「・・・・がとぉおおおおおおおーっ!」
 そう陽気に叫びながらコウがガトーの住んでいる京都市内の留学生会館の一室にやって来たのは、恐ろしい事に午前二時を回る頃だった。
「がとー・・・おれきたよぉ〜・・・・うにゃー?」
 季節は五月の終わり頃。なんだかだんだん気候も良くなって、確かに頭の中が花畑になってしまうようなヤツも、一年で一番沢山表れる時期ではあった・・・が。
「がとー・・・なんだー、ねてんのかー?」
 コウは勝手に、良く知っているガトーの部屋にどかどか入り込む。・・・何の事は無い、非常に酔っていたのであった。ガトーの部屋に鍵はかかっていなかった。これは珍しい。これには理由があったのだが、それはまた後で話そう。
「がとぉー・・・・」
 ともかく、ガトーは寝ていた。この部屋は、フランス人留学生のガトーとシャアが二人で住んでいる部屋だから、ベットは二つあるのだが、ガトーの方のベットが膨らんでいる。それを確認して、コウはベットに近づいた。
「がとーってば・・・おきろぉ、うーん・・・・・」
 そんな事を言いながらコウはベットの脇まで歩いてゆくと、ペタっとその脇に座り込む。そうして思わず気が遠くなりかけて、ベットのガトーの背中に頭だけ突っ込んで眠りかけてから・・・はた、と気付いた。いーや、このままじゃカゼひくなー・・・・・。
「うーん・・・じゃ、おれきょうとまってくしー・・・・はははは!」
 はっきり言って、コウがここまで酔うのは珍しい。ともかくコウは、そう言ってガトーの背中をポンポン、と陽気に叩くと、いつも自分が泊まる時寝ているシャアのベットに今日もお邪魔しようと振り返り・・・・ビックリして立ち止まった。
「・・・・・うお?」
 なんだか、シャアのベットも膨らんでいるのである!・・・・つまり、運悪く(?)非常に珍しくシャアもこの部屋に帰って来ていたのだった。
「あー・・・・あり?・・・んじゃー、おれはどこでねましょう・・・・・・・」
 そうつぶやきながら、いい加減酒に酔っているコウは、部屋の真ん中で立ち往生することになった。・・・ガトー、俺寝るとこない。・・・起きてよ。








『バラ色の日々』、小咄のつもりが長くなってしまったねぼう話(笑)。
二年目の十一月のばらいろ小咄『ぎもん』と繋がってます。











 一方ガトーはと言うと、もちろんコウが部屋に入って来た瞬間から目が覚めてはいた・・・というか、正確に言うと、その日はシャアが急に帰って来たりしたものだから、気分が悪くて眠れないでいたのだ。思わず、服も着替えずにベットに入って、ともかく会話を交わさないで済むのなら眠ってしまおうと考えた。
「・・・・がとぉおおおおおおおーっ!」
 そこに、コウのいつも通りの大声である。・・・玄関の鍵は閉まっていなかったのだな。ガトーはそう思って舌打ちをした。自分が最後に出入りしたのなら、必ず閉める。つまり、シャアが入って来て閉めなかった、と言う事なのだ。・・・だからこの適当な男は苦手だ。そう思って、ガトーがコウを無視して寝たフリをしようと決め込んだ時だった。
「がとー・・・なんだー、ねてんのかー?」
 コウが、近くに来た気配がする。ぶつぶつ言いながら、コウはガトーのベットに頭をつっこんできた・・・なんだ。酒臭いぞ。
「うーん・・・じゃ、おれきょうとまってくしー・・・・はははは!」
 が、しばらく経つと、コウはがばっと、唐突に立ち上がった。・・・そうして、今度は部屋の中を移動している物音がする。しかし、何故かその音は、部屋の中央あたりでピタっと止まった。
「・・・・・うお?」
 そのコウのつぶやきを聞いて、ガトーもやっと思い当たった。・・・そうだ、だから今日は、シャアがいるのだ。諦めて帰れ!
「あー・・・・あり?・・・んじゃー、おれはどこでねましょう・・・・・・・」
 コウは、本当に立ち止まって考え込んでいるらしかった。




