三月も今日で終わり、という日のことだった。気の早い桜はもう咲いていたし、のんびりした桜はこれから咲くために蕾を膨らましている時期のことである。もちろん桜の一番のピークは四月に入ってからで、そうなったらこの日本で一番有名な古都は、咲き乱れる桜とお寺を一緒に見ようという調子のイイ観光客で面白いくらいにごった返すことになるのだろう。だが、それまでにはまだ少々の時間があった。
「お、おぉー・・・・?」
 ちょうどその時、昼メシでも食うか?と近所の小料理屋に出かけようとしていたアムロの携帯に、コウからメールが入る。・・・・・まったりしてる。うん、まったりしてるな、いい季節だな。アムロは思った。コウとは、三月の頭に『鍋パーティー』を開いてから会っていない。この時はいろいろあって大変だった。それはともかく、相変わらずコウは部活動やらなんやらで忙しいらしい。この間大学の卒業式があったのだけれど、それにすら出ずに慌ただしく実家にも帰省していたようだった。
「・・・・・おお。おー・・・・それは分かったが、分からねぇっちゃあ分からねぇな・・・・」
 ごそごそと携帯を取り出してマンションの入り口あたりで立ち止まってしまったアムロに、やっと気付いてシャアが引き返してくる。シャアというのはフランス人留学生で、ワケあっていまやほとんどアムロの同居人と成り果ててしまっているような人間である。
「なんだって?・・・・・・・・おおー。」
 シャアもそう言って、アムロの携帯を覗き込んだのだが同じような声をあげてそのまま立ち止まった。・・・・さあああ、と少し気持ちの良い風が吹いて、桜だけではない、今にもほころびそうなモクレンの蕾なども揺らしてゆく。・・・・コウのメールにはこう書いてあった。




『ひさしぶり!俺、包丁に目覚めてしまいました!今から料理を作るのですぐに食べに来いよ。』




「・・・・・包丁に目覚める、ってなんだ?」
「・・・・・さあ、良くは分からないが、これだけは言えるな、ひとつ、コウ君はあまりメールを書くのが得意ではない・・・・・」
 シャアはそれだけ言うと歩き出した。その歩いてゆく方向を見て、アムロも後をついてゆくことにする。・・・そうだな、なんでコウのメールっていつも暗号っぽいんだ?
「・・・・ふたつ、我々は小料理屋にゆくのはやめて、コウ君のマンションに行くべきだ。」
 そこでともかく、二人は最寄りの竹田駅から、電車に乗ってコウのマンションに向かうことにした。















