ついさっきまで授業の行われていた教室を出て、中庭に向かおうと階段に向かって廊下の角を曲がったアムロは・・・・驚いて立ち止まった。珍しい人物に会ったからである。いや、正確にはその人物をアムロは良く知っていた・・・・・良く知っているだけでは無く、ほとんど毎日顔もあわせていた。
「・・・・・ガトー、なんでこんなとこにいんの?」
つまり、工学部の建物にこの人がいることが珍しかったのだ。
「ああ、アムロ。ちょうど良かった・・・・」
「えっと、コウなら次の授業が知真館だからさっき走っていっちゃった。・・・・いないよ?」
この大学は私立の総合大学で広い敷地と、それから数多くの学部を持つ。だから、全学共通の授業が行われる校舎ならともかく、工学部の建物で『工学部では無い』学部に留学している留学生となど、出会うことはまずないのだった。
「・・・・知っている。だから来た、いや、コウではなくアムロに用事がな・・・・」
すると、更に珍しいことにガトーがそこで言葉を濁す。・・・・・言葉を濁す!ガトーが!アムロはますます驚いた。何だというのだろう、今日のガトーは?
「俺に用?・・・・・って何、恐い話だったらやだなあ・・・・」
ガトーは階段を登りかけのところでアムロに声をかけられたので、アムロの下二段ほどの段で立ち止まっていた。・・・・その事実だけは都合がいいな、とアムロは思った。何故なら、アムロとガトーには階段が二段違いくらいで、目線がちょうど同じになるくらいの身長差があったからだ。
「いや、つまりだ・・・・・その、頼みがある。」
ガトーが俺に頼み!・・・・アムロは、また驚いてバックパックを落としかけたがなんとか耐えた。
「頼み・・・・頼みですか、はあ・・・・・・・・・・」
そうして、下りの階段に向かって話をしているのに、何故か下を向いていないそんなアムロを、たまたま教室から出て来た屋島先輩が不思議そうに廊下から眺めていたのだった。・・・・・そんな十月の午後だった。
『バラ色の日々』ハロ登場編(笑)。
「・・・・・パソコンー?」
「ああ。」
結局、アムロとガトーはあれから工学部の中の休憩所のようなところに来ていた・・・・・・普段、あまり見かけないサイズの人間がそこにいることに、少し驚きながらも学生達が廊下を通り過ぎてゆく。アムロは、中庭の方がそんな目にあわずに済んだので良かったのだが、何故かガトーの方が中庭に行くことを拒んだのだった。
「・・・・・いや、そりゃあさ。作ったっていいけどさ。・・・・・でも、パソコンくらいコウだって作れるよ、コウに頼めばいいじゃんか。」
「・・・・・・・・作ってもらえないのか。」
ガトーの話とはつまりこういうことだった。自分はパソコンを持っていない・・・のだが、故郷のフランスにいる友人とも、もう少し自由に話がしたくなった。国際電話の代金は高いので、出来たらメールにしたい。大学のパソコンを今も使っているのだが、当然大学の共有パソコンではフランス語が打てない。フランス語のOSが入っているまでとは行かなくていい、出来たらフランス語のフォントの入っているパソコンがあったら嬉しいのだ、それも安く手に入ったら・・・・・・と、つまりは、多少メールを送る程度の機能があるパソコンを、安く作ってくれないかということらしい。
「いや、そりゃまあ俺が作っていいんなら作るけどさ、うーん・・・・でも、コウはガトーに何か頼まれたら凄く喜んで、もうめちゃくちゃ気合い入れて作ると思うんだよね。なのになんで・・・・」
「・・・・・・・・・・・・。」
そこでガトーは、何故か買って来た自販機の紅茶の紙コップを持って深く溜め息をついた。・・・・溜め息!ガトーが溜め息!
「・・・・・・もしもし?」
アムロは、休憩所の椅子にだらりと腰を掛けていたのだが、溜め息をついた瞬間にガトーの眉間の皺が更に深くなったように感じて、思わずちょっと後ずさりをしながら声をかけた。あれ、なんか俺ヤバいこと言いましたか?
