・・・・・ああ、分かった。
前庭
『バラ色の日々』・・・ガトーが見かけたアムロの話。
その日は、朝からツイていなかった。少なくとも、ガトーはそう思っていた。
まず、朝起きたらシャアがいた。・・・・・厳密には、前の晩からいたのだが、そんなことはどうでもいい。朝起きたら、シャアがいて、向いのベットで寝ていた。・・・・・仕方がないので、朝食を作ろうと思った。寮で相部屋の男が、部屋にいることに対して『仕方がない』という表現もないが、他に相応しい言葉がない。ところが、変な顔をするのである!・・・・・シャアが。シャアがいる、その事実だけで十分うっとおしいのに、飯を作ってやって、挙げ句に『変な顔』までされたのではたまらない。ともかく、食事もそこそこにシャアを部屋から追い出した。
それから、剣道部の朝練が無いことで、またヘコんだ。もちろん、剣道部の朝練はあったり無かったりする。それは仕事では無い、あくまで趣味の集まりだ。しかし、朝一でコウを怒鳴りつけないと・・・・・まあ、怒鳴りつけるだけではなくて、ごくたまには褒めたりもするが・・・・・おもに、怒鳴りつけないと、意外に体調が悪いことに気づいた。怒鳴られるコウにしてみたらたまったものではないのかもしれないが、知らずしらずのうちに、コウを怒鳴ることがストレス発散になっているのだろう。きっとそうだ。
さて、そんなこんなで大学に出て来て見ると、受講していた二限の授業が急に休講になっていた。『現代京ことば概説』という、かなり好きな授業だった。これにはやられた。しかし、何かに当り散らして鬱憤を晴らすような性格も自分は持ち合わせていない。
「・・・・・・・・・」
果たして、正午少し前の大学の前庭に、ガトーはぽつねんと立ち尽くすことになった。・・・・・・朝からツイていなかった。本当にツイていなかった。シャアがここにいたら「だってきみ、今日の獅子座は『めざましテレビ』の占いで最下位だったから!」などと軽口を叩いたことだろう。いやまて。シャアは今朝うちににいたから、『めざましテレビ』は見て無いな。留学生会館の部屋にはテレビが無い。・・・・・・ともかくシャアがここにいなくて良かった。
何の気なしに前庭を見渡していたガトーの目に・・・・・・ふと、『良く知っているもの』が飛込んできた。・・・・・・・・アムロだ。
アムロが伸びきって、芝生の上に寝ている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
時間を持て余していたガトーは、つい近くまで歩いていった・・・・・・それから、思い直して声をかけるのをやめた。
本当に良く寝ていた。
・・・・・・本当に良く寝ていたのだ、アムロは!綺麗な芝生の広がる、広大な前庭の一角で、日がさんさんと照りつける場所であるにもかかわらず、これ以上は無理!・・・・・・というくらいアムロは熟睡していた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しばらく眺めていたのだが、アムロはまったく起きる気配が無い。そこでガトーは、アムロが伸びている場所からさほど遠くない場所に、ベンチがしつらえてあることに気づいた。・・・・・どうするかな。・・・・・考えてから、ガトーはそのベンチに座ることにする。ちょうど木陰で、太陽にもやられなくて済みそうだ。
二限に合わせて大学に来たのに、それが休みで次の授業、と言ったら運の悪いことに四限だ。最初から三限はとっていなかった。昼休みを挟んで、合計四時間もあるのでは、図書館に行ってもまだ持て余すことだろう。
「・・・・それがあの授業さ、急に出欠がIDカードになって・・・・!」
アムロを眺めながらのベストポジション(?)に座り込んだガトーの脇を、学生達が通り過ぎてゆく。ガトーはベンチに深く座り、鞄から小林秀雄の『ドストエフスキイ全論考
』を取り出した。
最初に訪れた人物は、アムロの学部の上級生かと思われる人物だった。・・・・・・ちょうど、『白痴』についての論評を読んでいる時だった。いや、ロシア文学についての論評を日本語で読むことに対して、疑問を覚える人もいることは多いだろうが、この古本を見つけた時は感動した。なにしろ、1966年発行の稀覯本なのだ。小林秀雄の日本語は、そしてそれなりに興味深い。
「・・・・・・おい、寝てんのか。」
彼は、非常に『忍び足』で現れ・・・・・・とても静かにアムロを覗き込んだ。その首には、重そうなカメラがぶら下がっていた。デジタルカメラの軽量化が日進月歩で進むこの御時世に、御大層にもアナログフィルムの一眼レフだ。
「・・・・・・おい、アムロ。」
「・・・・・・・・・・・んうー・・・・・・・」
・・・・・待て。アムロが寝返りを打ったあたりで思い出した。ガトーは思わず本を置いた。あれは、なんと言ったっけ・・・・・・ともかく、プライバシーを軽んじている男だ・・・・・・そうだ、名前はカイだ、甲斐 嗣典!勝手に、そこいらの人間の写真を撮っては、誰かに売りつけている男だ!!
