・・・・いったい、なんの必要があって!








『バラ色の日々』・・・シャアが見かけたガトーの話。







 目が覚めてからもしばらくぼうっとしていた・・・・アムロほどでは無いが、自分もそんなに寝起きの良い方ではない。・・・なのになんだ、今は何時だ、どうして今日はこんな薄暗い時間に起き出すんだ、眠いじゃ無いかアムロ!!・・・・と、物音を聞きながら寝返りをしかけて、そこでやっと自分が一人で眠っていることに気付いた。薄らと目を開くと、そこには見なれない天井が見える。
「・・・・・・・・・・」
 結局、寝返りをうってもう一回ふとんに潜り込んで丸くなった。・・・・それから、「見なれない」と思った自分を笑う。

 ・・・・ここが本来の『私の部屋』のハズなのだが!!

 つまりシャアは、非常に珍しく竹田にあるアムロのワンルームマンションから、昨晩京都市内にある留学生会館に戻って来ていたのだった。ちなみにここは二人部屋である。何故目が覚めたのかというと、同室のガトーが起き出したからで、ガトーが起き出す時間・・・・ってことはとんでもなく早いのだろう。しっかり朝食を食べたり剣道部の朝練に顔を出したりするガトーは、25才とは思えない早起きをするからだ。・・・・そこまで考えて、シャアは絶対もう一回寝てやろうと思った。ガトーがいつ起きようと自分には全然関係がない。ぼうっとしたまま部屋の反対側を見やると、ガトーの長身の後ろ姿が見えた。ガトーも目が覚めて着替え始めたばかりらしく、黒っぽいシャツに腕を通している。
 向こうを向いて着替えをしているガトーは、どうやらシャアが起きたことに全く気付いていないようだった。こういうガトーも珍しい。というのも、ガトーとシャアは顔を会わすとどうも互いの腹を探りあってしまうところがあり・・・・こういうのなんて言うんだっけな。日本語で。・・・・シャアはフランス語でだらだら考え事をしているのにそう思う自分にまた笑った。・・・・そうそう、『キツネとタヌキの化かしあい』だ。どっちがキツネでどっちがタヌキかはこの際置いておくにしても、ともかくあまり『気合いの入っていない』ガトーを見るのが珍しいのだよなあ、とシャアは思った。寝起きから気合い十分の人間というのもある意味恐ろしいが。
「・・・・・さてと。」
 ともかく小さなつぶやき声が(日本語で!)聞こえて来て、ガトーは着替え終わったらしい。シャアは少し驚いた・・・・ガトーがのびをしてあくびをした、くらいまでは『まあガトーも人間だから』くらいに思っていたのだが、それ以外の部分があまりに適当だったからだ・・・・つまり、ガトーはシャツに腕を通すだけで満足してしまったらしく、ボタンは申し訳程度に一個ばかりはめただけで、前はほとんどはだけたままで台所に向かいかけたのだ!!・・・・なんだ、コイツ。実は、結構大雑把な性格だったのか?・・・・・人前では、ガチガチに『お堅い』人間のクセに!
 途中、申し訳程度にガトーはシャアのベットの方をチラリ、と見た・・・・そして少し嫌そうな顔になった。・・・・はいはい、悪かったですね、今日はコウ君じゃなくて、寝てるのが自分で!!シャアはそう思ったがガトーはどうやらシャアが起きていることには気付かなかったらしい。なので、そのままタヌキ寝入りを続けることにした・・・・って、私がタヌキか!?・・・・いや、これは深い問題なので先送りにすることにしよう。
