その大学・・・・・つまり京都にある某私立大学は、結構な規模の総合大学だったので学食が幾つか存在した。
「・・・・毎日『竜田丼』食ってよく飽きないね。」
「・・・・そういう君こそ、毎日『たぬきうどん』でよく飽きないな。」
「だってこれがいちばん安いんだし。・・・・俺、金ねーし、関西人はやっぱうどんだろ、うどん。」
 その中の1つ・・・つまり、中庭にいちばん近い、名前だけは『カフェテリア』などと小洒落た事になっているが、つまりはただの学食で、たった今二人の学生がテーブルにつこうとしているところだった。お昼の、いちばんピークの混み合う時間は過ぎて、三限が始まる時間帯である。
「関西人だと??島根出身が何を言うかなあ・・・」
「うるせぇよ、フランス出身。」
 威勢よくつむじを巻いたくせっ毛の男と、やけに目立つ派手な金髪の男である。ともかくその二人は、そう言いながら席についた・・・・そして、思いきり食事を掻き込みはじめたその瞬間、後ろから二人に声をかける者がいる。
「・・・・・私もいいか。」
 思わず、くせっ毛の男がむせかけた・・・・・いや、声をかけてきた人物は知っている。知っている声の、知っている人物だった。・・・だがしかし、『その人物が1人でいる時』に、自分達に声をかけるのが珍しかったのだ。
「ああ、もう・・・・うん・・・・」
「何ごとだ、アナベル・ガトー君。・・・・君1人か?」
「1人では悪いか。」
 そう言って、さっさとアムロとシャアの向いの席についたガトーを、二人はちょっと呆れて見つめる・・・・・本当に1人だ。いや、これは珍しい。・・・・・っていうか、奇跡に等しい!!??
「なんでコウ君が一緒じゃ無いんだ?」
「コウとセットで無いと貴様らに声をかけてはいかんのか。」
 ガトーの言う事ももっともである・・・・そこで、シャアはそれ以上追求する事をやめた。アナベル・ガトーというのは、シャアと同じフランス人留学生で、シャアとアムロの共通の友人でもある。・・・・が、こんな風に、学食で知り合いを見つけたからと言って、わざわざ声をかけてくるような男では『通常』無いのであった。そもそも、シャアとアムロの二人とガトーの間には、コウという日本人学生が微妙に存在する。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・で、いやあの、今日はイイ天気ですね。」
 アムロが窓の外も見ずにとりあえずそう言ってみると、コーヒーのカップだけを持って雑誌に目をやっていたガトーがちらりと視線を上げこう言った。
「そうだな。・・・・・・・素晴らしい天気だな。」









 ・・・・・・・なんか無茶苦茶『上機嫌』なんですけど、この人!!!










「・・・・・・・・・・・・・・、」
「・・・・・・・・・・・いやもう、ホントいい天気で。」
 そんなわけで、ガトーの見守る中(?)遅めの昼食を再開したシャアとアムロの二人は、学食の入り口から『ガトォオオオオオ!』といういつも通りの叫び声が聞こえ、コウの見慣れた姿が現れた時に、思わず溜め息をつくほどホッとした・・・・というワケだった。








