12月25日深夜。
・・・・・・・・・もうあと5分で、26日。
(そしたら、棚に置いてあるクリスマス商品を正月用品に入れ替えて・・・と、)
コンビニ「ファミリア竹田店」でアルバイトに励んでいるトルコ人留学生ギュネイ・ガスは、店長から言われた今日の仕事を頭の中で反芻していた。
今日の上がりは、朝の2時の予定だったが、いつもならギュネイと交代に現われる2〜7時まで男がなぜか昨日、欠勤していた。生真面目なギュネイは、いつまで経っても姿を見せないその男に怒りつつも、お店が大変だから・・・と、居残って働いたのだが、店長の方は、それを知っても、ああそう、・・・という程度だった。
「よく居るんだよ、そういう奴が。・・・クリスマス資金を稼いだんで、もう来ないんじゃないかなぁ・・・。」
「・・・・・・・・・。」
店長ののんびりした言い方にも、腹が立つような気がしたが、店長に怒ってもしょうがない。・・・店長だって困ってる・・・はずだよな?
「今日も来ないだろうから、頼むよ、ガス君。」
(えーっ?)
さすがに二日続けて、朝まで通しは身体がしんどいかな、と思ったが、・・・・・・・・・たぶん店長だって困ってる・・・・・・・・・はずだよな。・・・仕方ないか。
・・・・・・・・・それに!
もしかしたら、あのきれいな薔薇の人がまた来てくれるかもしれないと、ちょっとだけヨコシマな考えがわいたのも事実である。
「・・・あ、12時だ。」
店の中にいるお客は、本の棚の一番奥の・・・いわゆるエロ本棚のあたりでもう30分以上、立ち読みをしている男が一人。ギュネイはカウンターを出ると、クリスマス商品の整理に取りかかった。
お菓子の詰まったサンタブーツに、お菓子の詰まったサンタのかっこうのキティちゃんの缶バックに、お菓子の詰まった袋を背負ったサンタのかっこうのプーさんの人形。・・・なんでもかんでもサンタだらけだ。ギュネイは次々と、オレンジ色のカゴに入れていく。
(・・・なんか、)
ヘンだよなぁ、とギュネイは思った。・・・・・・・・・日本の宗教は、仏教とか神道、だよな?
その、仏教の見本のような街、京都に住んでいるギュネイには、この二日間、・・・正確には、もうちょっと前から、テレビや友達の話題がクリスマス一色になったのも、不思議でしょうがなかった。ちなみにコンビニの中も、お菓子だけじゃなくて、クリスマスケーキの箱やクリスマスサンドにクリスマスチキン・・・目に付くものクリスマスだらけだったが。
・・・とても日本らしいとギュネイには思える、ミニしめ縄とミニ鏡餅を棚にきれいに並べながら、不思議の国ニッポンのこと、まだまだ勉強が足らない、とギュネイはフンドシを締め直し(・・・意味はあってるよな)た。
「ギューちゃーん。・・・・・・・・・帰っても寝るだけなんだろう?・・・うちでクリスマス祝ってかない?」
朝7時。さすがに12月では、朝日がまぶしい、とまではいかないが、空も白みはじめている。・・・目に外の景色がちょっとだけまぶしい時間。レジ奥の暖簾の下から小林隼人が顔を出して、ギュネイに声をかけた。・・・ファミリア竹田店、店長の息子である。外国人であるギュネイがバイトを見つけられたのも、彼のおかげだった。
「ハヤト君、・・・俺、回教徒なんだけど。」
「・・・僕、仏教徒。」
「・・・・・・・・・。」
「さぁさぁ、着替えて二階へ上がって来いよ。」
ハヤトが、暖簾の向こうにさっと消えると、バタバタという階段を上る足音だけが、ギュネイの耳に残った。・・・お疲れさまーの声を受けて、ギュネイも暖簾をくぐる。・・・とにかく連チャンで朝7時までがんばったんだから、早くモスグリーンとレモンイエローの制服を着替えたい。・・・そして眠りたい。だが、ハヤトは恩人である。ギュネイ・ガスはやっぱり生真面目、だった。
「あー、きたきた、こっち座ってよ。」
「あ、ありがと。」
ハヤトの部屋には、ベッドとコタツの両方が置かれているので、見た感じ狭っ苦しい。コタツの上には賞味期限が25日(!)までの売れ残りケーキとチキンレッグ二本とシャンメリー(ピンク)。・・・うーん、やっぱり不思議。
