その瞬間コウは、『見ちゃダメだ!』・・・・と本能で思った。
口説く
『バラ色の日々』・・・コウが見かけたシャアの話。
聞いた話によると、眼鏡はたくさん・・・・本当にたくさん持っているということだった。いや、誰が、って言ったらシャアさんが、なのだが。もっとも、そのすべてがいわゆる「伊達めがね」というヤツらしい。・・・・コウは、目の端に映る光景を見ながらぼうっと、そんなことを思い出していた。
その日、昼時コウは珍しく学部の「先輩」達と一緒にカフェテリアに来ていた・・・というのも、その日はいつも一緒のアムロが、どうしても松永先生の研究室に行かなきゃならなかったりとか、直前まで受けていた授業がかなり専門的な授業で、院生や上級生といっしょに講議を聞く羽目になっていたからである。多分その流れである。・・・カイさんとか、アマダさんと一緒に御飯食べることになったのって。
「・・・・・つか、おっまえそんなに食べるのか!?・・・・若いって凄いネー・・・」
コウが手に持ったトレーを見て(その上には定食がひとつと、それとは別にどんぶりがひとつと、更に別の皿で惣菜もひとつ載っていた、)カイさんがヒューっと口笛を吹くが、コウはそうかなー、コレ多いかなー、と思う・・・・アムロやガトーと御飯食べる時には、ぜんぜんそんなこと言われないけどな。
「いいんだ、ウラキは育ち盛りだから!」
アマダさんがフォローなんだかなんだか分からない台詞をきっぱり言い放って、ともかく三人は席についた。このカフェテリアは長細い席が平行して並んでいる形になっているので、カイさんとアマダさんが横に並んで、その向い側にコウだ。
「・・・・・・あ。」
その、席に座った瞬間に、カイさんの肩の向こう・・・・つまり、平行して並ぶ一つ向こうのテーブルに、シャアさんが座っていることにコウは気付いたのだが、だがしかしシャアさんとカイさんがあまり相性が良く無いことを知っていたので、その事実を告げるのは戸惑われた。
「アんだよ?」
見ると、すでに少し訝し気な顔でカイさんが自分を見ている・・・・なんでもないったら!!コウは慌てて首を振った、アマダさんは気付きもしない様子で適当に手をあわせると魚フライ定食を食べはじめている。・・・・カイさんは一瞬躊躇したものの、それでも自分の鞄の中から弁当箱を取り出してくれた。ここは、学生達が自由に使える場所だから、食事を買わないで、手持ちの弁当を広げても別に何とも言われない。
「・・・・なんだ、彼女の手作りか!!??」
コウがツッコむよりはやく、フライをほうばったアマダさんがそう言った・・・・そうだよ、絶対そう、ミハルさんの手作り弁当!カイさんって言ったらそれしかない!
「うらやましいッスか。へっへっへー・・・・」
カイさんはそんなことを言ってアマダさんの前に弁当箱をチラつかせている。アマダさんはしばらく考えてから、「・・・俺の彼女は家事とかしたことないような人間なんだよ。」と言った。・・・・すいません、それはフォローですか?
「・・・・いただきます。」
ともかくコウも、目の隅に映るシャアは気になるものの御飯は食べ出すことにする。・・・・うーん、俺の場合、カノジョ居ないからそれ以前の問題だしなー・・・。
「コウ、お前そんなに食ってて良くでぶにならないな。」
歯に絹着せぬ、そんなカイさんのツッコミがあったが、コウは「だって俺、動いてますもん、そのぶん。」とかわした。・・・・うーん、だから食い下がったらガトーも俺の弁当作ってくれそうな気もするけど、ガトー俺の彼女と違うし・・・・(いくら美人でもあんなデカい彼女やだ!)。
「・・・・・・・・・・・・」
自然、意識は目のシャアに飛んだ。・・・・なんか、大量の女性と共にカフェテリアを訪れているシャアさん。
「ねぇ、本当にサラダだけでいいのー。」
シャアさんの回りには、軽く女性の壁が出来上がっていた。いわゆる、表現としては『とりまき』みたいなものだ。
「・・・ああ、うん。今日はそんなにお腹が減っていないんだよ、ダメかな?」
「・・・・ダメなことないけどさー。」
「・・・・どういう時ならお腹が減るの!」
すると、なにやら御大層な、皮張りの本を片手に持って読んでいたシャアさんが今気付いた、と言わんばかりに顔をあげる。
「・・・・え。どういう時にお腹が減るって・・・・そりゃ、女性に奉仕した後とかだね。・・・・すまないね、ええっとこういうの・・・・・・『シモネタ』、とか言うんだっけ、日本語だと?」
やだー、何言ってんの!と回りの女性達から叫び声が上がる。・・・・眼鏡越しのシャアの目を、コウは覗き込みたくて仕方なくなった・・・・よくも!!よくもそこまで、『知らないフリ』がが出来るものだなあああ!!・・・・「日本語が出来ないように思わせることが、女性を口説くコツだよ。」前にそんな風にシャアさんが言っていたのをコウは思い出した、しかし、それは外国人にしか使えない手段だ!!大体、シャアさんっていつも『シモネタ』ばっか話してるじゃんか!・・・コウは思わず、はす向かいで繰り広げられるその会話に集中し過ぎて食事を取るのも忘れ、無意識に定食のアジのフライにダンッッッ!っとフォークを突き立ててしまっていた。
