとしながら返事をした。・・・何だろう、この女みたいにおしゃべりな人間は!!!でも、一応答えないと悪いかと思ってこう言った。
「・・・・島根・・・・」
「おお、日本海側じゃん。」
何が嬉しいのか知らないが、またそう言って男は喜んだ。・・・というか、ずっとワクワクしてたまらない様子で入学式が始まるのを待っていた。・・・見ると、彼はずいぶんと高そうなスーツを着ている。なのに、足下はスニーカーなのだった。
「・・・あ、これ??」
その、アムロの視線に気付いたらしく、そのコウという男が言う。
「いや、俺ダメなの、革靴ってはけないんだ・・・スーツもあんまり着たくなかったんだけど、だけど姉さん達がね・・・・あ、俺姉さんが四人もいるんだけど、四人!!!」
「・・・・・・・・」
このままでは、なんだか得体の知れないこの人物に関してやたら詳しくなってしまう!!!・・・と、アムロは思った。かくいうアムロといえば、入学式だというのにスーツも着ていなかった。ここは大学である。高校や中学とはチガウ。だから、入学式にスーツを来てくる義務も無いし、だいたい出たくなければ入学式になんか出なくたっていいのだ。実際、アムロはこんな人間の隣に座らなきゃならなくなるくらいなら入学式になんかでなきゃ良かった、と一瞬思った。
「・・・あー!始まった・・・!」
そんな、アムロの気持ちを知ってか知らずか、ともかくその人物は入学式の間中「うわー」「おー」と感嘆の声を上げ続け・・・・アムロは、二度とこの人物に会わなければいいのに、と思ったのだった。・・・疲れる。なんかすごく疲れそう、この人。
というわけで、コウとアムロの出合いの第一印象は結構悪かった。・・・・アムロの側から、一方的に、だが。
そんなアムロの願いが通じたのかどうかは知らないが・・・・入学式からしばらくの間、つまり、電話帳のように分厚い「授業要項」とにらめっこをしながらの授業登録期間や、サークルの勧誘が必死に行われている期間などの間は、アムロはその人物、つまりコウと会う事は無かった。・・・後で分かったのだが、コウが所属した体育会系剣道部、というか体育会系の部活動そのものが信じられないハードスケジュールを新入生にも課していて、入部直後から鬼のような新入生歓迎会と称する地獄の飲み会や、マジメな合宿までめじろ押しだったらしいのである。ともかく、次にコウとアムロが出会ったのは、通常の授業・・・・それが始まってから、つまり四月も末になってから、だったのであった。
「・・・・あー!あの、覚えてる!!???いや、俺が覚えてる!ほら、あのさ、入学式の時に横になったでしょ、だよね、えっと名前・・・・」
「・・・・・安室 玲。」
「ああ、そうそう、アムロ!アムロナミエと一緒!」
この私立大学には、いわゆる国立の大学のような・・・一般教養、という授業は無い。ある程度、早いうちに取らなければならない『必修科目』はあったが、それも最大限学生の自由選択に任されていた。つまり、大教室で受ける大人数の授業が少ないということだ。
「・・・・・いや、その呼ばれ方はちょっと・・・・・」
「また会えたね、なあ授業何取った???基礎工学概説取った?明日だよな?」
にも関わらず、知真館一号館の大教室での初めての授業と言うその日・・・アムロは、またあのうるさい男に会ってしまった。えーっと。・・・名前は確か、
「あ、俺はコウね、コウ。・・・覚えてる?」
「・・・うん。」
「そりゃよかった!!それでさ、明日の授業なんだけどー・・・・」
なんでこの広い教室に入って来た瞬間に、コウに見つかってしまったのかは知らないが、ともかくコウは楽しそうにべらべらと話し続け、そうして周りにいた友達も何人か紹介され、ちなみにアムロはひとりだったのだが、気が付いたら明日の授業の前に学食で昼御飯を食べる・・・・・・・という話に、いつの間にやらなっていた。・・・・何故だ。
「・・・・・・・」