『バラ色の日々』・・・実を言うと、『小咄』以外の本編マトモに書くの
十一ヶ月ぶりです(笑)、って話(笑)。












 ともかくガトーは、その日異様に機嫌が良い様であった。
「なんっだよ三人とも!!こんなとこで仲良くやっちゃってさ、俺も呼んで、俺も・・・・・」
 そう言いながらコウが椅子を鳴らしてガトーの隣に座った時、シャアとアムロの二人は食べかけの食事を前に、心からその存在に感謝した。当の、本人らしからぬ異様な行動をしてシャアとアムロをビビらせているガトーは、そんな周りの状況は気にも止めずに、相変わらず雑誌を覗きながらコーヒーを飲み続けている。・・・・なんなんだ、今日のガトーは。いきなり『気に食わない相手とでもコミュニケーションを積極的にとってみましょうキャンペーン中』なのか?アムロは、そんな事を思った。いつものガトーなら、こんな風に自分から積極的に声をかけてはこない。・・・・独立独歩、つるむのではなくて常に『信念』の人だ。・・・・ともかく。
「ガトー、その『月刊 日本の心』面白い?」
「それなりに。」
 コウが、まったくいつも通りの口調でガトーに話しかけてくれて、場は多少和んだ。・・・コレを逃してはまずい、と言わんばかりに、竜田丼をほとんどたいらげたシャアが言った。
「・・・・何と言うか、ちょっと微妙な感じだな、今日の我々は。『食事目的で』四人揃って、学食に来る事なら珍しくない。・・・・しかし、気がついたら学食に集合してしまっていた・・・というパターンは初めてのはずだ。ここは1つ、『普段しないような会話』をここでしてみるのも一興ではないのか??」
「ああ、そうだな・・・・そうそう、普段しないような会話ね。」
 思わずアムロも助け舟を出す。・・・・理由が何かはワカラナイが、今日のガトーは妙に『上機嫌』で、見ていて恐いほどで・・・・本人とコウは全くその事実にお構い無しなのだが、しかし、自分とシャアは、思わず目配せするほどその事実に怯えきっていた。何かある。これは絶対、何かある!!
「普段しないような会話、ってなんだ?」
 コウが、持っていたレモンティーの缶をテーブルの上に置きながらそう言う。そこで、アムロが考え込むとシャアがこう言った。
「えっと・・・・そうだな、例えば『猥談』とかだな。」
「あっ、そうだな、あと『シモネタ』とか・・・・そういや、何故かこの四人でそんな話になった事がないよな。」
 すると、今度はコウが面白いくらいそのシャアとアムロの台詞にブーーーーーッ、と吹き出した。
「・・・・・・・・・ぅえええええ〜〜〜!?」
「なんだ、コウ君。君はヤラシイ話は嫌いか???」
 そのコウの反応に、この手の話は超得意ジャンルのシャアが面白そうにつっこむ。なにしろ、シャアは間違い無くこの大学一の撃墜王で、食うか口説くか女と寝るか、みたいな日常を送っている、ある意味、歩くワイ談みたいな男だったわけだった。
「いや、嫌いとか好きとかそういう問題じゃ無くてさ・・・・・だっからさ、俺部活が体育会系じゃん・・・剣道部じゃん・・・だから合宿やらなんやらでそういう話さ、ウソかホントかワカラナイような『武勇談』をさ、山ほどいつも聞かされているからさ、だからさ・・・・うぅ。」
 だから、その手の話はもうヤダから、何もこのメンバーでそんな話をしなくてもイイじゃ無いか!・・・とコウは言いたかったらしい。ともかく、そこでコウはちらり、と雑誌に目をやって微動だにしない隣のガトーを見た。
「・・・・うん、そう!そういう話、部活でもたくさんするけどな、だけどガトーも話してるの見た事無いぞ!!だからこの話はナシにしようぜ!!なあ、ガトー!!」
 コウは、助けを求めるつもりでガトーにそう言ったつもりだったらしいのだが、ガトーときたらとんでもない返事をした。









「ワイ談か。・・・・・それもたまにはいいな、よし、するか。」









 そう言って、手に持っていた雑誌をガトーは閉じる。今度はもう一回、アムロが倒れかけた。・・・・マズイ!!絶対おかしいよ、今日のガトー!!??
「ノリ気なのは素晴らしい事だ。」
 シャアはもう、めちゃくちゃヤル気になってしまったらしい。そして、食べ終わった竜田丼の乗ったトレーを脇にどけると、煙草に火をつけた。アムロはまだじっくりと事態を見守る余裕があったのだが、コウときたら、最後の頼みの綱と思われたガトーにまで裏切られてしまい、赤いんだか青いんだか分からないようなひどい顔色になっていた。
「うぅ・・・ほんとにするのか・・・・!?ワイ談・・・・!!」
「さて・・・それじゃあ、何の話から始めようかな。」
「1つ言っておくが、」
 シャアがさっそく話を始めようとすると、ガトーがそれに牽制をしかけた。・・・・いや、って言うかなんだろう、この二人、たかが猥談話すのに妙に張り合ってませんか!!??・・・アムロは思った。
「『貴様ら』の話は聞かんぞ。・・・気色が悪い。私達が、四人でいままで猥談を話した事が無かったのは主にそれが原因だ。自分のセックスの話なんぞされて、相手が男だと分かってなどいたら、しかもその人物が目の前にいたら、盛り上がらない事この上ないからな。」
「・・・・ふーむ。」
 そのガトーの言葉に、シャアは妙に納得したようだった。アムロもそれにはさすがに頷いた。嫌です、イヤ。シャアに自分のセックスの時の状態のこととか話されるのは。シャアとアムロときたら、男同士で友達のくせに寝たりもするものだから、こういう時には非常にややこしい問題になってしまうのだった。そしてコウは、まったく話に入り込めないまま、そんな三人を見つめて、だらだら冷や汗を流し続けている。
「よし、では・・・・最初のテーマ!!ありがちだけれど『初めてヤった時の話』でいってみよう!」
 シャアが上機嫌でそう言って、コウはもう一回、「うぇええ〜・・・・」とうなり声を上げたのだった。