「・・・・それが問題なのだ。分からんか。」
「はあ?」
アムロが間抜けな調子でそう答えると、ガトーは軽く首を振りながらこう言う。
「『めちゃくちゃ気合いを入れて。』・・・・それが問題なのだ。アムロ、覚えているか、この間コウは私に火鉢を一個買おうとして・・・」
「ああ、バイトのやつね!ああうん、あれなんか問題あったのか?大騒ぎを起こした割には、バイト代もなんとかもらえたしラッキーだったじゃん・・・・」
アムロがそう言っている間にガトーはすっくと立ち上がった。おおおお。座っている自分から見ると、ガトーはまるで雲を突く大男の様に見える。・・・・すると、その大男が言うのだった。
「・・・・・・火鉢を一個買おうとして、それ以来『プレゼントの鬼』だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、」
アムロはなんとか事態を把握した。・・・・やりかねない。やりかねない、コウなら!!コウは、1つの事に盛り上がると、回りの物がまったく見えなくなる。それできっと、今はガトーに猛烈プレゼントしたい期間、にでも突入してしまっているんだ、あり得る、コウならあり得る・・・・・・!!!
「・・・・・分かった、それは俺が作った方が良さそうだ、確かに・・・・・」
「頼めるか。それじゃ、すまないな・・・・。」
ガトーはそれだけいうと、アムロに幾ばくかのお金を渡して、そして建物の出口に向かいかけ・・・・何故か振り返った。
「?・・・・・何?シャアに言うな、っていうんなら言わないけど・・・・」
「違う。あれだ。・・・・ほら、アムロはイヤにならないか、その・・・・誰かにだな・・・・」
「誰かに?なに?」
「・・・・・・・いや、いい。」
何故かガトーはそれ以上何も言わずに背中を向ける。そして工学部の建物をまたのしのしと出て行ったのだった。その、出てゆくガトーの後ろ姿を見ながら、アムロは軽く首をすくめ・・・・・そして思った。これは、ほら・・・・あれだよ!
そこで、もう授業は無かったので椅子の脇に落ちているバックパックを拾い上げると、下宿に向かって珍しくダッシュで戻ることにしたのだった・・・・・うっわ、言いてぇ!誰かに言いたくてしょうがねぇ!!
自分のマンションに戻って来たアムロは、部屋に飛び込んでベットに駆け上がり・・・・思わず勢いでそこに寝ていた男を踏みつぶした。
「・・・・・何をする。」
「まあ聞け、シャア!」
何をするもクソもない。ここは俺の部屋だ・・・とアムロは思った。俺の部屋で、授業をさぼって大学にも行かずに寝ているあんたが悪い。だから俺に踏みつぶされるんだ。
「謝りたまえ、ああ、君が踏んだせいで私の脳細胞は300くらい死んでしまったに違い無い・・・・」
シャアが寝ぼけているのか、そんなふざけたことを言いながら煙草を探して手を延ばす。その手を、アムロががっしりと掴んだ。
「だから、聞け!」
「君、今日は積極的だな・・・すまんが朝から何も食べていないのでそんな元気が無い・・・・」
「誰も寝るとは言ってねぇよ。だから聞けって!更に面白いことに・・・・コウとガトーなんだけどさ!」
「ああ、最近少女漫画みたいな。」
「そうそう、その少女漫画みたいで、見ている方が恥ずかしいコウとガトーなんだけどさ・・・・ってあんた何するよ。」
元気が無いと言っている割には、掴んでいる自分の手を遡って身体に触れて来たシャアの手を振払いながらアムロは続ける。
「その二人なんだけど、なんか、少女漫画からプロポーズ期間に突入しちゃったみたいなんだよ!」
「ほほう、少女漫画みたいで見ている方が恥ずかしいコウとガトーがプロポーズ期間に・・・・って意味がワカラナイ上に枕詞が長過ぎて単純に不便だ!」
そこでやっと、シャアはベットの上に身を起こした。・・・・げー、何も着て無い。朝のまんまかよ。アムロはうんざりしたが、今度はシャアの方がアムロの顔を見て何かに気付いたようにこう言う。
「何かまた、面白いことがあったんだな?」
「うん、そうなんだ・・・・って、さっきから言ってるじゃねーか!!シャア、明日授業あるか?俺、日本橋に行く。」
「日本橋って、東京の?」
「そうそう・・・・・・・・・ってんなわけねーじゃん、大阪の。」
「そりゃまた何で。」
アムロの無言の非難が効いたのか、シャアはやっと起き出して服を着出した。
「パソコンの材料を買いに。もう一個作らなきゃならなくなって・・・・」
すると、シャアは上半身裸のままの状態で急に振り返って叫ぶ。
