その日は雪がとても沢山降って、10センチくらい積もったので、コウは家の中でどうしようもなくそわそわしていた。
雪がこれだけ積もるなんて、京都じゃめったに無いことだ。しかも今日は日曜日で部活動も特に他の予定も無い。これはもう、どうにかしてこの雪で遊べという事だろう!
そういうわけで、コウは今、リビングから窓の外の雪を見ながら、何をしようか色々と思案しているのだった。
雪合戦…は、場所が無い。かまくらだってそうだ。スキーだったら別に「ここに雪が降る」必要性は無いのだし……となれば、残るは「アレ」だけである。
「よっし!」
コウは嬉々として窓を開けると、ベランダの雪をかき集め始めた。
雪が降っている。
ガトーは、自室の窓からその光景を見ながら、「きん」と「ぎょ」に餌をやっていた。この寒いのに、ヒーターもない冷水の中、さも当たり前のように泳いでいる「きんぎょ」達は結構凄い存在の様に思えたが、鮪や蟹や鯨の類がここの比ではない極寒の海を泳いでいる事を考えると、魚に
とってはこの寒さなど何でも無いのかもしれない、とも思えた。
そこまで考えて、ふと流氷の下を泳ぐ金魚の姿を想像してしまい、ガトーは自分で自分の考えたことにどう反応して良いのか戸惑った。
「ガトー!」
その瞬間、絶妙なタイミングでコウがやってきたものだから、コウはガトーの部屋に上がった途端に微妙な表情のガトーと目を合わせてしまう事となり、結果、二人は不思議そうに互いを見詰めたまま、たっぷり数秒間沈黙する羽目になってしまった。
「……ガトー?」
「……いや。」
なんでもない、と言おうとしたのだと思うのだが、ガトーはなんとなくそこで言葉を切ってしまった。
コウは、なんか酔っ払って好きな人に勢いでキスした後、突然我に返って気まずくなったりしたらこんな感じだろうかとか、なんだかわけのわからないことを考えていた。
「突然どうした?」
ようやく用件を聞こうという気になって、更に数秒後、ガトーが口を開いた。
「……」
が、コウはまだ不思議そうな面持ちで呆然としている。ガトーは知る由も無いことだが、このときコウは、まだ「キスした後の気まずい感じ」について考えを巡らせていた。
「コウ?」
「……」
「コウ!」
「あっ、はい!」
「突然訪ねてきて、どうしたのか、と聞いているんだが。」
「ああ!えっと、これ、作ったんだけど、ガトーにも見せようと思って!」
そう言うと、呆然としていた顔を嬉しそうに変えて、コウは背負っていた鞄の中からクーラーボックスを取り出した。
「釣りにでも行ってきたか?」
釣り、と言ったところでガトーは再び「流氷の下を泳ぐ金魚」を思い出してしまい、その上今度は想像が飛躍して「『流氷の下を泳ぐ金魚』が鮪程度の大きさに成長してコウに釣られるまで」が頭の中を走馬灯のように駆け巡った。しかし、さすがに二度目なので今度は平静を保つ事が出来た。
「違うよ、雪が降ってたからさ」
そんなガトーの心中を察することなく、コウはクーラーボックスを開けると、
「じゃーん!」
なんだか空々しい効果音をつけて、雪だるまのような雪のかたまりを取り出した。
「……何だ?」
そのかたまりは、一見すると「ミニチュア雪だるま」といった感じの物だった。不恰好な大小の雪玉が、小さい方を上にして丁度鏡餅のように重なっている。目のような黒い小石も二つ付いているので、これに鼻と手がついていれば完璧な雪だるまだったに違いない。
しかし、それは雪だるまというには多少無理のある部分があった。まず、頭と胴の接着が少しずれていて、頭が向かって左に寄っているのだ。まあ、この点に関しては目を瞑れなくも無い。問題は他のところにあった。角らしきものがついていたのだ。
ガトーは、節分にはまだ少し早いんじゃないか、とコウに言おうとした。しかし、
「ねこ!」
先にコウが殆ど叫ぶような大声で楽しそうに言ったので、それは叶わなかった。
猫というからには、この「角」は耳なのだろう。しかし、その頭についている飾りは、ガトーにはどうしても角にしか見えなかった。
「……」
「結構上手く出来たと思うんだけどなー。なんっかねこっぽくないけど、やっぱ、折角だから誰かに見せたくなって、やっぱ見せるって言ったらガトーかなって。」
最後の方で、何故話の矛先が自分に向けられてしまうのかよくわからなかった。そんな事はこの際どうでも良いのだが。
「コウ。」
「何?」
「この『ねこ』に、少し手を加えても構わないか?」
コウのあまりの無邪気さだとか(この年になって雪だるまを作ろうなどと思うだろうか、普通!)、ツッコミを入れるべき箇所は多々あったのだが、今更この男に何をツッコむという気にもなれず、かといってこの奇妙なだるまをそのままの形にしておくのも納得できなかったので、コウが
頷くのを見るや、ガトーはそれを持って窓を開けた。
数分後。
窓枠等に積もった少しの雪で、ガトーはなんとか「角」を「耳」に変える事に成功した。
「うわあ、ねこっぽい……」
自分で「ねこ」だと言っておきながら、今更「ねこっぽい」とはどういうことだ、とガトーは思ったのだが、どうしようもなく浦木孝という人物はツッコミ出すとキリがない男なので、やっぱりツッコむ気にはなれなかった。
「矢張り、違和感のもとは耳だったな。猫の耳と言うのは、もっと平たく作った方がそれらしい。」
「そうだったんだ!」
コウは今気付いた、と言わんばかりに(いや、実際今気付いたのだろう)目を見開くと、
「やっぱりガトーに見せに来て良かったー!」
嬉しそうに笑った。
「じゃあ、俺、アムロんトコ行くから!」
言いたいことだけ言うと、コウは満足した様子でクーラーボックスを片付け、ひらりひらりと手を振ってドアから出ていってしまった。
「おい……」
なにがなんだかわからないうちに、疾風のようにあらわれて去ってしまったコウへ向かって、ガトーは小さく呟いた。
ふと見ると、「ねこ」が置きっぱなしになっていた。コウを追いかけて行こうかとも思ったが、そのうち取りにくるだろうと思ったので、とりあえずガトーはそれを冷凍庫に保管しておくことにした。
外に降っていた雪は何時の間にかやんでいて、太陽が覗いている。
ドアの向こうからは、案の定慌てて戻ってくるコウの、ぱたぱたという足音が近づいてきた。
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