関東と関西では実は大学受験の時期が微妙に違う・・・・のだが、あまり知られていない。正確に言うと、関西の方が「受験日」が早いのである。「受験日」が早い、ということはもちろん、在学生の後期試験日程も早いし春休み突入も早い、ということだ。
「・・・・・・・なあ、シャア。この缶に書いてあるさぁ・・・・・・」
そんな早めの春休みもいつの間にか半分近くが過ぎた、三月の頭。・・・・まさに、そんな気の早い関西にある某私立大学の大学生であるアムロは、ついさっき買ったばかりの缶コ−ヒーを覗き込みながら隣を歩く人物にそう言った。
「『ヨーロピアンリッチな味わい』ってなんだろうな?・・・・ヨーロピアンリッチって。」
「・・・・・・・・・」
しかし、隣を歩く人物からは返事がない。・・・・・アムロと、それからアムロの連れであるシャア・アズナブルというフランス人留学生はたった今京都御所の脇を歩いているところだった。
「・・・・・なー、シャア。ヨーロピアンリッチ、って何だよー。」
「・・・・・・・・・」
まだ返事はない。しかし、アムロの記憶にある限り、シャアはヨーロッパ人のはずだった・・・・・だから、『ヨーロピアンリッチ』がなんだか知っていても良さそうなもんだ。その日、何故二人が京都御所の脇を歩いたのかと言えば、それは彼等の通っている某大学の校舎の1つが京都御所の真横にあり、そこに用事があって出かけて行った帰りだったからなのだった。
「・・・・・・ひょっとしてあんたも分かんないの?『ヨーロピアンリッチ』の意味。」
遂にアムロがそう言うと、シャアは急に立ち止まる。・・・・うわ、なんだよ。しかたがないのでアムロも止まった。
「・・・つまりそれは、マンションの名前のようなものなんだ。・・・・・・分かるか?アムロ。」
シャアは、全くアムロの方は振り返らないままにそう言う。その言葉の意味の分からなかったアムロが素直に首を振ると、急にシャアが嬉しそうにニンマリと笑ってアムロの方を振り向いた。・・・・あー。なんだよ、なんだってんだ。ホント分かりやすい性格だよね、あんた・・・・・思わずアムロは心の中で溜め息をつく。それから、缶コーヒーのプルタブを抜くとズズズ、と一口コーヒーをすすった。
っていうかさ、俺達。
・・・・最近、なんか調子オカシクないですか、なんか。春休みとか入ってから。
アムロは、本当はそう言ってやりたかったのだがその言葉も胸の中に押し込んで、もう一回缶コーヒーをすすった。・・・・見上げると綺麗な三月の午後の空だった。
『バラ色の日々』こーらぶ的には仕切り直し編。
「つまりだ。」
シャアは話を再開するのと同時に、また歩き出す・・・・・ちぇ、晴れてる、だけどそのせいなのかな、三月だってのに妙に肌寒い。ひさびさに遠出・・・と言ってもいつも動き回っている自分のマンション周辺から京都市内に出て来ただけなのだが、ともかく自分的には遠出をした、と思っているアムロは、トレーナーの上にスタジャンを羽織っただけの自分の格好を後悔しながら喉元をかきあわせた。・・・・大体、大学に用事があったのだって、良く考えたら俺じゃ無くてこの人じゃん。それでなんで俺が寒い目にあわなきゃいけないんだろう。ムカツク。
「つまりだ、まあ、考えても見るんだアムロ、こうやって歩いているだけでも目に付くだろう・・・・それは奇妙にハイセンスな名前の建物が!『グランヴェール神宮』『フラット大迫』『ラ・メゾン小林』『ソレイユ今出川』・・・・・・・・これらの名前に果たして意味があるのか。というより、意味が分かって日本人は使っているのか!・・・・・・とまあ、『ユーロリッチ』とはこういう話題に発展する危険性を孕んだ複雑な問題なわけだ。・・・・・どうだ、君にも返事は出来ないだろうが。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・つまり、」
しばらくの沈黙の後、アムロは立ち止まりながらそう言った。ちょうどその時交差点に差し掛かって信号に捕まったからだ。いや、確かに見渡すとそんな名前のついた建物が通りの向こう側にあった。・・・・・・んが。
「・・・つまり、あんたにもワカラナイわけね、『ヨーロピアンリッチ』の意味。」
「・・・君は私が話したことを聞いていたのか!?」
あ、なんだ、俺達すげぇくだらねぇことでやっぱ今日もケンカになるのか?だから、ほんとなんか春休み入ってから調子ヘンじゃねぇ、俺ら?・・・・・とアムロが思ったその時、ちょうどその時だった。