「君、これ以上まだパソコンを作る気なのか!!??この部屋にはもうパソコンが三つもある、それなのにまだパソコンを!あー・・・君、それを世の中ではマニアというのだ、日本語で言うとおたくだ。・・・・私はおたくと付き合っているのだろうかと時々思っていたが、それを実感させるようなことを言わないでくれたまえよ!もっとこう、ファッションとか音楽とか・・・そう言う華やかな趣味の女とだなー、付き合うのが夢で・・・・いや、幾人かとは付き合っているが・・・・・・・・」
「・・・・・・いや、つか俺男だし。何一人で盛り上がったり絶望したりしてんの。人の話最後まで聞けよ。・・・・俺のじゃ無いんだ。ガトーが、作ってくれって言うんだ。」
すると、やっとシャツまで着終わったシャアが、靴下を探しながらやはり思っていた通りの事を言った。
「ガトーが?・・・・コウ君に頼めばイイじゃないか、何故アムロに?コウ君だって作れるだ・・・・・・・・」
そこで、ついにシャアも何ごとかに気付いたらしい。
「・・・・・・・ああ。何と、そうか。そう言うことか。」
見れば、アムロは実に面白そうな顔をしてにやにや笑っている。
「そう言うことなんだ。コウじゃなくて、俺に作ってほしい、ってさ。」
「ああ・・・・・君・・・・なんてことだ、それは実に面白い話じゃ無いか!よし行ってみよう。行って、ついでにエロゲーの二、三枚も買って来よう。秋葉原だったか?」
「いや、日本橋、秋葉原はだから東京。」
アムロは、またなんでコイツはフランス人のくせにエロゲーなんて言葉知ってんだよ、とちょっと複雑な気分になったが、ともかくシャアが洋服を着終わったようだったので、二人で早めの夕飯を食べに竹田駅の近くの定食屋に向かおうと、家を出ることにした・・・・ああ、面白いったら!
その日、剣道部の練習を終えていつも通りにガトーの家に転がり込んでいたコウは、妙な違和感を感じて困っていた。
「・・・・・・・・・なあ、ガトー。なんか俺に隠し事してないか。」
「別に。」
いつも通りのガトーの家だし、いつも通りに自分はハシを両手に持って御飯が出てくるのを待っている。・・・・「きん」と「ぎょ」、もコップの中を泳いでいるし、火鉢も部屋の真ん中にどーんと置いてある・・・・のだが、何かが違った。
「・・・・・・・・なあ、ほんとにしてないか?」
「なんで貴様に隠し事をする必要があるのだ。必要なことは言っているし、関係ないことはあくまでも他人なのだから関係がない。」
「いや、そりゃそうなんだけど・・・・・」
ガトーの作った、見事な広島風おこのみやきを目の前に、コウは少し頭を振った・・・・なんだろうな、こう、何か違うんだけど、今日のガトー。
「・・・あ、そうそう。そういやさ、今日午後の授業の時に学部の友達が面白いこと言っててさあ・・・・」
「ほう、なんだ。」
ガトーが最後の料理を持って来て、自分もテーブルの前の椅子に座る。最後の料理、というのは、夕飯は当然のように、広島風おこのみやきだけではなかったからだ。普通の御飯、何故かマーボー豆腐、レバニラ、すいとん、その他もろもろ・・・・と実に腹に溜まりそうなものが数多く並べられ、小食のアムロなどが見たら間違い無く卒倒しそうな、だがガトーとコウにとっては標準の夕御飯であった。それはともかく。
「なんかさ、昼過ぎくらいに、すっげえ大きな人間が工学部にやって来て、びっくりしたって。屋島先輩なんかアムロが空を見上げながら話してると思ったんだって。アムロと話してた、っていうから、ガトーじゃないかなと思ってさ。」
「工学部になんぞ行っておらんぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう、」
そこで沈黙。・・・・を、していても、お腹はいっぱいにならないなと思ったコウは、いただきます、と手をあわせた。ガトーがどうぞ、と言う。
「それでさあ・・・・やっぱ何か隠してないか?」
レバニラのレバーばかり狙っていたら、ガトーがぴしゃり、とコウの手を叩いた。痛い。
「隠してなぞいないと言っているだろう。しつこい男だな。」
そう言われて、コウもカチンと来た。そこで、御飯は食べるのやめないままにガトーの机の上を指差す。
「って、言うけどさ!それじゃあ、あれなんだ!!???昨日まであんな空間、ガトーの机の上に無かったぞ・・・!・・・・うぐ。」
食べながら大声で叫んだコウは、そこでレバーを咽に詰まらせたらしい。安いのを買って来たからな。粉っぽいからな・・・と思いつつ、ガトーは慌ててティッシュを持って来る。・・・・ええい吹き出すな、貴様は子供か!というより、そんな細かい変化に気付くな!
