文責:桃野杏さん
『バラ色の日々』、あなたの大事なものはなあに(笑)?編。
非科学的な事を、全く信用していなかった訳じゃない。
アムロはその日、珍しく自然に目を覚ました。普段は起こされても布団になつき、ぱっちりと覚醒することはほとんどない。
なのに、この日は違っていた。こんなの、年にニ、三回あるかないかだ。数度瞬きすると、目が朝の明るさに慣れてくる。
視線の先では、上半身裸のシャアがぼんやりとタバコをふかしていた。
そして、さらにその視線の先には……シャアお気に入りのワイドショー。
「目覚ましテレビ」ではないが……どうやら「特ダネ!」らしい。
ああ。やっぱり変だよ、この人……。
アムロは思う。こんな熱心に朝も早くからワイドショーを見るフランス人。
そうか、だから余計なことまで一杯知ってるんだな。
「―――珍しいな、君がこんな時間に起きるなんて」
ぎゅ、とタバコを灰皿に押し付けたシャアが、ちらりとこっちを見た。
「……なんとなく」
そう、なんとなく、だ。別に夢見が悪かったわけでも、テレビがうるさかったからでもない。
なんとなく、目が覚めた―――ただ、それだけ。
「……アムロ。君、何型だっけ?」
不意にシャアが尋ねてきた。え?と思ってテレビを見ると「血液型選手権」なるものが流れていた。
「……ABだけど……。占いなんてアテにならないよ」
「まぁ、そう言うな……と、AB型は今日は最悪だそうだぞ」
“AB型のあなた。今日は健康運が悪そう。カレーを食べて頑張って!”
「……何、コレ。カレー食べたくらいで健康になれるなら世の中のAB型の全員が健康だよ」
アムロはやや不機嫌そうに言うと、シャワーを浴びるためにベッドを降りた。シャアの血液型(B)は、どうやら今日の一位だったらしく、上機嫌だ。彼とて、こういうものは余り信用していないが、良い結果の時だけは素直に認めるタチである。
その辺は、アムロよりも柔らかい。
「シャア、おなか空いた。ごはん、作って」
「……今、テレビ見てるんだが……」
「オレ、十分でフロあがるから」
問答無用……というオーラを纏ったアムロがバスルームに消える。
シャアはしばらくぼんやりしていたが、自分も空腹であることに気づいて重い腰をあげた。
物を食べている時のアムロの顔は好きだ。
特に、それが自分の作ったものの時は、尚更。
「……ひょっとして私はものすごく『イイ奴』じゃないか……?」
アムロに聞かれたら、バカじゃない? と突っ込まれそうなことをシャアは一人ごちていた。
「おはよー…って、あれー? アムロ、顔色悪いぞ? 大丈夫か?」
シャアとアパートを出て学校に着くまでの間に、アムロは腹痛を覚え始めた。また台所にあったよく分からないもので作ったせいかとも思ったが、同じものを食べたはずのシャアはケロリとしている。
それに最近ではたまに二人で買い物をするようになったので、腐ったものを食べた可能性は低い。
アムロの微妙に歪んだ顔を見て、コウも心配そうに身をかがめた。
「珍しいな、アムロがハライタなんて。痛いの、痛いの、飛んでけー」
歌わないまでも、そう言いながらコウはアムロの腹部をさすった。
「……何をしている」
ガトーの声には、人々の行き交う中庭で……と言外に含まれている。
「ケガとか病気とかするとさ、大人がよくこうしてくれたんだけど……。ガトーはしてもらったことない?」
「…………」
小さな頃から余りケガや病気もしなかったガトーは、つと言葉に詰まった。母や自分の周りの大人たちは優しかったが。
「占いが当ったな、アムロ」
それまで黙っていたシャアが、さりげなくコウの手をどかしてアムロの腰をポンと叩く。
「占い?」
「あんなの、関係ない!」
コウは興味津々といった目でシャアを見た。
「……今朝のテレビの占いでね。アムロの今日の健康運は最悪とあったんだ。カレーを食べれば治る、だっけ?」
「だーかーらー! そんなのカンケイない……っ!!」
また、差込が走ったらしい。アムロは無言で項垂れる。
「とりあえず教室行って座った方がいいよ、アムロ。寝冷えでもしたんだろ」
そりゃあ裸で寝てたけど…とアムロとシャアは同時に思った。
二人の関係を知っているガトーだけは、何となく苦い顔をしていた。
「で? ホントにカレーを食べたら治ったって?」
シャアとアムロは行きつけのスーパーに立ち寄り、めいめい食べたい物をカゴに放り込んでいた。キャスターを押しているのはアムロである。
「そう。コウがカレー食ってみろってしつこいから、学食の食べたんだけど。そうしたらホントに治った」
シャアは相変わらず女と昼食を摂っていたため、その場面は見ていない。
「……腹痛に刺激物がいいとは思えないけどねぇ……」
「そりゃそうだろ。だからさ、きっと寝冷えして腹痛くなって、カレー食ったら体の中から暖まって治った。きっとそう」
アムロはあくまで占いを否定しているようだ。シャアもまさかそこまで当るとは思っていなかったから、感心だけはする。
たまには、占いが当ることもあるのだな、と。
「シャア……アイス、買っていい?」
「……またハライタ起こすぞ」
「あれは寝冷え! えっとー……やっぱりチョコかな。フォションのダージリンでもいいけど……シャアは何にする?」
「ハーゲンダッツの、いちご」
「……ストロベリー?」
「いちご」
「いちご?」
いちご、と言いながらシャアは頷いた。
………ヘン。やっぱり、この人絶対、ヘン!!