「・・・・・・・アムロー!」
遠くから、自分の良く知る声がする・・・・・・遠くから、っていうか。
「・・・・あー。コウだ、偶然だなあ、こんなとこで・・・・・」
見ると、交差点の向側に学部の友人で親友のコウと、それからその友達でシャアと同じくフランスからの留学生のガトーが立っている・・・・もっと詳しく言うと、コウはぶんぶんとアムロとシャアに向かって手を振っていたし、ガトーはそれを止めさせようと必死になっていた。
「うわーー!!あのさー、ほら、俺んちってすぐそこでー!だからあ、今買い物でー!!!わーおー!!」
コウはまだワケの分からない叫び声を上げながら手を振っている。・・・・いや、そこまで叫ばなくても信号が変わったらそっち側行くけど。ちなみに、わーおー、のところで、目の前の通りを大きなトラックが通り抜けたのだった。
「・・・・いや、久しぶり。」
「そうだな。」
「春休みなのに四人集合だなんて。」
「ラッキーじゃん、俺は嬉しい!」
アムロとシャアが信号を渡ってコウとガトーのところに辿り着くと、何故かコウは高々とビニ−ル袋をかかげて見せた。
「それでさ、剣道の合宿とか忙しいことが終わったから、鍋でもしようかってガトーと買い物に出たところだったんだよなー。・・・・ああっ、久しぶりアムロ!久しぶりシャアさん!!」
いつもの事なのだが、コウは物事を大袈裟に喜ぶところがある。どかーんとアムロとシャアにぶつかってその喜びを表現し、そうしてまたガトーに止められていた・・・・あーそうか。久しぶりだったのか、そうか。
そこでアムロはちょっと思った。・・・・・そっか、春休みになって、学校に行かなくなって、シャアと一緒に部屋の中にばっか閉じこもることが多くなって。
他の人間に会わなくなったからか。そしたら俺達、なんかささいな喧嘩が多くなったんじゃないのか・・・・?
「ともかく!こうなったら四人で鍋しよう、四人で!俺んちで!!」
「・・・・そりゃいいけどさ。」
「・・・・・分かったから落ち着け・・・・」
「喜んで行くよ。」
そんなことをだらだらと、考えはじめたせいだろうか。コウの誘いにみんなでそのマンションに向かうことになり、笑いながら返事をしたシャアが自分と二人だけでいる時より表情が穏やかになったように見えて、アムロはまた心の中で溜め息をついたのだった。
・・・・・実際その通りだったのである。
「・・・・・・それで、鍋をするという話だったのに何故スターバックスに寄り込んでいるのだ・・・・・」
隣に座るガトーが苦々し気にそう呟いたのでいたので、シャアは思わず笑ってしまう。すると、その笑い声を聞き付けたガトーがシャアを睨んだ。
「・・・・・なんだ。何がおかしい。」
「いや・・・・・楽しそうでいいねえ、と思ってさ、君たちは。」
「君たちとはなんだ。」
「君とコウ君だよ。」
アムロが考え込み出すまでもなく、シャアもなんとなくユキヅマリに気付きはじめていた・・・・・学校があったうちはまだ良かった。しかし、本当に何日も何週間も、ずうっと『アムロだけ』と顔をあわせる生活を送っていると、なにやら苛立ってくるのである。あああ。なんなのだろうなあ、これは。
「・・・・・なあ!ガトーとシャアさんは本当に何も食べないのか!」
その時、コーヒー以外の注文を頼みにレジの前に立っていたコウから、そんな叫び声が窓際に陣取るフランス人二人に届いて・・・・ガトーは小さく「だから、これから鍋を食べるのだろうが!」と言い、シャアは笑いながら横に手を振った。アムロは、そんなコウの向こうで必死にメニューを覗いているところらしい。
「・・・・実を言うと悩みがある。」
急に声を落として、シャアがそんなことをガトーに言い出したのでガトーはコーヒーを吹き出しそうになった。・・・・なんだ。それは新手の冗談か。
「・・・・・誰に。誰に悩みが。」
「私にだ。まあ聞け。時間が無い。」
見ると、シャアは本当にまじめな顔をしている。ガトーも、そこでさすがに何やらただならぬ空気に気付き、椅子に座り直した。
「アムロの事なんだが・・・・」
「妊娠でもしたのか。」
「・・・・・・・・皮肉な返事をありがとう。その方がごく普通の対応をすれば済むから、まだ良かったかな。」
「そんな事態に対して免疫の出来る生活を日常にするな。」
