その日は日曜日だったのだが、サークルの活動の関係でどうしても大学に行かなければならなかった。それも、普段授業を受けている校地ではなくて、京都御所の真横にある今出川校地の方に、である。烏丸通側から門を抜けたコウは、妙に辺りが賑やかなことに気付いた。竹刀袋を持ったまま一瞬立ち止まったが・・・・やがて、ああ、と思う。
結婚式だ。
門を入ってすぐあたりの場所にあるチャペルから、たくさんの人々が出てくる。ちょうど挙式が終わったところらしい。大抵のミッション系の大学ではそうなのだろうが、この大学も、卒業生であれば、学内のチャペルで結婚式をあげることが出来るのだった。と、ちょうど脇を通りかかったあたりで、新郎新婦が表に出てくる。・・・・歓声があがった。
女の子のような憧れとは違うのだろうが、思わずコウも足が止まってしまう。・・・・赤っぽいショートヘアのカッコいい新婦と、実に優しそうな顔だちの新郎だった。と、花びらやお米の雨が止んで、一人の人物が何ごとかを告げる。・・・・なんだろうな、と思ったが新婦の友人達らしき女の人たちが前の方に集まってゆく。・・・・ああ、あれだ。花を投げるやつだ。ブーケって言うんだ。コウはそう思いながら、まだなんとなくその光景を眺めていた。気付くと、在校生らしき人物が、やはり同じように通りかかったらしく、足を止めて見入っている。・・・・分るよ、なんか幸せな気分になるもんなあ。
すると、新婦は実にユニークな性格らしく、後ろを向いて大きく身体を丸めた。・・・・・思いきりブーケを投げようとしたのだ。思わず回りから笑い声が上がって、新郎を見ると苦笑いしていた。・・・・と、次の瞬間思いきり新婦がブーケを天に向かって投げた・・・・・ところまでは良かった。
大暴投である。
そのブーケは観客達の頭上を遥かに超え・・・・なんということだろう、立ち止まって見ていた在校生達の方まで・・・・つまりは、コウのいる辺りまで飛んで来てしまった。・・・・・いや、もっと正確に言うと、コウの目の前に飛んで来たのである。
「・・・・・って、うわ!!」
コウは慌てた。・・・・・俺が取るわけにはゆかない、確かそういうモノだったと思う。女性が取らないといけないんだ。・・・・が、コウが拾わないと、そのブーケは地に落ちてしまうのである。・・・・・マズイ!!そりゃマズイ!!と思った瞬間には、身体が勝手に動いていた。竹刀袋を持っていない左手を差し出す。ナイスキャッチ。自分の身長と運動神経を思わず褒めたくなった。・・・・・・それから血の気が引いた。
「・・・・・・あ。」
見ると、挙式の参列者達も、ぽかん、としたような顔でコウに注目している。・・・・・更にマズイ!!コウは青くなって、それからすぐに赤くなった。・・・・・どうしよう。自分はどこから見てもジーンズを穿いて竹刀をもった、そこらの大学生である。通りすがりの人間である。・・・・っていうか、女ですらねぇよ!
「あ、あの・・・・こ、コレ・・・・・」
返さなきゃ!!コウは思った。参列した女の人たちに恨まれてしまうかもしれない。みんな欲しいだろうから。だから、返してやり直してもらわなきゃ!!(そんなことが出来るのかどうかは分らないが。)コウは赤い顔をして下を向いて、ブーケを返しにゆこうと一歩足を踏み出した。すると、信じられない声が聞こえて来た。
「・・・・・・おめでとう!」
驚いて顔を上げると、くだんの新婦が実に満足そうに振り返って立っている。コウの立っている場所からだとずいぶん遠くの、チャペルの入り口から、大きな声で嬉しそうに白い手袋をはめた手を振っていた。
「・・・・・・あなたが次の番よ!幸せになれるといいわね!」
・・・・・・・・コウは思いきり立ち尽くした。・・・・・・徐々に回りから笑い声が聞こえはじめ、それはやがて大きな渦となった。花嫁が満足している。・・・・となったら、これはもう、このままでいいのだ。構わないというのだ!・・・・構わないというのだ、通りすがりの男子学生がブーケを受け取っても!!