「んじゃ、君から。」
 急にシャアにそう話題を振られ、アムロは煙草をくわえたままで少し動きを止める。
「・・・・って、何でだよー。あんた話しはじめたんだからさ、あんたから話せばいいじゃん!」
「君も話にノった。」
 そのシャアの飄々としたいいぐさに、アムロは言い返すのを諦めた。そして、煙草をくわえ直すと、こう話しはじめた。
「えー・・・・俺のは別に面白くもなんともないでーす。自慢話にもならないような平凡なオハナシです。それは、結構最近の話で、大学に入ってから・・・」
「・・・ちょっとまて。相手は、こいつでは無いよな?」
 そこで、ガトーがアムロの台詞を遮ってシャアを指差した。・・・だから、こいつらが寝るような関係なのは知っているが、別に知りたくもないわけである。・・・・・微妙だ。
「あ、それはない。ないない。安心して。だったら俺ももうちょっと抵抗したことでしょう・・・初めてがシャアだなんてさ。考えただけでも・・・うえっ。」
「君ね、私を犯罪者かバイ菌かなんかのように・・・・」
 アムロがさすがに声を落としたので、四人は学食のテーブルを挟んで頭を寄せあう。まあ、こういう場所で猥談なんかを話したくてしかたのない生き物、それが正に大学生、という生き物なわけなのだが、さすがに『男が男と寝るような話』は、他の人間に聞かれてしまうとまずいと思ったわけだった。しかしなんだ、非常に猥談チックな雰囲気になってきたぞ。
「それは、大学に入ったばっかの頃でした。・・・・いや、なんか高校生の時はんなことなかったのに、なんか大学に入ったとたんに、俺、妙に人気が出てさあ。」
「・・・・・・年上の女に、だろう。」
 シャアが呟く。なので、アムロもうんうん、と頷いた。
「あれ、そう。・・・なんで?良く分かったね。」
「誰にでも分かる・・・一人暮らし始めた瞬間に、あまりの『生活能力の無さ』が目について、思わず放っておけなくなる、そういうタイプだな、アムロは。」
 ガトーが、ガトーにしては非常にめずらしくそれらしいことを言う。・・・・コウは相変わらず話についてゆけなくて、押し黙ったままだった。
「そうなんかな。なんか、ともかく俺めちゃくちゃもてたんだ、サークルの新歓コンパがめじろ押しで、タダ酒飲みまくってた頃・・・・・いや、結局タダでお酒飲んだきりで、どのサークルにも入らなかったんだけどな。そんで、その時に、なにやら是非にと、『そっちの面倒』も見てくださると名乗り出てくれたありがたいお姉様がいたので・・・・」
「・・・・おおう、我々から見ると信じられない話だな。日本人というのはなんで、『可愛らしい』って言葉が、褒め言葉になるんだ!!??」
 シャアが、珍しくうらやましそうにそんな事を言ったので、アムロはそうなのか?と思わず考え込んだ・・・・まあ、しかし自分はその事を別に自慢話にしようとも、だからどうだった、とも思ってはいない。実際、その年上の先輩ともそれっきりだ。
「・・・・というわけで、なんだか案外さっくりコンパ帰りに寝てみました。こんなもんかな、っていうのがその時の感想でした。胸の大きなステキなお姉さんでした。・・・・おわり。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
 何故か微妙な沈黙が四人を包んだ。うーん、初めて、面白がって猥談を話し始めてみたのは良かったのだが、なんだかこれは互いの内面のバレてしまう、結構痛い話ではアリマセンカ?
「・・・・・んじゃ、次コウ君。」
「うぇえええええええっ!!」
 とりあえず、聞くだけ聞いていた・・・という感じのコウが、自分に話題を振られて倒れそうになった。
「は・・・・話さないとダメ?」
「ダメだ。男なら話せ。・・・それから大声もあげるな。」
 ガトーがきっぱり言って、コウはもうしょんぼりと下を向くと、ボソボソと話し出した。
「俺はええと・・・・高校生の時で・・・・」
「何、意外に早いね!・・・っていうか、きちんとやる事はやってたんだなあ・・・」
 シャアが面白そうにそう口を挟むと、とたんにコウは言葉に詰まって続きが話せなくなる。そんなシャアの足を、アムロはテーブルの下で蹴り上げた。うっ、というような声を上げて、シャアは黙った。・・・・このやろう、今晩覚えておきたまえよ、君!!!
「で?」
 ガトーに続きを急かされ、コウは遂に、諦めた感じで話だす。
「だから・・・友達が言うには、俺、剣道だけやってるとなんだかそれなりに格好良く見えるらしいのな・・・それで、高校生の頃は共学の学校だったから、それなりにラブレターとかを貰い・・・・えー・・・・・付き合ってくれと言われると別に断る理由もないので付き合い・・・・えー・・・・それで、ね、寝ましょうと言われると更に断る理由もないので寝て・・・・・・・・・・・・ああ、まだ話さないとダメ??」
 そのコウの話を聞いていてアムロはちょっと呆れた。・・・・・断る理由も無いので!!??
「・・・あのさ、コウ。いや、そういう感じだとさ、なんていうか、えー・・・・・・結局どうなるわけ??」
「えっ、どうもならないけど・・・・」
「・・・・呆れた男だな!!」
 すると、ガトーが驚いたことに少し声を荒げて叫んだ。シャアはときたら、そんなコウが面白くてしかたないらしく、下を向いて肩を震わせて笑っている。
「貴様、女性にそんな失礼な事をしていいと思っているのか!・・・そんな事では恋愛は続くまい。」
「えっ、はい・・・・すいません・・・・確かに続きませんでした・・・・・っていうか、あの、初めてヤった時も何やってるか、俺ちょっと緊張しちゃって良く分からず・・・・・・・・・・・・すいませんだから、面白く無いって俺の話・・・・・・・」
 そこまで聞いた時、ついにシャアが大声を上げて笑い出した。・・・ コウは、ばかにされているのか面白がられているのかイマイチ分からず、更にしょんぼりと俯いた。
「・・・・あー!君は最高に天然ボケだな、コウ君!!!セックスに関しても天然ボケなわけだ!!!それだけ恵まれた環境にいながら、興味があったのは剣道やらなんやら別の事柄だったから、だから女性達は結局、『見ている方が面白いわ、この人!』って、みんな去っていたわけだろう。」
「・・・・・そうなのか?」
 コウが、それでもガトーが助けてくれないかと思って、その顔を下から覗き込むと、ガトーはちょっと怒った顔でこう言い放つ。
「・・・・そうだ。修行して出直せ。」
「・・・・・はい・・・・・」
 コウは、そんなことまで修行しなきゃいけなくなったらいつになったらガトーを倒せるのかワカラナイじゃないか、と思い、アムロはちょっと呆れて、いや、だからこれ、ただの猥談じゃん?修行?・・・と少し思ったわけだった。そうして、目の前にあったたぬきうどんの冷えきった残りの汁を、思い付いてズズズ、とすすった。