「掃除をしただけだろうが。」
「あ、ティッシュありがと・・・・」
そう言いつつ、ガトーはそこでやっと気付いた・・・・・まずい!そうか、いくらアムロに頼んでパソコンを作ってもらったところで、結局そのパソコンはいずれこの部屋に来るのだ。いや、確かに本当の事を言うと、机の上の空間は、パソコンをアムロに作ってもらおうと決心してから掃除をして開けてみたその為のスペースだった・・・・しかしだ!どうする、もしパソコンをコウではなくて、アムロに頼んで作ってもらったことがばれたら!いや、そんなことは別にいいのだ、私の勝手だ、そうしたかったからだと言えばいいのだが・・・だが、どうする!!
「・・・・食べるのに集中しろ。」
「してます。ええ、してますとも!!」
結局、二人はそんなことを言い合って、二人共に考え込んだままその日は食事をして別れることにしたのだった・・・・おっかしい!絶対ガトーは、なんか隠してる!これは、アムロに相談しなきゃ!・・・とコウは思った。そして帰り道の夜空を見上げながら、何故か「俺は負けないぞー!」と叫び、犬に吠えられたのだった。・・・ガトーはというと。
何故、自分がこうまでもコウに何かをしてもらうことが嫌なのか、について考えていた。やはりアムロに相談してみようかと思ったが、口まで言葉はでかかって止まった。「誰かにだな・・・・」誰かに。・・・・・・・・・いや、コウに。
コウにパソコンを作ってもらうのが、こんなに嫌なのは何故だろう。
アムロをとっ捕まえようと意気揚々と大学に向かった次の日、だがしかしコウはアムロを見つけることが出来なかったのであった・・・・電話を掛けてみたら大阪にいるという。
「えー!なんで大阪・・・・今日の授業のノート、そしたらいる?」
『おーわりー。いる、愛してるコウ・・・・』
「うん、俺も。で、なんで大阪?シャアさん一緒?」
『うんいる。かわる?』
「用ないし。」
『言えてる。』
しかたなしに電話を切ったコウの耳に、自分を呼ぶ声が入って来た。
「浦木くん。・・・・浦木くん、今の電話アムロにかしら。そろそろ応用通信のレポートの〆切りだわよって、伝えておいてくれる?」
「あ、屋島先輩・・・・」
振り返ると、屋島先輩だった。いつも通りの温和な顔で、にこにこ笑っている。・・・そこで、コウは昨日小耳に挟んだ話を思い出した。
「あの、そうだ、ミライさん・・・・ちょっと聞きたいことが、あとそうだ、相談もしていい・・・・?」
「珍しいわね。」
「アムロがいなくて。」
そのコウの台詞を聞いて屋島先輩はひどく面白そうな顔をしたが、次は空き時間だったらしい。そこで、二人は工学部の学食に向かうことにした。
「ああそう、そうよ、いつも浦木君と一緒に居る・・・・あの、銀髪のやたら大きい人だったわよ。」
「・・・・あー。そしたらやっぱガトーだ、くっそ、なんでガトーもアムロも俺に内緒でいろいろやってんだよー・・・・」
まず、コウが昨日工学部に現れた大きな人物について聞いてみると、やはり屋島先輩から帰って来た返事はそんな返事だった。思わずコウは机につっぷす。
「あら、仲間はずれなの、浦木くん。」
「んー・・・っていうか、みんなが俺に何かを隠している気がする・・・・・」
「誕生日の準備とかではないの?」
「俺二月十四日だし、全然関係ない、今十月・・・」
そんなコウを見て、屋島先輩はまた面白そうに笑った。
「別にイイじゃ無いの、喧嘩をしたとかならともかく。喧嘩だっていいわよ、仲直りが出来るなら。そういうんじゃないの?」
「そういうんじゃなくてですね。・・・・ええっと、上手く説明出来ないなあ・・・・・俺、こう、ガトーに追いつけ追い越せ、ってそういう人生だから・・・・」
「面白い日本語ね。」