「・・・・・あれ、カイさん?」
「おう、寝てろ。」
だが、ガトーが口を出すより早く、驚いたことにアムロが薄く目を開いた。そうして、伸びていたのが丸くなった。私はさっき、かなりアムロの近くまで行った。しかし、アムロは気にせず寝ていた。
「・・・・・やだよ、やめてくださいよ・・・・・写真はやだ、俺を撮ってどうすんですか。」
「まあ、寝てろ。いいから。」
「良く無いでしょ・・・・・!」
なのに、甲斐 嗣典のカメラには少しだけ反応した。・・・・・だが、少しだけだった。アムロはうるさそうに手をふると、いっそう丸くなって寝てしまう。
「・・・・・カイさん、ほんと勘弁してくださいよ。」
「俺も商売なんだ。よろしコ。」
「よろしく無いですって・・・・・・・」
何故、ガトーが甲斐 嗣典について詳しく憶えていたかというと、アレである。以前、非常に身勝手な写真を、撮られた事があったから、である。・・・・・コウが、なのだが。
「はい、マイドー。」
ともかく甲斐 嗣典は、写真を数枚とると満足したらしく、アムロの側を離れた。・・・・というか、アムロが本当に丸くなったので、それ以上写真を撮れなくなったのである。アムロは本当に丸まっていた・・・・・さっきまでは伸びきっていたのに!!
「・・・・・げっ、」
そこで振り返った甲斐 嗣典は、ガトーがベンチに座っていることに気づいたようであった。そして、冗談じゃねぇよ、といった表情で凄まじい勢いで逃げ出した。
「・・・・・・・・・・」
ガトーはため息をつきつつも、放っておくことにした。自分が近寄っても目の覚めなかったアムロが、甲斐 嗣典の気配に気づいたのには驚いたが、まあ、本人が気づいているのなら問題はないだろう。・・・・・そこで、読みかけの『ドストエフスキイ全論考
』を、『白痴』から『罪と罰』へと読み進めることにした。昼前の太陽が少し暑い。
次に現れたのは、アムロの学部の同級生らしい二人連れだった。
「・・・・・・アムロ!なんだ、なんで寝てんだよ!」
彼らが・・・・・・おもしろい事に、彼らは国籍の違う二人連れだった・・・・・彼らが、かなり近くに行っても、今度はアムロは起きる気配を見せない。これは、自分の時と一緒だ。ガトーが時計を見ると、いつのまにか昼を回っていた。それで学生が前庭に増えて来たのか。
「アムロは、非常に寝る・・・・・・だから起きない・・・・・でしょ。」
「・・・・・そんなことないよ。だったら起こせばいいだろう、ギューちゃん!」
目鼻立ちのはっきりとした、すらっとした留学生と、アムロを良く知っているらしい小柄な日本人学生は、そんなことを言いながら、丸まったアムロの脇に座り込む。・・・・・・ガトーはその様子を見ようと思って、『罪と罰』まで読み進んだ『ドストエフスキイ全論考
』を一回閉じた。
「いいか、ギューちゃん。・・・・・アムロを起こすには、方法があるんだ。」
「アムロは起きるを、どうするんだ?」
「まあ、見てろって・・・・・・」