 台所では、ガトーがお湯を沸かそうとしているらしく、やかんに水を入れてコンロにかけるらしい音が聞こえて来た・・・というのも、起き上がって見ようとすると起きていることがバレてしまうのでそれも出来ないのだ。しばらくすると、またベットの脇にガトーが戻って来た。
 何をしたいのだかは良く分からないが、ガトーはまくらもとのあたりに手をのばして、ベットの上に屈みこんでいる・・・・その無理矢理屈んでいるガトーの背中を見て、シャアはつくづく大きいよな、コイツ、と思った。さっきも、のびをしただけて天井に手がつきかけていたしな。そして前に聞いた話を思い出した。・・・トップスはそんなに問題ではないのだという。つまり、今着ているシャツなどだ。デザインにゆとりのあるものならLか、XLでサイズ的には十分着れる、と話していた。確かにガトーは胸板は厚そうだが、鍛えているだけあって締まっている。肩幅もかなりあるが、いわゆるデブとは体型が違う。横回りのサイズは必要ではないので、つまり、Lサイズで十分だという話なのだろう。・・・・今着ているシャツは、ではXLなのかな。ゆったりと着ているように見えるから。もっとも、これは前を留めずにはだけているせいで、ゆったり見えるだけかもしれなかった。
 問題は、ズボンであるらしい。・・・・既製品では、圧倒的に長さが足りない。これに関しては本当に悩んでいた。聞いた話だと、最低でもレングス36インチ、つまり91センチは必要らしい。身長が195センチともなると、そんなに股下が長いのか。・・・・と、ここまで思い出してシャアはなんだか同じフランス人として腹が立って来た。いーや!私も、立派に標準身長を超えているとも!・・・・モデルでも無いのに異様な長身の、ガトーがおかしいのである・・・・・・って、おや、これではいつものアムロの口癖と変わらないな?
 そうこうするうちに、ガトーは目的のものをまくらもとから見つけだしたらしい・・・・それは、一本の革紐であった。何を思ったのか、ガトーはそれを口にくわえる。・・・・・・何だ?さすがに、シャアは驚いた。ガトーは革紐を口にくわえ、しばらくぼうっと考えてから・・・・思い出したように自分の頭に両手をやった。
 ・・・・・なんてことだ。シャアはがっかりした。いや、この表現も変かな。・・・・・つまり、ガトーは髪の毛を結おうとしているらしいのである。前にも何度か、ガトーが髪の毛を結んでいるのを見たことがあるが、これは珍しいことだった。ガトーは長い髪の毛を、そのまま降ろしていることの方が多い、何故だ?と聞いたら『剣道の防具をつけるのに結んでいては邪魔だから』という返事だった。なるほど、髪の毛を結って面をつけるのは無理だろう。それよりむしろ、何故シャアががっかりしたのかというと、「朝の身支度をしながら髪を結う」などという光景は、是非女性の姿で拝みたかったからである・・・・ともかく、過去幾度か見たことのあるガトーの髪は、その性格そのもののようにきっちり結わえられていた・・・・だから、さぞかしブラシでも使って、丹念に結ぶのだろうなあ・・・・と予想したシャアの考えは次の瞬間見事に打ち砕かれた。
 ・・・・・ガトーは、顔の方から手を差し込むと、何度か髪に指を通した。気のせいか、いくぶん面倒臭そうにすら見える。・・・・それだけだった。数度指を通しただけで、その実に大雑把で豪快な作業だけで、そりゃあ見事にその髪の毛は後ろに一つにまとまった。まったく男らしい。それに、くわえていた革紐の一方の端をあてると、これまた見事にぐるぐると、髪を縛ってゆく。・・・・・実に、ものの一分もかからないような作業だった。