「・・・・ウラキ?」
「なにやってんだ、お前ー。」
背後で交されている不思議な光景に気付きもしないアマダさんとカイさんから、そんな言葉がかかる。・・・・だからですねー!!あそこに、大嘘をついている人がいるんですーーー!!・・・・コウはとってもそう言いたかったが、真っ赤な顔をして耐えた。
「いえ・・・・なんでも無いです・・・・」
大体、なんでこんなに女の人がいるんだろう。シャアさんの学部の友達なのかな、と一瞬思ったが、法学部はそんなに女性の多い学部じゃない。
「ねー、それでさー、シャアってば、なんで英文学科の授業なんか取ってるのー。ま、うちらはこんな美形と知り合えたから面白かったけどさーー。」
まさにその時、そのコウの疑問の答えとなるような台詞を一人の女性が言って、それでコウにも謎が解けたのだった。・・・ああ、では彼女達は文学部英文学科の女性達なのだ。・・・・って、シャアさんフランス人じゃん!なんで英文学科の授業なんかを取ってるんだろう?コウは半ばヤケになりながら、思いっきりどんぶりの御飯を腹にかき込みつつそう思った・・・・耳だけはシャア達の会話に傾けたまま。・・・・・そのとき、やけに良く通る声が、一言こう言った。
「・・・・女が多いからでしょ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
その歯に絹着せぬ一言に、さすがにシャアを取り囲む集団は沈黙した。見て見ぬフリをしようと決め込んでいたコウですら、思わず顔を上げてそちらを見てしまったほどだ。
「・・・・おい。なんかおかしいぜ、お前?」
「ウラキ、まさかとは思うが・・・・メシが足りないのか?」
目の前、つまりテーブルの向こう側のカイさんとアマダさんが、そう心配そうに聞いてきたが、コウは固まってしまったままである。・・・・・勇気のある女性がいるものだなあああ!そうして、シャアさんに食ってかかった女性の顔をしみじみと見てみたのだった。
「・・・・どういう意味だい?」
テーブルの向こうではシャアさんが、やんわりと笑ってそう答えたところだった。そしてフォークは片手に持ったまま、手に持った本にゆっくりと視線を戻す。
「言ったままの意味だけど。・・・・女が多くて、自分がモテそうだから、英文学科の授業になんか顔をだしてるんでしょ、って。」
それは、取り立てて派手でも美人でもない、真面目そうな一人の女子学生の言葉だった。髪は後ろにひとつにひっつめているような、地味な、しかしどこか気の強そうな、そんな女性である。英文学科などと言ったら、女が多くて美を競い合う場、となってしまっているようなところがあるらしいので、この女性がこの集団に混ざって、ここで昼食を食べていることにすら、コウは妙な違和感を覚えた。
「そんなことは、ないよ。」
「そんなことは、あるでしょ。あなたは、わざわざフランスから留学してきてるんでしょ?・・・・でも英語って、そもそも単語の半分が、フランス語から派生したような言語なんだもの、日本で勉強しなおす必要なんかあるわけないもの、どうせ英語だってペラペラなんでしょ。・・・だとしたら女の友達を増やしたいから、だから「英米文学概論」の授業になんか顔を出しているとしか思えない。」
「・・・・・・・・・・・」
その瞬間、シャアさんが軽く首をすくめるのをコウは見た・・・・多分、この女性の言っていることは正しい。シャアさんが実際、英語ペラペラなのも俺は知っている!しかし、引き寄せられるように目が離せなくなって、じっとそのやりとりの続きを眺めてしまっていた・・・・箸をバカみたいに口にくわえたまま。
「・・・・・そう。君がそう思うんじゃしょうがないんだけどね。・・・・・私は本当に興味があって、「英米文学概論」の授業を取っていたんだけど。・・・残念だ。」
そう言いながら、シャアは、ゆっくりを顔に手をのばすと・・・・自分の眼鏡のフレームに触れた。
その瞬間コウは、『見ちゃダメだ!』・・・・と本能で思った。
「・・・残念だ、私が英文学に興味があると・・・・・・信じてもらえなくて。」
「ちっとも残念そうに見えないんですけど。・・・・大体、その読んでいる本はなに。」
気の強そうな女性は、一歩も引かずに、それでもシャアさんが食事時にすら手放さずに読んでいる本の中身は少しだけ気になったらしくそう言う。まわりの友人達は会話にすらついてゆけずに取り残されてしまっている感があった。・・・・やるのかな。やるのかな、シャアさん!コウはドキドキしていた。シャアさんは女の人にはちっとも困ってない人だ。こう言ってよければたくさんの女の人と仲が良すぎるくらいの人だ。・・・・それでもやるのかな!・・・・この、全然自分を好きになりそうにない人に対してすらも!!