小柄な日本人が何故か鞄をひっくり返し・・・・・中をごそごそやって何かを探し出した。そこで思い出した。・・・・・彼は知っているぞ、見た事が有る、それも体育館でだ、たしか柔道部に所属している・・・・・、
「じゃーん!」
「お菓子です、ハヤト。」
そうだ、柔道部に所属している、コウと同い年の小林、という男だ。ともかく、眺めるガトーにはまったく気づかずに、小林 隼人と『ギューちゃん』は会話を続けている。小林 隼人が鞄から取り出したのは、森永のハイチュウだった。確か、飴のような菓子だ。
「もういっこ、質問です。アムロを起こして、どうするんだ?」
「えっ・・・・・そうだな、昼休みだから、一緒に昼飯食べに行けばいいじゃないか・・・・・」
「ああ、あるほど。」
「なるほど、だろ、ギューちゃん。」
なにより興味深く思ったのは、これだけ間近で、かなりの大声で会話を交わしているのにも関わらず、アムロがまったく微動だにしなかったことだ。・・・・・・さきほどの甲斐 嗣典の時には、もう少しアムロは反応した。しかし、ずいぶん日射しの強くなってきた前庭で、今はただ眠り続けている。
「・・・・・では、やってみます。」
「はい、がんばっテー。」
小林 隼人はハイチュウの包み紙をひとつほどくと、それをアムロの顔のあたりに持っていった。・・・・・ここからでは、少し良く見えないな。大体、なんだそのコウを起こす時のようなやり方は!!??
「・・・・・・ダメじゃん、ハヤト。」
「・・・・・・失敗する事もあるって、ギューちゃん。」
しばらくハイチュウをかざしてから、ついに小林 隼人は諦めたようだった。・・・・・動かないアムロをそのままに立ち上がって、あー!!!と悔しそうに叫びながらハイチュウを『ギューちゃん』に差し出す。
「さっきの授業もサボりやがって、俺、心配して起こしてやろうと思ったのに!・・・・もういいや、ギューちゃん、ハイチュウ食うか?アンズ味だ。」
「・・・・・・うん。」
『ギューちゃん』が首をかしげながらハイチュウを受け取り、そうして口に放り込もうとした・・・・・まさに、まさにその時だった。
「・・・・・・ダメだ!」
急にアムロが飛び起きた。・・・・・・・・これには、端から見ていたガトーも驚いた。
「うわっ!!・・・・・・なんだよアムロ、お前起きてたのかよ!」
「寝てたよ!・・・・・・でも、非常事態だから・・・・・・!」
アムロは目にも止まらない早業で、『ギューちゃん』の手に持っていたハイチュウを取り上げる。
「ハヤト、何を食べさせようとしてるんだ、ギューちゃんに!!」
「なにって・・・・・ハイチュウだろ?」
そして、起きたばかりの目をこすりながら・・・・・・自分の口にハイチュウを放り込んだ。
「・・・・・あー・・・・・・」
少し悲しそうな顔で『ギューちゃん』がアムロを見る。アムロはそんな『ギューちゃん』にはまったく構わずに、自分のジーンズのポケットから不二屋のミルキーを取り出した。・・・・これも飴のような菓子だ。しかし、この気候の前庭で、それもアムロのジーンズのポケットに入っていた飴玉というのなら、ずいぶん溶けかかっているんじゃないのか?