 ・・・・いったい、なんの必要があって!




 さすがに低くシャアは唸り声をあげた。・・・・夜を共に過ごした女性が、髪を上げるのは何度も見て来た、しかし、今のは一体なんだ!!!
「・・・・・・・・・・・・・・・ああぁ、」
 その声に驚いたらしく、ガトーが思いきり振り返る。・・・・シャアは起き上がりながらため息をつきつつこう言った。
「・・・・・・女だったら、間違い無く惚れ直す瞬間なのに!!・・・・・いったい、いったいなんの必要があって!」
「・・・・・・起きていたのか。」
 ガトーは、よほど驚いたらしい。辛うじてそう言ったが、その瞬間に、台所のやかんが沸騰する音が聞こえて来て一回ガスを止めに走って行った。
「起きていたのならさっさとベットから出てこないか。」
 戻ってくるなりそう言う。シャアは、まだ下を向きながらベットの上で呪のことばを吐いていたが、やがて思いきったようにこう答えた。
「髪の毛用のゴムで結わえる瞬間くらいなら見たことがあったのだが・・・・あんなに見事に髪を結ってみせるなんて、反則だ・・・・・・」
「・・・・・何の話をしている?」
 ガトーは訝し気にそう答え、しかしシャツのボタンは止めないままにこう続ける。
「いいから起きろ。」
「いや!・・・・私はもうちょっと眠るよ、君は勝手に剣道部の朝練でもなんでも行きたまえよ。」
「しかし・・・・」
 そこでガトーの口調が妙な感じになったのでシャアはさすがに顔を上げた。見ると、いつも見慣れているのとは違う、髪の毛を縛ったガトーが、なんとも言えない顔で自分を見つめている。・・・・ああ、だから!
「しかし、って何だ。・・・・・君、なんで珍しく髪の毛を縛ったりしているんだ、どうして。」
「今日は朝練はない。」
「じゃあ何故こんな早くに起きるんだい!」
 シャアはそこで初めて、時計を確認した・・・・まだ五時半!五時半じゃないか、朝の!
「髪の毛を縛ったのは朝食を作るのに邪魔だろうと思ったからだ。・・・・どこか悪いか。」
 ・・・・・なるほど。調理をするのに長い髪は邪魔だろう。言っていることももっともだ、と思ったシャアは質問を変えることにした。
「君、いつもあんなに髪の毛をまとめるのは早いのかい?」
「・・・・貴様、どこから起きていた?」
「まあ、私の質問に答えたまえよ!」
 ・・・・ガトーはしばらく考え込んでいたが、やがてこう言った。
「・・・・そうだな、もうかれこれ五年もこの髪型だからな。・・・・・・・慣れた。」
「そうか・・・・そうか、見てしまった私が馬鹿だったよ・・・・」
「おい、だから貴様、さっきから何を言っている!!」
「勝手に朝食を食ってまあ大学に行きたまえよ・・・・・私はもう一回寝る!!」
 そう言ってシャアがふとんをがばり、とかぶり直すと、ガトーがさらにへんな顔になった。
「・・・・・・いや、私一人の時にはあまり朝食は取らないんだが、朝練ともなると始発に乗らねばならない時もあるしな・・・・」
 ・・・・・ああもう、
「じゃ、なんで『朝食を作る』ために髪の毛をしばったりするんだい!!!・・・・信じられない!」
 ・・・・・いったい、
「そりゃ、」
 ・・・・・何のために!!
「・・・・・・貴様がいるから朝食を作らねば、と思ったのだが。」




 ・・・・・・・・・・・あれだけの色気をふりまくのだ!・・・・男の限界、ってくらいの!




「・・・・・・・・・・・・・・・・・分かった、」
 よほど経ってから、ふとんをかぶって唸っていたシャアはやっと顔を上げた。
「・・・・・・・・・・・食べる。食べます。食べさせていただきますとも・・・・・!」
「・・・・要らんのなら作らんぞ、貴様のメシなぞ。」
 ガトーは分からなかったようで、そんなことを言っている。・・・・あぁ!シャアはまだ考えていた、ガトーが髪なんか結わなければ、いや、せめて普通にブラシでも使ってくれていたなら!!
「何だというのだ、一体・・・・」
 ガトーは一人で解せぬままに、とりあえず台所に向かった。・・・・はだけた胸に腕組みをして、器用に結った頭をひねりながら。





 ・・・・・・・・・とりあえず、しかたがないのでその日シャアは早起きをすることにした。


















2003/04/29



二年三ヶ月ぶりくらいです、ガトーさんとシャアだけの話(笑)。ああそう、だからね、なんで「ばらいろ」のガトさんが「髪の毛降ろしガトさん」なのかというと、
「おはなし」のガトーさんが髪の毛結っているガトさんだったからなんですよ(笑)。そうやって、こだわってキャラ作ってるんですよ、いちおう(笑)。










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