授業が始まり、コウがアムロに声をかける前から一緒にいた友達の取った席の方へ歩いて言ってしまってから、なんとなくアムロは溜め息をつかずには居られなくなってしまった。
「・・・・・・今日から、みなさんの『近代工学の基礎』の授業を受け持つ講師の松永 真です。マツナガ・シンとはこう書きます。」
先生がやって来て、授業が始まる。・・・・思えば、くしくもこの授業は講師の松永先生のものだったのだが、そんな自己紹介の言葉もほとんど入って来ずにアムロは考え続けた。
大学なんてのは、たくさんの人間がいて、サークルが同じでもなければ、同じ学部の人間とだって一言も口を利かずに四年間過ごしてしまう事だってあるような場所に思う。実際、40人ほどしか居なかった高校の教室とは広さから違うし、それに友達だって・・・・・友達だって、まあなんとなく勝手に出来るもんだろう。なんか、こう、わざわざ作るほどのモンでもないような。コウと今日話をする前に、何度か同じ教室で会って、それで仲良くなった友達が、アムロにもまあいた。・・・・だから、そういうモンだろうに。
なんで、あの人あんな『一生懸命』なんだろ。
・・・・・それが、アムロのコウに対する二回目の印象だった。
それからしばらくの間は・・・・特に何ごとも無かった。つまり、時々同じ教室での授業があるから、時々会って話はするものの、別にそれほど親しくは二人はならなかったのである。アムロは、昼食に誘われれば一緒にいったし、時々教室移動の道すがらを共に歩く事もあったが、コウにはいつも大量に他の友人、というものがいたし、コウはアムロを見かければ声をかけては来たが、それはなんというか反射神経・・・のようなものだのだろうなと、アムロは気付いた。コウは、実に何にでも首を突っ込みたがってちょっと天然ボケのところがあって、人懐っこい。・・・・・これが、数週間の間コウを観察し続けてアムロの出した彼の人物像であった。
「・・・・・・お。」
「や。」
そんなある日、中庭に面した構内の通路の一角でアムロはコウに偶然出会った・・・・コウは何故か、腕時計をはめようとしているところであった。
「・・・・・なんで今頃時計はめてんの。昼過ぎだよ?」
「いやー、よくぞ聞いてくれました!俺ね、今日寝坊して・・・・」
つまり、寝坊して剣道部の朝練に遅刻しそうだったコウは、とりあえず服だけ着て持ち物は全部カバンのなかに突っ込み・・・・そうして、家を飛び出して来たらしい。その中に、はめようと思って突っ込んだ時計もあったことを、自分は今のいままで忘れていた。だから、いまはめている・・・・・と、まあコウの話はだいたいそんな内容であった。
「はあ、高そうな時計だね・・・・・」
「・・・いや、これ高かったかな・・・覚えてナイや、くっそ、歩きながらだとうまくはめられねぇ・・・・」
二人は、そんな事を言いながら次の授業がたまたま一緒であったので教室に向けて歩き始めた。
「・・・うーんと、これは確かハミルトンの軍用時計で・・・・・・」
「・・・・・何、それ。何処の誰、」
と、その時である。カツーン・・・・と、小気味の良い音が響いて、通路の床にコウがはめ損ねたその時計が落ちた。・・・・・更に次の瞬間、クシャッ、という変な音が響いた。
「・・・・・・・・・・・え。」
「・・・・・・・・・・・え?」
思わずコウとアムロの二人は同時にそんな声を上げた。・・・・・・まさに。まさに、コウがおっことしたその時計の上に、隣を歩いていたアムロが足をのせてしまったのである!!!・・・・・・平たく言うとふんずけたのであった。更に言うと、その時計はその衝撃でどういう加減か潰れたのであった。
「う、」
「うぇぇぇええええええええ!?」
コウとアムロは一緒に、通路にしゃがみ込んだ。・・・・・ああ、なんてことだ!!!そのコウの時計は、見事なまでの内臓破裂を起こしていた・・・・何故だ!!!アムロは思った。高そうな時計だったのに、何故俺が乗ったくらいで壊れる、お前は!!!