『バラ色の日々』・・・私がカニ大好きなので、書いていて楽しかったです(笑)、って話。














 得てして、大学生には宅急便を山ほど送ってくる親、というものがいるものである・・・・・自宅から大学に通っている学生ならそれほどではないのかもしれないが、地方から都市部の大学に出てきている学生になるとなおさらだ。親なんかは、いつも子供がきちんと食べているのか、気になって気になってしょうがないのだ。
「・・・・・あー!よく来たな、アムロ、シャアさん!!」
「・・・・んだ、これー?」
「うわー・・・・凄いね。」
 というわけで、京都市内にあるコウのマンションに小一時間ほどかけて辿り着いてみると、玄関で出迎えたのは石川県発送のクール宅急便の箱の山だった。・・・・・三箱くらい?
「何があったんだ?」
 飛び出してきたコウを見てまた呆れた。アムロはスニーカーを脱ぎながら、まったく板前気分になっているコウにどう突っ込めばいいものやら・・・と考えていた。ずるずると長いエプロンにハチマキである。調理場風の白い長靴を履いていないのだけでも不幸中の幸いだ・・・・・と、ふと奥の居間を見るとガトーが実に難しい顔で座っている。
「・・・・この宅急便の山はな。・・・・・・すべてカニなのだ。」
「カニ?!」
 それを聞いて、アムロは少しわくわくしてきた・・・・何故ならアムロは、実はカニが大好物だったからである!カニのシーズンは毎年十一月の末から三月の末・・・つまり今くらいまでだ。
「カニがどうしたわけなんだ。」
 出迎えるだけ出迎えて、ルンルンと台所に戻ってしまったコウはさておいて、居間のテーブルを囲んで他の三人は座り込むと、ガトーから説明を聞くことにした・・・・ガトーと言うのも、シャアと同じフランス人留学生でつまりこの四人は四人で仲がいいのである。
「どこから話せばいいかな。・・・・どういう順番だと分かりやすいだろうか・・・・」
 ガトーはそんなことを言いながら、何故かシャツの袖を捲りあげる。シャアとアムロの二人が見てみると、そこには湿布が貼られていた。
「あっれ?ガトー怪我したのか?」
「珍しいね、君でも怪我なんかするのかい!」
 シャアが一言よけいなのはいつものことだが、ガトーがそんなシャアを睨む前にコウが満面の笑みで酒と、それから菜の花の和え物を持ってやってきた。
「・・・・はい、付出し!・・・・・・な、ってわけでガトー怪我人だからみんないたわってやってくれよ!いくらカニの山が届いたって、料理してもらってる場合じゃ無いんだってば!今日は俺ががんばるからな、すぐに順番に料理持ってくるから!!まあ、見てろって!!」
 ・・・・・って、湿布すごく小さいんですけど!!全然平気っぽいんですけど!!何より、ガトー本人がそんなコウの台詞を聞きながら非常に苦い顔をして箸を持っている。
「・・・・・ま、コウ君も盛り上がってることだし・・・・・」
「説明はおいおいと・・・・食事でも食べながら・・・・」
「そうだな・・・・・」
 それだけ言うと、鼻歌でも歌いだしそうな勢いで台所に戻ってゆくコウの背中を見ながら、他の三人は食事を始めることにしたのだった。




「・・・・で?」
「うむ、あれは鍋の後すぐ、だから三月の十日過ぎだったか・・・・」
 良く見たら、酒までもが石川県の地酒であった。・・・・ズワイガニ食い放題!・・・料理が、いつも通りのガトーではなくてコウなところが気になるが、アムロは大変嬉しい気分に浸っていた。・・・ああ、菜の花の緑とカニの赤がとっても素敵!!
