・・・・・・・楽しくて。
信じられないくらい毎日がいつもいつも楽しくて。・・・・だから、この世には変わらないものなんてないのに、
・・・・・・・永遠に。
永遠にこの日々が続くんじゃ無いかと思っていたよ。
『バラ色の日々』・・・・ケンカ番長コウ・ウラキ編、ここに完結!←・・・・・あっ、まちがえた(笑)!
「分かんねぇよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・気持ち悪いよ!!」
叫ぶのと同時に、コウはものすごいイキオイで部屋を飛び出してゆく。それを横目で見ながら、しかしガトーはまずシャアに殴り掛かった・・・・コウの後を追うことはせずに、だ。
「貴様ぁ・・・・・っ、」
一回、二回・・・・三回。シャアは避けようともしなかったので、すべての拳が見事にみぞおちあたりに決まった。普段からきっぱりとものを言い、人を寄せつけないような頑固とした印象のあるガトーだが、逆にその落ち着いた印象のせいか、ここまで本気で怒っているのをアムロもシャアも見たことは無い。・・・・・・・火が。
「・・・・・っ、」
シャアは息が出来なくなって壁際に崩れ込む。・・・・・・・まるで火がついて、燃え上がってしまったみたいだ。そしてそんな形相のまま、もう一回ガトーが拳を振り上げようとしたところでアムロがついに叫んだ。
「・・・・やめろ!・・・・やめてくれよ、どうしてシャアばっか殴るんだ!・・・・・俺も殴ればいいじゃないか・・・!」
「・・・もちろん死ぬほどそうしてやりたい気分だ!」
胃液を吐き出してむせているシャアと、自分の拳の間に割り込んできたアムロに、ガトーは容赦無くそう言った。
「・・・ああ、殴ってやりたいとも、貴様もな!・・・・・だが手加減が出来ん、シャアは死なんだろうが、アムロは殺してしまうかもしれん!!」
ガトーはそれだけ吐き出すように言うと、それ以上はもう何も話したく無いとでもいうように後ろを向く。・・・・・そして、コウと同じドアを飛び出していった。
「・・・・・・・・・・・・」
雨の音がさっきより強くなった気がする。・・・・ずいぶんと時間が経ってから、アムロはシャアと同じ壁際にずるずると座り込んだ。・・・・・最悪だ。
「・・・・・・生きてるか。」
アムロはそれだけを言った。・・・・・・シャアはまだ腹を抱えていたが、指先が少し動いて、顔を上げもせずに小さな声でこう言った。
「・・・・・・・死んだ方がマシくらいの気分だがな。・・・・・残念なことに生きている。」
・・・・・・最悪だ、コウにバレた。
知真館を飛び出したコウは、振り続ける雨の中を前庭に飛び出した・・・・・・そこは、数分前までカイがコウに向けて携帯メールを打っていた場所であった。しかし、今はもうカイの姿はない。彼は返事の帰ってこなくなった携帯をしばらく眺めていたのだが、これ以上この問題に自分が首を突っ込んでも実際、アレだよな、という気分になったのでその時刻には大学前の坂道を駅に向けて下っている最中だったのである。そもそもが講議中の時間帯であるから学生の姿がまばらな前庭のどまんなかで、雨の中で、
「・・・・・・・・・・っくそぉおおおおおおおおおお!」
コウはとりあえず叫んだ。大声だったので図書館前あたりにいた学生達が数人、自分の方を振り返ったような気もしたのだが、そんなこともどうでもよかった・・・・・・ああ、どうでもよかったんだ実際、俺が!!!・・・・俺が、どうでもいい人間で、いろいろなことを隠されていたんだ!
