「ごちそうさまでしたっ!」
そう言って、コウは目の前のからっぽになった茶わんに箸を乗せると手を合わせる。
「・・・お粗末様でした。」
すると、テーブルの向い側に座っていたガトーがそう答えた。・・・コウにガトーが御飯を作って食わせてやったのだから当然と言えば当然なのだが、その微妙におかしなやりとりに二人はしばし沈黙すると顔を見合わせる。
「・・・えっと・・・ガトーって、料理上手いよな!俺んとこにお嫁さんに来てくれない?」
「ふむ・・・残さず飯を食うなら考えよう。シャアなぞ私が飯を作ってやっても残してばかりいる。」
「えーそうなのかー!!??もったいねー・・・」
軽口の応酬にわははと笑いながら、コウは空いているシャアのベットの方に飛び込んだ。ここは、もともと留学生会館の一室でシャアとガトーが一緒に住んでいる部屋なのだ。
「・・・って、コウ、今晩も泊まって行くのか?」
「いーじゃんか。なんか、シャアさん帰ってこないしさ。一体アムロとどんな喧嘩したってんだろ。っていうか、そもそも喧嘩?」
「・・・さあな。良くは分からんが、何かあったのだろう。」
コウの質問に、ガトーが少し眉根を寄せて答えた。・・・何かは分からない。が、何かあった気がする。・・・嫌な予感だ。
「おー、そうかあ・・・なんかいい匂いだと思ったら、シャアさんのまくらだ−。フランス人て、男の人も香水付けるのか?」
コウが、そんなガトーの気持ちは全く理解せずにシャアのまくらに顔を埋めると、そんな事を言った。・・・昨日も同じベットを使ったのだから、昨日気付いても良さそうなものだ。全くコウらしい。
「ああ!しかも、この匂い・・・知ってる!!4日前、アムロもこの匂いしたよー!!朝!!」
そのコウの台詞に、食器を片付けかけていたガトーは思わず皿を何枚か取り落としそうになった。コウは犬か?そんなに鼻が利くのか?・・・じゃなくって!
「・・・何だと?」
「え?・・・だから、同じ匂いがアムロからしたよ。・・・そうか、アムロの家に泊まったんだもんな、シャアさん。」
問題はそんな事じゃ無い!ガトーは、凄まじい勢いで部屋の中に取って返して来た。
「・・・コウ、電話だ。アムロに電話!」
「へ?え?何で?」
「何ででもだ!いいから言う事を聞け!私はとんでもない事をやらかしたかも知れん!なんと言う不覚!・・・シャアをアムロの所に行かせるんじゃ無かった!」
「だから何で・・・・!」
それでも、いきなり頭ごなしに怒鳴られて不服そうに言い返したコウに、ガトーは決定的一言を言った。
「もう飯を作ってやらんぞ!」
「・・・ごめんなさい!今すぐ携帯探します!!」
コウは急いで部屋の隅に放り出してあった自分のバックを取りに走った。
・・・・嫌な予感が。
・・・・とてつも無く、嫌な予感が。
そう、満たされ流され汚され
ソシテバラノハナタバ
2000.06.12.
捨てられ騙され 心まで奪われ
人は、あまりに信じられない状況に置かれると無性に涙が出たりするものらしい・・・と、アムロは思った。
「・・・何故泣くんだ。」
「何でって・・・そりゃ、も、信じらんないからで・・・・・・・・・・うー・・・」
アムロは既に、抵抗するのを止めていた。元から風邪で寝ていたのだし、たいしたものは着ていない。唐突にアムロを押し倒したシャアは、アムロのパジャマ兼用のジャージを上半身だけ中途半端に脱がしたところで小さくため息を着くと、これまた唐突に行動を止めた。
「・・・確かに信じられん・・・」
そう苦々し気に小さく呟くと、シャアはアムロにのしかかったままその脇に突っ伏す。シャアの陽気な色の金髪が顔にかかって、アムロはくしゃみが出そうになった。
「・・・くしゃみが・・・」
するとその声に、シャアはがばっと体を起こした。そうして、几帳面に布団を引っ張って自分とアムロの上に掛けると、同じ格好でもう一回隣に突っ伏す。
「・・・重いです・・・」
「ふとんだと思え。どうせ私の顔も覚えていなかったんだろうが。」
「・・・覚えて無かったんだから、無かった事にすれ良かったんじゃ無いかと・・・あー・・・何でもう一回こんな事すんだよ・・・記憶に残っちゃうじゃんか・・・」
「君に言われるまでも無く、私も今そう思って止めた所だ!!」
苛立たし気にシャアがそう言った。・・・なんだよ。何で怒るんだよ!そんな事、最初に気付けよ!