「何かあったんだな?」
「うむ、階段を落ちたのだ。」
「誰が。」
 シャアはというと別の事が気になってしかたないようで、ニヤニヤしながらガトーに説明をあびせかけているのだった。
「コウが、だ。ほら、ディビス記念館の回廊に上がる、あの階段をだ。部活動で、垂れ幕を下げていてな。」
 ディビス記念館、というのは四人が通っている大学の体育館の名前である。
「ああ!『必勝!同志社大学剣道部−−−ーーOB一同』とかそんなのかい。」
 何故あんたはそんな、妙な日本文化に詳しいんだー!とアムロは思ったが、その時コウが次の皿を持って出てきたので気持ちがカニに飛んでしまった。好物とは、そういうものである。
「・・・はい、次、お造り!・・・・これだけは前から得意だった!」
 ・・・・というより、料理は魚を三枚におろす、しか出来ないって聞いてたぞ!!ともかく、コウは鰺の生寿司(きずし)と普通の鰺のお造りがセットになった皿を、テーブルに置いた。
「俺が階段落ちてしまったんだ・・・上から下まで!!そうしたら、ガトーが一緒に落ちてくれて・・・・」
 なんだそれは、と思ったものの、アムロは食事に集中し、さっそく箸をのばす。・・・・うまい!コウには悪いが、刺身はあまり料理の腕などと関係ないから安心だった。
「上から下まで、ってそれ結構あるんじゃないのかい。」
「・・・・・・結構あったな。階段の、二、三段下に私がいたので、とりあえず受け止めよう、と思ったんだ。それで一緒に落ちてな。しかし、あの図体のデカさだ、受け止められず・・・・」
 シャアの問いにそう答えて、ガトーはちらり、と台所に戻ったコウを見る。身長180センチほどのコウを、である。コウときたら、本当に料理に集中してしまっているようで一皿出しては、台所に飛んで帰って行く。
「・・・・三月の十日過ぎに地震なんてあったかい。」
「いやー、俺気がつかなかったな・・・・・」
 シャアの言わんとしていることはアムロにも分かったが、さすがにそれはちょっと失礼じゃないか!?と思い、ひたすら食べ続ける。・・・・起きない起きない、コウとガトーが転んだくらいで地震は起きないって!!
「・・・・それはともかくだ。何故かコウは無傷だったのだが、私は少しひじをひねってな。」
「なるほど、それでその湿布。」
 ・・・・・その時、コウが台所からとんでもないものを持って出てきた!!
「はい、次!ズワイガニ一人一パイ!」
「・・・・・・・・・・うわあ。」
 さすがに会話より、食べ物の方に集中しなければ、これは片付かないな、という気分にアムロとシャアとガトーの三人はなったらしい。
「・・・どう!うまいだろ、親父が送ってきたカニ!」
「君の家はなんだ、隣が魚市場か何かなのかい・・・・」
 シャアがそう聞く。身を乗り出して、猛然とカニを食べ始めた三人を嬉しそうにニコニコと見ながら、コウは首を振った。
「いや!・・・・だけど、水産物の加工の仕事をしているんだ、親父が。それでみんなに食べさせたい、って言ったらこんなに。」
「なるほどー・・・・・」
 アムロはもう、人生でこれほどカニを食べれることなんて二度とないのではないだろうかと言う気分になってしまってカニフォークをひたすら握りしめていた・・・・ああ、俺、コウの友達で良かった!!




