アムロとコウの二人は、知真館の建物から出て来て階段を登りかけたところで、後ろから声を掛けられた。
「・・・・安室君、浦木君!」
 誰かと思って振り向く。・・・と、声を掛けてきたのは同じ学部の先輩だった・・・・ええっと、確か。確か研究室で何度か会ったことがある。なんて言う名前だったっけかな?この先輩・・・・。
「・・・・屋島先輩。」
 アムロが考え込んでいる脇で、先にコウがそう言った。そだ、屋島先輩。そんなに仲が良い人でもないのだが、工学部にはまだ女性は少ないので、学年も何も無く全ての女性の顔を覚えてしまっている・・・いや、本当にそれだけの理由。別に一生懸命に、女の顔だけ覚えてるわけじゃ無いんだけどね、俺も!アムロは思わず心の中でそう呟く。
「あら、今一瞬、私の名前を思い出せなかったわね?・・・別にいいのよ?ところでこれ・・・・」
 温和そうな人柄が顔にまで滲み出ている屋島先輩は、しかし面白そうに笑いながら突っ立っている二人のところまでゆっくり歩いて来ると、鞄から小さな袋を取り出した。
「これね、私も友達に貰ったんだけど、あまりこう言うの食べないの・・・あなた達かわいらしいから、あげるわね。よかったら二人で食べて。新作ですってよ。」
 そういうと、その小さな袋をコウの方の手のひらに乗せて、さっさと屋島先輩は行ってしまう。
「・・・・???」
「・・・・貰っちゃった・・・・かわいらしいからって、何?」
 コウは屋島先輩の言葉にしきりに首をひねっていたが、アムロはといえば遠ざかって行くその後ろ姿を見ながら、なんとか名前だけでも思い出そうとしていた。コウは名字を覚えていたというのに、自分は全く思い出せないのではちょっと失礼すぎる。・・・しばらく考えてから、やっとアムロは屋島先輩の下の名前を思い出した。
「そうだ!!!未来、ミライだ!」
「え?屋島先輩?そうだけど・・・あっ、お礼!これもらったお礼、言って無い!忘れてたよ!!」
 ・・・・そこで、二人は手を振りながら、袋を振り上げてこう叫んだ。





「・・・ミライさ〜ん!!!ありがとうございます、これ!!!」





 その声に、屋島先輩は振り返るとちょっと笑ってまた歩いて行った。・・・・手元にある、屋島先輩からもらった小さな袋には、こう書いてあった。・・・・・・『かっぱえびせん紀州梅味 女性向けスリムパック』。










