関西はどうかしらないが、東京近辺ではよくある駅の立ち食い蕎麦屋で、外回りのサラリーマン達に混じって、コウは天ぷら蕎麦を掻き込んでいた。……時間がないのは、判っているのだ。ふと、背後の空気が動いて冷たい外気を感じたと思った瞬間。
「……………っってぇぇ!!」
後頭部に衝撃。思わず頭を押さえて振り返って、コウはだが続く言葉を失った。真後ろに、拳を握り締めたガトーが立ちはだかっている。
「…貴様はここで何をしている?」
190cmに届く長身から降ってくる妙に穏やかな声に、コウは久しぶりにガトーを怖いと思った。
「で、お前は人との約束の時間もすっかり忘れて、立ち食い蕎麦屋で天ぷら蕎麦を食っていたと」
「…時間は覚えてたよ。んでもって、5分くらい早く着いたんだよ!んで、ちょーっと寒いから、なんかあったかいもんでも食べようかなとおもっ……て……」
「そして結果として私を寒風吹きさらしの中10分間待たせた訳だ」
「う」
さっさと駅前の商店街を抜けていくガトーの後を追いながら、コウは言葉に詰まった。それは予想外に立ち食い蕎麦屋が混んでいて蕎麦が出てくるまで時間がかかったから。という言い訳も喉の奥に引っ込んでしまう。
ヤバい、これは怒ってる。マジで怒ってる。だいたい、こいつは一度怒ると執念深いんだ。宇宙世紀と呼ばれる世界でも3年も待っちゃうくらい執念深かった。それはともかく。
さすがに公道で一喝されるのはコウとしても避けたい。
それに、怒られるようなことをしたことも、まあ事実ではあるわけで………じいさんも、自分が悪いと思った時は速攻謝れと言っていた。だから。
「ごめん!」
その言葉に胡散臭そうに振り返ったガトーが絶句する。コウが、思いっきり頭を下げていた。ほとんど最敬礼だ。周囲を通り過ぎていく人が、ちらちらとその姿に目をやっていく。日本人の中では浮きまくるガトーの外見とあいまって、全くいい見世物になってしまっている。それに気付いているのかいないのか、頭を下げたまま、コウが謝罪を繰り返した。
「本当に悪かった、ごめん!!」
このままその場で土下座しかねない勢いのコウの様子に、ガトーは慌ててその腕を引っ張って足早に歩き出す。歩きながら短く告げた。
「判った、許す!」
「……へ?」
ずいぶんとあっさり出たお許しに逆にコウが気の抜けた声をあげた。ガトーにしてみれば、これ以上コウを放置しておいたほうがいい恥さらしという気がするのである。結果としてなし崩しに怒りを誤魔化されてしまった。これが計算ずくの行動ならば、ガトーの最も嫌悪するところなのだが、コウの場合、
(………天然め……)
悪意も作為もないことが、最大の武器なのだから。
「…本当に、いいのか?」
「何度も言わせるな」
なんだか自分の方がバカみたいに思えてくるから。
そう心の中で嘆息するガトーに並んで歩きながら、何を考えたのかコウは笑ってガトーの顔を見上げた。
「じゃさ、帰りに俺が、蕎麦奢るからさ!お詫びってことで」
「………いや、そういう……」
「蕎麦嫌いか?うどんの方が好きだったっけ?」
じぃっと目をのぞき込んでくるコウに、怒り続けることもできなくなったガトーが、諦めたように答えた。
「…………まあどちらかと言えば」
「そか!じゃあうどんにしよう!立ち食いじゃなくて、ちゃんと店入ろうぜ、寒いからな!」
そのこれ以上はないのではないかというくらい嬉しそうな顔を見て、ガトーは苦笑しながらふと思った。
…私は剣道以外では、こいつに負け続けているのではなかろうか、と。
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