「・・・・・いや、面白かったなー!」
「一生の思い出になるよ、こんなの滅多にないよ。」
「良かったな、在校生〜」
「剣道頑張れよ〜〜!・・・・・って、あ、その前に嫁にいかないとな!!ははは。」
笑いながら人々が移動しはじめ、新郎と新婦は迎えに来た車に乗って、校門を出ていってしまう。コウが静かになったチャペルの前に綺麗なピンク色のブーケを手に持ってまだ呆然と突っ立っていると、急に呼び掛ける声がした。
『バラ色の日々』・・・・三年ぶりか〜(笑)。
「・・・・・ほんっと、話題に事欠かねぇよ、おまえら。」
「・・・・・カイさん!」
静けさを取り戻した京都御所脇の今出川キャンパス、そのチャペルの前で呆然と突っ立っていたコウに声をかけてきたのは、いつも通りに首から重そうな一眼レフカメラを下げた、新聞部のカイだった。今までどこに隠れていたのやら知らないが、ポンっと後ろから背中を叩かれて、コウは心底驚く。
「・・・・・どこから見てたんですか!・・・・じゃなかった、こんにちは!」
それでも、ついうっかり挨拶してしまう。すると、カイは鼻で笑うような、いつもの調子で返事を返して来た。
「はい、マイド〜。」
そうして、カメラをちょっと持ち上げると、恐ろしいことにこう言った。
「・・・・今の、全部撮らせてもらったぜ。これで、来週の学内報の一面は決まりだな。・・・・・『六月、結婚式シーズン到来!結婚式の多様化に合わせて、母校で挙式するのが今ブーム。うっかりブーケを受け取ってしまった在校生(男子)の運命やいかに・・・・・!!!』」
「やめてくださいよ!」
コウはブーケを持ったまま目を丸くして叫んだ。・・・・・学内報に載せる!!??恥ずかしい!・・・・っていうか、途中から新聞というより、女性誌の見出しみたいになってないか!!???
「こっちも商売なんで、やめられない、つーわけよ。・・・・お分かり??」
「・・・・・分かりませんって!いや、それはサークル活動で、仕事じゃないでしょ・・・・・カイさんッ!!」
甲斐 嗣典(カイ シデン)というのはコウの、工学部の先輩であるのだか、ジャーナリスト志望で新聞部のサークル活動に熱中している人物である。・・・・・そもそもジャーナリスト志望の人間が何故工学部にいるのか、というところが疑問なわけだが、聞いた話によると家業が建設業で、大学は理系でないと進学させて貰えなかった、ということらしい。
「・・・・・じゃあな、ウラキ!!!」
「・・・・だから・・・・・カイさん!!行かないで下さいよ、そんなの載ったら・・・・・またガトーに怒られる!!!・・・・・カイさん!!」
・・・・・・しかし、カイは登場した時と同じくらい唐突に、そしてあっという間に身を翻すと走って行ってしまった。・・・・・コウは一瞬追い掛けようと思ったのだが、思い直して立ち止まる。・・・・・左手を見る。・・・・・そこにはブーケが握られていた。綺麗な、ピンク色の、『花嫁のブーケ』である。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
恥ずかしい。・・・・・いや、非常事態だ、これを持って歩かなきゃならないだなんて!!コウは顔がとめどもなく赤くなるのを感じながら、カイが去って行ったのとは逆方向に、思いきり走り出した。・・・・・右手に竹刀袋を持ち、左手にはしっかりとブーケを持って、全速力で走り出したのである。
大学構内には、もう恥ずかしくていられない、と思ったのだった。
「・・・・・・ガトー、大変だ!」
「・・・・・・まあおおむね、貴様はいつも大変だな。」
大学を飛び出したコウは、そのまま京都市内にある、留学生会館へと向かった。・・・・幸いなことに留学生会館は、今出川キャンパスからさほど離れてはいなかった。