 コウは、悩んでいた。部屋の右側を見る。・・・すると、そこにはガトーが寝ているのだった。続いて左側を見る。すると、今度はシャアがそちら側で寝ている。
「・・・・どうしよう・・・・・・」
 コウの酒に酔って更に眠い頭に、それは究極の選択であった!!・・・俺が真ん中で寝ればイイのか?うーん川の字・・・・でも寒そう・・・・・・。
「・・・よし!」
 考えあぐねた末にコウの出した結論は・・・・・・。




「・・・・やめんか!」
 コウが、シャアのベットにもぐり込もうとする直前に、自分のベットから飛び出したガトーが凄い勢いでコウを引き止めた。・・・そうして小さく怒鳴った。シャアを起こさないように極力声を低くして。
「今日は見ての通りベットはいっぱいだろうが!・・・素直に自分の家に帰らんか!!!」
「で、もぉー・・・・」
 コウは、ガトーに腕を掴まれて驚いて振り返った。・・・・が、眠い。半分、ガトーの胸に突っ込むように倒れかかりながら、コウは言った。
「しゃあさんのほうがー・・・がとーよりー、からだちいさいからー・・・・きゅうくつじゃないかとおもって・・・・・」
「・・・・理由はそれだけか!それだけの理由で貴様はこの歩く性犯罪者のベットに自分から飛び込もうというんだな!?」
「うえー・・・・?」
 そこまで言って、ガトーははっ、と気付いた。自分は今、妙な事を口走らなかったか!!??・・・実はこの五月に、まだコウはシャアとアムロが付き合っている事を知らなかったのである。
「で、もぉー・・・・・」
「分かった!・・・分かったから、こっちにこい!」
 これ以上会話を続けると、シャアが起きてしまうかも知れない。そう思ったガトーは、とにかくコウを引っ張って来ると自分のベットに放り込んだ。
「あー・・・こっちで寝ていいのー・・・?」
「・・・さっさと寝ろ。」
 そうして、しょうがないので自分もその随分狭くなってしまったベットに無理矢理入り込む。留学生会館の部屋に、当然お客用のふとんなど、用意されてはいないのだった。
「んー・・・ありがと、がとぉー・・・・がとーのにおいがするー・・・・・」
 コウは、そう言いながら上機嫌でさっさと寝てしまった。・・・・・・疲れた。
 あまりなじみのない至近距離にコウの寝顔を見ながら、ガトーは思わずため息をついた。・・・・本当になんだか疲れた。




「・・・・何ごとだ?」
 次の日目が覚めたシャア・アズナブルは、その自分の部屋に信じられないものを見て、思わず固まっていた・・・・同室のアナベル・ガトーが寝ている。いや、それはいい。ここはガトーの部屋なのだから、そりゃ寝ているだろう。驚いたのは、そのとなりに実に幸せそうな顔をして、シャアの友人でもあるコウが寝ていた事であった。・・・いや、寝てるっていうか。へばりついてる?
「・・・・何ごとだ?」
 シャアは思わずもう一回そう言った。・・・・自分が寝ている間に何ごとかあったのは事実であろう。だがしかし、シャアは前の晩やはり飲み会帰りに電車が無くなってしまった為非常に仕方なく近くにあったこの部屋に戻ったのであり、ガトーの小言に近いような台詞をえんえん聞き続けるのも嫌だったので、たまたま睡眠薬を飲んで寝てしまっていたのである。これは、多忙なシャアにはかかせない薬であった。いや、無理矢理睡眠を取ってまで女と遊ぶなと、世間の皆様が言いたいだろう事は良ーく分かっているが。
「・・・・・・とりあえず、」
 その時、ふと思い付いてシャアは鞄からデジカメを取り出した・・・それは、昨日アムロの部屋からかっぱらって来たものだった。
「・・・失礼。」
 一応そう言いつつも、シャアはそのガトーとコウの根姿を写真に取る。・・・アムロに見せてやろうと思った。・・・世にも珍しいから。
「さーて・・・・」
 そう言って、シャアはさっさと部屋を出て行ったのだが、コウはもちろんの事、今度はガトーも目は覚まさなかった・・・理由は簡単だ。隣に人間がいるベットで眠る事になど慣れていないガトーは結局明け方まで寝付かれず、ついさっきやっと眠りについたばかりでぐっすり寝込んでいたからである。
「爽やかな夜明けだなー・・・・!」
 最寄りの地下鉄の駅に向かいながら、思わずシャアはそう言って口笛を吹いた。