「……じゃあ、グリーンティは?」
「抹茶」
「バニラは?」
「……牛乳?」
「それじゃ“ミルク”だよ。えーと、チョコレート」
「………それは……そのままだ」
その後もアイスの名前を外来語で言う日本人と、日本語で言う外国人は周囲の主婦の視線を集め続けた。
「そういえば」
食後のアイスを食べながらテレビを見ていた二人だったが、不意にアムロが口を開いた。
「今日の昼間、コウが『ちょっと用事思い出した』って言って教室を飛び出してさ」
「うん」
「十分くらいして息切らしながら戻ってきて……手には本屋の袋があった」
「ほぉ」
「で、オレは言った。『何買ってきたんだ?』」
アムロはシャアを見ず、硬いアイスの表面をスプーンで突きながら話す。
「そうしたらコウの奴、『じゃーん!』とか言いながら包みを開けたんだけど、それが『セブンティーン増刊号・ドキドキ占い・心理テスト』って本で」
「…………」
シャアは絶句して、スプーンの上のいちごアイスを落としかけた。
「俺が『げ! これ、女の子向けの本じゃん! よく買ってこれたな!』って言ったら、『だって占いの本、これしかなかったんだ』だって」
ようやく溶け始めたアイスをアムロは嬉しそうに口へ運ぶ。ちなみに、アムロは結局ハーゲンダッツのモカを食べていた。…チョコも紅茶アイスも売り切れていたのだ。
「……何と言うか……コウ君をある意味尊敬する時があるよ、私は……うん」
「本題はこっからなんだけど」
ようやく顔を上げたアムロにシャアは首を傾げる。
「いいか?よーく聞けよ? 太郎さんと花子さんは恋人同士です。でも太郎さんの両親が交際に反対したため、門番は二人を逢わせてくれません。そこへ陽子さんがやってきて、太郎さんに『私とHしたら花子さんに逢わせてあげる』と言いました。友達の二郎さんは『そんなコトしたら絶対にダメだ!』と怒りましたが、ど〜しても花子さんに会いたい太郎さんはとうとう陽子さんとHしてしまいました。花子さんはそのことを知っています。あなたの許せる順に、太郎さん、花子さん、陽子さん、二郎さん、門番を並べ替えてください」
「…………」
キョトン、としていたシャアはちょっとの間考えて、
「陽子さん、二郎さん、花子さん、門番、太郎さん」
「……因みに、理由聞いてもいい?」
「陽子さんは太郎さんに惚れてると仮定すると、こんな時にしか抱いてと言えないのは何ともいじらしいじゃないか。二郎さんは倫理的に正しい事を言ってるしな。花子さんは…まぁ、言うなれば被害者で何も悪くない。門番はそれが仕事だから百歩譲っても、一番情けないのはやはり太郎さんだろう」
「ふーん……」
アムロはアイスをもぐもぐしながら一人で納得したように頷いている。
「その本に載っていた心理テストとやらか?」
「まぁね。これで、その人の大事なものが分かるんだって。シャアの場合、大事なものから順にセックス、友達、恋人、仕事、モラル」
「………」
「何となく当ってるね?」
特に一番大事な部分が、と付け加えられて、シャアはそうかもしれない…とコッソリ思った。
「君もやってみたのか?」
「うん。俺は恋人、友達、仕事、モラル、セックス。でも、こんなのアテに……」
なんないよ、と続けようとした時、シャアのスプーンが伸びてきて、モカアイスの最後の一口を取られてしまった。
「……何すんだよ」
おかえしにシャアのいちごアイスを取ってやろうと思ったが、既にカップは空になっている。
睨もうと顔を上げたアムロの顎を取ると、シャアはいきなり口付けてきた。
「う……」
触れた唇が冷たい。
忍び込んできた舌は、コーヒーの味がした。
「……あまい……」
「そりゃあね」
騒々しいテレビをリモコンで消す。部屋の中は途端にシン、と静まり返った。
もう一度、今度はゆっくりキスをして、シャアはアムロを抱きしめる。