ガトーの言葉にはいつも一糸の遠慮も無かった。分かりやすくて大層素晴らしいことだよ、まったく・・・・そう思いながらシャアはもう一回レジの前のコウとアムロをチラリと眺める。コウは、待ちきれなそうにレジの前で足踏みをしていたし、アムロはその隣にぼーっと突っ立っていた。
「つまりだ。・・・・・その、行き詰まっているんじゃ無いかと思う。私とアムロなんだか。」
シャアが、まだしばらくはこの会話をしていても大丈夫かな、と思ってガトーにそう言うと、ガトーが嫌そうに眉根を寄せる。
「なら、別れればいいだろう。・・・・もともと男同士なのだし、付き合っている方が間違っていたのだ。普通の友人としてやりなおせ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・そうしようかと思う。」
今度はもう一回、ガトーが椅子から立ち上がりかけた。いや、いつも通りに言ってはみたものの、まさか賛成されるとは思っていなかったからである。
「・・・・・なんだと?」
「君、君の返事が混乱気味だ、落ち着きたまえ。・・・・だから、一ヶ月も二人きりで一緒にいたら、なんとなく立ち行かなくなってしまったんだよ!それで、私は思った・・・・・『なんで自分はアムロと一緒にいるんだろう、その意味が分からない』とね!例えば君は、どうしてコウ君と一緒にいる。」
「友人と一緒にいるのに理由はいらん、それで貴様が行き詰まったのは恋人だったからだろうが。」
「どうなのかな!・・・・・ああ、スターバックスの欠点は唯一、煙草が吸えないところにある!」
多少いら立ち気味にシャアがそう呟いたところで、やっとコウとアムロが皿を抱えて戻って来た。
「おまたせー!ほら、美味しそうだろ、このサンドイッチみたいのを分けてあげてもいいけど、二人ともいらないって言ったんだから分けてあげないぜ!」
「・・・・・俺は、そんなに腹減ってないから二人が食べたいならつまんで・・・・」
無神経に座り込んだコウとは対照的に、アムロは一瞬テーブルの前で足を止めた。なにやら、少し妙な違和感があったからである。が、ともかく自分も後から座って、そしてケーキをテーブルに乗せた。
シャアの隣では無くて、コウとガトーに挟まれた位置にアムロは座った。
さすがに、ガトーがシャアの顔を見る。すると、シャアはほらね、と言わんばかりに少し首をすくめた。そして、コウのサンドイッチみたいなものに横から手を出す。
「・・・・・あぁー!いらないっていったのに、腹減ってるんじゃん、シャアさん!えびは食べないで、えびは!」
「ほう、コウ君はエビが好きだったのか。」
ガトーは、しばらく事態の推移を眺めていたのだが、やがて少し薄曇りはじめた鴨川の上の雲を見ると短くフランス語でこう言った。・・・・いまいましい。
「『貴様は理由が無いと人とつきあえんのか。・・・・人生はそんなに打算なのか。』」
急にそんなことを呟き出すガトーを、意味の分からなかったアムロとコウがぽかんと眺める。いや、フランス語の意味は、コウにもわずかばかり分かったのだが、何故そんなことをガトーが急に呟いたのかが分からなかったのだ。アムロは本当に全く分からなかった。
「『いや、人生は感情だ。そして今は、残念なことに私は愉快でないのだ。』」
更に、シャアまでフランス語で返事をしたので、ただの日本人大学生の二人は思わず顔を見合わせる。・・・・なんでしょう、ここは急にセーヌの川べりのカフェに?いや、ここはスターバックス四条店だから、外に流れてるのはどう見ても鴨川なんですけど。アムロは小さく妙な感じを引きずりながら、ケーキをつつき、コウまでもが少し悩みはじめた。・・・・ガトーは思っていた、いまいましい。そうだ、シャアとアムロの二人が男同士のくせに付き合っているのもいまいましかったが・・・・・・・・・まさか別れるとなっても、やはりいまいましいとは!我ながら驚いた。
「・・・・・・えっと。やっぱえび食べてもいいです、シャアさん。」
ついに、考えあぐねた挙げ句にそう言ったコウに、他の三人が今度はびびる。
「・・・・・どうして・・・!」
「食欲が無いのか?腹が痛いのか!!」
「ケーキの方が食べたくなったならコレあげるけど・・・」
すると、コウがうるさそうに首を振った。
「うわー!!!!そうじゃあなくって、もうー!!!いいから早く、鍋にしちゃおうぜ、もう!ここフランスじゃないんだからー!!」
繊細ではないにしても、コウもやっと何かに気付いたのだ。ただ、野生の感で動いていたので上手く表現出来なかっただけだ。そうだ、早く鍋に!・・・鍋にした方がきっと今日はいいんだよ!