「さてそれじゃあ、私達の話もする事にするか。ガトー、君が先に話すか?それとも私が話すか?」
「貴様からいけ。」
 シャアは、そんなガトーの台詞に首をすくめて、はいはい・・・・と話し出した。この手の話のトリは辛いぞ???しかし、ガトーにはその自信があるらしい。
「さて、私が初めてセックスをしたのは・・・・・11才の時だ。」
 これには、アムロとコウの二人ともがまとめて、ゴン、とテーブルに突っ伏した。・・・・そうか!!やっぱガイジンは違うよな、そうだよな、ガイジンだよな!!・・・とは思っていたものの、あまりの事に同じ『男』という人種をやってゆく自信を失ったからである。
「そうですか・・・・・」
「はあもう、素晴らしい人生ですね、それは・・・・」
「君、実際私の人生はバラ色だよ。・・・・11くらいの頃には女の1人も口説けないとフランス人とは言えない。そうだよな、アナベル・ガトー君?」
 すると、驚いた事にガトーも頷いたのだった。・・・・ああ、猥談なんか話しはじめたばっかりに、頭の中のガトーさんがガラガラと音をたてて崩壊していくような気がするんですが・・・!とアムロは思った。しかし、この人本当に今日は上機嫌だな。絶対、一生、猥談なんかしない人だと思ってた!
「その通りだ。女が口説けて、ワインが飲めて一人前だ。」
「そうそう。・・・・で、私が11才の時に寝た相手だが・・・これがまた、素晴らしい女だった!聞くかい、君たち。」
「いやもう、そりゃもう・・・・」
「そういう主旨ですから・・・」
 アムロとコウは、なかばやけっぱちになりながらそう言った。いやもう、この人が誰と最初にセックスしてようがなんだろうが、もう俺達には止められません、止めません。
「私が寝た相手は、簡単に言うと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・父親の愛人だった。顔も体も頭も性格も最高だった!。以上。」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
 アムロとコウの二人が、たっぷりと沈黙する中、ガトーが追い討ちのようにこう言った。
「・・・・ああ、女が口説けて、ワインが飲めて、あと・・・・・確かに愛人の1人もいて、立派にフランス人だな。」
「だろう。」
 ・・・・・・・・・・・・・・そんな事で、妙に意気投合しないでくれないか!!??アムロはそう思ったが、コウの方はもう、とにかくこの話に終わって欲しくてしょうがなかったのであった。後は誰だ???あとは、ガトーだけだ!!元はと言えば、今日はガトーが妙に上機嫌で、それでなんか猥談する話になってしまったのである。
「・・・・そ、そんでガトーは。」
 コウが、絞り出すようにそう言うと、ガトーが意外にあっけらかんとこう答えた。
「ああ、最後は私か?」
 そう言いながら、最後の紙コップのコーヒーを飲み干す。そしてそれをテーブルに置くと言った。
「・・・・私は初めてやったのが12才の時で、このバカの様に親のお下がりなんか貰わなかったぞ。きちんと中学校の友人を口説いた。」
「お下がりとか言うのはやめたまえよ、君!!人には、思い出の中に閉じ込めておきたい女性と言うものが・・・・」
 ああ、その思い出のBGMはきっとシャンソンでしょう。よし、ともかく全員が『はじめて話』をしたのだから、これでこの話は終りだ!!・・・そう思ったコウは、とにかく席を立ちたくてこう言った。
「・・・・んじゃ、今日はまあこれでお終いってことで・・・・!!」
「・・・・そういえば。」