「本当に大変なんだって!」
「聞いている。・・・・・帰って来たらまず手を洗え。人間の基本だ。」
留学生会館にはガトーが・・・・コウの友人であるフランス人留学生のガトーがいて、ちょうど、一心不乱に昼食を作っているところだった。中華鍋が威勢のよい音をたてており、ガトーの返事も聞こえて来るのだが、台所から出て来る気配はまったく無い。
「手は洗うから・・・・・俺の話をきいてくれ!」
「大学はどうなった。今日は、今出川に用事があると聞いたが。終わったのか?」
コウが竹刀袋を玄関に放り出し、洗面所に飛込み、ブーケをそっと置いて、素早く手を洗い、もう一回掴んで部屋に戻って来たあたりで・・・・・やっとガトーが台所から出て来た。中華鍋を手に持ったまま、だ。
「・・・・・・・用事は終わった、でもそれどころじゃなくて・・・・・!!」
「・・・・・・・なんだそれは。」
さて、ここでやっとガトーも事態に気がついたようだった。テーブルの脇に来て、直接中華鍋から皿にゴーヤチャンプルーを盛り付けようとして・・・・・そこで動きを止める。
「・・・・・・・なんだそれは。」
「ブーケだよ!」
「・・・・・・・それは見れば分かる。」
ガトーはコウの手にしっかりと握られているピンク色のブーケを見たのだが、料理の盛り付けを優先することにしたようだ。そして、足踏みしそうに慌てているコウに色々と・・・・・例えば、ゴーヤはこの夏の初物だぞ、であるとか、本格的にはごま油で炒めるのだ、とか、さいごにカツオブシを山ほどかけるのがポイントだ、などと色々と言いつつ盛り付けてから、もう一回こう言った。
「・・・・・・・で、なんだそれは。」
「・・・・・・・だから、花嫁さんのブーケなんだ!・・・・・ちょっと間違いがあって、俺がこれを貰ってしまって、それで俺は困っていて・・・・・」
コウが、あまりに急いで話をしたため、ガトーには意味が分からなかったらしい。ガトーは眉をひそめながら、中華鍋を片づけに台所に戻ると、箸を持って戻って来た。そして言った。
「最初から、順番に話せ。」
・・・・そこでコウは、何があったのか最初から説明することにした。・・・・大学に行ったこと。卒業生が、学内のチャペルで挙式していたこと。ブーケトスのときに、その場にいたこと。・・・・たまたま、自分の目の前にブーケが飛んで来たのでつい受け取ってしまったこと・・・・・。
「・・・・・・すると、貴様はついうっかり、」
最後まで話を聞いたガトーは、非常に苦い顔をしてこう言った。
「目の前にブーケが飛んで来て、」
「本当に目の前に飛んで来たんだ!」
「他の人には『受け取れない』ようだったので、」
「他の人には無理だったと思う!」
「このままブーケが地に落ちるよりは、と思って思わず『受け取った』と。」
「・・・・・・・・だって、」
「・・・・・・・・・・・・・馬鹿か、貴様は!!」
・・・・・・怒られた。コウは椅子にも座らず、ブーケを持って一生懸命ガトーに説明したのだが、ガトーは呆れたようにこう言った。
「いいか!お前は、このブーケの意味が分かっているのか?これは、本来女性が受け取るものであり・・・・」
「そんなことは分かってるよ!だから、焦っているんじゃないか!」
「分かっていないだろう、しかも『繋がってゆくもの』なのだぞ!!女性が結婚したら、次の人にもその幸せが届くように、そういう願いを込めて、結婚式で投げられるものなのだ!!」
「それも分かってるってば!!でも、もう受け取っちゃったんだからしょうがないだろう!」
本当の事を言われていても、こうも頭ごなしに叱られては、コウもだんだん腹がたってくる。