「はい、こっちをやるから。・・・・・ギューちゃん、『ハイチュウ』はハラール食品じゃないんだ。たしか、ゼラチンが入ってる。でも、『ミルキー』なら、ハラール食品だから。・・・・・・わかった??」
・・・・・・やっとガトーにも意味が分かった。
「あ、そうだったのかぁ・・・・・ごめんギューちゃん、俺気づかなかったよ。」
「はい、ミルキーにします。・・・・・・ハヤト、俺そんなに気にしてない。」
つまり、アムロは同級生が来てもまったく構わず寝ているつもりだったのだが、回教徒に獣脂を食べさせるわけにはゆかない、と思って飛び起きたのである。
「ああ、分かったんなら良かった。・・・・・・そんじゃ、俺寝るわ・・・・・・」
「・・・・・・って、さっきまでも寝てたじゃんかよ!・・・・・昼食わないのか、午後の授業には出ろよ!?」
「はいはいはい・・・・・・」
アムロはうるさそうに手をふりながら、また元の芝生の上に寝転がってしまう。呆れる小林 隼人の脇で、嬉しそうにミルキーを食べる『ギューちゃん』が印象的だった。
「いいよもう、ギューちゃん、昼に行こうぜ!」
「ああ、うん。」
二人が立ち去った芝生で、またアムロが伸びきっている。・・・・・・ガトーは、『ドストエフスキイ全論考 』を中断して、ベンチでこのまま持参した弁当を食べることにした。昼休みが終わったら、あとは三限の時間さえ潰せば授業だ。
最後に現れたのは、大学の教員かと思われた。
「・・・・・・安室。」
ガトーが弁当を済ませ、『カラマーゾフの兄弟』についての箇所を中程まで読み進んだ、そのあたりであった。
「・・・・・・お前、単位は欲しくないのか?・・・・・・あぁ?」
彼は・・・・・・日本人にしては珍しく立派な口ひげをたくわえた、体格のよい男で・・・・・・前庭を横切る石畳の通路の中途で、芝生に伸びたアムロに気づいたらしい。それで、一直線にアムロに向って歩いて来た。
「・・・・・・松永先生、」
脇に立たれるより前に、アムロが芝生の上に起き上がった。・・・・・・これは興味深い。ガトーは、『ドストエフスキイ全論考 』についにしおりをはさむことにした。今日はこの辺りまでで終わりにしよう。
「二限をさぼったな。」
「・・・・・いえ、今日はちょっと用事があって、午前中は大学に来れませんでした。」
「学生に授業より大切な用事があるとは思えない。」
・・・・・用事があった、というのは大ウソである。ガトーは、午前中からアムロがこの場所で寝ていたことを知っていた。
「ときどきあるんです。」
「嘘をつけ。・・・・・・単位はいらないんだな?無駄な勇気を持ち合わせているな。」
「・・・・・・・・・」
アムロは起きたのだが、何故か芝生の上に正座して、松永、という教員の話を聞き続けている。
「ハッキリ言おう。・・・・・お前の発想も、研究も、レポートも悪いとは言わない。・・・・・が、授業に出ないのは別次元だ。」
「・・・・・・・・・」
アムロは何か言い返したそうな顔をしていたが、さすがに黙っていた。・・・・・ガトーは頭の中で、いくつかの事柄をまとめてみた。
「単位はいらないんだな?」
「・・・・・・いえ、それは欲しいです。でも・・・・・」
「言い訳をするな!少し人より面白い発想が出来るからと言って、それが授業に出なくていい理由にはならん!」
「・・・・・・・・」
アムロは黙り込んでいた。ガトーがまとめていたのは、アムロの反応について、だ。・・・・・私が一番最初に近付いた時、アムロはまったく無反応だった。熟睡、だ。『先輩』が来た時、アムロは寝転がったままだったが、それなりに返事を返した。・・・・・『同級生』が来た時は、アムロは必要に迫られて飛び起きた。・・・・・そして今、『教師』がやってきた。アムロは、彼が近寄ってくる前に、既に起き上がっていた。