そこで、屋島先輩はコウがおごった野菜生活を一口飲んだ。うわあああ。ニンジンの入ってるものなんかよく飲めるなあ。コウは思った。今年は暖かいらしくて、大きな学食のガラス窓から、少し傾きだした太陽のひかりと、それから裏山の紅葉がみえる。
「だから、こう・・・・なんて言ったらいいのかなあ、あああ・・・・・・・そうだ!俺はほら、ガトーに勝ちたいんだから、だからガトーの事は何でも知って無いと、調べとか無いと!なのに何でか、ガトーとアムロが二人してなんか隠してるんだ。」
すると、その言葉を聞いてさすがに屋島先輩が吹き出した。しばらく口元に手をあてて、我慢出来なそうに肩を震わせていたが、やがて急に顔を上げてコウの方を覗き込む。コウは、女の人にそんな風に近くで見つめられることは滅多に無かったのでちょっとぎょっとした。それで、思わず目を逸らしてしまう。・・・・え、俺なんか変なことを言ったか。
「・・・あのね、浦木くん。それ、ちょっと違わないかしら。・・・・私は違うと思うわね。」
「え・・・・・そうなのかなー。」
「ええ。・・・・・全部分かって無きゃならないだなんて、そうしてもしそのガトーさん?って人の事が全部分かっていたとしても、そうしたら浦木君はきっと逆に、追いかける元気が無くなるわよ。」
「・・・・・・・追いかける元気がなくなる?」
コウは、言われている意味が分からなくてちょっと考え込んだ。・・・・・追いかける元気が無くなる?
「元気が無くなる、っていう表現もふつうじゃ無いわね・・・ええっと、そう。『追いかけるのがつまらなくなっちゃう』のよ。だって、分からないことが無くなっちゃうだなんて、秘密がないのと一緒でしょう。」
「・・・・・・・・・・・????」
そう言われると、分かったような分からないような気分になる。ヒミツ、ヒミツだって。そう、そう言われれば、今回のこれは本当に謎だ。ガトーって言うのはもっと分かりやすい人間で、こんな風に何かを隠されたのは、出会ってから初めての事だった。いや、それまでも何か隠してはいたのかもしれないが、自分には分からなかった。それで、今回こんな事になった。・・・・・・そしたらこれだ。俺、なんでこんな。・・・・・・こんな。
「・・・・じゃ、いいや。俺、放っとくことにする・・・・・・」
「それがいいとおも・・・」
最後の野菜生活を飲み干して、そこでもう一度コウの顔を見た屋島先輩は・・・・・そこで驚いて言葉を切った。
「うん、そうだよ、放っておけばイイんだよなあ、なんだ簡単じゃん。」
「・・・・・・たいへん。あらあらあら、たいへん。浦木君、あなた・・・・・・」
そして屋島先輩は、あわててカバンを開くと、中からハンカチを取り出した。・・・・・・・なんでこんな。
「あなた・・・・・・・・・・・・・泣いてるわよ。気付いてないの?」
こんな今苦しいの。
ともかく、屋島先輩はおろおろしてハンカチを二枚も三枚もコウに手渡したのだった。その後ろを何故か絶妙なタイミングで、カイさんが「ミライさーん。・・・・年下の男泣かせちゃアいけないなねぇ・・・・・。」と言いながら面白そうに通り過ぎてゆく。コウは三枚くらいハンカチを辞退し、学食の入り口の扉にぶち当たりながらも、とにかくその日は家路に着いたのだった。・・・・・いや、それだけではない。その次の日もその次の日も、ともかく一週間ほど、アムロともガトーとも顔は合わせていたのだが、隠し事について質問することは我慢して過ごしたのである。そのコウの静けさに、何故かシャアが、面白いを通り越して怯えたほどであった・・・・・・・・が、アムロの部屋で着々と製作途中のパソコンについてはもちろん何も話さなかった。・・・・・・・・・そして、一週間と少し経った日曜日。