「分かっているのなら、何故受け取ったりしたのだ!このままだと、お前のところで幸せが『途切れる』ことになってしまうのだぞ!!・・・・だから、馬鹿か、といっているんだ!」
「・・・・・じゃあどうすればいいって言うんだよ!」
ついに、本当に頭に来てコウがそう叫んだ時・・・・・・・・まさに、絶妙なタイミングで、留学生会館の部屋のチャイムが鳴った。・・・・・・ピンポーン。間抜けな音だ。・・・・・・そこで初めてコウは、テーブルに用意されている食器が三人分であることに気がついた。
「どうもー・・・・・・・・・・・・・・・・はい、取り込み中ですか。」
部屋に入って来たとたんに、その場のただならぬ空気に気がついたアムロは一瞬立ち止まり・・・・それから首をひねりつつこう言った。
「・・・・・・えー、本日は御日柄もよろしく・・・・・・喧嘩の最中でしたらどうぞおかまいなく続きをどうぞ・・・・・・俺は、ゴーヤを食べに来てはどうか、というガトーのお誘いでやって来ました・・・・・・・・以上です。」
そう呟きつつ、睨み合うコウとガトーを回避しつつテーブルに向かうのだが、どうも様子がおかしい。ガトーは、椅子にどっかりと座り込んで腕を組み、非常に不機嫌そうだし、コウは仁王立ちで片手に変なものを持っている・・・・・・ちょっと待て、よく見ると、かなり変なものを持っているな、オイ!!!
「・・・・・・・何かあったのか?・・・・・俺、ゴーヤ食ってもいいか?」
アムロはテーブルにつきつつ、遠慮がちにそう言ったのだがコウとガトーは睨み合ったまま、まったく言葉を発しようとしない。
「・・・・・・・俺、食おうかな。・・・・・これ、冷めちゃうともったいないと思うんだけど。」
「・・・・・・・あまつさえ、貴様はそのブーケを受け取る間抜けな姿を、またカイとやらいう人間に写真に撮られたというのだな?」
すると、アムロの台詞は全く無視して、ガトーがそう言った!!・・・・・・いやー、なんか『真っ最中』に来ちゃったなあ。アムロは小さくため息をつきつつも、せっかくここまで来たのだから食事を始めることにする。
「・・・・・・・じゃ、勝手にいただきまー・・・・・」
「・・・・・・・クソっ、あったま来た!」
アムロが手を合わせてそう言ったとき、ついにキレたようでコウがそんな叫び声を上げた。そして、手に持っていたピンク色の不思議な物体・・・・・あれはたしか『ブーケ』というんだ・・・・・・を、イキオイよくガトーの目の前に突き出す。
「分かったよ!じゃあ、このブーケを無駄にしなきゃいいんだろ!!」
「貴様が受け取ってしまった時点で、既に無駄になっている、という話をしている!」
へえ、コウったらブーケを貰ったんだ。・・・・すげえな、男なのにブーケを受け取るなんて・・・・と思いつつアムロがもごもご口を動かしていると、コウがついに大声でこう言った・・・・・・・いや、宣言した。
「・・・・ガトー、今すぐ俺と結婚してくれ!!」
・・・・・・・アムロはさすがにごはんを口から吹き出した。・・・・・おそるおそる見てみると、コウはいたって真顔である。ちょっと必死そうな顔だけど。ガトーはさすがに言葉を失ったらしく、多少は青ざめていたが、さすが、というべきか、それでも微動だにせずコウを睨み続けていた。
「・・・・で、それでなんの解決になると・・・・・」
「俺がブーケをもらっちゃっただろ!!でも、俺がいますぐ結婚して、このブーケを投げるとするだろ!・・・・今日中に!!そうしたら、それを受け取った人に、幸せがちゃんと繋がるから・・・・・・どうだ、これで無駄にならねぇよ!」
「・・・・・・・前々から馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿とは・・・・・・・」