『バラ色の日々』、悪ノリのプリングルス続編(笑)。












 そういうわけで、二人は手にかっぱえびせんの袋を持って、ガトーが待っているはずの中庭に向かうことになった。
「・・・・・ガトー!」
 遠くからでも一発で分かるガトーの姿に、いつもの事ながらコウは大声を上げて手を振る。当然、周り中の人間が振り返った。・・・そんなに大声で呼ばなくても分かると思う、とアムロは思ったが、まあこれも慣れである・・・・この二人はいつもこんな調子なんだ、しょうがない。
「・・・遅かったな。」
 コウの大声に少し眉をひそめつつ、ガトーがそう言った。・・・何故か、今日中庭のベンチは混んでいた。三人は、いつものごとくお昼を一緒に食べる約束をしていたのだが、前の時間が空き時間だったガトーは、ずいぶんと前からその混み合ったベンチに小さくなって座りながら二人を待っていたらしい。こんなに混んでいるのなら校舎の中の中庭では無く、芝生のある前庭のベンチで待ち合わせにすればよかった。
「ごめん!さあ行こう!」
 コウがそう言うと、驚いたことにガトーが首を振った。
「そう言うわけには行かないのだ。・・・シャアがな。さっきの授業で一緒だったのだが、自分も一緒に昼を食べるから待っていろ、だそうだ。ヤボ用があるが、すぐに片付けていくからと。」
「ヤボ用って・・・・」
「・・・そりゃ女でしょ。」
 コウとアムロはそう言って顔を見合わせた。シャアはガトーと同じフランスからの留学生で、確かにこの四人は四人組で仲がイイのだが、シャアが大学で他の三人と一緒に行動することは・・・少なくともお昼を一緒に食べるようなことは・・・珍しかったからである。・・・・何のことは無い、シャアは女性関係でいつも非常に多忙な男で、友情よりもそちらを優先しているからだった。
「あ〜・・・・じゃ、しばらく待つか・・・やだなあ、俺昨日から腹が減っても飯が食えない事ばっか・・・」
 コウがそう言うと、たまたま空いたガトーの隣のベンチの隙間に、すかさず座り込む。が、アムロの分のスペースは無かった。
「何、昨日から飯が食えない事ばっかって。」
 しかし、アムロはコウが先に座ってしまったことに別に怒りもせずにそう言う。どうするのだ?と思ってガトーが見ていると、信じられない事にコウがぽんぽんっと自分の腿を叩いた。・・・・そうして、何も考えない風で、そのコウの膝の上にアムロがちょこんと座る。
「えー、昨日の日曜にもさ、俺ガトーんちでもうちょっとで御飯食べ損ねるとこだったのな・・・・そうだ!アムロ、あれ、ほら、ミライさんに貰ったやつ!」
「あー、あれね・・・チョイ待ってて。」
「・・・・・おい。」
 えんえんとその格好のまま日常会話を続けそうなコウとアムロに、遂にガトーがこう言った。いや、言わずにはいられなかった。
「・・・・おい、貴様ら。何をしている?」
「え?」 
 そのガトーの言葉に、コウが顔を向ける。
「何って・・・・何が??」
 その時、アムロはやっとバックの中からかっぱえびせんを取り出した所だった。うん、こんなにすぐ必要になるなら、わざわざシマワなきゃ良かったな。
「何がって・・・いくら場所が無いからと言って、人を膝の上に乗せたり、乗ったりする奴が有るか!男同士だろうが!!」
「・・・・そう?」
「そういうモンかな?・・・でも、誰も妙には思って無いみたいだけど。」
 ガトーの言葉にコウとアムロはそう言って辺りを見回す。・・・確かに、別に誰もコウとアムロの二人には注目していない。男二人で、そんな事をしていたら妙といえば妙なのだが、場所が無ければおふざけで済まされそうなレベルの、それは問題なのだった。それに大学生なんて生き物は、大概自分の事でいつも忙しい。
「そんなこと言ったら・・・昨日のガトーと俺もすごく妙って事になるぜ−?場所いくらでもあったのに、俺ガトーの膝の上座っちゃったじゃんかー。あのベット、デカイもん。」
 その言葉に、今度はえびせんの袋を開けかけていたアムロが動きを止めた。・・・・はい?何ですって?・・・ベットの上で・・・・膝の上?
「・・・・・はい?」