「・・・・・なんだよ、何が・・・・・!!」
腹がたっているせいだろうか。・・・・前庭のど真ん中に出て、そして叫んで、そうしたら一歩も動けなくなった。おまけに、考えもまとまらない。
「・・・・・コウ!」
そこへ、聞き慣れた声が聞こえてきた・・・・・ガトーだ。コウはかろうじて振り向いた。ガトーが、自分と同じ知真館の建物から飛び出して、雨の中、庭を横切ってくるところだった。
「・・・・こんなところに馬鹿みたいに突っ立っているな、風邪をひく。」
そのガトーの台詞を聞いた瞬間にコウは頭から雫をしたたらせたまま・・・・・どこか切れた。思わず、背中にのばされたガトーの手を振払う。
「・・・・・ええ、馬鹿ですよ!俺はどうせ馬鹿ですよ、なんだよ・・・・・だから何なんだよ、なんでみんなで俺に隠し事を・・・・!」
「・・・・・もうお前にも分かったことだろう!隠していた事実については謝る、」
「やっぱり隠していたんじゃないか!その・・・・アムロとシャアさんが、」
「では逆に聞くが!」
アムロとシャアが。・・・・その先の台詞を言い淀んだコウを見てガトーがもう一回コウの背中に手をのばした、そして強引に図書館の方へ押してゆく。
「・・・・・ガトーも知ってたのに、教えてくれなかったんじゃないか!」
「お前が聞かなかったからだ!」
「なんだよそれっ、」
「逆に聞くが、お前、仮に聞いたから、知ったからと言って『理解出来る』のか。・・・・・・意味が分かるのか!」
・・・・・・それは決定的な一言だった。・・・・・言われてコウも考えた。自分は見た。何を?・・・・・・・アムロとシャアさんが抱き合っているのを、だ。それから、カイ先輩にもあの二人がキスしていた、って聞いた。・・・・・それで?
「・・・・・・・分からねぇよ。ああ、分からないよぜんっぜん分からない!理解できないね、確かに!」
ガトーが強引にコウの背を押していったせいで、二人はラーネッド図書館の入り口あたりに辿り着き、あたりには他の学生達もいたのだが、二人は睨み合うようにそこでやっと向かい合った。
「・・・・・・ほらみろ。知ったからと言ってどうにも出来んのだろう。・・・・・私は聞かれなかった。だから答えなかった。それは確かに隠し事かもしれない、しかし・・・・」
「・・・・・もういい!」
コウはそれだけ言うと、怒りを通り越して脱力したような顔でガトーを見た。・・・・・それはやはり、ガトーが今までの生活で見たことがないようなコウの顔だった。
「・・・・俺、知った。・・・・だけど分からない。なんとなく分かるような気もする。・・・・いや!!!嫌だ、だけどやっぱ、考えたくもない・・・!!」
男女の恋愛話ですら、ときどき裸足で逃げ出すようなコウである。最初から、到底理解の域を超えているだろうな、などということはガトーにも分かっていた。なので、しばらく考えてからガトーはこれだけを言った。
「・・・・・・よし、ではまず、今日はもう家へ帰れ。部活動の方は『体調が』とでもなんとでも言っておく。それから、暖かいものを食べろ。・・・・落ち着け。」
今日はなんとなく、シャアが留学生会館に戻ってくるような気がガトーにはしていた。なので、コウを自分の家に連れてゆくわけにも行かなかったのである。
「・・・・・分かったよ。」
「それから、お前がアムロ達のことを理解できないのは良くに分かった。・・・・・・しかし、」
次の台詞を言うかどうかは、ガトーも悩んだ。しかし、ここはきちんと言わなければならない。そうでなくては、人で無いような気がしたのだ。
「・・・・アムロも、きっと理解してもらえないだろうなあ、と気付いていたのだ。・・・・だから、言わなかったのだ。そんな心遣いのある友達に『気持ちが悪い』などと言って、言われた方はどう思うのかも・・・・・お前は考えた方がいい。自分が言われたらどんな気分なのか。」
コウは無言だった。ガトーは、自分の折りたたみの傘をその手に渡すと、図書館の方へ歩いていった。
傘をさして前庭へ一歩出た瞬間にコウは、雨と一緒に泣き出した。
「・・・・・・どうする。」
「・・・・・・君、家へ戻りたまえ。」
少し息を吹き返したシャアと、その脇に座り込んだアムロは、薄暗い使われていない知真館112教室でまだそんな会話を交わしていた。
「・・・・・・それで、どうする。」
「・・・・・・私は、ずいぶんと、たくさんの大切なものを、」
シャアがそう言いかけた時、急にそっぽを向いたままだったアムロが顔を近付け、そして驚いたことにキスをしてきた。
「・・・・・・君ね、」
さすがにシャアは笑った。
「私はさっき胃液を吐き出したばかりだ。」
「・・・・・・胃液がなんだよ、どうせ汚ねぇよ、何もかも。」
ああ、ずいぶんと自暴自棄だな、今俺は。・・・・アムロは思った。考えたく無い、もうどうすればいいのか。そうだ俺なんか気持ち悪くて汚ねぇよ、どーせ。
「・・・・・・・・・・・そうだ、そんな風にも考えられる、しかしコウ君はそう思っていない、そんな世界に住んでいない。」
なまじ身動きが出来なかったので、アムロにのしかかられ、口の中を長いことまさぐられてから、シャアはついに息が苦しくなって、本当に笑い出してアムロを押し返した。めちゃくちゃだ!そう思った。
「やめたまえ。キスしたって怪我は直らん、君は動物か?・・・・・そうだ、私はずいぶんとたくさんの大切なものを・・・・・・・傷つけて生きていたんだ、今やっと気付いた。」
「難しいこと言ってんじゃねーよ、今さら。」
「・・・・君もだよ。君もだ、君なんか現実に体に無理をさせて、傷つけてしまっていた。・・・・だけどそれに気付いていなかった、」
「・・・・あんたがバカだから気付かなかったのか?」
本当にずいぶんといまさらなことを言うなあ。アムロは思う。だって、男同士がつきあったり現実に寝たり、なんてのはそもそもが無茶じゃ無いか。気付いて無かったのか?