 しかし、話は終りにはならなかった!!ガトーに、『親のお下がり』などとバカにされたシャアが、妙にニヤニヤ笑いながらガトーに話しかけたからである。
「ガトー、君、君がね、立派に標準的フランス人らしい感覚を持っている事は分かったよ。・・・・『女が口説けて、ワインが飲めて、愛人の1人もいて立派にフランス人』。ところでね・・・・・君、君もフランス人だっていうからには、その12才で女をモノに出来たほどのとっておきの『くどき文句』の1つも持っているんだろうねぇ?」
「当然、持っている。」
 ・・・・・ああっ、最後まで、今日のガトーはオカシイままだ!!!アムロは思った。何も、そんなシャアの挑戦(?)に乗らなくても!!
「ふうん・・・・それじゃあ、それを聞かせてくれたまえよ!!いいだろう、まあ、ある意味猥談のはずだ。そうだな、コウ君にちょっとその『くどき文句』を言ってみたまえよ。」
「って、俺ぇ!?」
 コウは飛び上がった。・・・・嫌だよそんな!!さんざん、得意でも無いジャンルの会話を交わした挙げ句に、なんで俺がガトーにくどかれるとか、そんな面白い目にあわなきゃならないんだ!!??
「だってコウ君、他に人が居ない。」
「・・・・・そう言われればそうだな。」
 ガトーも、止めれば良いのに何故かノリ気でそう言う。・・・・どうしてだ???と思ったアムロがこう聞いた。
「俺やシャアが言ってもらうんじゃダメなのか?・・・・コウでなきゃダメなの?コウ、倒れるよ、それきっと・・・・」
「たっ、倒れないけど・・・!!」
「ダメだ。私はガトーに口説いてなんぞ欲しく無いし・・・・君では、意味が分からないよ、アムロ。・・・・ガトーの『くどき文句』なんだから、当然『フランス語』に決まってる。」
 ああ、なるほど。・・・・アムロは納得した。自分はまったくフランス語なんか分からないが、コウは第二外国語がフランス語だから、『意味が分かる』のである。
「それじゃあ、ここはひとつガトーにそのとっておきの『くどき文句』を御披露してもらってこの猥談の会(?)はお開きということで・・・」
「って、ちょっと待てって!!・・・俺やだって!!!なんで、俺がそんな、ガ・・・・・ガトーにくどかれるとか・・・っていうかもう、猥談とは何の関係も無いような・・・・・!!」
「ま、やってみてくれたまえよ、ガトー。」
「ああ。」
「・・・・って、だから、ちょっと待てってーーーー!!!」
 コウの叫びも空しく、ガトーは結局最初から最後まで上機嫌のまま、コウに自分のとっておきの『くどき文句』を言ってみる気になったらしかった。雑誌、『月刊 日本の心』をテーブルの上に置き、隣に座るコウの方を向き直ると、なにやら低い声で話しだす。・・・・お、意外に長い。アムロは、そんな事を思いながら、そんなガトーとコウを見ていた。もちろん、フランス語でごにょごにょ話しているから、意味は分からない。
「******************************, 」
 驚いた事には、もう青い顔をして固まってしまったコウに向かって、ガトーが何かを囁き続けながら顔を寄せていった事だった・・・驚いたなあ、ガトーさん、やっぱフランス人だったんだ、こういう事も出来たんだ、四文字熟語を話しているガトーのイメージしか無いから今まで知らなかった。
「*************************, コウ。」
 最後に、コウの耳もとに口を寄せて、そう名前を呼んだのはアムロにも分かった・・・・それだけは、知っている単語だったからだ。まあ、コウを口説いてみせているわけだから、最後にはコウの名前を呼ぶだろう、そりゃあ。・・・・・と、その次の瞬間、コウがまったく青ざめた顔のままでついに学食のイスを倒して立ち上がり、