「・・・・んー・・・・?」
 それから小一時間ほどたった頃、先にコウが目を覚ました。・・・あれ、ガトーだ。・・・それもドアップ。・・・・何だ?
「・・・あっれぇー・・・・俺、なんでガトーと一緒に寝てんだ・・・・?」
 疑問には思ったが、コウは非常に単純な男であった。・・・なんかあったかいな。きもちいいな。・・・まだちょっと眠いな。
「・・・ま、いいかあ・・・」
 そう言うと、もうちょっとガトーの方にすり寄る。・・・おお、でっかい犬と寝てるみたいー。
「おやすみー・・・ふわああ・・・」
 そう言って、コウはもう一回眠りに落ちた。




 一方ガトーは、コウにすり寄られて目を覚ました・・・何だ?と思って目をあける。すると、どう見てもコウが自分にへばりついて、隣で幸せそうに寝ているのだった。
「・・・・・・・・・・」
 ガトーは昨日の晩の出来事を思い出して、思わずため息をつきそうになった・・・・が、不思議とどこまでも幸せそうなコウの寝顔を見ていたら、そんなに悪い気分でも無くなって来た。・・・時計を見てみる。・・・八時半。
「確か、一限から授業が・・・・・・」
 ガトーがそう呟く言葉に、何故かコウが寝たまま『うんー』と返事をした。・・・・ガトーは思わず吹き出しそうになった。・・・なんだ。
 ・・・・妙に幸せだな。
「授業が・・・・・・」
 ガトーはもう一回呟いた。・・・それから、目を閉じた。・・・授業があったな。分かってはいるが。
「・・・コウ?」
「はい〜・・・・」
 試しにもう一回声をかけてみると、眠っているのにやっぱりコウはなぜかきちんと返事をする。・・・ガトーは、目を閉じたまま今度は本当に吹き出した。