そこで、四人はコーヒーをがぶ飲みすると、今度こそコウのマンションに向かったのだった。
そう、コウは繊細でないにしても、それなりに考えていた。
「じゃ、いつも通りコタツの部屋な・・・ああ、まだコタツ出しといて良かったなあ!やっぱ鍋はコタツでやらないと!」
考えていた、今日は鍋、と言うことをではなく、何故か自分以外の全員が少し様子がおかしいことについて、である。コウのマンションは、普通の分譲マンションであったので部屋数が三部屋もあった・・・・・一部屋が寝室で、もう一部屋が居間で、後一部屋がダイニングキッチンである。
「うーん、なんだか広々寝れそうだよなあ・・・」
アムロは、何の気なしにそんなことを呟きながら、コタツに足をつっこんで寝転がり・・・・自分のワンルームマンションの実に四倍くらいはありそうなそのコウのマンションを見渡した。そして、はた、と気付いた。
「・・・・・・・」
見ると、シャアもさっさとコタツに潜り込んではいるが、別に何も言ってはこない。・・・・・いや、だからあんたがいつも俺の家にいるから、だから広々部屋を使えないとか、そう言うこと言ってんじゃないってば。そうは思ったが、もう後の祭りだ。
「・・・・・ほら、酒!たくさんあるぞー、あと、今日の鍋は凄いから!食べたいもの、全部買って来たから!」
そこへ、やや強引とも思えるくらいの勢いで、コウが一升瓶やらビールの入ったビニ−ル袋やらをもって飛び込んできた。そして、コタツに滑り込む。
「まだコタツあったかくならないな・・・・でも大丈夫、すぐあったかくなるから!それでさ、今日はカキもあるし鮭もあるし、だけど牛肉もあるのな!鍋。」
「そりゃ一体、どういう鍋なんだい・・・・」
さすがにちょっと呆れながらシャアがそう言うと、コウは嬉しそうにコップを差し出す。
「まあまあ、ここは1つ酒でも飲みつつ・・・・アムロも起きろよ!どんな鍋が出来上がるのかを楽しみに・・・」
台所には、いつも通りガトーが立っていた。そして、鍋の下準備をしている。・・・・・おお、ガトーならカキと鮭と牛肉がいっぺんに入ってる鍋でも、きっとなんとかしてくれそう。アムロは思った。そして、コウがコップについでくれた日本酒を、とりあえず飲みはじめる。シャアは、目の前でビールのプルタブに手をかけたところだったが、ついに二人の間には会話も無くなった。コウは、そんな二人の為に、卓上のコンロを持ちに台所に走った・・・・・大丈夫!お腹がいっぱいになりゃあ、人間大抵のことは忘れてしまうから!!