 ・・・・・・・そしてばったりと、床に倒れた。










「・・・・・・おお。なんか、効果テキメンみたいだぞ???・・・すげー。」
 アムロがそう言ったが、コウは床に突っ伏したままだったし、よくよく見たら顔どころか手首まで真っ赤になっていたし、なにより驚いた事には、そのガトーのとっておきの『くどき文句』を聞いたシャアまでもが、良く見ると椅子から腰を浮かせて立ち上がりかけていたのだった。・・・・なんだってんだ?フランス語のまった分からないアムロが、1人で首をひねりかけた時、凄い顔でガトーを見つめていたシャアがこう言った。














「・・・・・君。アナベル・ガト−君。ちょっとその『くどき文句』は反則じゃ無いか?いや、犯罪に近く無いか?・・・・いやしかし、まあとにかく凄い『くどき文句』だった。・・・・・いや、凄い。それで、君・・・・・・・・それを私に譲る気は無いか?














 ガトーはちょうどその時、「情けない・・・・」と舌打ちしながら、倒れ込んだコウを引っ張り上げているところだったが、そのシャアの台詞に眉根を寄せるとこう言った。
「シャア。・・・・貴様もフランス人なら『くどき文句』くらい自前で考えろ。」
 ・・・さて、そんなわけで、ガトーのとっておきの『くどき文句』は永遠にアムロにとっては謎になった。シャアはもちろん、それを日本語訳してアムロに教えてくれる事は無かったし、(というより、オリジナルの『くどき文句』作りにその後必死になっていて、歯の浮くような台詞を言われ続けたアムロはちょっとウンザリした気分になったからである、)コウはその話が出るだけで露骨に嫌な顔をして逃げかけた。いや、それどころか、しばらく怖がってガトーに近寄らなかったほどだ。









 だがしかし、その日何故そこまでガトーの機嫌が良かったのか・・・・という理由だけは、その後に分かった。ガトーは、あの日持っていた『月刊 日本の心』という雑誌の読者投票に当選し、よほどの事がないと拝観を許可しないと言う某寺院の特別参拝券を当てていたのだった。・・・・ともかく、二度と四人の学生が学食で猥談に花を咲かせる事はなかった。・・・学食で猥談、というのも確かにとても大学生らしいことだから、たまにはいいかと思うのだが。その後、シャアがガトーに負けないほどの『くどき文句』を作ってアムロを倒れさせる事が出来たかも、同じく謎のままである。














2001/09/11










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