珍しく、留学生会館で四人で集合・・・・などという話になったので、アムロとシャアがやってくるのをコウとガトーは待っていた・・・・というのも、もともとこの留学生会館の部屋はガトーとシャアが一緒に住んでいた寮のようなものなのだが、いつの間にやらシャアがアムロの部屋に転がり込みはじめ、そしてそれと入れ代わりのようににコウが泊まりに来るようになっていたからである。つまり、コウはその前の晩もからっぽのシャアのベットを拝借してその部屋に泊まっていたので、それで「待っている」という表現にになったのだった。
「・・・・・・・イイ天気だなあ。今日、剣道、練習なくて良かったよなあ。」
日本の秋の空は高い。留学生会館は京都市内にあったが、その窓からの眺めはなかなか良かったので、コウは気に入っていた。
「そうだな。」
「アムロとシャアが来るって、用事なんだろう。」
「さあな。」
さあな、というその返事に、ベットに寝転がったままだったコウは思わず真横にあった部屋の壁を蹴りつけそうになったが、それは我慢した・・・・さあな、も何も!あああ、俺ったらこの一週間、屋島先輩との約束(?)を守って我慢ばっかだ!!しかし多分、自分が一週間ほど前から実に苦労して聞かないようにして来た『謎』が、今日解きあかされるのである!・・・・と、少なくともコウはそう思っていたし、ガトーも、ついにこの日が来てしまったなあ・・・とは思っていた。そんな表情は、つゆとも表には見せなかったが。
「おまたせでーす・・・・」
そこへ、いつも通りあまりやる気のない声を上げながら、まずアムロが部屋に入って来る。・・・・それから、何故か大きな四角いダンボール箱を抱えてシャアが。
「・・・・・・・重い。実に重かった。・・・・・私は考えたよ、何故こんなものを私が持たなければならないのかについて、いやそれより何故私もアムロも車を持っていないのか、そして更に竹田から京都市内まではどうしてこんなにも遠いのかについて!!!」
ダンボ−ル箱には八ヶ岳高原レタス、と書いてあった・・・・が、まさかレタスは入っていまい。
「なに、それ?」
玄関に適当に靴を脱ぎ散らかして、そして部屋の真ん中にどっかりとその段ボール箱を置いたシャアに、コウがそう声をかけた。・・・・そのコウの言葉に、シャアとアムロの二人はギョっとする。・・・・なんですって、奥さん!!!!では、まだガトーはコウにパソコンの事を話していないのだ!
「・・・・・・・・・・いや、これはだな・・・・・そう、私が、アムロに頼んだものだ。」
すると、そこでやっとガトーが・・・・そう、ガトーが、アムロにパソコンを作ってくれ、と頼みに言った時と同じように言葉を濁しながらそう言った。
「ふーん・・・・・で、何?」
コウは、気にしないようで、ただ段ボールを見つめながらそう続ける。・・・・・・恐い。シャアは思った。一週間、実にモノを言いたそうなのに我慢し続けていたコウ君も恐かったが、今のコウ君もなかなか、本当に恐い。
「いや、だからね・・・・えっと、パソコン。」
が、まあこのまま固まっていてもパソコンは動き出すまい。そう思ったアムロは、結局普通にそう言って、段ボール箱からパソコンを取り出した・・・・・・何の変哲もない、DOS/Vのただの自作パソコンである。
「ガトーのリクエスト通り、フランス語のOS入れといた・・・から、それ以上のセットアップはしてないよ。ええっと・・・・おっ、この机の上でいいかなあ、んじゃ、繋ぐね・・・・・」
アムロはそう言うと、さっさとパソコンを取り出して、ガトーの机の上に置く。その場所こそ、コウが怪しい、とガトーに尋ねた場所であった。が、そんなことを知らないアムロは、机の下に入り込んで次々コードを繋いでゆく。
「ダイヤルアップは内臓のモデムで・・・・えっと、面倒臭いだろうから使って無い時は部屋の電話がなるように、二股に分けてモジュラージャックには突っ込みっぱなしってことで。・・・・ガトー、聞いてる?いいか、勝手に繋ぐよ?」
アムロがそうガトーに尋ねた時に、遂に、コウが言った。