「で、まあ君がひじをひねったのは分かったがな。・・・それと、カニの山とつまり、どうやったら繋がるわけだ。」
「・・・・ああ、運の悪いことに、ちょうどその次の週の『大会』に、私は留学生だが特別に参加させてもらえることになっていたのだ。・・・・つまり、剣道のな。」
 コウは相変わらず真剣な顔をして台所に引っ込んでしまって、そうしてアムロはあまりにカニに全神経を集中させているので、どうしてもシャアとガトーの二人の会話になる。
「おや!そりゃ残念だったね。」
 シャアがそう言った時にコウが鍋を持ってやって来た・・・鍋?と思ったら、どうやら今度はカニしゃぶである!!
「・・・・・すごい・・・・幸せ・・・・」
 アムロはもう言葉も出なかった!すごい、カニづくし。・・・・カニづくしだ!
「・・・・・君、良くがんばってこれだけ『ほとんど調理せずにいいメニュー』を考えたな。」
 シャアが小さな声でガトーにそう言う。すると、ガトーは舌打ちをして答えた。
「しかたないだろう。・・・・コウが、自分で料理をすると言って聞かんのだ!」
「だってガトーは怪我人だろう!!」
 この小さな湿布のどのあたりが怪我なんだ!!とガトーは言いたそうな顔をしていたが、コウが「カニしゃぶの次はカニてんぷらですー!」と言って去っていくのをじっと我慢してから、やっと口を開いた。
「・・・・さて。私に怪我をさせてしまった、と勝手に思い込んだコウは・・・・手のつけようがなかった。」
「泣いたかい。」
 シャアが吹き出す。しゃぶしゃぶ鍋の湯気もいい調子で吹き出した。
「喚いたな。暴れたとも。・・・・しかし、ひどい打ち身が直るわけでもなく、結局大会には出れなかった。私自身はそんなものは運だろうから、とあまり気にはしていない。しかしコウは気になってしかたなかったらしく・・・・・」
「カニてんぷらですー!!・・・塩と、抹茶塩と、どちらかつけて食べてください!!」
 そこへコウがてんぷらを持って入ってきた・・・・・ああ!俺、てんぷらをてんつゆ以外で食べるなんて、そんな洒落た食べ方も知らなかったよ!!アムロは箸を持ったまま少し踊った。
「その大会の直後に実家に戻る用事があったらしいのだが、その時に私についてこい、としつこく言った。」
「そうだよ、一緒に石川に来れば良かったのに!」
 と、てんぷらを運んできたコウも自分の話題だと気がついて口を突っ込む。そこで、シャアはひとつ聞いてみよう、と思ってこう言った。
「コウ君、なんだってそんなに実家に戻らなきゃいけなかったんだい。」
 確か、コウは大学の卒業式にも顔を出さず、先輩達への挨拶という普段のコウなら絶対に欠かさないようなことも出来ずじまいだったはずなのである。
「あ、リュウさんには俺がかわりに挨拶しといた。」
「ありがとう、アムロ!・・・・それがさー、茶会があるって・・・・」
茶会?
 そのコウの返事にさすがに他の三人は声をそろえてそう言った。ガトーも驚いたところをみると、実家に帰ったことは知っていたもののその細かい理由は知らなかったらしい。
「てんぷら、さめないうちに食べてね!・・・・うん、茶会がさ。母親がさ、知り合いの家元に大寄せの茶会をやるからって招かれてさ。絶対、息子も連れてくるように言われたんだってさ。必死に頼むから何ごとかと思って帰っちゃった・・・・・・。」
「・・・・すまない、その茶会・・・・って、つまり茶会かい?あの、抹茶を点てて飲む。」
「あー、それそれ、それね!!・・・・・・あれ、うちの母親はお花の家元だから関係無いんだけどね、大寄せの茶会とかってほんと、大変なものなんだよ!」
 アムロは聞いているのかいないのか相変わらずカニをがっついていたし、ガトーは少し難しそうな顔をしていた。一番おもしろそうな顔をしていたのはシャアだった。
「って、コウ君。『絶対に息子を連れてこい』って母親が頼まれるなんて、招いた先のお宅、つまりその茶道の家元の家の方にお嬢さんでも居たんじゃ無いのかい、年頃の。」
 ・・・・・・・それを言われてコウは非常に難しい顔になった。難しい、っていうか、真っ赤な!
「・・・とにかく、次は焼きガニだよ!!」
 コウはそれだけ叫ぶと台所に引き返してゆく。
「・・・・・・茶会とは知らなかった、しかし今の話を聞くと、ますますコウの実家になど遊びにゆかなくて良かったな。」
「おや、君、コウ君が『お見合い』で呼び戻されたのを知っていたからついていかなかったんじゃないのか?」
「え、コウ結婚するのか?」
 非常に噛み合わない会話を残った三人はして、さてガトーとシャアはそろそろカニに飽きはじめていたのだが、アムロはまったく飽きていなかった・・・・カニ万歳!!
「違う、遠慮したのはあれだ、自分が怪我をした、そうしてコウはそれは自分の責任だと思っている、そんなコウと実家に戻ってみろ・・・・・」
「・・・・恥ずかしいな。そりゃ君、コウ君は熱いからね、とても恥ずかしいことを言われたに違い無いよ!行ってみなくて正解だ。・・・・この責任をとってガトーを嫁にする!とかね。家族の前でね。ははは!傑作だ。」
「キズモノになった記憶は無い・・・腕はひねったが・・・・」
「・・・・・なあー、コウ結婚するのか?」
 カニ万歳!アムロはいい香りのしはじめた台所を待ち遠しそうに見ながら、箸を鳴らしはじめた。・・・・はしたない!と、ガトーが気付いたように叱ってくれる。ああ、こんなのんびりした幸せな青春まっただ中の俺達が、ケッコンだなんてそんな、またなんてウソっぽい話!・・・・でも、それもまたネタとして面白い。
「・・・・はいよ!焼きガニだよ、今度は・・・・今度はみんなで俺の実家に遊びに来ればいいんだよ、そうしたらカニは家で食べれるし、俺も・・・・・その、見合いとかさせられずに済むからさ!!」
 コウの話だと、焼きガニの次は口直しの甘エビのお造り、ということだった。