「ああ、どうせ俺は馬鹿ですよ!!馬鹿で結構!!・・・・・だから、なんでもいいから結婚してくれ!・・・・今すぐ!!」
こともあろうに、逆ギレしたコウはブーケをもったままガッシリとガトーの手を掴んだ。・・・・・なんて男らしい!・・・・・・じゃなくって、アムロは食事を中断して、いますぐこの場から逃げようと思った。・・・・・何故なら、
「・・・・・いいかげんにしないか、」
「アムロ!・・・・・『立会人』やってくれ!・・・・・それとも俺と結婚する方の役をやるか!!??」
さすがにガトーがコウの手を振り払って、何か文句を言おうとしたのだが、それよりコウの叫び声のほうが早かった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・あー、はいはい。結婚するんだな?・・・・いや、人前式なんだな、分かった、立会人の方をやる・・・・・・だから、結婚の方は二人で勝手にしてくれ・・・・・・おめでとう!!」
アムロは箸をくわえたままだったが、急いで立ち上がった。・・・・・くそ、逃げそこねた!
「今日、この良き日に、人々に・・・・・って言っても、俺しかいませんが、ともかく永遠の愛を誓いますか。・・・・・コウ。」
「誓います!!すごく誓います!」
怒ったままのコウはガトーの手を握りしめたままそう叫んだ。
「んじゃ、ガトーは誓いますか。・・・・・誓わなくてもいいと思いますが、ここは誓っておかないと、コウがキレたままで、このあと大変だと思います。・・・・・・どうするガトー。」
アムロは可哀想に、と言わんばかりの目で、ガトーを見た。・・・・・・ガトーは、コウとアムロの顔を見比べた。・・・・・そうして、仕方無さそうに、
「・・・・・・まあ、そういうことなら・・・・・・誓わないこともないが・・・・・・・・」
と、ため息をつきながらそう言った。
・・・・・・ゴーヤチャンプルーが冷めかけていた。
晴天の素敵な、六月の日曜の午後だった。
コウは嬉しそうに、「はい、ブーケ!」と言って、アムロにブーケを手渡した。
投げすらしなかった。手渡しだ、手渡し。
・・・・・・アムロは舌打ちをした。
やっぱ俺に来たか・・・・・・・・・というか、他に人がいないのだ。
「・・・・・・さーて!いやー、なんか一仕事したら、腹が減ったよな!!・・・・・あっ、今日ゴーヤじゃん!!冷めないうちに食べようぜ、どうしたんだよ二人とも!!」
・・・・・しっかり握りしめていたブーケを手放した瞬間、コウは非常にスッキリしたらしく、急にそんなことを言ってテーブルにつく。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ガトーが非常に苦い顔をしていたので、アムロは背中を叩いて励ました。
「このゴーヤうまいよ。」
「・・・・・まあ、おもにそういう問題では無く・・・・・・」
「そのくらいの問題にしておこうぜ。・・・・・な?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
アムロはブーケを持って、竹田のワンルーム・マンションに戻って来た。
「・・・・・・・ただいまー。」
「・・・・・・・ああ、おかえり。」
ガトーと同じくフランス人留学生であるシャアは、今日は何処にも出かけず、部屋で雑誌を読んでいたらしい。アムロが玄関から声をかけると、窓ぎわに座り込んでいるシャアから、そんな返事が返って来た。
「・・・・・・なんだい、それは。」
「ああ、このブーケ?・・・・・いや、今日ガトーとコウの結婚式があってさ。」
「へえ、結婚したのかい、あの二人。」