「考え直すなら、来週からきちんと授業に出ろ。」
「・・・・・・はい、すいませんでした・・・・・・・」
アムロが謝ると、松永という教師はやっと納得したらしく、また石畳の通路に戻ってゆく。・・・・・・はぁああああ、という大きなため息が聞こえて来たのでアムロの方を見ると、またもと通りに芝生の上に寝転がろうとしているところだった。ガトーは『ドストエフスキイ全論考
』を鞄の中に仕舞った。寝転がりかけたアムロが、ゆっくりと顔をあげて、そこで初めてガトーと目があう。・・・・・・さて。
「・・・・・・・・・・」
アムロは首をかしげたが、それだけだった。・・・・それだけで、すぐまた元のように、教師が近付く前のように、芝生に伸びてしまう。声をかけてくる気配もなかった。・・・・・さて、それでは私ももう一回近寄ってみよう。・・・・・そして、今度は声をかけてみよう。
「・・・・・・おい。」
アムロは午前中とほぼ変わらぬ場所に、拗ねたように寝転がっていて、ガトーが脇に立っても、やはり起き上がる様子を見せない。・・・・・遠くから、三限の終わりを知らせるチャイムが聞こえて来た。今日は、ずいぶんと前庭でアムロを見ながら過ごしたな。
「・・・・・・おい、一つだけ聞きたいことがある。アムロ。」
気がついたことをまとめてみると、次のような内容だ。『私』が最初に近付いた時、アムロはまったく無反応だった。『先輩』が来ると、アムロは寝転がったままだったが、一応返事をした。『同級生』が来た時、アムロは必要になってからやむを得ず飛び起きた。『教師』が来ると、声がかかる前に起き上がった。
「・・・・・・・・・」
声をかけても、アムロからは返事がない。つまり、これは大体、『同級生』の時と同じ反応だと思われる。用事がないなら、起き上がらない、ということか。見上げた寝転がりっぷりである。
「・・・・・・おい、」
すると、アムロがヘンなことを言った。・・・・・これは、少し予想外の反応だった。
「『栗おこわ』が食べたいんだ、ガトー。・・・・・・・・俺、今ヘコんでるから、『栗おこわ』食べないと元気が出ないんだよ。」
急に、かなり勝手なことを言い出したのだ。それも、アムロから言い出した。・・・・しかし、それでガトーは納得した。
「眠り過ぎたせいで、具合が悪いんじゃ無いのか。」
「・・・・・・・・いつから見てたんだ。」
「午前中からだ。」
「・・・・・・・・・・・・・」
ガトーの返事に、アムロは少し眉をひそめたが、それでも起き上がる気配は見せなかった。勝手なことを言う分だけ、『同級生』の時より私への対応の方が『ひどい』。・・・・・ガトーはそう思った。
「聞きたい事がある、と言ったろう。」
「『栗おこわ』くらい、作ってくれたっていいじゃんか・・・・・コウの食べたいものは、いつも作ってくれるくせに・・・・・・ケチだな。」
・・・・・ああ、分かった。
アムロはまだ、グチグチと言っている。・・・・・・よく伸びているな。ガトーは、芝生の上のアムロをもう一回しみじみと見た。今、アムロを持ち上げたなら、きっと伸びきったまま持ち上がるのだろうな、と思う。かるがると、よく伸びた、そして拗ねた猫のように持ち上がることだろう。
「じゃあ聞くぞ。私は次の時間に授業があるから、もう行かなければならない。アムロ、お前は・・・・・・」
『同級生』より適当で、ぞんざいな対応があるのだとしたら、それがきっと・・・・・・『友達』だ。
「・・・・『内弁慶』だろう。」
アムロががばっと、面白いくらいの勢いで飛び起きた。しかし、ガトーは四限の授業が遠い校舎にある教室で行われるので、もう芝生の上を歩き出していた。
「・・・・・なんだよ、それ!」