「ああ・・・ああ・・・なんてことだ・・・!!」
「・・・・・・内臓破裂しちゃった・・・・」
コウが、アムロが頭の中で考えていたのとまったく同じ台詞を呟きながらそのハミルトンだかカールトンだかの時計に手を恐る恐る延ばそうとするので、思わずアムロは自分の腕時計を外した。・・・いや、クォーツで、デジタルじゃないくらいしか多分共通点は無いんだが。とにかく、べ・・・弁償しないと!
「こ・・・・これ、なんだっけ?カールトン?」
「いや、それ煙草。ハミルトン。」
「そう、なんかこれ・・・た、高いんだろ?」
そんな風に、まるで落としたコンタクトを拾おうかという勢いで通路のど真ん中にへたりこんだ二人の新入生を訝し気に見つめながら、周りを学生達が通りすぎてゆく。
「いや・・・高いってほどでも・・・・確か三万くらい・・・・・」
「たけぇよ!!!」
思わずアムロは自分の腕時計を無理矢理コウに握らせた。いや、それの弁償は俺、無理。だからこれで勘弁して!高校かなんかの入学式の時にオヤジに買ってもらった年代モノだけど!!!
「な、なに?」
すると、今度はコウが驚いた顔をした。
「いや・・・頼む、ふんずけて悪かった・・・これで見のがして!」
「み、見のがす?・・・てか、落とした俺も悪いし・・・・・ああ、俺のハミルトン。大事にしてやれなくてゴメン。つーか軍用のくせに容易く壊れるなよ、おい・・・・」
そう言って、コウはアムロの差し出したその時計を押し返すと、ネジやらなんやらの飛び出てしまったその自分の時計に手を延ばそうとする。・・・その顔は、本当にその『機械』が・・・・愛すべき、自分の時計だったものが壊れてしまっているのを嘆き悲しんでいる顔に思えた。・・・・・・・何故かはワカラナイ。その瞬間、アムロは急に、コウに今までにないくらいの親近感を覚えた。
「・・・・・おい、なあ。」
「何。」
コウは、いつもの元気は何処へやら、その時計の残骸を救い上げてシクシク泣き出しそうな勢いであった。
「・・・・これな、ちょっと壊れたかもしれないけど、この、俺の時計の分の部品も使ってさ、多分ネジ式の時計なんてみんな似たようなもんだろ、直せないかな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・そうなのか?これ、直るか?」
「直る!!!・・・・・多分直る!!!!うんっっっっっっっと小さいドライバーとかあれば!!!」
「そうか?」
「直る!」
すると、コウは少し元気を取り戻したようだった。
「・・・・・・そっか!そうだよな、直るよな!!!よし、直そう!!!」
そう言って二人は転がりまくった小さなネジを拾い集めて・・・・立ち上がったまでは良かったのだが、そこで立ち止まった。・・・・だがしかし、どこにそんな時計を直すような細かい工具があるというのだろう!!!