 その日、アナベル・ガトーははじめて授業をさぼった。









 −−−−−−−後日談である。
「・・・で?」
 もう京都も奈良に近いような場所にあるその大学の校内で、シャアが渡してみせたデジカメの画像を、たった今ガトーは見た所であった。
「いやあ、別に?何と言う事は無いんだよ、アナベル.ガトー君。」
 シャアはあくまでもにこやかである。しかし、その顔に浮いているにやにや笑いを見ながら、ガトーはどうやったらこの窮地を脱出出来るものかと凄い勢いで頭の中で計算していた。
「いっやあ・・・仲睦まじいね、君とコウ君。・・・これで、私とアムロの関係にどうこう言う気は失せたかい?」
「別に。」
 ガトーはきっぱりと言った。・・・つまり、シャアはあの朝撮ったガトーとコウの写真を、今ガトーに見せたのであった。・・・これでは一種の脅しである。
「貴様らやましい関係かもしれないが、私とコウにはやましい所なぞ何一つないからな。」
 その返事に、思わずシャアは苦笑いをした・・・あーそうそう、そうですねー。
「・・・ふむ、しかしね。じゃあ君、私がこの画像を、コウ君や君のファンだと言う女の子なんかに高値で売っちゃっても構わないワケだね?・・・今、許可は貰ったよ?」
「−−−−−−−−−・・・・」
 その台詞に、ガトーは思わず考え込んだ。その手には、まだデジカメを持ったままだ・・・それは、なんだかガトーが持つと妙に小さく見えた。ガトーは何故か、そのデジカメをいじって、中身を確認していたのだった。・・・・よし。自分達の寝ている画像以外、このCFカードには入っていないな?
「・・・・・望みはなんだ。」
 ゆっくりと、慎重にガトーは聞いた。・・・睨み合うフランス人二人の脇を、日本人学生達が面白そうに通り過ぎてゆく。
「・・・いやあ、別に。大した事では無いのだが・・・そういえば、君は料理を作るのが上手かったな?」
「それが?」
「うん、そうだな、それがいい・・・・私とアムロに、十回ほど食事を作ってくれたまえよ!そうしたら、さぞかし豪勢な・・・・・って、あー!!!!」
 その時急にシャアが叫んだ。何故なら、ガトーが急にデジカメからCFカードを取り出すと、足下に放り出したからである。更に、ガトーはそのCFカードを、容赦無く踏んずけた・・・・もちろん、190センチを超える大男がそんなものに乗ったらひとたまりも無い。
「君!!・・・何をする!!」
「ああ、これは済まない!!」
 大声で叫んだシャアに、これまた大声でガトーも怒鳴り返した。
「高いものだっただろうに、つい手元が滑って!」
 手元も何もあるか!!・・・と、シャアは思った。わざとだろう、わざと!!・・すると、続けてガトーはこう言ったのだった。
「・・・悪かったな、このメモリを壊してしまったおわびに、飯を作ってやろう・・・貴様とアムロにな。10回でいいか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのな、」
「・・・ガトー!!!!!」
「シャア!」
 シャアが何か言いかけた時に、後ろから絶妙なタイミングで声がかかった・・・・コウとアムロだ。フランス人二人が振り返ると、中庭の入り口から、彼等はちょうど入って来る所だった。
「・・・・・?・・・どうした?なんかあったのか?」
 シャアとガトーのただならぬ空気を察したのか、コウが珍しくそんな事を言う。アムロはというと、ガトーが手に持ったデジカメを見て、全てを理解したようであった。そうして、小さくガトーにごめんねー・・・と声をかける。
「・・・・ガトーが、今度飯を作ってくれるそうだ、私達に。」
 シャアがアムロにそういうと、アムロはちょっと首をすくめた。もちろん、アムロもあの画像は見ていた。あー・・・ガトーさんが怒り狂ってなきゃいいけど。
「うえー、それ何!!??・・・俺!おっれは、俺には作ってくんねーの!!??・・・ていうか、なんだ、御飯の話なんか聞いてたら、俺腹減って来た!!」
 コウは怒ってるんだかお腹が減っているんだかよく分からない、中途半端な叫び声を上げ・・・そうして宣言した。
「なんだ!・・・んじゃ、これから四人でいつも通り御飯食べればいいんだよー!!ガトーんち行こう!」
 そのアイデアを思い付いた瞬間に、なんだか機嫌は良くなったようである。・・・そうして、中庭に入って来たばかりだと言うのに、さっさとアムロの首を掴むと校門に向かって歩き始めた・・・・いや、確かにもう授業はないから、自分達は待ち合わせていたのだが。
「・・・・おい。」
 そういうと、ガトーはシャアにデジカメを返した。・・・シャアは、舌打ちをしながらそのデジカメを受け取った。
「・・・どーも。」
 そうして、先に転がるように庭を出ていってしまったコウとアムロを追うように、自分達も中庭を後にした。




 ・・・その後、コウは面白がって理由も分からないのに『ガトーがシャアさんとアムロに食事作ってあげる券!』を作っていたが、それが使われたかどうかはついぞ謎のままである。
















2000/12/19




この話のにはモトネタ画像があります。こちらです。









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