 アムロは思わず間抜けな声を上げずにはいられなかった。思わずガトーを見ると、ガトーは思いきりしまった!という顔をしている。いや実際、心から後悔していた。・・・コウがアムロを膝に乗せようが何だろうが、突っ込まずに我慢していれば良かった。・・・こんな話題の流れになるとは!ええい、あれはコウの勘違いだったのだ!それで、私の膝の上に座ったのだぞ!!??しかし、言い訳をした方がきっと立場はまずかろう。
「昨日は日曜日で・・・・ええっと。・・・・え?」
 そんなガトーの心中も知らずに、アムロはバリっとえびせんの袋を開きながら、1人でそう呟いている。・・・ああ、また油菓子か!ガトーは何だか無性に腹が立ってきた。
「そうなんだー。昨日の日曜さあ、ガトーにお昼作ってもらおうと思って、ガトーの家に行ったんだよな!だけど、ガトーが本読んでて、作ってくれないのな、御飯!で、1人寂しくプリングルス食べてたら・・・・」
「・・・・それ以上話すな!」
 遂にガトーがそう叫んだ。・・・ああ、いまいましい。アムロは、一応えびせんの袋は開けたままで、首を回してじいっとそんなコウとガトーを眺めていたが、やがて言った。
「・・・・・・・で、コウ、えびせん食べる?」
「おう!」
 何も考えていない風でコウはそう言って袋に手を延ばす。・・・アムロはまだ考え込んでいた。何がどうやったら、ガトーがコウを膝に乗せる事態に陥るんだ?と、その時ふとガトーと目が合う。・・・思わず、アムロはこう言った。
「あ、言わない。・・・シャアには言わない。言いません。」
「・・・・・・。」
 ガトーは無言であった。・・・コレを聞いていたのがシャアなら、間違い無く今頃ニヤニヤ笑いのオンパレードだ。・・・まだ、アムロで良かったと思うべきか。
「・・・・でも、何で?」
 すると、コウが非常に簡潔にこう言った。
「え?・・・うん、俺が腹へってたら、ガトーがずっとお腹がそれ以上減らないように押さえててくれたんだよ。・・・何か変か?・・・変っちゃあ変だな。・・・そうか。」
 そう言いながらも、コウはかっぱえびせんを食べ続ける。
「・・・・・。」
 ガトーはまだ無言であった。・・・・すると、アムロはしばらく考えた挙げ句に結局こう言った。
「はあ・・・・いや、それで・・・・・・御飯はおいしかった?」
 コウは、えびせんをまだ口に放り込みながら答える。
「うん、そりゃガトーの作る御飯はいつも美味いよ!」
「ふうん・・・・・」
 すると、更に信じられないことをコウが言った。ひひひと笑っている。
「あと、ガトーの膝も座り心地いいぞ・・・・そうだ!二人でそっち座ってみるか、どう?」
「あ、そうなの?」
「おい!?」
 思わずガトーは逃げようかと思った。が、アムロもその案には賛成したらしく、コウの膝から飛び下りる。そうして、二人はそろってガトーの両膝に面白がって乗った。
「・・・・な、おっきいから座り心地いいだろー?」
「うん、こりゃいい。」
 ・・・・さすがに行き過ぎる学生達が、その状況にクスクスと笑い出す。
「・・・・・貴様ら。」
 ガトーが如何ともし難くなって、コウとアムロの二人を膝に乗せたまま頭を抱えかけた時だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・楽しそうだな。」
 非常に殺気を孕んだ声が、そんな三人の後ろの人込みから聞こえてきた。・・・シャアだ。
「で、何がどうしてこの状況なのか、是非とも説明してもらおうか?・・・・アナベル・ガトー君。」
 ・・・・説明もクソもない。実を言うと、シャアは男同士のくせにアムロと付き合っていたので、コウはともかくアムロを膝に乗せていることに関しては、何故か文句を言う権利を持っているわけだった。・・・ああ、まったく!
「あ、シャアさんー!おっそいよ、俺もうお腹減って死にそう!」
 が、そのガトーの窮地を救ったのは、面白いことにまたしても何も分かっていないコウだった。そう言ってガトーの膝から飛び下りると、アムロの手から食べかけのかっぱえびせんを取り、今度は自分の鞄にしまいこむ。
「さあいこう!」
「・・・うん、行こう。」
「・・・そうだな、行こう。」
「・・・・・・・・・・・・あのな・・・・・・・・・・・・。」
 シャア以外の三人の、まるで口裏を合わせたようなその台詞にシャアは眉間がヒキツリかけたが、ともかく四人はやっと揃ったので学食に向かって移動を始めた。