「・・・・・・・あっ、あの人先生だ、確か!!!工学部の先生なんだから、なんか持ってる、きっと!」
「そうだ、先生だ!!!聞いてみよう、マーツーナーガーセーンーセー!!!!!!」
二人が立ち上がった直後に、運悪く・・・・そうだ、運悪くその通路を通りかかったのが・・・・講師の松永だったのだった。
「・・・・・細かい工具は確かに持っている。授業にはあまり関係ないがな。趣味でオルゴールを作っているからだ。しかし、時計を直すと言うのは生半可な作業では・・・・・」
しかし、松永の研究室に転がり込んだ二人は、まったくそんな台詞を聞いてはいなかった。研究室といっても、正式な教授や助教授じゃない、講師が仮に与えられている部屋だから、そこは格段に狭い。しかし、その部屋にコウとアムロの二人は転がり込み、拾って来た時計の残骸を広げると、一言も口をきかずに修理に取りかかったのだった。
「・・・・・・おい・・・・・・」
松永はまだ何かを言おうとしたが、二人ともまったく目の前の時計に集中してしまっている。・・・・まず、無事で、ほぼ大きさも同じアムロの腕時計の裏蓋を外す。そして、それと壊れたコウの腕時計を見比べ・・・・・飛んでしまっているネジやら歯車やら、そういうものをどれだけ移植できるのか、とまあそういう作業に集中していたわけだった。
「だから、お前ら・・・・・・」
次の時間、授業は無かったのか?と松永は聞きかけたのだが、しかしどうせこの二人は聞かないだろう。・・・・と、直感的に分かったので聞くのは止めた。・・・・・機械が好きな目だ。・・・・二人共が。そうして、今わくわくしながら、小さな機械と取っ組み合っているところだ。そんなところを、止められる工学部の講師が、この世のどこにいるものか。
気が付いたら、とっぷり日も暮れきって、五月の爽やかな夜になっていた。・・・・・目にしていた雑誌を降ろし、窓の外を見て、それから相変わらず机を挟んで黙りこくっている二人の学生を見た時、ああ、こりゃ徹夜だな・・・・と、松永は思った。全く、誰が声をかけても反応しないくらい、その二人は作業に集中している。しかたがない。・・・・研究室に責任者無しに、学生だけが徹夜することは大学の規則で許されてはいない。松永は、二人の為に遅延許可証を取る為、教務課事務室へ向かった。・・・・その、松永が出てゆく物音にも気付かないほど、二人の学生は『時計を直す』作業に集中していた。
まったく、多分今地震がおきても、この二人はここを動かないだろう。・・・・真夜中に、急に鳴った電話に仮眠していたソファから飛び起きた松永は、まだ微動だにしないで机に向かっている二人をみてそう思った。・・・・小さな机の脇の電球だけが、研究室よろしく煌々と辺を照らしている。どこから探し出したのやら、本来はオルゴール用のものであるオイルの匂いが、プンと鼻をついた。電話は、マツナガのちょっとした友人の、そして今は時差のある場所に住んでいる人間からのもので、その人間の飲んだくれた愚痴に、松永はさんざん『だから愛してる』だの『それは誤解だ!』などと英語で呟かないといけない羽目に陥ったのだが、それすらも今のコウとアムロの二人の耳には入らないようであった。
「・・・・・・・やった・・・・・・・・・」
「出来たぁ!」
嬉しそうな二人の叫び声が上がったのは、次の日の太陽が登りはじめる頃だった。
「ああああ!!!良かった、動いてるよ、時計!!!」
「ああもう、動いてんなあ!!」
徹夜明けの妙なハイテンションのせいもあったのだろう。・・・・ともかく、眠い目をこする松永の目の前で、その二人の学生は時計を間にひっしと抱き合い・・・・そして、うわあああああ!と叫んで大喜びし始める。いや、もう二人は踊っていた。
「・・・・・分かった。時計が直ったのも、直って嬉しいのも分かったから・・・一限まで寝させてくれ・・・・」
松永がそう言って毛布をかぶり直してやっと、その二人は自分が何処にいたのか思い出したようだった。
「・・・・ああ!!」
「ああ、松永先生、工具を貸して下さってありがとうございましたあ!」
・・・・・・場所と睡眠時間もだ。松永はそう思ったが、もうルンルンと、その二人の学生は研究室のドアを開け外へ出てゆく。その、扉の締まる音を聞きながら、松永は確か二人とも自分の授業を取っていたよな、これで碌な頭の中身じゃ無かったら容赦無く単位を落とすぞ・・・と思った。・・・・そして、一限の授業までの間、わずかな睡眠を取ることにしたのだった。