「・・・・あんた、割とバカ?」
「・・・もう一回犯されたいか?」
シャアがさすがに突っ伏していた顔を上げてそういった時、小さな電子音がベットの下辺りから聞こえて来た。
「あ、俺の携帯・・・・・・・コウだ。」
さっき探したのに見つからなかった携帯だ。携帯は主の貞操の危機も知らずに、陽気に『サザエさん』のテーマを流し続けた。
「なんでコウだと分かるんだ。」
「サザエさんだから。・・・拾ってよ・・・。」
「なんでコウだとサザエさんなんだ・・・・。」
シャアは頭を抱えつつも携帯をベットの下から拾い上げてくれた。・・・『サザエさん』に設定してある携帯の着信音より、フランス人のくせに『サザエさん』知ってるシャアの方がおかしいよ、絶対。アムロはそう思いながら電話に出た。
「もしもし・・・」
『アムロ?なんだ、元気じゃん。ガトーが、電話かけろってうるさくってさ。』
「元気じゃ無いけど・・・・」
イロイロな意味で。男とベットの上に二人で寝転がりながら電話に出るのがまず健全じゃ無いだろう。しかも、服脱がされかけ。
『え?なに、アムロ泣いてんのか?え?替われ?・・・って、あーーーー!!ガトー・・・!!!』
『もしもし!』
どうやらコウの携帯は、ガトーに奪い取られたらしかった。
『アムロか!?無事か!?そこにシャアは居るか!?』
ガトーの声は大声だったので、アムロの頭の真横に突っ伏しているシャアにも当然その声は聞こえているだろうと思った。
「・・・・・・」
アムロは、黙ってシャアに携帯を手渡した。
「もしもし。私だ。」
シャアが非常に億劫そうにその携帯を受け取ると返事をした。
『シャア!貴様、アムロに何かしたのではあるまいな!!??おい!』
「・・・清廉潔白が信条の貴様にしては鼻が利く。」
『・・・貴様!叩き斬るぞ!!』
小さな携帯で、お互いフランス人なのに日本語で会話を交わすシャアとガトーというのもなんだか笑える。アムロは、本当にこの状況に泣き笑いしたくなって来た。
「叩き斬っても構わんが、アムロも死ぬ事になるぞ。」
『何!』
「今、体が繋がってるからな。・・・・ベットの上でこの電話に出てるんだよ。」
「ーーーーーー!!!」
そのあまりの台詞に、さすがにアムロが携帯を奪い返そうとした時、シャアがアムロの手の届かない遠くへ携帯を放り投げた。
「何言って・・・!あんたね、ちょっ・・・・!!!」
そして、そのままキス。
『・・・・シャア!おい、シャア!!・・・ふざけるな、アムロでもいい!電話に出ろ!』
小さく携帯からガトーの叫び声が聞こえる。
「・・・信じらんねえ・・・!」
やっと唇を離したシャアに、アムロは泣きながらそう言った。
「・・・ダメだ、私は記憶力が良いらしい。ま、キスでも繋がってるのには変わり無いから嘘にはならないだろう。」
シャアは、またも苦々し気にそう言って、突っ伏した。
・・・携帯は、切れた。
I WANT POWER I WANT FLOWERS
ガトーが猛然と部屋を飛び出したので、コウもつられるように部屋を転がり出た。
「ガトー!ガトーったら!どうすんだ!何処行くんだよ!!!」
「アムロの所に決まってるだろう!!」
「だって、ガトーはアムロの家知らないだろ!?」
そのコウの声に、ガトーはさすがに歩みを止めた。
「・・・そうだった。・・・またしても不覚・・・・!!」
「俺も行くってば。」
「・・・・コウを連れて行きたくは無いんだが。」
「なんでだよー!」
そう答えるコウを、ガトーは困ったように見下ろした。・・・説明は簡単には出来まい。
「・・・・・アムロは、お前の親友だな?」
「そうだよ!何言ってんだ。」
「何があってもだな?」
「もちろんだよ!だから、一緒に行くって!だってガトー、何だか電車を降り損ねて奈良まで行っちゃいそうな勢いだぞ!?あーもう、俺がいなきゃ全然ダメなんだから!」
その台詞に、さすがにガトーは吹き出した。そうして、二人は近鉄奈良線に飛び乗った。
I WANT A FUTURE I WANT PLEASURE
「じゃあ、ま、君の知らない第三者の行動としてあの晩の事を説明しよう・・・」