 甘エビのお造りは、味は美味しいのだが・・・・みかけは少しひどかった。
「コウ君は甘エビを造るのには向いていないな。」
「ああ、エビを剥くのが下手なんだな。」
 ガトーはコウの料理の出来にハラハラしているし、シャアはそんなガトーをからかうのに一生懸命になっていたが、アムロは純粋に料理を食っていた・・・・こんな美味しいし、なによりただなのに!!食べろよ、フランス人も!!
「次は?」
「蒸し物。」
「少し難しい料理だな・・・・」
「大丈夫だ、私が仕込みをしたから。」
「・・・・・コウ君が作って無いじゃ無いかい!君、本当に苦労人だね・・・・」
 言うな、という感じでガトーがシャアを睨む。シャアは肩を竦めて、アムロは焼きガニにあちっ、あちちっ、と言いながら惨敗していた。コウが楽しそうに茶わん蒸しの容れ物を運んでくる。
「蒸し物ですー!・・・・次はかにだし雑炊、そして吸い物、これが止め椀、もう大体終わり!」
 コウは少しほっとしたようで、じっくりと居間のテーブルを見た・・・・ああ!みんなたくさん食べてくれたなあ、俺、包丁に目覚めて良かったな!そうして、空のお皿を持って台所へ帰ってゆく。
「・・・・・いやあ、しばらくカニは見たく無いね!・・・・それで、コウ君が実家に帰って、どうなったって言うんだ?」
「ああ、私は療養したいから絶対に一緒にお前の実家になど戻らん、と言った。療養の言葉が利いたらしく、コウは大人しく帰省した・・・・ところが、だ!!クール宅急便三箱分のカニと一緒に戻ってきた!」
「玄関にあったな。・・・・なあ、この蒸し物美味しいぜ、なんで食べないの。」
 アムロが聞くと、二人のフランス人は不思議そうな顔をしてアムロを見た。・・・・しばらくしてからシャアがゆっくりとこう言った。
「・・・・・そりゃ、君のようにカニが好物じゃないからだよ!!」
「・・・・・不幸な人間だな、あんたらー!!」
 そこへ、コウがかにだし雑炊とお吸い物を運んでくる。・・・・おお!長かったカニづくし料理も、ようやく終わりが見えてきた。
「・・・・・それじゃ、漬け物と、果物と・・・・あと、お茶でも用意してくるね!」
 コウはほっとしたようにそれだけ言うと、やっとへんなエプロンをはずした・・・・それを見て、ガトーも心からため息をついた。・・・・良かった!終わってくれそうだ!!ある意味、台所でガトーが作った詳細なレシピを睨みながら実験でもやっていそうなイキオイで料理を作るコウ、というのは恐ろしい以外のなにものでも無かったのである!
「・・・・・それで、カニと共に帰ってきたコウだが。」
 お茶を煎れにいったコウの背中を眺めながらガトーが言った。
「・・・・自分が料理を作る、と言ってきかないのだ、私がもう料理くらい出来る!と言い張っても!」
「ああー。・・・・・きかなそうだな・・・・・。」
「誰が作っても変わらないぜ、美味しければ!」
 アムロはそう言ったのだが、他の二人に却下された。
「・・・・おかげで私は、コウの為に実に細かいカニ料理のレシピを作ることを要求された・・・・わけではないが、作らないとカニが勿体無いと思った。」
「ああー。・・・・自分で料理した方がよほど早かったろうにね・・・・。」
 さて、そんな会話が交わされていたことを全く知りもしない、本日のメインシェフ、コウは、最後の漬け物と果物(家に残って居た冬のなごりの温州みかん?)と、それからお茶を持ってやってきた・・・・気がつけば、昼食だったはずなのに、もう夕方に近くなっていた。
「・・・・で!!どうだった??親父が送ってきたカニと、俺の料理!!」
 やっとテーブルに座り込んで、満面の笑みである。アムロはとにかく満足していた!なにしろ、カニが大好物だからである。シャアは、曖昧な笑みを浮かべた。ガトーは・・・・・まず、このさい最初に評価を下すべきなのは自分なのだろうなあ、と思いながら全員の顔を見た。
「・・・・・では、点数をつけさせてもらうぞ。・・・・・コウ。今日の料理の点数は・・・・・・・」
 ガトーは息を吸い込むと、だがはっきりとこう言った。