「違う、」
シャアはなんとも言えない顔のままアムロにキスをするでもなく・・・・かわりに、しっかりと抱きしめた。これ以上ないほど強く。
「・・・・君が『許してくれていた』から気付かなかったんだ。」
アムロは何も答えなかった。シャアは続けた。
「・・・・他のみんなにもだ。・・・・・・私は許され続けていた、何故か許されてしまっていたのだよ。だから、逆に本気で殴られたのだって今日が初めてだったんだ。・・・・・それほどまでに人に考えてもらったことも。それほどまでのと友を得たことも。・・・・私には今まで無かったんだよ、アムロ。」
最後の方なんてもう呟きのようだった。・・・・・・・俺達は、こうしてこの後この教室を出て、別れて。・・・・そして、二度と話もしなくなってしまうのだろうか。・・・・アムロはついに思った。うわ、終わりだろうか。
「・・・・私は、自分が痛く無いから気付かなかった、周りの人間をどれだけ傷つけていたかなんて。・・・・・自分が痛い思いをして初めて知った。」
・・・・・・・・うわ。まるで結論を急いでいるかのようなシャアとは正反対に、アムロはだんだんと、自分が落ち着いてゆくのを感じていた。・・・・・・そうだ、落ち着け。コウには知られてしまった。・・・・・・・・だけど、落ち着け。シャアは俺に家に帰れ、って言う。逆に言うと一緒に俺の家に戻る気はないってことだ。・・・・・・・しかし、落ち着け。
「・・・・分かった。」
ついにアムロはそう言った。シャアは頷いた。・・・・・・・・・・・・雨のずいぶんとひどくなった午後を、アムロは家路に着いた。見なれたワンルーム・マンションのドアをあけ、薄暗い部屋のまん中で天井からぶら下がる蛍光灯のヒモを引っ張った瞬間に、アムロは目の前に積み重なる多くの問題を思ってその場に崩折れそうになった。
晩御飯はシチューだった。・・・・カレーと同じで、小麦粉を炒めて、ではなくて、ルーを入れて作る日本風シチューだ。昨日コウが食べたいと叫んでいたのだ。
「・・・・・帰ったか。」
「や、ひさしぶり。」
部屋に入ってきたシャアに、ガトーはそれだけを言った。・・・・留学当初には当然だった二人でいる部屋の風景が、今はひどく物珍しいものにすら感じる。
「晩はシチューだ。」
「すまない、遠慮しておくよ・・・・昼にちょっと腹をしたたかに打ってね。」
「打ったのでは無い、殴ったのだ。・・・・まだ足りん。」
コウが食っていたはずのシチュー。そのあたりで、ガトーは何故かまた切れそうになった。シャアは少し後ずさる。・・・・・ああ、そうだ確かに私には私で、それなりに居心地のいい生活というものがあり、それは寝てしまうような関係のシャアとアムロほどでは無いにせよ、充実した素晴らしいものだったのだ。・・・・それが壊れた、両方まとめて、いっぺんに。
「・・・・・・やっぱり食べさせていただこうかな。」
「腹は大丈夫か。血など吐かんか?」
自分で殴ったくせにガトーはそんなことを聞いた。シャアはどう答えたものか考え込んだ。
「・・・・・そこまで言うのなら、明日医者にゆくとしよう・・・・・」
「全く大丈夫そうだがな。・・・・・・・やはり殴り足りん。・・・・で、どうだ。」
シチューの皿を目の前の机に置ながら、ガトーがサラリとそんなことを言う。なので、シャアも答えてやることにした。
「・・・・・時間がかかるかと思うんだよ。アムロと・・・・コウ君が結論を出すのにはね。私はコウ君に許してもらえないかもしれないしね。」
「貴様はこの家に戻るのか。」
「まあ、いつもよりは多くね。・・・・いろいろ思うところがあるから。」