 その日、シャアはどの女の所にも寄らずに、すんなりアムロと一緒にアムロのワンルームマンションに戻ってきた。いや、戻ってきたと言うのも変な表現ではあるが、なにやらシャアは本来の自分の部屋であるガトーと同室の留学生会館の一室よりよっぽどアムロの部屋に居る時間の方が長いのだから、この表現もあながちウソでは無い。
「・・・・でだ。何をガトーの膝の上に乗っているんだ、アムロ。」
 部屋に入って、ドアを閉めて、開口一番にシャアが言ったのはそんな台詞であった。・・・ああ、この人、実はヤキモチやき?アムロはうっすらそんな事を思う。が、アムロはアムロで、少し考え込んでいる事があったのだった。
「いや、成りゆきで。・・・ところでさ。」
 シャアは勝手にアムロの部屋に上がり込んだ挙げ句に、ベットに座り込むと自分の膝を指差す。アムロは、少しため息をつきつつそれでもシャアの膝の上に座った。・・・・その行動に、シャアの方が少し驚いた。・・・・絶対、いつものアムロなら文句を言ってこんな事嫌がるのに。
「・・・・アムロ?」
 シャアがそう言うと、アムロがむーんと唸りながら、とシャアの身体に寄り掛かかる。そうして、まだ首から下げていた鞄をはずして部屋の隅に放り投げた。
「・・・・シャア、御飯作って。」
「はあ?」
 シャアはアムロを後ろから抱き締めながらそう返事する。・・・御飯だって?
「腹が減っているのか?」
「いや、別に。」
 ・・・じゃ、なんで御飯なんだ!シャアは思って、せっかくベットの上なのだしと思ってアムロを抱えたまま押し倒しかけた。・・・・飯よりセックス。
「・・・・飯つくってってば!」
 すると、思いきり抵抗しつつアムロがそう叫んだ。何だと言うんだ?
「・・・・私は料理は得意じゃないんだが・・・・」
「知ってる。前に、俺が風邪ひいた時に作った謎の料理、ありゃすごかった。」
 アムロが、ベットの上でシャアの下敷きにされたままそう言う。
「・・・・でも作って。作ってくれなきゃもうヤらねー!」
「・・・・・・・・・。」
 無茶苦茶だ!とシャアは思ったが、起き上がるとワンル−ムマンション特有の小さなキッチンに向かった。冷蔵庫を開けてみる。ナショナルのI'tsシリーズの小さなヤツ。・・・・相変わらず、アムロの冷蔵庫に殆ど食料は入っていなかった。
「・・・・あのだな。何でもいいのか?」
「なんでもいいです。」
 アムロは、1人残されたベットの上でまくらに突っ伏しながらそう言う。・・・不機嫌だな。そこまで聞いて、やっとシャアはそう思った。しかし、私だって怒っているんだぞ?君がガトーの膝の上に乗ったりしているから。・・・そう思いつつも、シャアはありったけの材料を冷蔵庫から出す。そうして、何だか良く分からないものを、また作りはじめた。
「・・・・君ね、なんだか今日は不機嫌だぞ?・・・怒りたいのは私の方だ。」
 包丁を握りながら、シャアは思っていた事を軽くアムロにそう言ってみた。・・・すると、アムロがこんな事を答える。
「コウがね。・・・・ガトーさんの作る御飯は、いつも美味しいってさ。」
「へえ?・・・そうだな、そういえば留学したての頃からガトーは、『日本料理を極める!』とか言って錦小路で包丁買っていたし・・・フランス料理ももともと上手かったな、何度か食わせてもらったが。ふむ、今はコウ君がガトーの料理修行の犠牲者か。」
 シャアがそう答えると、アムロは更に突っ伏したまま、こう続けた。
「・・・それでねー、コウがお腹減ると、ガトーさんは膝の上にコウを乗っけて、お腹が減らないように押さえてくれてるって、お腹。」
「へえ・・・・・・・・・・・・・え?」
 シャアは思わずなし崩し的な返事をしてしまったが、返事をしてからアムロの言った言葉の凄まじい内容に気が付いて、思わず包丁を握る手を止めた。・・・・そうして言った。
「・・・・え?・・・・・というか、君、ひょっとして・・・・・・・・・・」
 シャアはもう、本当に包丁をまな板の上に置いてしまっていた。というか食器すら学食から盗んできたものばかりのアムロの家に、まな板が有る事が実は奇跡に近い。
「・・・・アムロ。ここから一番近いスーパーは何処だ?」
 とりあえず、切ってあった分の鮮度の怪しげな野菜をアムロの家に有る唯一の鍋に放り込みながらシャアがそう言う。そのシャアの言葉に、何ごとだ?と思ってアムロもまくらから顔を上げた。・・・ああごめん、ガトーさん。コウが膝に乗った事、言わないって言ったけど言っちゃった。
「えっと・・・。え?ほら、竹田駅の脇の、あそこ。Aコープだけど。」
「分かった。」
 それだけ答えると、シャアは鍋をとろ火でかけたまま、ドアから出て行こうとする。
「シャア?」
 思わず、アムロは飛び起きるとシャアに付いて行こうとした。・・・俺、なんか変な事言ったか?
「君も一緒に来るか?」
 靴を引っ掛けながらシャアはそう言う。
「うん?・・・・何ごと?」
「マトモな材料を買いに行く。」
 そう言うシャアに引きずられるように、アムロも部屋を飛び出した。・・・・何?
「マトモな材料って?」
「料理の。・・・・君・・・・君ね、今コウ君に嫉妬してるんだよ・・・・・・・自分で気が付いているかい?」
「・・・・・・・・そんな事無い。」
 スーパーまでの道すがら、そう言うシャアに、アムロは思わず首を振った。夕暮れ時。家路を急ぐ人々。スーパーでタイムセールが始まる時間。
「いや、そうだ。絶対そうだ。・・・・はっきり言おう、私は料理が得意では無い。」
「だから、そんな事ないってば!!!!」
 アムロは思いきり否定したが、シャアはその言葉を聞かない。スーパーに辿り着くと、かごを手に持って、香辛料のコーナーに直行した。
「・・・・料理は得意では無い。が、私だって君の為に料理ぐらい作れる。」
「だから・・・・!」
 アムロはまだ否定しようとしたが、シャアは全く聞いていない感じだ。そして、アムロの全く知らない香辛料を、かごの中にポイポイっと放り込んだ。
「・・・・フランスはね、昔から水が不味くて、人はあまり生野菜を食べない。それから、香辛料がヨーロッパで一番もてはやされたのもフランスだ・・・アムロ?聞いているか?ええと、私にできるのは『ながら料理』だけだな・・・つまり、鍋を火に掛けて、煮ながら材料を放り込んで行くだけのシチューみたいなヤツだ・・・・・・・・私の母もあまり料理は上手く無くて、でもこれだけは・・・・・・・・アムロ?」
 そこまでブツブツ言いったところで、シャアは後ろに付いて来ていたアムロが完全に立ち止まってしまっている事にやっと気付いた。
「・・・・・アムロ?」
 それで、言いながら振り返る。すると、アムロはうつむきながらこんな事を言った。
「・・・・どうしよう、シャア、俺嬉しい。」
「・・・・何がだ?」
「・・・・嬉しい。シャアが俺の為に御飯作ってくれてっ・・・・・・・・!」