次の瞬間、シャアさんは眼鏡を外すと・・・・・実に優雅な雰囲気でその食ってかかる女性の方を振り向いた。・・・・そして微笑んだ。
「・・・あぁ、これ?・・・・ミルトンの詩集だよ、前にイギリスに旅行したときにソーホーの古本屋で2ポンドで買ったんだけどね。・・・・十九世紀に発行されたらしい古びた皮張りの本だけどね。」
「・・・・・・・・・・・・・、」
・・・・・・・・・それだけだった。が、それだけのことで、シャアさんに食ってかかっていた女性の態度がまったく変わるのをコウは見た。・・・・あぁ、今俺あの女の人の気持ちを代弁出来る!・・・・とコウは思った。英文学になんか全く興味がないだろうと思っていた。軽そうなフランス人の男が。よりによって『ミルトン』という英文学史上稀に見る天才の。それもなかなかにアンティークな十九世紀の装丁の皮張りの本を片手に。・・・・自分に向かって笑いかけた、それも眼鏡を外して。
「・・・・・・・・・・うぅうう、」
遂に、真っ赤な顔をしてうつむいて箸の止まってしまったコウを、一緒に食事を取っていた二人はさすがに気味悪く思ったらしく、恐る恐るこう声をかけた。
「・・・・・おい、ウラキ?」
「どうした、ウラキ?・・・・・食い過ぎたか?」
「ちがうんです・・・・」
コウは辛うじてそう言った。
「・・・・・・あの、俺、凄く『自分が』口説かれたような気分になってしまって・・・・・見ていただけなのに・・・・・あぁ、眼鏡なんか外すからっ!」
『・・・・・ハイ?』
二人の先輩は、声を揃えてそう言ったが、コウがいつまで経っても赤くなって固まったままなので、しょうがないから放っておくことにした・・・・まあ、アマダさん風に言うと、いいんだ・・・・・ウラキは育ち盛りだから!
後日分かったのだが、そこは用意周到なシャアさんのこと、「あの日に口説く相手」はあの手強そうな女性、と決めていたらしい。それで本やらなにやら、小道具も用意していたのだと。ついでに、一つ向こうの席にコウが座って、自分から目を離せなくなっていることにもシッカリ気付いていたらしかった。
「・・・・どうにも方法が無くなった時にだけ、眼鏡は外すんだよ・・・・いや、凄いところを見られてしまったね、ははは。」
シャアさんは軽くそう笑ったけど、コウは冗談じゃない!!・・・・と心から思った。人を口説く気満々で、本気で眼鏡を外すシャアさんなんてメシ時に見るもんじゃねぇ!
おそらくシャアさんはあの女性と、その後ある程度懇意になったのだろうけど、それはコウの知った話ではない。っていうか、眼鏡を外した素顔のシャアさんを平気でいつも見ていられるアムロが実はどっか凄いよな、と、
妙に納得したその日のコウだった。
2003/06/06
えっらい上げるのに時間がかかったなー、って自分でも思います(笑)。なんか、ウワ、そこまでして女を口説きますかー!
みたいなシャアを書きたかったんですけど、微妙に失敗・・・・かも(笑)。すいません(笑)。
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