スプーンを手に持って、そこで沈黙したシャアは、ガトーがなんとも言えない顔で自分を眺めていることに気付いた。・・・・・このシチュー、ニンジンが入って無いな。それから、苦笑いしながらこう言った。
「・・・・・まあ、だからコウ君が来ている時は連絡をくれたまえよ。私はどこででも時間をつぶせるよ。しょうがない・・・・・・アムロの家でもね。」
ガトーは小さくため息をつくと、パンの皿を押してよこした。
次の日も雨だった。午前中の講議のひとつが一緒だったコウとアムロは、教室で顔をあわせた。
「・・・・・・俺、考える。」
一瞬、顔をそらしてそのままアムロの脇を通り過ぎそうになったコウだったが、思い直したようでそう早口に呟くのがアムロにも聞こえた。
「・・・・・ああ、」
アムロはそれだけ答えた。コウはまったく泣き腫らしたようなヒドい顔をしていたし、自分も自分で一睡もしていなかった。
「ぜんぜん分からないし、信じられないけど考える。・・・・・考えても、結論は同じで、もうアムロの友達出来ないかもしれないけど。」
「・・・・・ああ。」
アムロはもう一回それだけを答えた。目もあわせなかった。・・・・・俺も考えようかと思う。どんなに苦しくても。コウが、そしてシャアが、ガトーがいることの意味を。
「・・・・あ、おっまえら・・・!」
それだけ会話を交わして、二人がすれ違った瞬間に、同じ教室にカイが入ってきた。
「なんだよ!結局なんだったんだよ、え?お二人さんよ!」
「・・・・・それがねー、カイ先輩・・・・・」
驚いたことにコウが、苦笑いをしながらアムロの方に行こうとしているカイを止めたのだった。そして、声を低くすると他の学生には聞こえないようにこう続ける。今日は大声では無かった。・・・・そうだ、きっと、俺にだってこれくらいうまくやれるはず。コウは思っていた。
「昨日カイ先輩が言ってたのとかって、なんか全然勘違いっぽいんですけどー。」
そう笑いながら答えるコウの台詞を、アムロは信じられない思いで聞いていた。・・・・・・なんだって?
「あぁー?なんだよ、そうなのかー?!浦木がそういうなら、信じてやってもいいけどさー。」
「だけどさ、それとは別にちょっと、アムロとやりあっちゃってね、俺しばらくアムロと一緒じゃないかもしれないけど、まあ気にしないでくださいよ!」
・・・・・なんだって?コウが、ウソをついている。・・・・・あの、コウがだ!
「ばっか、なにやってんのお前ら!二人して意地はってないで、そこそこで仲直りしろよ、えぇー?」
カイは納得してくれたのだかなんなのだか、少し離れたところに居たアムロの背中にも声をかけて、そうしてコウと並んで椅子に座る。・・・・あっという間に二人は別の話題をしはじめたらしく、アムロの座った椅子からはその背中しか見えなくなった。・・・・・・・・松永先生が入ってきて、そして講議が始まる。少し離れた席に座って、一人で講議を受け始めたアムロは、
そこで本当に泣いた。
次の日も雨だった。・・・・・・その次の日も次の日も。・・・・・梅雨なのだから、雨は振り続けるのだろう。そうして俺達は、結論を出すために、考え続けなければならないのだろう。・・・・・コウは思った。・・・・・・誰もが嵐の中で、この現状を何とかするために、何かをしなければならないと思っていた、だがどうだ、青春はこんなにも、こんなにも思い通りにならない!!!
・・・・・・・・時間が必要なのだ。
だから人は毎日を生きている、やるせない日々だろうと確かに生きている!・・・・・・この時ほど四人がそう思ったことは後にも先にも人生において他に無かった。
2002/10/08
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