どうでも良さそうな返事である。・・・・・ともかく、ベットにもたれかかっているシャアの脇まで歩いてゆくと、ほら、とシャアが隣を指差した。そこで、アムロもとなりに座り込む。
「それで?」
「まあ、俺が立会人をした挙げ句に、ブーケまでコウに貰った、っていうワケだ。・・・・大忙しだよ。」
「へえ。」
シャアは面白そうにブーケを受け取って、少し眺めた。それから、アムロに返してよこした。
「親友の結婚式の立ち会いなんて、良い経験じゃないか。・・・・・で、これはどうするんだ。」
「・・・・・・・そうなんだよなあ・・・・・・・・・・」
アムロはため息をつきながら自分の手の中にあるブーケを眺める。ピンク色の、とても綺麗な『花嫁のブーケ』だ。
「コウは、今日たまたま大学のチャペルの前で結婚式のブーケを貰っちゃったらしくてさ。それで、そのブーケをなんとかしなきゃならないんで、大慌てて『結婚』したんだ。それで俺にくれたんだけどさ。」
「ああ、ブーケがそもそも原因なのか。・・・・・・そりゃ、ガトーも大変だったな・・・・・・・」
シャアの口調はあくまでフザけていて、それでいてどこか隙がない。・・・・・どうしたものかな、とアムロは少し首をすくめた。
「・・・・・・・・ま、このブーケ、明日くらいまでもつと思うんだよね。」
「・・・・・・・・ほう、それで。」
見ると、シャアは先ほどまで読んでいた雑誌に、また目を戻している。
「・・・・・・・・明日大学に持って行って、ミハルさんにあげようかと思うんだよね。・・・・・・カイさんのカノジョの。」
「ああ、いいんじゃないのか?」
「一番喜んでくれそうだからさ。アマダさんところは、この間結婚しちゃったしさ。・・・・・それでミハルさん。」
「なるほどね。」
・・・・・・・・・・・・・・・さて、アムロは仕方が無いのでついに提案してみることにした。
「・・・・・・それで、まあ、ただあげる、というわけにもいかないので・・・・・・・俺もコウと同じ作戦を取るのがいいんじゃないかと思うんだけど、シャアはどう思う?」
雑誌に視線を落したまま、シャアは小さく笑った。それから、眼鏡を外して、「構わんよ」と言った。それで、アムロはブーケを持った手をシャアの方に差しだした。
「・・・・・・・・ちょっと、今日だけ、今だけ、急いで『結婚』してくれる?」
「・・・・・ああ、君を心から愛してる。」
「んじゃ俺もそういうことで。・・・・・・・・でも、何人もの女の人に、同じセリフを言ってんだろうなあアンタ・・・・・・・」
シャアは差しだされたアムロの手を取って、その手に軽くキスをした。それから、「『何十人もの』女性に、だ」と真顔で訂正した。・・・・・・・そして二人は、馬鹿らしくなってしまって、声をあげて笑った。
さて、次の日、アムロは満面の笑みでミハルさんにブーケを投げた。新田辺キャンパスの前庭で本当に投げた。ついでに、「俺、昨日ちょっと『結婚』したんで、それ幸せのおすそわけ!!」と言うのも忘れなかった。ミハルさんは、面白そうに「へーっ、誰と結婚したの!!」と聞いて来た。
アムロは「・・・・・さて・・・・・俺は、コウとシャア、どちらと結婚したのでしょう!?」と言って、ニヤっと笑った。
ミハルが嬉しそうに持って帰って来たブーケを見て、その彼氏であるカイが学内報に『コウがブーケを受け取る瞬間』という写真を掲載しそこねたことは言うまでもない。この時の写真は、のちに何故かネガごとガトーの手元に渡り、コウがどんな表情でブーケを受け取ったのか、
結局ガトーしか知る人物はいない。・・・・・・六月のおめでたい一日の出来事だった。
2005/06/30
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