グラス・・・といっても、シャンパングラスではなく、『Coca-Cola』のロゴもまぶしいどう見ても景品だろうというグラスに、ハヤトがシャンメリー(だからピンク)を注ぐ。・・・キレイな色。浮き上がる小さな泡。
「だめだめ・・・お酒はだめなんだよ。」
「・・・はっはっ。ギューちゃん、僕だってそれぐらいのことは、もう覚えたさ。・・・これはただのジュース。」
「え?そう?」
瓶の裏にはアルコール1%未満、の表示。
(1%未満ってことは、0.9%ぐらいは入ってるかもしれないってことで・・・)
「あー、ギューちゃんってば、考え込んじゃちゃって。・・・平気、平気、小さな子供だって飲んでるんだから。」
「う・・・うん。」
二人は、シャンメリーの入ったグラスをそれぞれの手で掲げた。
「せーの、カンパーイ。」
「あ、違う違う、メリィ・クリスマスだよ。」
「・・・メリィ・・・クリスマス。」
ちーん。
「おいしいや、これ。」
「だろう。」
恐る、恐る、といった態で口をつけたギュネイがその味ににっこりと笑ったのを見て、ハヤトは満足そうだ。いただきまーす、と二人は続いてケーキとチキンに齧り付いた。・・・朝っぱらから。
「・・・ねぇ、ハヤト君。俺、どうしてもわからないんだけど。」
「ん・・・(もぐ)。・・・何が(もぐもぐ)?」
「日本って、仏教の国だよね?・・・あと神道とか・・・、なのになんでクリスマスに、みんな大騒ぎなのかな???」
「・・・・・・・・・難しいなぁ(もぐもぐ)。」
直径18cm、丸一個のケーキは、8等分に切られていた。ちなみにギュネイは一個目の半分ぐらいを食べかけ、・・・ハヤトは二個目。
「仏教なら、ブッダの誕生日とかにお祝いするんじゃないの?」
「あるある(もぐもぐ)。・・・それは『花まつり』っていうんだけど・・・4月の・・・いつだったかなぁ(もぐもぐもぐ)。」
チキンレッグもおいしかった。パリパリの皮に柔らかい肉。・・・こっちは賞味期限が切れてないようだ。
「・・・回教の掟はもっと厳しいよ。マホメットの降誕祭を忘れたら、バチが当たる。」
「えっとー、・・・そうそう4月8日だった!・・・お寺に行ったら、甘茶がただで飲めるんだよなぁ(もぐ)。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
口いっぱいにケーキを頬張りながら、そんなことを言うハヤトにちょっとギュネイのジト目。
「だからー、そう固く考えなくてもいいと思うよ。・・・こどもの頃、クリスマスが来るってすごい楽しかったんだ。・・・ワクワクするっていうか。・・・サンタさんがプレゼントを持ってくるまで、起きてるんだ!って言いながら寝ちゃったり・・・。」
「プレゼント?」
「・・・本当はね、親がこっそり置いてくんだけど・・・、いい子にしてないとサンタさんが来ないわよ、なんて言われてな。」
「ふーん。」
「僕は、好きだよ。・・・仏教徒だけどクリスマスを楽しんだり、仏教徒だけど教会で結婚式を挙げたり、仏教徒だけど回教徒のギューちゃんと一緒にこうしてクリスマスケーキを食ったりするの(もぐもぐ)。」
「・・・・・・・・・ハヤトくん(ほろり)。」
トルコから日本に来て早三ヶ月。・・・寂しい思いもした、辛いこともあった。でも、楽しいことだってあるさ!!!
「・・・本当は、かわいい女の子と一緒にケーキっていうのも捨てがたいけどな。」
「あはは。」
こうして、ギュネイの初めてのジャパニーズ・クリスマスは、男二人でわびしく?ではあったが、別の意味でとても暖かいものになった。
「・・・で、さぁ、ギューちゃん。・・・・・・・・・こっちのケーキも食べていい?」
3/4ホールがハヤトのお腹に収まった頃、満腹感と満足感に包まれて、二人はコタツに足を突っ込んだままウトウトし始めた。・・・不思議の国ニッポンは、まだまだ奥深い、かもしれない。
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