実際、その中々に内容の無茶苦茶な鍋を立派に仕上げてみせたガトーの料理の腕は素晴らしかった・・・・・コウは、今日もまたガトーをお嫁さんに欲しい!と思った。
「・・・・そういえばさ。」
ガンガン食い、ガンガン飲みながら、暖まって来た部屋の中で四人は一見幸せそうに鍋を食っていた・・・・結局、ガトーは鍋を、単純にダシ汁で煮るだけにして仕上げたのである。そして、つけたれを何種類も用意したのであった・・・・・そりゃそうだ、牛肉をポンズでは食べれまい。具によって好きな味にして食べればいいのだ。
「そういえばさー、俺達が四人ではじめて顔をあわせたのも鍋パーティーだったよなあ・・・・・ほら、去年の十一月の、留学生会館の。」
コウが何の気なしに言ったその言葉に、シャアとアムロの動きがちょっと止まった。・・・・・そうだったなあ。それで、どう言う訳かその晩寝ちゃったんだなあ、シャアと俺。どうやら、シャアも同じ考えに至っていたらしい。・・・・・・アムロは目の前のコップを一気にあけた。
「そうだったなあ。四ヶ月くらい前か。」
「あれから、ずっと楽しいなあ、俺〜・・・」
アムロが一杯あけると、コウも負けじと一杯あける。この四人は、実は全員がかなりお酒は強い方なのだが、それにしても今日の飲みっぷりは全員異常なくらいだった。・・・と、一番酒の強いガトーは思った。無理も無いか。しかし、合宿が終わってのんびり鍋のはずだったんだが。
「私も楽しいよ、コウ君。」
「俺だって楽しいとも。」
「・・・・・・・・・私もだ。・・・・・・・が、1つだけ気になっていることがある。あの、部屋の隅の袋はなんだ、コウ。」
ガトーは、その張り合いのようなシャアとアムロの言葉にもはややや呆れつつもそう言った。いや、確かに部屋の片隅に妙なビニール袋があって、それが気になってはいたのである。そこで、会話の流れを変えようと、コウに袋の正体について聞いてみたのであった。
「ああ!あの袋はさ〜」
コウは既にかなり上機嫌で、そしてコタツを這い出すとビニ−ル袋の脇までそのままズルズルと移動していった。そして、袋に手をかける。
「実は、ガトーと関係があります!ヒントは火曜日〜、さてなんでしょう!」
「??」
「・・・・・・・・火曜日と言えば、必ずお前が私の部屋に来ていてこの部屋にいない時だが。月曜は剣道部のミーティングがあって、絶対参加で夜遅くなるからな。」
「・・・・・わからない、教えろよ。」
すると、コウは大笑いしながら袋の口をあける。中から出て来たのは・・・・・空き缶であった。つまりは、ゴミである。
「だっからさー、火曜日が燃えないゴミの日で、火曜日に家にいない俺は、空き缶をゴミに出せなかったんだ、ずっと。そして、気がついたらこんなにたまってしまったという・・・・・・・・・・」
「・・・・・・貴様、ここへ直れ!ええい、だらしのない!」
「ぎゃー!」
そう言って、ついにガトーがコウを怒りにコタツを出る。残されたシャアとアムロは、何か話をしなきゃならないような気分になって、それでアムロがこう話しかけた。・・・もういい加減酔っていて、面倒臭いから神経を使っているのもイヤになっていた。
「・・・・・いや、俺はゴミの日に家にいても結構ゴミださないけどね。」
「知っている。」
シャアの返事はそれだけであった。
「・・・・・なんか言いたいことあるんじゃねーの、俺に。」
「いや・・・・・いや、別に。」
なんだかなあ。シャアだって、いつもの非では無く酒を飲んでいるはずだ。・・・・それでも、たった一言言えなかったりするんだ、この人。別れよう、とか。そう言う人だったんだ。
「生ゴミ出さないよりいいと思わないか、アムロ!!・・・・ガトーが怒るんだよ!」
「どっちも出さんか!」
コウとガトーがその時コタツに戻って来たので、会話はそこで途切れる。シャアとアムロの二人は曖昧に笑った。・・・・・ああ。
それから更に一時間もすると、本当に居間はワケのワカラナイ状況になってきた。もう、とうに日付けは変わっている。一升瓶は二本くらい空になっていたし、部屋も暖まりきって暑いくらいだったし、鍋は三回くらい仕込み直されていた・・・・・ダシがきいてさぞやうまいことだろう。だが、それで誰も「うどんを煮ようぜ!」とは言い出さなかった。既にお腹はいっぱいだったからだ。
「うひゃひゃひゃひゃ・・・・」
「でさあ・・・・」
二人の日本人は、かつてそのフランス人の友人達が見たことも無いくらいに酔っ払って、コタツから出ると、例の空き缶の大量に入ったゴミ袋の脇に座り込んでいた。
「・・・・・・・ああ、アムロ悲しいのか?」
「うん・・・・・俺悲しい。」
「よしよし。」
そして、袋から缶を取り出しては部屋に並べならがら、そんなことを言い合ってはべたべたしている。