そのまま押し倒すと、アムロが呆れたように溜息ついた。
「さすが、セックスが一番大事なだけのことはあるな」
「君の大事なものは“恋人”だろう? だったら私を大事にしたまえ」
「わー! だから、占いなんて信じてないってば!!」
「占いじゃなくて心理テスト。いいじゃないか、どちらにせよ互いに一番大事なものなんだから」
「〜〜〜〜っ……」
もう好きにして。抵抗する元気なんて、残ってない。
相も変わらずガトーのところで夕食にありついていたコウは、昼間買ってきた本を読みながら食事をしようとして思い切り怒られた。
しかも、本が本である。ガトーは頭を抱えたくなった。
「大体、本当にそんな物が当ると思っているのか? 貴様は」
「うん? んー……そーだなぁ…。当ると思ってると、結構当るもんだよ?」
それは自己暗示という奴ではないだろうか……。
「あ、そうだ」
口の中のものを飲み込んでから、コウはガトーに尋ねようと思っていたコトを思い出した。
「今日アムロともやったんだけど」
と前置きしてから、アムロがシャアに問うたのと全く同じ質問をした。
―――つまり、太郎さんと花子さんの心理テストである。
「…………」
「俺はねぇ、二郎さん、花子さん、門番、太郎さん、陽子さんの順だった」
「…………」
好奇心一杯、期待一杯という瞳で、コウは身を乗り出さんばかりの勢いで聞いてくる。
答えなければこの場から解放されないと踏んだガトーは、しぶしぶ口を開いた。
「二郎さんと門番が同列、太郎さんと花子さんも同列、最後に陽子さん、だ」
「……えっと。一番目が二郎さんと門番で、二番目が太郎さんと花子さんで、三番目が陽子さん、ってコト?」
「そうだ」
コウは、むー…としばらく考えてから、
「五個、別々にできない?」
「……難しいな。一番目と二番目は甲乙つけ難い」
「そっか…。うん、でもまぁ、ガトーらしいかもな」
「一体なんだと言うんだ」
食後のお茶をいれながら、今度はガトーが尋ねた。
「その人の大事なものが分かる心理テスト。あの本に載ってたんだけどさ。えーとね、ガトーの場合だと一番大事なものが友達と仕事。次が恋人とモラル。最後にセックス」
―――なんだ、それは。
呆れるガトーとは裏腹に、コウは何だかやたらと嬉しくなってきた。
ガトーの大事なものは、友達……と、仕事。
その“友達”にはアムロもシャアも、それから自分も含まれているはず。
「下らん」
ああ、ガトー。それ、照れ隠しに聞こえるよ?
「何で? 当ってるじゃん! やっぱりこの本買って正解だって! よーし、次はラーメン占いな! それからケーキ占いと飲み物占いと、スパゲティ占いと、かき氷占いと……」
嬉々としてページをめくるコウは本当に嬉しそうだ。
微妙にささくれ立っていたガトーの心も、その顔を見ていたら妙に落ち着いてしまった。
ともすれば、コウに釣られて口元を緩めてしまいそうだったので、少し冷めたお茶を飲み干して渋い顔を作る。
「いい加減、食い物から離れろ」
コウは、まだ食べ物関係の占いを列挙していた。
私が中学生の時に流行った心理テストの一つです。 太郎さん→モラル、花子さん→恋人、次郎さん→友達、陽子さん→セックス、門番→仕事なんですが…。 皆さんは如何です? 私は、友達、恋人、仕事、モラル、セックスの順でした。コウと一緒(笑)。
2000/10/17
桃さんと、その相棒のあすかさんは、本当に「ばらいろ」が好きでいてくださるらしくて・・・
この話も、記念作ですね。樹さん以外で、初めてばらいろを書いてくださったのが 桃さんです(笑)。
桃さん、本当にありがとうございます。頂いた時びっくりして、だけどとっても嬉しかったです。
2001/12/25
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