「五点。」




「ええっ、なんでー!!」
 コウが叫ぶより先に、アムロが叫んでいた・・・・なんで!!そりゃ、点数が低すぎだよ!!
「どのへんが!!・・・・・・俺、ちゃんとガトーに教わった通りに作ったし、そんなにすごい失敗もしなかった!」
 というより、失敗する程高度な料理で無かった、という表現が正しいだろう。ガトーは、はいはい分かった、ガキンチョ共め・・・・というような顔でその言葉を聞いていたし、シャアはにやにや笑いが止まらなくなっていたのだが、だがやがてしかしこう説明してくれた。
「・・・・コウ、みんなで食事をする時、私はどうしている。」
「どうって、えー・・・・ガトーがか?ええっと、ガトーは良く食事を作ってくれて・・・・それで、みんなで一緒に・・・・・・・・あっ!」
 そこで気付いたようにコウは顔をあげた。・・・・そうか!
「・・・・・そうだ。いつも、私は自分も『食事に参加』している。作っているばかりで、一緒に食べない、ということはほとんどない。しかし、良く考えろ。お前は、作るのに必死になってまったく食事をしなかっただろう。」
「はい・・・・・」
 コウは、しょんぼりと下を向いた。アムロは「でも美味しかったし、美味しかったし!」と叫びたくてしかたなくなってきた。
「・・・・だから『五点』だ。料亭の板前ならそれも構わない。しかし、こうやってカニ料理をふるまってもらえるなら・・・・・・コウ、」
 ガトーとしては、それが最大限コウに対する感謝の意、だったのである。




「・・・・・・・・・コウ、お前と一緒に食べれた方が良かった。」




 ほんと、とコウが叫ぶより先に、アムロが叫んでいた。
「コウ!!美味しかった、ほんと美味しかった!・・・・・死ぬまでこのカニの思いでは忘れない!!」
「ほんとか!!」
 思えば、ガトーは結構凄いことを言ったのだが。・・・・・アムロの叫び声のおかげで、それは全く影が薄くなった。
「んじゃ、今度は缶詰めを送ってもらおう、親父の会社のー!!カニのな!!」
「カニばんざーい!」
「いや、平和だね・・・・・・・」
 シャアがそう言ったので、ガトーもついに笑い出した。
「・・・・・・全くだ。なんと幸せな光景だことだろう。」
 そうして、もう全然痛くなんかなくなっていたひじの湿布をはがした。




■本日のお献立(原案ガトー:実行料理人、コウ)

     一、付出し(春を先取り!菜の花とカニの和え物)
     二、お造り(これしかコウは作れない!鰺の生寿司と鰺のタタキ)
     三、ズワイガニ1パイ(まんま茹でたの丸ごと!)
     四、かにしゃぶ(タレはゴマと醤油、二種類用意しました!)
     五、かに天ぷら(塩と抹茶塩、二種類でお召し上がりください)
     六、焼きがに(ミソまでズズっといただけます)
     七、甘えびのお造り(口直しにさっぱりと、たっぷりお召し上がりください)
     八、蒸し物(カニの身たっぷりの茶わん蒸しです)
     九、かにだし雑炊(ミツバとシイタケがきいてます)
     十、吸物(贅沢なカニミソだし!)
     十一、香の物(千枚漬けです、京都風!)
     十二、フルーツ (家に残っていた冬のなごりの温州みかん)






 ・・・・・・・・・春はもう、本当にすぐそこだ。


















2002/10/03










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