芝生に座ったままのアムロが大きな声でそう叫んだのだが、ガトーはもうずいぶん遠くまで歩いていってしまっている。
「・・・・・そんなことないだろ!・・・・・・・なんだよ、ほんとそれ!」
ちょうどそこへ、別の方向から前庭を突っ切って、コウが走ってきた。
「・・・・・アムロ!こんなところにいたのかよ、聞いてくれよ、おれ今日、昼休みに学食で凄いもの見ちゃってさ・・・・・!!!」
「・・・・・・・・・」
コウは走ってくると、アムロの脇にズザアアアーっと派手にスライディングで飛込む。日当たりの良い前庭は、一気に賑やかになった。
「凄いもの、って言ってもシャアさんなんだけど!」
「・・・・・ガトーがへんなこと言うんだ。」
「なに?・・・・・ガトーがいたのか?」
アムロは悔しげに、そしてやはり勝手に、コウにそう言った。もっとも、コウは自分の話を遮られたことなどまったく気にせずに、キョロキョロとあたりを見渡して、ラーネッド図書館の前あたりまで歩いて行ってしまっていたガトーを見つける。
「・・・・・ああ、ガトー!!・・・・・・きょうの!ゆうはんは!!・・・・なにーーー!!!???」
「・・・・・・・」
コウは大声でそう叫んだのだが、ガトーは同じように声を張り上げるつもりは無いらしかった。・・・・かわりに、自分達の方を指差したので、コウは首をひねった。
「・・・・・・なんだろ?」
「・・・・・・『栗おこわ』、だってさ!!」
「えっ、アムロ分かるのか、すげぇ・・・・・!」
「・・・・・・俺、内弁慶か?・・・・・・そんなことないだろ、俺が内弁慶なんじゃなくて、ガトーが凄く身内に甘い、んだろ・・・・・!!」
「えっ、ぜんぜん話が分からねぇ・・・・・」
アムロはコウが隣に来ている、というのにまた芝生にばったりと倒れて眠ろうとした。・・・・・コウは、そんなアムロの隣に自分も寝転がりそうになってから・・・・・・・・急に気がついた。そうしてアムロを強引にひっぱり起こす。
「・・・・・ちがうって、なあ、アムロ!四限は授業があるじゃないか、だから出ないとダメだぜ!さっき松永先生にも頼まれたんだ。アムロを連れて来い、ってさ・・・・・ほら、起きろよ・・・・・・・!!」
ひっぱり起こされたアムロは、実際、不機嫌そうに伸びきっていた。
・・・・・・昼下がりの前庭を『ドストエフスキイ全論考 』を鞄に入れて歩くガトーは、自分が満ち足りた気持ちであることに気づいた。朝は、ひどくツイていない一日のような気がしていたのだが。・・・・・・では、前庭でアムロを観察して過ごすのは、それなりに有意義なことだったのだ。ガトーはそう思った。・・・・・そうだ。今日、自分は、ひとつの事実に気づき、
それが心の中で、あたたかな何かに変わった。・・・・・・帰りに栗の水煮を買わなければ、とガトーは思った。・・・・・・・『栗おこわ』のために。
2005/09/13
・・・・・長・・・・・・・!
二年半前にどんな話を書こうと思っていたのか、すでに忘れ果てていたので、もう一回考えました。
以前に作ってあったページを、開いてみて驚きました。・・・・違うタイトルで書きかけてたんだ・・・・(笑)。
あと、「漫画版」を描く前に描いたイラストだったので、あまりに絵柄が違って、今回必死に直しました。
この四本(見かけたシリーズ?)は、最初から全部読むと、同じ「一日」の出来事だということが分かります(笑)。
やれやれ、お疲れさまです。
追伸:直しました。「ぐ伸びた」は、私の住んで居るあたりの方言で、「伸びきった」という意味だと思います。
すいませんでした・・・・・(爆笑)。←こんなに直した小説は初めてだわ!!
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