「ふーん・・・・・・ガトー、アムロにパソコン作ってもらったんだ。」
その台詞を聞いて、ハッ、と他の三人が我に返る。・・・・・・・そうだったー!コウに、まだこの事態の説明を、きちんとしていなかったのであった。そこで、シャアが実に正論ながら・・・・・だがしかし、実に聞かなくてもいいような一言をコウに言った。
「・・・・・・作ってもらったんだ・・・・・って、それだけかい、コウ君。・・・・・・君、なんというか・・・・『怒らない』のかい?」
コウはときたら、その台詞を当のシャアのもののはずのベットの上で、静かに聞いていたのだが・・・・・・次の瞬間、
切れた。
「・・・・・っていうかー!なんだよ、なんだってんだよ、パソコンくらい俺だって作れる!作れるって言ってるんです、聞いてるかガトー!ふざけんなあ、なんでアムロに頼むんだよ、俺が作ったらもっと絶対すごい超めちゃくちゃイイのにした!!!・・・・・した!!!なのに何でアムロに頼むんだよ、くっそ・・・・・!」
猛然とベットから駆け降りたコウは、部屋の中央に走って来るととりあえず机の足を蹴り飛ばした。一週間分の怒りが一気に爆発したのである。「きん」と「ぎょ」の入っているコップが机から滑り落ちそうになって、シャアが慌ててそれを受け止めた。・・・・てか、コウ、声がデカい!そんな大声で叫ばなくても全然聞こえる!・・・・と、アムロは机の下で配線を繋ぎながらそう思った。すると、ガトーも負けじと大声で叫ぶ。
「・・・と、貴様が言うだろうから私は頼まなかったのだ!」
「なんだよ、全然わっかんねぇよ、ぜんっぜん、ちっくしょー!!!」
それだけ叫ぶと、コウはガトーの襟首に掴みかかる。しかし、びくともぜずにガトーはこう続けた。
「だから、私にも分からん!ともかく、誰かに・・・・・この場合は貴様にだ、いや、いつも貴様になんだ、ともかく、誰かに特別に何かをしてもらうのは・・・・」
「俺が作った!パソコンくらい俺にも作れたっ!聞けよ、ばぁか!」
「バカは貴様だ!」
遂にガトーはコウの口をその手で押さえる、という暴挙に出た。・・・・ド修羅場を目にしながら、シャアはジリジリと部屋の隅に避難を開始していたし、アムロは更に机の下に潜り込んだ。・・・・ようし!接続完了!ボタンを押せば、パソコンは起動する。
「(んごー!)」
コウは、まだ押さえられた手の下で何かを叫ぼうと四苦八苦していたが、ガトーはきっぱりと言い切った・・・・いや、もう回りに誰がいようがなんだろうが、ともかく言ったのである。
「誰かに・・・・いや、お前に何かをしてもらうのが嫌なんだ!こんな風に思うとは自分でも思っていなかった!だから・・・・今回はもう諦めろ!」
・・・・その瞬間、コウはガトーに口を押さえられたまま屋島先輩と話したことを思い出していた。・・・・・ああ俺。ああ俺、だから知らなかったんです。
知らなかったんです、ガトーがそんなこと考えてたの。これって、ヒミツですか。
シャアとアムロが微妙に固まって見つめる中、ガトーとコウもしばらく動かなかった・・・のだか、またしても唐突にコウがガトーの足を蹴る。
「・・・・・次のっ、」
それが合図の様に、ガトーに口を塞いでいた手を離してもらえたコウは軽く息をつきながらこう言った。
「次のパソコンは絶対俺が作るからな!・・・・覚えてろよガトー!」
「・・・・・・貴様になんぞ死ぬまで頼みごとはせん!」
「・・・・・・ざけんなぁ!」
ヒミツなんですか。ヒミツが分かっちゃったら、追いかけてるのがつまらなくなるってほんとですか。・・・・・・うそ。だって俺、今、
「ほんとにしないぞ!!」
「ほんっとうに、俺にだけ、頼みごとしないんだな!!」
「・・・・・・そうだ!そんな事は死んでもしない!」
めちゃくちゃ嬉しいんですけど・・・・・・・・・・・・・・・!