アムロはあまりその話は聞きたく無かったが、シャアはただ自分にのしかかっているだけでもうキス以上に手荒な事をする気配も無かったので黙っている事にした。・・・ただ一緒にベットの中にいるくらいなら平気だ。ふとんが足りない時にはコウとだって一緒によく雑魚寝する。・・・服が脱がされかけなのが気になるが。
「私は4日前、何故か男と寝てしまうという不運に見舞われた・・・。全く予想外の出来事であった。」
「・・・・なんか、あんたの口調ってむかつくね・・・」
アムロは一応文句を言った。・・・さっきの混乱から比べれば、信じられないほど落ち着いては居たが。なんというか、一種の諦めだ、これは。
「相手は酒を飲んで前後不覚であったし、大体二人とも男となんかそれまでセックスした事が無かったので、どうすれば良いのかも謎であった・・・ま、方法は何とか調べた。が、セックスをやろうと言い出した本人が全く足腰立たない有り様であったので、結局私がそいつを押し倒してやる事になった。・・・最後までやらずとも、そのうち相手は寝るだろうと思った。」
シャアは、突っ伏したまま淡々とそう話し続ける。・・・顔が見たいな。アムロは、何故か自分の肩に乗った陽気な金髪を見ながら急にそう思った。
「ま、実際ヘロヘロに酔っぱらったその男は、半分既に寝ていた・・・私はそいつとベットに入ったが、噛み合わない話をしているうちに急に男が私の指輪に気付いた。で、言った。『何、これ?』」
おお、指輪だ。あの、問題の指輪。それが一体何だってんだろう。そういえば、指輪どこにやったっけ?アムロは、それをまたまくらの下に入れておいた事を思い出した。昨日帰って来てから、コートのポケットから取り出し、何故かもう一度そうしたのだった。
「聞かれたので、私は答えてやった。『女に貰ったんだ。』・・・すると、その相手がどうしたと思う?」
「・・・いやあ・・・どうしたんですか?」
不思議だ。本当に、自分じゃ無い誰かがやった事のように聞こえる。アムロは苦笑いしながらそう答えた。すると、その時遂にシャアが顔を上げた。日は随分傾いて、もとから雨なものだから、部屋は大分薄暗くなっていた。しかしそれでも、シャアの瞳は綺麗な淡いブルーにアムロには見えた。
「・・・・こう言った。『ああ!気に入らないなあ、そんな女忘れちゃえよ!』そうして、私の指ごと指輪を食った。」
シャアが、自分の指をアムロに見せた。左手の人さし指に、小さく絆創膏が貼ってあることに、アムロは初めて気付いた。
「・・・・それは・・・痛そうだ・・・・・」
「痛かった。・・・そうして、飲み込んでしまってから更に言った。『・・・なー?忘れたろ?これであんた俺のもんだよね?』」
・・・きっと、シャアには飲み込んだように見えたのだけれど、さすがに飲み込めなくて自分は吐き出したのだろう。アムロはそう思った。
「・・・最悪な事に。」
シャアが声を落として更に先を続けた。綺麗な色の瞳が閉じられるのを、アムロは勿体無いと思った。
「・・・・・・・・なんだか、その行動が凄まじく可愛く思ってしまったんだ、私は。ここに女からの指輪がある。それを消すために、自分で食べてしまう。・・・そんな人間に会ったのは初めてだぞ?・・・・それで。それで、つい最後まで・・・」
「・・・・・・・・・・」
・・・ああ。アムロは思った。俺はダメ人間だ。
「しかも、その相手は次に会ったら何一つ覚えていないと来たもんだ。・・・まあ、事故的な事ではあったし、あれだけ酒を飲んでいたんだから覚えていなくて当然と私も思うべきだった。それなのに・・・」
シャアが、またゆっくり目を開く。
「想像してたより、随分ショックだったんだ、何も覚えていないと言われた時。だから、混乱していろいろしてしまった。・・・うん!そうだな、悪い事をした。今もひょっとして悪い事をしているな、私は?いや、すまなかった、そうだよな。何をまた君を押し倒しているんだ、私は。」
急にシャアはハキハキと話だすと、アムロの上から身を起こした。すごい、頭の中を整理して自己完結しちゃったよ、この人!