コウとアムロが出て来た、五月の夜明けの大学構内は面白いくらい静まり返って、そして綺麗な空気が流れていた。
「・・・・・ようし・・・・動くようになったから・・・・」
出来上がったばかりの、その『外見はハミルトンで中身はほぼセイコーシチズン製』という1つになってしまった2つの時計を、コウは神妙な面持ちでアムロの手首に巻いた。
「・・・・・はい!」
「・・・・・俺がもらっていいの?・・・・これ、もともとコウのだ。」
「や、いーよ。俺、他にもたくさん持ってるから。」
うーん、なるほど、そんなもんか、とアムロは思う。確かに、コウという男は時計なんか高いのをうじゃうじゃ持っていそうだ・・・というのはなんとなく分かった。
「・・・・・んじゃ、もらうかな。」
「・・・・・うん、もらっとけ。」
・・・・そうだな。アムロは思った。大学生になったら、なんとなく、勝手に。・・・・勝手に友達なんてできるもんじゃあないかと思ってた。・・・でも、
そうじゃなくて、『なにがなんでも友達をやってみたくなった面白い男』が、
今目の前にいる。
そうして、二人は誰も居ない大学の中庭で、ちょっと見つめ合い・・・それから吹き出して大声で笑った。
「・・・・・・・ってことが、あったよな、確か!!??」
「あった!・・・・・・・・ん、がぁぁあああ!なんで忘れてたかな、俺!」
「俺も忘れてましたぁー!!!」
・・・・それから五ヶ月。相変わらず、あの五月と変わらず爽やかな風が、ただ秋の風が吹き抜ける大学の構内で、二人はまだプロレスごっこをしていた。していた・・・が、急にその話の続きを二人共が思い出す。そうして、パッとお互いの身体から離れた。
「まてよ・・・・あの日は結局・・・・すげえ朝早くに大学の構内にいることが分かったから・・・・」
「アムロは一限の授業まで・・・・」
「コウは剣道部の朝練まで寝ていよう、っていって、中庭の木の下で横になって・・・・」
「夜まで寝ちゃったんだよ!!!」
そうコウが叫んで、二人は自分達が教室移動の途中だった事を思い出したらしい。慌てて、二人ともが歩き出す・・・いや、歩くんじゃ間に合わないかもしれない!!・・・・・・走らなきゃ!!!
「・・・・・そういえばさー!!」
「あー!?」
二人が全力疾走で走り出した瞬間にコウがそういうので、アムロは怒鳴った。・・・・ああっ、走るか話すかどっちかにしてくれ!!
「・・・・あのさあ、人の時計ふんずけたら、誰とでも仲良くなれるのかなあ!!・・・・俺、ガトーの時計ふんずけようかなあ!!」
「あああー!?」
・・・・そうだ、そんな名前。コウが、今日、『どうして俺達は仲良くなったか?』なんて話をしだした理由だ。アムロには、なんとなく分かっていた。九月の末、大学の後期授業が始まってから、コウは微妙に調子がオカシイ。・・・・そうだ。
「・・・やってみれば!!」
「うあー!?」
知真一号館の入口の階段をダッシュで駆け降りながら、アムロの言った台詞がコウには聞こえなかった。
「・・・だっから、そいつの時計、踏んづけてみればあ!?」
「・・・・・それ、やってもいいけど、俺多分殺されるー!」
・・・・・このところ、コウには仲良くなりたくてしかたが無い人物が出来たらしいのである。・・・そうだ、ガトーとかいう。よく名前を聞くようになった。おいしそうな名前の奴だった。・・・・ともかく。
コウがアムロをガトーに紹介し、アムロが思わずその大きな身体のおなかにペタっと触ってしまうのは・・・・そうして、その留学生会館の同居人であるシャア・アズナブルと神妙な仲になってしまうのは、まだ少し先のことである。
「・・・・うっしゃ、」
「間に合ったぁ!」
「・・・・・・・遅刻だ。」
ともかく、アムロとコウが教室に駆け込んで、そうして松永先生にそう宣告されたその時も、アムロの腕で。
2つが1つになった時計はその二人の『親友』の刻を一緒に刻み続けていた。・・・・・これからも多分ずっと。
2001/09/20
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