「あー、もしもし。」
その時、アムロが実に遠慮がちに・・・・机の下から這い出して来て、ガトーとコウの二人に向かってそう言った。・・・・つか、面白かったです。いや、面白かったのは面白かったんですが・・・・・、
「見ている方が恥ずかしい・・・・・いや、君らは実に少女漫画を超えたよ・・・・」
アムロが思っていたそのままの事を、避難を終了して戻って来たらしいシャアも言う。思わず、シャアとアムロは顔を見合わせて、そしてうなづいた。・・・・・・いや、もうホントなんて恥ずかしい!
「・・・・・・・ともかく、まあ、そんな俺が作ったパソコンも嫌わないでおいてやって・・・・・これはこれで使って。」
アムロがそう呟きながら、起動ボタンを押す・・・・・なにしろ国文科(!)のガトーに、リナックスは難しいだろうと思ったので、アムロはフランス語版のウィンドウズmeをそのパソコンに入れていた。・・・・が、起動画面だけは、シャアの手助けを得て、オリジナルのものをフランスのサイトからダウンロードしてきていたのである。
「・・・・・・そう、そうだな、名前でも付けたらこのパソコンも結構カワイイと思えねぇ?・・・・・うーんと、」
ちょうど、画面にはその起動画面が、変な人形がフランス語で「アロー(こんにちわ)」とウィンドウズの旗を振っているだけの、なかなかシンプルでイカした画面が、現れたところであった・・・・・それを見て、アムロは言った。
「・・・・・うん、『ハロ』。ハロ、ってどう、このパソコンの名前。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、」
「実にありがちのマチガイだな・・・・・・・・・」
二人のフランス人がそろって溜め息をついたので、アムロは何で!と思った。すると、コウが、何故かどさくさにまぎれてガトーに掴みかかったままのコウが、アムロに向かってこう言う。
「あのさ、アムロ。・・・・フランス語って、Hって発音しないんだ。・・・・無音のアッシュって言って。だから、ハロ、じゃなくてそれ、『アロー』って読むんだ・・・・・・ええっと、英語のハロー、と一緒の意味で・・・・・・・・・」
今度は、アムロが机を蹴飛ばしそうになった。・・・・・・・・・なんだよ!俺がパソコン作ってやったんじゃん、なに、俺、ひょっとしてダシ!?ダシに使われた!!???
「・・・・・あーのーなぁああああああ、」
「・・・・うわああああ、君まで暴れるな!いや、君はフランス語など知らなくても十分に素敵だ!いやホント!」
そう言って、両手に「きん」と「ぎょ」のコップを持ったままシャアが叫ぶ。その脇で、ガトーとコウはまだこんな言い争いをしていた。
「いや、だから俺が作ったら絶対もっとかっこいい名前つけたし!」
「名前の問題では無い。・・・・これはもう、ハロで決まりだ、分かったか。・・・・・・・・悔しいか!」
「・・・・・・・・・くっそぉおおおおおお!」
そういう素敵な、喧嘩ばっかの関係もある。
ともかくこうして、ガトーは『ハロ』という名前のパソコンを一台手に入れたのだった・・・・・コウはそれが悔しいらしく、それからも絶対そのパソコンの事をパソコンと言わない。ハロ、という。とにかく、
そういう素敵な、喧嘩ばっかの関係もある。・・・・・・・・それから『ハロ』は、主にガトーの友人でケリィと言う名のフランスに居る友人とのメールのやり取りに使われているらしいが、詳しいことはあまりわからない。コウが、次にガトーがパソコンを欲しがった時には絶対作ってやろうと、家で凄いスペックのパソコンを作り出したことと、アムロが二度とこんなことやらねぇ!とあまりの恥ずかしさに匙を投げてシャアに笑われたこと、それだけが、
確かなことである。綺麗な十月の空のもと、今日も四人の大学生は無駄にも思える青春の日々を送っていた。
2002/01/27
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