「・・・・・・・あれ、コウ楽しいの?」
「え、俺すごい楽しいー。」
「それじゃ、K1ごっこやる?」
「うんー。」
「・・・・・・・・・・やめんか。」
放っておくと際限無く抱き付き合って、そのまま寝てしまいそうなアムロとコウを、ガトーがそのつど引き離しにコタツから出ていっていた。そんなガトーを横目で見ながら、シャアは煙草を吸っていた。
「・・・・・いや、君は本当マメだよな。」
「貴様もマメだと思うが。・・・・特に、女関係に関しては。」
「女関係に関しては、だったんだ。・・・・・男はダメだったなあ、もういいが。」
平然とそんなことをシャアが言い出すのでガトーはギョっとする。見ると、シャアはまったく顔は酔ってい無いものの、目が座っていた。・・・・なんだ、この中で正気のままなのは私だけか!?ガトーは多少顔が赤くなってはいたが、一応コウとアムロをあまりにみっともないので引き離しに行く程度には正気だった・・・・・・そして、部屋の隅のコウとアムロを改めてみてみる。こっちの話は全然聞いていないみたいだし、何より、袋から引っぱり出した空き缶を部屋に並べるのに必死らしい。ならばまあ、いいか。
「・・・・もういいのか。」
溜め息をつきながらガトーがそう言うと、シャアが答えた。
「ああ、もういい。悪かったな、せっかくの鍋を、私達がいたせいで気まずくしてしまって。」
・・・・・しかも謝った!ガトーは、大丈夫だろうかシャアは、と思った。この男が謝る!どうか、泣き出さないで欲しいものだ。
「本当にいいのか。」
「・・・・・意外にしつこいね、君も!だから、言った通りなんだ、『なんで自分はアムロと一緒にいるんだろう、その意味が分からない』。・・・それこそ、男と女だったら考えるほどでも無かったんだろうと思うよ。だがしかし、男同士が付き合うのには非常な現実的『無理』がある。」
ガトーは少し心配になって、コウとアムロの方を見た・・・・しかし、二人は自分達の会話など全く気にもせず、更に妙なことをやりはじめている。今度は、空き缶のプルタブを引っ張って持ち上げはじめたのだ・・・・口を開けた空き缶は、なるほど、そんなふうにプルタブが立つのだった。時々無意味に笑いながら、二人は面白そうにそれをまた部屋に並べていた。
「・・・・・・じゃ、そうしろ。それでもなにか、きっかけが合ったんじゃあないのか。無理をして男と付き合い出すような。それで、アムロと付き合うことにしたのだろう。」
ガトーが最後にそう言うと、シャアは小さく、「さあ・・・・」と呟いた。なんだ。全く普段のこの男らしくないな。何も、こんな場所で、今日この日に、最終的修羅場を向かえてくれなくても。少し腹が立つ。しかし、いつもらしくないシャアを怒る気にもなれないのだった。
「さあ・・・・・なんかあったのかな。・・・・・忘れたな。」
その時、派手にガシャン!という音がして、さすがにフランス人二人は部屋の隅に目をやった。すると、コウとアムロの二人が、仲良くもんどりうって自分達が並べた空き缶の中に、倒れたところだった。
「・・・・・・・・・・・何をやっているんだ・・・・・」
ガトーは、自分の回りにあまりに山積する問題に頭を抱えた。しかし、缶を全部片付けて、この二人をコウのベットに引っ張ってゆくのも面倒臭い。そこで、勝手にベットの方から毛布を持って来ると、二人にかけて納得することにした。
「・・・・・いや、君本当にマメだね。」
「ふつうだろう。」
ガトーは毛布を二人にかけてやりながらそう答える。幸せそうに寝ているコウの上にアムロがしがみついてのしかかって、そしてやっぱり寝ていた。・・・・バカっぽい顔だな。取り柄もなにも無さそうな。しかし、それでも自分はこの二人と友人をやっている。別に、得るところなど無いかも知れないと自分も思う。しかしそれでもいいよな、とも思う。
「・・・・・我々も少し寝ないか。」
「ああ、」
・・・・しかし、シャアはそれではダメだったらしい。そういうところに迷い混んでしまっている。・・・・まあ、他人事だ。これ以上は放っておこう。
そして、コタツに足を突っ込んで、シャアとガトーは眠ることにした。
先に目が覚めたのはガトーだった。・・・・・カーテンの向こうから、明るい光が射しているのがわかる・・・・・・そうか、もう朝か。飲み会の次の日特有の、微妙な倦怠感に包まれながら、ガトーは身を起こす・・・・・同じコタツの向こうでは、まだシャアが寝ていた・・・・と。
「・・・・・・・・何?」
次の瞬間、ガトーはあっと言う間に正気に返った。・・・・・・いない!部屋の隅を見たが、いないのである!空き缶の中で眠っていた、コウとアムロの二人が!!いや、それだけでは無い。空き缶もそのまま無くなっている!