「まあ、そういうわけだったんだ、だから、何だな、君もまあさっぱり忘れて。」
シャアはベットから起き上がると丁寧に自分が脱がしかけたアムロの服をばたばたと直した。
「・・・風邪なんだから、寝たまえ!」
・・・だめだ、この人・・・・。アムロは唐突にそう思った。面白い。めっちゃくちゃ面白い。恐く無い。
「・・・あんた、俺の事好きなのか?」
「いーや!」
アムロの台詞に、間髪入れずにそう答えるその有り様すら、アムロは楽しくてしょうがなくなってきた。
「なあ、それであんた俺の事好きになったんだな?」
「いーや!そんな事は無いはずだ!」
「そうだよなあ・・・ところでさ、あんた綺麗な目の色だね。最後にもう一回近くで見せてよ。」
玄関に足早に向かいかけていたシャアは足を止めた。そして振り返る。
「・・・あのだな・・・・ここにいるとガトーに殺されるのだ、それが分からないのか!」
シャアは首を振って戻ってこない。ああ、本当に勝手な人だな、あんた。何もかも覚えて無いけど、何だかおろおろしたこの人は面白い。アムロはそう思った。面白いというか、心地良い。なんだろう、最初この人が恐かった。でも、この感じはなんだか楽しい。知っている気がする。まあ、確かに顔を見せてと言ってもこの会話の運びで戻っては来ないだろうとは思った。アムロはベットの上に身を起こすと、まくらの下に手を突っ込み、それから口を押さえて唐突に唸った。
「ううう・・・・・気持ち悪い・・・・!!・・・・産まれるぅぅぅぅぅぅ!」
「ああ!?何がだ!」
さすがにシャアは呆れて戻って来た。怒ったかな?戻って来たシャアの首を、アムロは掴んだ。
「・・・ほら。」
アムロは、ぺろりと舌をだした。その上には、もちろんさっきまくらの下から取り出した指輪がのっていた。
「ーーーーーーーーーー・・・・・・」
シャアは、その指輪を見た。それから、舌を出したアムロの顔をしみじみ見つめた。・・・・そうして言った。
「・・・ああ、そうだよ。」
ため息をつく。綺麗な色の、もう一回見たいと思った瞳が今アムロの目の前にあった。
「・・・君を好きになったんだ・・・・!!」
そうして、二人はキスをした。二人の舌の間を、指輪がころころと転がって不思議な感覚に襲われる。そのキスを、初めてアムロは心地よいと思った。
I'M JUST A DREAMER ARE YOU A BELIEVER?
そうだ、この人は気持ちがイイ。アムロは何となく思い出した。大学生は大概適当な生き物だ・・・まあ、こんな大失敗も人生には有るものなのかも知れない。
「・・・ところでさ、コウとガトーが来るんじゃ?」
「ドアの前にバリケードを作っておこう。あの二人なら蹴破りかねない。」
「無茶苦茶な・・・」
お父さんお母さん、神様ごめんなさい。俺、なんだかビミョーに、今シアワセです。アムロは思った。
「何を笑っている?」
「いや、おっかしくってさ。・・・なあ、これから仲良くなるんだよな、俺達?それでいいんだよな?」
「多分。」
「いろいろ分かって来たぞ、あんたの性格。」
「そりゃあ良かった。」
その時、玄関のチャイムが鳴った。と、同時に凄まじい勢いでドアを叩く音と怒鳴り声。
「出て来い人間の屑め!私が成敗してやる!」
「アムロー、せっかくだから鍋の材料買って来たぞー!!食おうぜー!!今晩は鍋パーティーだ−!!」
その騒々しい声を聞きながら、シャアとアムロは顔を見合わせた。そうして、ニヤリと笑うと玄関のドアを開きに二人で歩いていった。
・・・想像も出来ないような、最高の未来が。陽気で馬鹿げてめちゃくちゃで、だけど愛おしい日々が。
ARE YOU A BELIEVER?
きっとこの先に待ってる。・・・そんな人生もアリだ。
ちなみに指輪は、アムロのどの指にも大きすぎたので結局チェーンを通して、首から下げる事になった。
おわり
2000/06/13
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