 ・・・・ああ。シャアは思った。ここが夕暮れ時のスーパーの中で無かったら、間違い無くアムロを抱き締めてキスをする。・・・・真っ赤な顔をしてうつむいて、泣きそうになっているアムロにキスをする。










 アムロも思った。・・・・そうか。ヤキモチ焼きは俺か。・・・この人じゃなくって俺か。・・・バカみたい、こんなにこの人好きになってどうすんの。










 それから二人は、輸入食材の香辛料を大量に抱えてマンションに戻り、シャアの家庭の味、であるらしい簡単なポトフを作って食べた・・・・実際それは、シャアが作れる唯一の料理であった・・・・・・でも幸せだった。










 その頃、ガトーとコウは共通の部活動である剣道部の練習を終えて、やっと興戸の駅から近鉄線に乗った所であった。
「ああ〜・・・・今日も疲れた、なあ、ガトーんち行ってもいい?」
 まだ日が沈むのが早い四月の空を電車の窓越しに眺めながら、コウがそう言って座席にどっかり座り込む。・・・・来るなと言っても来るだろうが。ガトーはそう思いながらふん、と鼻を鳴らした。・・・あの程度の練習でくたばるな。
「夕飯か。」
「ああ〜・・・・それは、ガトーが作ってくれるの待ってる気力が有りそうに無い、どっかで食べようよ。王将とかでさ。・・・っていうか、俺もう、今お腹ぺこぺこ・・・・」
 コウは、本当にお腹が減っているらしい。時間が微妙なせいか、車内には殆ど人はいなかった。と、何かを思い出したようで、コウが鞄に手をやる。
「そうだ!・・・・ミライさんに貰ったえびせんがあったんだった。」
「・・・・・・ここで食べるのか。」
 ガトーは一応そう言ったが、コウは容赦無く鞄の蓋をあげる。
「止めないで。・・・・やめられない、止まらない。」
 コウの言葉の、後半の意味が分からず、ガトーは思わず聞き直した。
「何だって?・・・なんだ、それは。」
「えびせんの歌。」
 コウは、それだけ答えると、さっさとえびせんを取り出し食べはじめる。それを、ガトーは苦い顔で見ていた・・・叱った方がいいのか?これは。公共の空間でそんなものを食べるな。
「やめられないとまらない〜かっぱえびせん!」
 コウはまだ歌いながら、えびせんをぼりぼり食っている。・・・・ガトーはもう一回聞いた。
「そんな歌があるのか?」
 コウが答える。
「うん。・・・・日本人で知らない人間はいないね。国民的な歌だし。えびせんて、日本の代表的菓子なのな。ええっと、外国のポテトチップくらいのものなのな。簡単に食べれるお煎餅ミニスティック版。」
 その、『日本の代表的菓子』という所に、ガトーはひっかかった。・・・・何だと?
「・・・・・あ、ひょっとして食べたい?」
 ガトーの隣の座席に座り、えびせんを抱えていたコウがニンマリと笑う。・・・・いや。私は油菓子は嫌いだ。・・・しかしな。
「・・・・別にいい。」
 こんな所で、菓子なぞ食えん!そう思っているガトーを尻目に、コウはえびせんを食べ続けた。
「やめられない、とまらない〜♪・・・・・ガトー、本当は食べたいんじゃないのか?」
「別に!」
 しかし、コウはえびせんを一本掴み上げると、ガトーの顔の真ん前に差し出した。
「はい、口開けてー。」
「・・・・何をする気だ。」
「何を?え・・・・そうだな、ほら、あーん、ってやつ。」
「・・・・・・・・・。」










 ガトーは思いきり自分の中のアイデンティティと戦った・・・・・・・・・そうして結局、日本の文化に対する興味が勝った。










 ガトーが口を開けたので、コウは楽しそうにその口にえびせんを放り込んだ。・・・・相変わらず『やめられない、とまらない〜♪』と歌いながら。










 ・・・・これだから、油菓子は嫌いなんだ。最後にガトーがそう思ったかどうかは知らない。こうして、あちこちで四月のとある一日は暮れていった。















2000/09/21










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