「・・・・・おい!コウ!!アムロ!!」
ガトーは、まさかな、とは思いつつコウの寝室を覗いた・・・・・しかし、そこにも二人の姿はなかった。・・・・どこへいったのだ、あの飲んだくれた状態で!居間に戻ると、ガトーはシャアを蹴飛ばして起こす。
「起きろ、シャア!コウとアムロが消えた!空き缶の袋と一緒にだ!・・・・・・・今日は、火曜日ではないぞ!!」
「・・・・・では、ゴミ捨て場にはいないな。」
昨日よりはいくぶんそのふざけた口調を取り戻したらしいシャアがそういう。そして、コートを着ると二人ともが大慌てで部屋を飛び出した・・・・・あれから、まだ四時間くらいしか経ってはいない。眠りについたのが明け方の四時頃で、今は午前八時だ。・・・・酒もよくは抜けていないだろう、何処へいった!!
マンションのエレベーターを降りて、目の前の歩道に飛び出したフランス人二人は、周囲を見渡し・・・・・そして、妙なものを見つけた。歩道沿いに、転々と落ちている空き缶である!!
「・・・・・・・なんだったっけな、これは・・・・ええっと、ヘンゼルとグレーテル・・・・・」
「・・・・ゴミ箱で無い場所に空き缶を捨てても、いいと思っているのか、あのバカは!」
二人は互いに噛み合わない会話を交わしながら、空き缶の後を追った。それが、コウとアムロの落として行ったものだというのは分かった。変なふうにプルタブが引っ張り上げられていたからだ。ただのポイ捨ての空き缶ならこんなことにはなっていまい。
「・・・・・・おい・・・・」
「ああ、これは・・・・・」
しばらくして、ガトーとシャアは二人の日本人が向かった場所に気付いた。コウのマンションを出てから、空き缶の道は、まっすぐに大学へと続いている。・・・つまり、京都御所の真横にある、今出川校舎に。まあ確かに、京都市内にはガトーの住んでいる留学生会館を除けば、そこくらいしかあの二人の向かいそうな場所はない。ともかく、鴨川などに向かったのでは無いと知った二人は、少し歩調をゆるめつつ、冷泉家の角をまがり、正門へ向かう丸太町通りへと飛び出した・・・・・・・・・・・・・・・、
そこに、あった。
「ーーーーーーーーー・・・・・・・・」
大袈裟な表現では無く、それを見た瞬間、二人のフランス人は言葉を失った。
「・・・・・何を、」
「・・・・シャア。お前言ったな、昨日スターバックスで。『なんで自分はアムロと一緒にいるんだろう、その意味が分からない』って。・・・・・私は分かったぞ、何故自分がコウと一緒にいるのか。お前らの一緒にいる意味とは少し違うのかもしれないが、だが寝てなんぞいないおかげで、もっと簡単にわかっ・・・・」
そこまで言った時、シャアが急にガトーに顔を向けた。
「私だって分かったとも。・・・・・・・・・・ああそうだ、思い出した。アムロは、私の指輪を食ったんだ。そうだ、そういうことだったんだ。別に寝てなんかいなくても、全然タイプが違っても、どうしようもなくぶつかりあっても、きっと私はアムロといるだろうよ。・・・・・・・・・・それは、」
・・・・・・・・・・ガトーとシャアが曲った曲り角から、木が見えた。学生会館の前の街路樹だ。イチョウの木で、昨日までは、それは三月の空に裸の枝を広げた、ただの寒そうな木だった。
「・・・・・それは、アムロやコウ君が・・・・・・ほんっとうにただの大学生で、この国の大学生で、勉強したりサボったり笑ったり暴れたり酒を飲んだりしているだけのくせに、時々・・・・・・・・・・・・・・・・・時々枯れ木に空き缶の花を咲かせたりするからだ。」
その、昨日までただの冬枯れの街路樹に過ぎなかったそのイチョウの木に、その枝に、一面に・・・・色とりどりの空き缶が吊るしてあった。・・・・青、赤、黄色・・・・みどり!
そうして、その木の根元で、彼等の良く知っている二人の日本人が眠りこけているのだった。・・・・・・折しも、その日はこの大学の入試合格発表の日だった。高校の制服を着た人間が、ずいぶんと多く正門をくぐってゆく。親子連れで来ているらしい人間もいるし、ひやかしに来ているらしい在校生もいる。そうしてその誰もが、かならずこの妙な木を見るのだ。・・・・そして晴れやかな顔になる。笑いながらその木を指差す。今日、これから。この大学の学生になることが決まった人間にとって、この木はどんな風に見えるのだろう。
「・・・・・なんというかだな。・・・・つまりは、意外性の問題だ。」
近くまで歩いて来たシャアが、ついに言葉を選ぶようにそう言った。
「我々は、こんなことが出来る発想に欠けていると思わないか・・・・・つまり、それは・・・・」
「もういい。」
ガトーは言った。そうして、担いででも連れて帰るつもりでいたコウとアムロを、優しく揺り起こした。・・・・言われなくたってわかる。そうだ、こんなことは私達には出来ない。しかし、それをこの二人はやってのけた。・・・・何もかもをはねのけて、昨日悩んでいたわずかばかりの倦怠をおしのけて。それは、理由が欲しかったシャアにとっては何よりも分かりやすい証拠だったのだろう。
「・・・・・・あり・・・・いつの間に俺寝てた・・・・・」
「・・・・・さむっ!」
これからこの大学の学生になることが決まった人間はこの木を見て知るのだ。ああ、そうか、これからやってくるんだ・・・・思いきり勉強したり、思いきり恋をしたり、ときどき木を空き缶で飾ってみたり、そんな事をしてもいい四年間が、と。・・・ああそうか、大学生というのはそうなのか、大学と言うのはそういう場所なのか、こんな面白いことが出来る場所なのか!
「・・・・・帰るぞ。」
ガトーがそう言うと、アムロとコウのふたりはよろけながら立ち上がった・・・・・そうして、嬉しそうにこう言った。
「どう???よくない、この木!あのさ、空き缶のプルタブを立てるとひっかけやすいって気付いたんだ、木に。」
「リサイクルで・・・・・・・・・でも俺、眠い・・・・」
「・・・・・面白いな。非常に面白いと思うよ。・・・・・だがしかし我々も負けはしない。」
珍しくそんなことをシャアが言ったので、ガトーは少し驚く。・・・・変わったな、こいつ。ともかく、四人はもう一度コウの部屋に戻ることにした。
・・・・・・・・・・・・・こんなに面白いことが出来る場所なのか!
これから四年間、バラ色の日々を送る事が決まった学生達の波に紛れながら、四人はまっすぐに暖かい家へと向かって歩いて行った・・・・シャアは何故か、アムロの頭を数回ひっぱたいた。そんなことは、思えば一度もしたことが無かったのに。しかしそれで一応、アムロには分かったらしい。コウは、帰ったらメシが食いたい、とガトーに言って、やはり今日も怒られた。四人は、ただ黙って歩いて行った・・・・・・・すばらしい出来のツリーを後に残して。
確かに、
彼等はバラ色の日々を送っていた。
2002/01/16
これは実話です(笑)。ある日こーらぶが学生会館の前にいったら、イチョウの木が、CCレモンの缶でまっ黄色だったんです・・・・(笑)。
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